緊急会議
その日の夜、王は腹心の部下数人と三王子を呼びつけると緊急会議を開いた。
森から帰り、その足でここまで出向いたオルフェ王子はそのメンバーを冷徹な目でじっくりと見ていた。
王の両隣には長兄セシル、次兄ブレン。
続いてインセント公爵含む五人の大貴族。
その隣から古参近衛隊隊長バッカト。
それから祭司長のクラベラ。
この二人は役職よりその歴史ある由緒正しい身分を買われてここににる。
そして王の参謀や王宮を動かす宰相など、力のある権力者が四、五人程だ。
「さて、とんでもない事件が起きたようだなオルフェ」
王は目を光らせオルフェ王子を見た。
ここのところ病に伏せがちだがその眼光はまだ健在である。
詳細を促されたオルフェ王子は立ち上がると全員を見回しながら口を開いた。
「先に申しておきますが、森で狙われたのは私ではありません。最近側室として迎えたイザベラ姫です」
「どちらにしても王族を狙ったことには変わりない。して、その大犯罪者は他国の者であったのか」
「今の段階ではまだはっきりと分かってはおりません。犯人は森の中で自害しておりました。服や持ち物の鑑定はこれからです」
ざわざわと部屋の中が不吉にざわめいた。
なぜ姫君が狙われたのかが皆の疑問だ。
そこへブレン王子が口を挟んだ。
「オルフェ。お前の側室の一人、シウレ姫も後宮内で誰かに殺されたらしいではないか。これは最近のお前の態度に対する誰かの牽制ではないのか?」
「何!?シウレ姫が!?」
まだ情報の回っていなかった者たちが驚愕に騒めいた。
レイから先に話を聞いていたオルフェ王子は至極冷たい目でブレン王子を見た。
「ブレン兄様。それはどういった意味でしょうか」
ブレンは立ち上がるとばんと机に手を乗せた。
「シラを切るなオルフェ。狙われたのは力のあるベルク国のシウレ姫と怪しげな黒魔術を使うと囁かれているイザベラ姫だ。これは完全にお前の力を削ぐために誰かが仕掛けた陰謀だ。今に他の姫も消されるぞ。そうなればお前のせいで他国と争いが起きるのも時間の問題だ!!」
「止めぬかブレン」
王に制されるとブレン王子はオルフェ王子を睨みながらも席に座った。
変わりに手を挙げたのはバッカトだ。
「私からもオルフェ王子にお聞きしたいことがある」
全員の視線がバッカトに集まる。
「先日、私は正式な理由でアルゼラの少年を仮処置で投獄いたしました。しかし翌日その身柄を受け取りに行けばその日の深夜に脱獄したとの話でした」
「…」
「彼はそちらの後宮の近くでぱったりと姿を消したそうです。そしてそれ以来姿を見かけた者はおりません」
バッカトはオルフェ王子が反論しないのをいいことに、どこか勝ち誇った顔でずいと体を乗り出した。
「ブレン様はオルフェ王子の力を削ぐ者の仕業だとおっしゃられましたがこれは一概にそうとは言えませんぞ。もしアルゼラの少年がシウレ姫様の死に何らかの関与があれば、隠し立てしているオルフェ様にも疑いはある」
王の前で余りにもずばりと言ってのけたバッカトに皆は肝を冷やした。
彼以外ではここまであからさまに言うことは出来ないだろう。
しかしそれによってオルフェ王子を見る皆の目が一気に疑いの眼差しになった。
確かにここのところ囁かれていた黒姫とアルゼラの少年が色濃く事件と絡んで見える。
オルフェ王子は表面上は落ち着いて言った。
「今回のこととアルゼラの少年は全くの無関係だ。バッカト殿、確かな証拠もなく憶測のみで決めつけては真実を曇らせるだけだ。今は姫たちを狙った犯人を捜すことに全力を注ぐべきではないのか」
聞き役に徹していた祭司長がガマガエルのような口を開いた。
「だ、だがその黒姫とやらも何だか怪しいぞ。一度こちらで調べてみるのはいかがか」
アダヴ公爵も頷いた。
「アルゼラの少年もだ。王子、身の潔白を晴らす為にも調査を入れさせて頂きたい」
「どちらもその必要はない」
鋭く王子が切り捨てるとその場が一気に緊迫した。
ひそひそと囁く声は圧倒的に王子に対する批判が多い。
ずっと黙って聞いていた長兄セシルは立ち上がると一度皆を沈めた。
「皆の意見、どれも最もだ。だが先にしなければならないことは山ほどある。バッカトは引き続き他に怪しい者が潜んでいないか調査を頼む。それから祭司長、魔物が絡んでいたなら貴方の神殿で清めの力が必要になる可能性もある。すぐに対処できるよう準備を進めておけ。そしてオルフェ…」
セシル王子はオルフェ王子に厳しい視線を投げた。
「これ以上被害者を出すわけにはいかない。ブレンも言っていたが下手をすれば他国との揉め事にまで発展する恐れもある。お前は一度側室を全て解放するべきだ」
「側室解放、ですか」
「そうだ。出来るだけ軋轢を残さぬようお前が姫たちの屋敷や国を回りきちんと送り届けてくるのだ」
セシル王子の意図は明白だった。
このまま王宮にいてもオルフェの立場は追い詰められていくばかりだ。
ことが落ち着くまで外に出ていろというわけだ。
元よりオルフェ王子を快く思っていなかった貴族たちはそっと笑いを噛み殺した。
王子が側室を手放せば後ろ盾ががくんと減る。
そうなれば王子が戻ってきてもそう恐れる存在にはならないはずだ。
調査を押していたバッカトもアダヴ公爵も、王子が王宮を離れるというのならそれ以上口出しはできなかった。
王は立ち上がるとぱんと一つ手を叩いた。
「方針は決まったな。今国は動揺にざわついている。皆は国の平和を取り戻すことに全力を注ぐのだ」
「はっ!!」
「かしこまりました!!」
この場はこれで一時解散となった。
セシル王子はオルフェ王子の元まで来るとその肩に手を乗せて囁いた。
「これが最善なんだ、オルフェ。国にとっても、お前にとってもな」
「兄上…」
「すまない…」
暗い顔で詫びを入れると、セシル王子は背を向けて去った。
オルフェ王子は一人になると苦いため息をこぼした。
ミリを守る為にも、王宮から一度出ることは仕方がない。
まんまと罠に嵌められた不快感はあるが、ここは大人しく引くしかなさそうだ。
疲れ切った体に鞭を打つと、オルフェ王子は黒薔薇の間に急いだ。




