王子の立場
暗い部屋は怪しげな男たちを更に不気味に見せた。
がたがたと震えていると、その中でも一際恐そうなマッチョ男が口を開いた。
「今お前を連れてきたのはバッカトだな?お前王族の悪口でも垂れてたのか?」
私を掴んだ背の低い男が返事を促すように背中をせっつく。
無理…。
体がチワワのように震えすぎていて返事なんか出来ない。
質問をしてきた男はのそりと立ち上がった。
角刈りに筋肉マッチョなその男は立つと更にその迫力が増す。
もうだめだ。
きっと私、ボロ雑巾のようにめちゃくちゃにされるんだ…。
恐怖に体を縮めると胸元でサクラが小さく鳴いた。
「なんだ…?お前そこに何を隠している」
角刈り男は大きな手を伸ばした。
だがその手が私に触れる直前に、突然部屋がオレンジ色に光った。
「おわっ!!な、なんだ!?」
「火!?」
男たちは私から距離を取ると警戒心露わに怒鳴りつけてきた。
「お前!!それは何だ!?」
「火を吹きやがった!!」
言われて初めて今のはサクラが口から火を吹き出したのだと理解した。
サクラは胸元から飛び出ると、私の前で敵を牽制するようにきーきー鳴いていた。
サクラが私を守ろうとしている。
こんな小さな体の赤ちゃんドラゴンなのに。
そういえばさっきも私を掴んだ男の肩に食らいついていたっけ。
私の頭は急に冷えた。
負けられない…。
守らなければならないのは、私のほうなのだ。
「サクラおいで」
右手を上げるとサクラはくるりと旋回してそこに止まった。
男たちはざわりと騒めいた。
「まさかそれが噂のドラゴンか!?」
「それじゃあお前はアルゼラの…!!」
本当に結構な噂が出回ってるな。
でも知られているなら話は早い。
私は背筋を伸ばすと王子の真似をしてゆったりと笑みを作った。
「その通り。僕はアルゼラのフィズと申します。この子はドラゴンのサクラ。心配せずとも僕たちに手を出さない限りサクラは何もしません」
「そ、そんなチビドラゴンに何ができるってんだ」
サクラを肩に乗せると、私は出来るだけ平静を装って淡々と言った。
「体が小さくともその性質はご存知の通り。肉を食いちぎられたくなければ気をつけることですね」
まぁ、サクラが毎日食いちぎってるのはミートローフだけど。
角刈りの男は落ち着きを取り戻した私をじっと睨みつけてきた。
「…お前、オルフェ王子に引き立てられてここへ来たらしいな」
男の鋭く小さな目は、まるで私の何かを探らんとしているようだ。
「…そうですが」
「お前の目から見て、オルフェ王子はどう見える」
「え…」
思わぬ問いかけに思考回路が鈍る。
だから、こういう質問が一番困るんだってば。
他の者たちはなぜか皆真剣にこっちを見ている。
私は首をひねりながら王子のことを考えた。
今度はミリとしてではなくフィズとして答えなければならないのか。
正直、よく分からないが私は直接そばにいて感じた印象を口にした。
「一言で言うと、変わった方だと思います。王族らしい華やかさと力強さは備わっているのに…なんだか王族らしくない人だとも思いました」
あまりにも率直な言葉に、案の定角刈りの男は眉を寄せた。
「王族らしくない…」
「はい、悪い意味というわけではないですが。何を考えているのかよく分からないし、人をあっさり利用するくせに別に冷たい人ではないですし…。何ていうか、謎な人です」
「ふむ、まぁ確かにそのとおりだ」
男は腕を組むとしばらくサクラをじっと見た。
「…お前、フィズとか言ったな。バッカトがお前を捕らえた理由は大体見当が付く」
「理由…?」
「気をつけろ。お前は民と親密に関わるオルフェ様を戒めるための見せしめにされるかもしれんぞ」
見せしめ。
なんて恐ろしいワードが飛び出たんだ今…。
恐そうな角刈り男は難しい顔で考え込んでいる。
私はそっと聞いた。
「あなたは、誰なんですか…?」
「あぁ、言ってなかったな。俺はダム。これでも武器庫を管理する役人なのだが、オルフェ王子をぼろくそにこき下ろしていた身分だけが取り柄のバカ貴族を殴り倒しちまってな。もう一ヶ月も拘束されている。
ここにいるのは立場はそれぞれ違うが殆どがオルフェ王子を過剰に支持してぶち込まれた者だ」
オルフェ王子を支持する者!?
じゃあ、てことは…。
思わず周りを見回すと、さっきまでの不穏な空気が綺麗さっぱり消えている。
やっぱりこの人たちは敵じゃない!!
この場は助かったんだ!!
そう気付くとへなへなと足の力が抜けた。
「おいフィズ、どうした」
「は、はあぁ。だって、何されるか分からなかったから…」
さっきまでの虚勢もなんのその。
本音だだ漏れで泣きそうになっていると、ダムが豪快に笑いだした。
「中々いい演技だったぞ。あれだけ堂々と言えたなら大したもんだ。俺はかなりお前を警戒したぞ」
つられた男たちも安心したように笑いだした。
へたりこんでいるのを笑われているのはなんとも言えないが、強面や醜い顔の男たちですらもう恐く見えなくなった。
ダムは笑いを収めると私の前にしゃがみ込んだ。
「笑ってばっかりもいられねえな。おい、さっきも言ったが次にバッカトの奴に連れ出されたら何されるか分からんぞ」
「そ、それはどういう意味なんですか?」
まだきーきーいうサクラをあやしながら私は顔を上げた。
ダムは淡々と話した。
「オルフェ王子は昔からああいうお人でな。まず身分の垣根が驚くほど低い。これは王族では考えられないことだ。王子は俺たちのような者でも実に気さくに話しかけてくださる」
そういえば私がイザベラ姫ではないと分かっても、王子の態度は変わったりしなかったな。
「王族たちは普通は町になど降りたりしたがらない。だが王子は幼い頃から視察には必ずついて行き、今尚市民の声を直接聞きに足を運んでいる」
うんうん。
確かによくどっか行っているしな。
「王宮ではそれをいいことに王家に対する不満の払拭や面倒ごとをオルフェ様に今まで丸投げしていた。そのまま素知らぬ顔をしていたのだが…」
ダムはさらに声をひそめた。
「今王子ほど民を掌握し、土地を知る者はいない。実際今この国の芯を掴んでいるのはオルフェ様だ。王宮の者はやっと今更そんなことに気付いた。こうなると、便利に使役していたオルフェ様が…邪魔になると考え始める者が増えた…」
「え…えぇ!?…何て勝手な!!」
王子ってばそんなに敵がいるの!?
サクラを見せつけたのはきっとブレン王子だけじゃないんだ。
「一時、王は王子を民から切り離そうとしたがこれは失敗した。そりゃそうだ。そんなことをすれば今まで王子が全てさばいていた国の問題が一気に王宮へ押し寄せる。それにオルフェ様は要所要所の貴族や他国の娘を側室に何人も構えてらっしゃる。オルフェ様自身の味方も侮れないほど多いのさ」
一瞬後宮の姫たちが頭に浮かんだ。
ぞろぞろいた側室たちにはそんな意味があったのか…。
しかしなんだか思いの外大変そうだな、王子。
よくそんなんで私に構ってたな。
「で、フィズ。ここからがお前のことだ」
あ、そうだった。
ごくりと生唾を飲み込むと正座になる。
「王子は今まで兄達を刺激しないように極力気を付けてらっしゃった。女遊びを派手に見せ、王宮内では政治に興味を示さず、町へはさも遊びの為に行くように触れ回っていた。だが…」
「だが…?」
ダムは私のおでこを太い指で弾いた。
「ここ最近聞こえてくるのは怪しげな力を持つ黒姫を囲い、未知の国からドラゴンを従えた少年を従者として側に置いているという不穏な噂ばかりだ。今王宮内ではオルフェ王子がついに権力を狙い始めたとひっきりなしに囁かれている」
…。
はい、どっちも私のことですね。
あまりにも何も知らなかった自分を殴ってやりたいぞ。
でもそっか。
これはきっとレイの言っていた王子の立場ってやつのことだな。
「バッカトはおそらくお前を使いオルフェ様を牽制する気だ。王子が戻られる前に難癖をつけてお前を拷問、もしくは公開処刑にするか、あるいはこのまま奴隷送りにされるか…」
「ちょ!!!ちょっと待って!!どうしてわた…僕がそんな目に遭わなきゃならない!?」
「言っただろ?これは見せしめだ。そうすることでオルフェ様が民を味方に出来ないようにするのさ」
そんな!!
ひどい!!
拷問?公開処刑?奴隷送り!?
どれもこれも願いさげだっ!!
呆然としているとダムが私の肩に手を置いた。
「しっかりしろフィズ。ほうけている暇はないぞ。何とか対策を考えよう」
私はすがるようにダムを見上げた。
「た…たすけてくれるの?」
「助かるかどうかは分からんがこのままお前を放ってはおけないだろ」
最初は恐かった筋肉マッチョが何だか今は頼もしく見える。
「ほら、お前らも協力しろ」
男たちは応えるようにこっちへぞろぞろと集まってきた。
ダムは情けなくもめそめそ言う私の背中を何度もはたきながら、長い時間あれこれと一緒に考えてくれた。




