八話
休むための宿屋で暴れていては意味が無い。ほどなく六人ともベッドに入ったのだが――――。
百合は眠れなくて体を起こした。
ただでさえ枕が変わると寝付きが悪くなるのに、男と同室だと余計に神経がささくれる。浅見と達樹だけならこうまで気にしなかったのだろうが、一番遠い位置にいるはずの竜神の存在がどうにもカンに触るのだ。
「百合、ひょっとして、寝れないの?」
横の布団が盛り上がり、小さな声が問いかけてくる。未来だ。
お前自身眠れてなかったんじゃないか? 反応の速さに聞き返しそうになったが、未来の方が早かった。
「ごめんな百合。お前、男嫌いなのに、俺のせいで……」
「お前のせい?」
「俺の靴のせいで金無くなっちゃったから、ホテルに泊まれなかっただろ」
「それはなんの関係もないだろう」
くすりと笑ってしまう。こんな序盤に一泊1000ゴールドもするホテルに泊まれるはずなんてない。
「……よかったら、一緒に寝るか?」
なんだと? 言葉の意味が一瞬判らなくて目を見張ってしまう。
「そ、その、俺もさ、早苗ちゃんの親父に襲われてから夜寝れなくなったんだ。でも、安心する匂いがあると眠れたから、お前も、ひょっとしたら女の子の匂いがあれば眠れるかもしれねーって思って……う、その、嫌ならいいんだけど……」
「嫌ではないよ。そっちに行ってもいいか?」
「うん」
未来の隣のベッドは空だ。自分が移動すれば逆側の浅見とも離れることができる。
百合がベッドに入ると、未来は逆側を向いてベッドの端まで逃げて行った。
「なぜ背中を向ける」
「だ、だって、俺、体は早苗ちゃんだけど中身は男だから……。お前だって、嫌だろ?」
「嫌じゃないよ」
後ろから包むように抱いて、むき出しの肩に鼻先を埋める。
「っ……!!」
百合の身長は170。未来はたぶん155そこそこだ。
後ろから抱えるとすっぽりと収まるサイズだった。
「……気持ちいいな」
腹をなでまわすと未来はひ、と小さく息を漏らした。
小さい。暖かい、気持ちいい……。
腕の中で怯える女に意地悪したくなるのは、自分がSだからだろうか。
下半身を触ったらどんな態度を取るのだろうか。
そっと、そっと腹から下に指先を下ろして――――。
下腹部で指を止めた。
変わりに大きな胸に触る。弾力があるのに酷く柔らかい。
怖いのだろう。未来は、ひ、ひ、と小さく息を漏らしている。
大丈夫、これ以上何もしないから。
そう告げる変わりに胸の中に抱き締める。
自分の胸がふにゅと当たって、未来が少しだけ力を抜いた。
背中から抱き締めてくる存在が女だと始めて気が付いたかのように。
(女なら大丈夫なのか……)
未来が竜神に懐いている理由が判った。
自分に絶対に手を上げない、他の男から守ってくれる竜神に庇護を求めているからか。
男なんて粗野な生き物だ。
竜神だって、いつ未来を裏切って手を上げてくるかわからないのに。
ああでも、この可愛い女は竜神に手を上げられても黙って振り下ろされるのを待つのだろう。
『ごめん、俺のせいで、殴らせてごめん』
竜神に殴られても、そう縮こまる姿が目に浮かぶ。
今の状態のように。
(ああ、でも、そうか)
だからこそ竜神は絶対に、未来に手を上げないだろう。
竜神がもっと普通にガキだったら、こんな悔しい思いはしなくてすむのに。
馬鹿で向こう見ずであちこちトラブルに首を突っ込んで周りを巻き込む未来。
竜神がこの女に呆れて暴力を振るう男だったらこんな情け無い思いはしなくてすむのに。
竜神は未来の行動を制限しようとはせずに、でも肝心な時には守って見せている。
ああ、悔しい。
自分にもあの体があれば。
昼間に見た割れた腹筋、頑健な筋肉に守られた体を思い出す。
身長190越えて未来なんか簡単に抱えられる力があって、多少の攻撃では揺るがない重たい体で、強かったなら。
死ぬほど羨ましい。羨ましすぎて涙が浮かんでくる。
だから竜神の存在がカンに触るのだ。
ぐすりと鼻をすすると、未来の体から力が抜けた。
胸を触った掌に、小さくて華奢な掌が添えられる。
本当に未来は馬鹿だ。
簡単に信用して。
心音はばくばく脈打っている。普通に怖いのが判る。それでも未来の体から手が離せなかった。
竜神だったら、こいつが怖がった時点で手を離したのだろうに。
あああもう、本気で自分が情け無い!
恐怖に震える小さな体に触れたまま、百合は眠りに落ちたのだった。
翌朝、未来は目の下に隈を作っていた。
本当に本当に怖かったんだろう。
情け無くて首を釣りたくなった。
「せっかく靴買ったから、歩けるから!」
そう喚く未来を竜神は胸に抱えた。
未来はいくばくもなく、竜神の胸で寝息を立てはじめた。
未来自身が言っていたではないか。「安心できる匂いがあれば熟睡できるから――」と。
未来にとって、安心できる匂いとは竜神の匂いのことだったに違いない。
情け無くて情け無くて、できることなら竜神の首を剣で叩き落としてやりたかった。
八つ当たりだとわかってるからやらないけど。
街の中に居るNPCに声を掛けて回って、いくつかの情報を手に入れた。
「HPが十分の一以下になると昏倒するから気を付けてね。でも、HPが1100以上になれば、100以下になるまで昏倒しないから少し安心だ」
「あらあらお爺さん。この子、バーサーカーよ。バーサーカーは違うでしょ?」
「ああそうだったね。バーサーカーは戦闘中、HPが最大HPの四分の一以下になったら『狂乱』状態になるんだったね。『狂乱』状態になれば昏倒はせず、死ぬまで戦い続けられるんだ。それがいいことか悪いことかは判らないけどね」
「それでも、一撃でHPが十分の一以下になったら昏倒するから気をつけなさいよ」
「HPが回復すれば昏倒から目が覚めるよ」
老夫婦が仲良く会話しながら教えてくれた。
竜神達は知る由もなかったが、バーサーカーのくだりは、その職業のキャラクターがパーティーに居なければ発生しない会話だ。
「お姫様の特技は、ステータス画面に表示されない隠し特技もあるの。でも、パーティーレベルが上がってからしか使えない特技もあるのよ」
「そうそう。唇に『愛のキス』! パーティーの平均レベルが50以上になれば、唇へのキスで大きな加護が得られるの」
「お姫様がパーティーメンバーを本当に愛して無いと使えない特技よね」
「素敵よね」
長いドレスを引き摺った二人の少女が笑う。
思わず一向は竜神が抱く未来を見てしまった。幸いなことに健やかに眠っている。
平均レベルが50なんてまだまだ遠いが、ステータス画面に表示されたら未来はどんな顔をするのだろうか。
「うっわー楽しみ! 先輩、なんだかんだ言っておれ等のこと大事にしてくれてるから、絶対キスしてくれるようになりますよ~!」
「判った。その時がきたら私が責任持ってお前を葬ってやるから安心しろ」
「え、なんでですか百合先輩」
「西に『大鷹の塔』があるんだよ。塔の天辺にすごい宝があるらしいんだけど、十メートル以上もある鷹が守ってて誰も近寄れないんだ」
「森の中にはたくさんのモンスターがいて、私達本当に困っているんです。そういえば、ヘビみたいなモンスターが面白いアイテムを落とすらしいわよ」
大体訊いて回っただろうか。特に印象に残った情報はこれだけだ。
「僕、あまりゲームやらないから比較対象も少ないんだけど……なんだか、このゲームってシステムの割にはオールドタイプのRPGって感じだね」
「バーチャルゲームを購入できる一般人となると、相応に年齢が高くないと無理だ。子供がおいそれと買える金額ではないからな。プレイする対象年齢が高めに設定されているんじゃないか?」
浅見の疑問に百合が答える。
古き良きRPGがコンセプトなのだろう。百合自身この雰囲気は嫌いではなかった。他プレーヤーがいなければ、と枕詞に付くが。
「とにかく、今日は森に入ってレベル上げをしよう。ヘビみたいなモンスターが落とすアイテムとやらも気になるしな」
「賛成っス!」
「レベル上げねーと話しにならないしな。オレまだレベル2だし」
意見は一致して、チーム花沢は森へと足を踏み入れて行ったのだった。