女の戦い クレアvs三月 おろおろする未来(当事者)
もうすぐ花火が上がる。竜神と未来は連れ立って外に出た。
「おー! 君もひさしぶりじゃのー。元気そうで何よりじゃ。おっぱい揉ませてもらっとるかー」
黒と赤のオドロオドロしい屋台から、ウェーブの掛かった長い髪を額の真ん中で分けた、二十代中頃の美女が竜神に呼びかけてきた。
手に持った骸骨の腕のおもちゃをがっちゃがっちゃと振っている。
美穂子のバイト先の店長だ。彫りの深い顔立ちをした美女なのにセクハラが容赦無い。
おまけに未来が怖がりなのを知っていて嬉々として怖がらせに掛かるので、未来にとっては天敵にも等しい相手だ。
「もも揉ませてねーよ! やめてくださいセクハラじゃ! あーもうまた喋り方がうつったー! 話しかけてくるな!」
竜神を盾にしてぎゃーぎゃーと未来が反論する。
竜神は左右に視線を走らせる。周りにいた浴衣姿の高校生達がぎょっとしたような顔をしていた。それもそうだろう。とてつもなく可愛くて華奢で小さなお姫様が男言葉で大騒ぎしているのだから。
未来はこの旅館では女言葉を使おうと頑張っていたのに完全に忘れている。テンパってしまうとすぐ吹き飛んでしまうのは未来の悪い癖ではある。
だが、今回は悪い方向へは動かなかったようだ。
周りの連中の顔が、飼い主の指先を噛んで、じたばたと手足をばたつかせながら攻撃している子猫でも見ているかのような緩んだ顔になっていく。
「ほーらほーらお前もこっちにこんか。ゾンビの腕のラムケーキを食わせてやるから」
「いりませんんん! だ、誰が食べるんだよそんな怖いのおおお! ケーキの色に緑使うな! 血糊みたいなのつけんな!」
「あ、竜神君、丁度よかったー。竜神君にプレゼントしたいものがあるの」
手伝っているのか、屋台の中にいた美穂子が竜神に手を振った。達樹と浅見、百合も、並べられたグロお菓子を物色していた。達樹は未来同様怖がりなのでやや腰が引けていたが。
当然ながら未来はグロ屋台になんか近寄れないのでその場で待ち、竜神だけが美穂子に呼ばれて近寄っていく。
「これ! どうぞ」
美穂子が竜神に手渡したのは、ビニールに入った切断された耳だった。
「……………………」
ぱっと見、なんなのかさえわからない。耳じゃないことだけは確かだが、耳にしか見えない。こんなもの持って歩いてたら通報されてしまいそうだ。
「飴か?」
竜神はしばし熟考してから、は、とした顔で美穂子に聞く。
「クッキーだよ。私が焼いたの! こないだのメダ君のお礼」
「あれはノート写させてくれた礼だから、いらねーよ」
「遠慮しないで。これ、美味しいって評判いいんだから」
「うわぁ……。クソ不味いけど見た目普通のお菓子押し付けてくる未来先輩と、見た目こんなだけど美味いお菓子押し付けてくる美穂子ちゃんとどっちがマシっすかねー」
「ある意味究極の二択だね」
怖がりの達樹がドン引きして、浅見が苦笑する。
未来は遠くからそんな様子を見ていた。(あの唇お化けの飴ってほんとに美穂子の感謝の気持ちだったんだ)今更ながらに安堵する。
だが怖いものは怖い。竜神が耳を持っている間は半径三メートル以内に近づくつもりもない。
精巧すぎる。血糊まで完璧だ。怖いなんてレベルじゃない。
「あ……未来さんだよね」
「はい?」
洋服姿の女子に声を掛けられ未来は疑問形の返事をする。
「ちょっといいかな、聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
未来は屋台の列から離れて、女子について薄暗い場所へと入り込んだ。
気弱そうに話しかけてくる女子に、未来は何の警戒もしていなかった。
何の用だろうか。未来は首を傾げたのだが、突然、パンプスで蹴りを入れられた。
「う――な、何すんだよ!」
「うっせぇ。男に媚び売ってるチビ女が調子乗んじゃねーよ」
さっきまでの気弱な姿はどこに消えたのか、鼻に皺を寄せた般若みたいな表情を向けられて未来は一歩下がってしまった。
「――ち、調子になんて乗ってないです! 媚びも売って無いよ。あいつら単なる友達だし」
「は、友達。へー、友達。あんた宿屋で男にくっついて行ってたろうが。友達にくっついていくわけ」
「宿屋……?」
何のことだかさっぱり判らなくて未来は首を傾げてしまう。竜神にくっついたことなど完全に忘れてしまっていた。
「土下座しろよ」
「はぁ!?」
「いいから土下座しろっつってんだろうがブス」
また蹴られそうになったけど、今度は後ろに下がって避けた。何がなんだか判らない。
これはもう三十六計逃げるに如かずだ。
踵を返して逃げようとしたのだが、「逃げてんじゃねー!」女に浴衣の裾を掴まれ逃げられなくなった。浴衣と洋服では動きやすさが全然違う。逃げるのは難しかった。
「あり、お姫様、こんなとこでどーしたの? でも丁度よかったぁ。これ、開け方どうすんだっけー? さっきから押してんだけどビー玉が下にいってくれないんだよねー」
「三月先輩」
三月が暗がりに入ってきた。手にラムネを持って。
「りゅう君達は一緒じゃないの? ってか、どしたの?」
ここにいる高校生は全員浴衣姿のはずだ。なのに洋服姿の女に三月が怪訝な顔をする。
未来は袖を掴まれていて、なにやら不穏な気配が漂っていた。
「あ、あいつら、グロ屋台に引っ張られちゃって――、行きましょう、先輩」
突然の三月の登場に、女の指から力が抜けた。未来はここぞとばかりに逃げ出そうとするのだが、
「逃げるなよテメー」
「う」
また浴衣を掴まれてしまった。
「ひょっとして絡まれてんの? どして? うっわー根性わるそーな顔してんねー。あー、あたし、わかっちゃったー。お姫様が超可愛いし、お姫様のチームかっこいい男ばっかだから妬んでるんじゃないー?」
「!!」
思いっきり言い当てられて、女――――クレアは唇を引き攣らせてしまった。
「あ、大当たりー。いるいるそういう女。鏡見て出なおせ系女子」
「せ、先輩!」
「うっぜブスが口開いてんじゃねーよ」
「ブスが口利けないならあんたも喋っちゃ駄目くない? お姫様の前ではうんこだようんこ」
「はぁ!?」
「あ、うんこは駄目だ。二葉にまた怒られる。えーとえーと、ヘドロ? うーんうーん、あ! あれ! ミミズが一杯からまってるの! あんな感じー。
――――姫様の前じゃあんた人類の顔して無いから」
怖い! 三月先輩が怖い!
竜神と浅見にチンピラだのヤクザだの言ってきて本気で腹が立つ相手ではあったけど、三月は愛嬌ある可愛い顔をしている。
体格だって未来と同じぐらい小柄だ。
そんな三月が女の子相手とは言えども一歩も引かない様子が怖かった。
睨むクレアと、飄々と受けて立つ三月の間に割って入ってさえいけなくて、未来はおろおろと辺りを見回すしかない。当事者なのに。
「チビ女が出しゃばってんじゃねーよ。喋んな酸素減る」
「ミミズが喋ってるー、まーじーうけるー」
「ふざけんなああ!!」
クレアが三月に突っ込んでくる。
「ぎゃ」
「先輩!」
口は達者でも小柄な三月は喧嘩に弱い。向かってきたクレアに驚いて顔を腕で庇う。
未来はそんな三月を抱き締めてクレアから守ろうとしたのだが――――。
「未来!」
未来の前に紺色の壁が立ち塞がった。
「あさみー! よかったああ! ごめんありがとううう!」
「あ、勇者君だ。ありがとー」
突っ込んできたクレアを浅見が胸で受け止めていた。
男に驕らせサロンでネイルした爪が紺の浴衣に食い込んでしまい、クレアは慌てて指を丸めて、浅見にしがみ付いた。
「僕の友達に暴力を振るわないでください」
クレアが一番に狙っていたのは勇者である浅見だった。
綺麗な色違いの瞳に敵を見るように見下ろされ、クレアの感情が昂ぶる。
「ク、クレアは――――! 違う! その子達が、酷いことを言って――――」
いい感じに涙が溢れてきた。このまま被害者を演じてしまおうとクレアは内心ほくそ笑んだのだが――。
「どうしたんだよクレア」
暗がりの奥、花壇の間から、男が歩み寄ってきていた。
こっちに来るなって言っておいたのに!
クレアはこの旅行には参加していなかった。
この男に車で送らせてきたのだ。
何もかもをぶち壊しにした姫を土下座させて、顔に蹴りでも入れてやるつもりでいた。男は邪魔だったから、車で待っててと言ったのに。
男――大学二年生の祐介は浅見を睨みつけ浴衣の胸倉をつかみ上げた。
「おい、お前、なにオレのツレ泣かせてんだよ」
「やめてよ、」
クレアが止めるより早く、未来が言った。
「浅見は悪くない! 絡んできたのはアンタのツレだよ!」
浅見の横に立って男を睨み付ける。
「お、超可愛いじゃん。君が一緒に来るなら許してもいいけど。オレら男あまってっから丁度いいな」
「未来、いいから下がってて」
一瞬で目を付けられてしまった未来を浅見が引き離して下がらせようとした。そんな浅見の鼻を狙って、男の拳が繰り出された。
こうもいきなり殴りかかられるとは。浅見が「う、」と息を呑んで避けようとする――より早く、バシ! と掌が拳を止めた。
「何してる」
竜神だった。
身長190もある見た目ヤクザの大男に睨まれて、170程度の祐介はおもわず後ずさった。
「竜神君ありがとう」
「竜神!!」
「なんすかまた絡まれてんの!? なんで!?」
竜神と一緒に来ていた達樹が騒ぐ。
ここに居る高校生達は、大広間でのキリとの喧嘩で竜神の強さを知っているので、もう絡まれるはずはないだろうとたかをくくっていたのに、こんな場所で絡まれていたなんて。
「わかんねーよ女の子が襲いかかってきたんだよー!」
状況が飲み込めて居ない未来に変わって、三月が簡潔に説明をした。
「お姫様可愛いし、一緒にいる勇者君たちカッコいいからねー。その女、姫様の事ひがんでんだよ」
「は!? ひがむなら同レベルの女相手にしとけよ。未来先輩に比べたらあんたなんかうんこじゃねーかよ」
「うんこだよねー」
「――――――――!!!」
可愛いと思っていたシーフに容赦のない暴言を吐かれ、クレアは顔を怒りに歪める。
自分は未来なんかよりもずっとずっと美人で綺麗。そう信じて、疑いもしなかったからショックも大きい。
「お前等小学生か! もう煽らないで!」と未来が一人暴れる。
「うるせーバーカ! サルが喋るんじゃねえよ!」
クレアが花壇の土を掴んで三月と達樹に向かって投げた。
「テメ!」
咄嗟に三月を引っ張って抱え込んだ達樹の髪と背中に泥が散る。
「達樹!」
「リアル砂掛けババアとエンカウントした!」
驚いた三月がゲーム内のアナウンスのような口調で口走る。
「す」
何かの坪に入ってしまったらしい未来がぶは、と噴出した。笑いながら達樹の髪と甚平に掛かった砂を払う。
「大丈夫かたつ、す、砂掛けババアにやられたな」
「何爆笑してるんですか先輩」
「ご、ごめ、だって、三月先輩が、ぶふ、す、すなかけばばあ、リアルで遭遇しちゃった」
とりあえず竜神は拳を握っていた男の顔に一撃入れる。
浅見の顔を殴ろうとしたのだから目には目をだ。未来の浴衣に泥が付いている。この男がやったものではないだろうが、ツレの女の悪行の報復を受けてもらう。
クレアは砂を投げた後、男を置いて逃げていた。
浅見は未知の物体でも見たかのように呆然と立ち尽くしている。
あんなにか弱く見えた女子が、捨て台詞を吐いた挙句、砂を投げてくるなんて。予想外過ぎて何のリアクションも取れてない。
「妖怪に絡まれたと思ってあんま深く考えんな」
「う、うん……」
竜神の言葉に返事をするが、まだ頭の上にヒヨコが回っている。
竜神が未来の前に膝をついて付いた砂をはらう。
「怪我はないか?」
「大丈夫だ。浅見のこと庇ってくれてありがとうな」
「あ、みんな、ここに居たんだ。花火始まっちゃうよ」
「何をしてるんだ暗がりなんかで――――バカ女も一緒なのか」
美穂子と百合がひょっこりと覗きこんできた。
「え、花沢ってお姫様のことバカ女って言ってるの!? やっぱいじめてんじゃん!」
「お前のことだ。バカ女」
「なーんだ。びっくりしたー。あ、そだ、これ、開けて」
三月が竜神にラムネを差し出した。百合にバカ女と言われた事に気が付いているのかいないのか、普通に暴言を聞き流している。
「蓋は?」
「蓋」
「白い蓋があっただろ」
「捨てちゃった」
「…………」
竜神は無言でビー玉を押して開けた。
「おー! すげー! ラムネって道具無しでも開けられたんだ!」
後でやってみよーとはしゃぐ未来を見て、三月が笑みに瞳を細める。
「お姫様って結構がさつだったんだねー。でも超カワイーけど」
「ひっ!?」
「うぶ」
未来に抱き付こうとした三月を、やっぱり竜神が止める。今度は顔面を手で押さえて。
騒ぐ一同の頭上で、大きな花火が弾けた。花火大会の開幕だ。
クレアのことを完全に忘れてました…!キリも中途半端でしたね(;;)ご指摘ありがとうございます。




