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旅館のご飯

 宴会場は大きな畳の部屋だった。六人掛けのテーブルが三列にずらりと並べられている。テーブルには高校名のプレートが乗せられていて、チーム花沢のテーブルは中央の列の中央という、一番ド真ん中の席だった。


「わー! すごい豪華なご飯だねー!」

 テーブルの前に正座をした美穂子が手を合わせてはしゃぐ。

 食事は予想以上に豪華だった。

「すごい豪華ー」「うまそー!」「綺麗だねー」

 未来と達樹も浅見も目を輝かせてそれぞれ座布団の上に腰を下ろす。


「カニ、一匹丸ごとだ! 竜神!」

「あぁ。約束どおり分けてやるから」

「やっぱいいよ。こんなおっきいと思わなかったし。他の料理入らなくなっちゃう」


『皆様、ご注目くださいー!』


 宴会場には小さなステージも設置されていた。ステージの上にアースソリューションのスタッフ(営業部 木藤さん)が立ってマイク片手に高校生達を促す。

『さぁ皆さん、手を合わせてください!』

「……」

『いただきまーす! どうぞお召し上がりくださーい』

 小学生か。

 言いたい事はあれども素直に手をあわせて挨拶をしてから箸を取り上げる。


『記念写真を撮るために各テーブルにスタッフが回らせていただきます。写真は現像後お渡ししますので、よかったらポーズ取ってくださいねー』


 未来は置いてあったチャッカマンを取り上げて、六人の鍋に順に火を入れて行く。

 

 竜神はハサミで手早くカニを解体して、未来のカニと交換した。

「え、いいの竜神。ありがとう」

「切った部分から引き抜けば身が出てくるから」

「引き抜く?」

 竜神がカニの足を取って、引き抜いて見せる。

「おおお! すげー!」

「竜神」

 百合が自分のカニを竜神に差し出した。

「判った。切ってやるから置いとけ」

「先輩、おれのも!」

「あぁ。美穂子と浅見のも切ろうか?」

「え、いいの?」「お願い! 私、どう切っていいか判んなかったから助かるよー」

「写真撮りますよー!」

「え」「え」「え」「え」

 唐突にカメラを構えた女性スタッフ(企画開発部 東上さん)が来て、未来も浅見も達樹も美穂子も固まってしまった。百合は気にもせず山菜料理を口に運び、竜神は蟹を切る。

「蟹を切るバーサーカー君なんて、なかなかいい写真が取れたよー」

 スタッフは笑って次のテーブルへと行った。

「…カニを切る竜神がなんだっていうんだよ……」

「さあ」

 竜神は未来の疑問に短く答え、切り終わったカニを美穂子の前に置いた。


 竜神が面倒見のいい男だと判りきっている五人には、蟹を切り分けてくれる行為に何の違和感もなかったのだが、ヤクザ顔で無愛想で無骨なバーサーカー、もとい竜神が、チーム全員分のカニをかいがいしく切り分けている様子は、他者から見るとなかなかに微笑ましいものだった。


「未来、カニから食っとけ」

「好きなものは最後にとっとくの」

「お前、また忘れてるだろ。食える量も少なくなってるんだから後回しにしたら入らなくなるぞ」

「!!!!! そだった! 忘れてた! あ、ありがとう竜神!!」

 がばりと竜神に飛びついてからカニに手を出していく。

「~~~~~」

 美味しかったのだろう。未来の頭の上に猫耳だか犬耳だかが立ち上がった錯覚がチーム花沢を襲う。

 口の肥えている百合からすれば、夏の蟹はやはり風味が落ちるものだが、無邪気な喜びようが微笑ましい。


「美味いな」

「だなー! 山菜の天ぷらもすげー美味い!」

「このふわふわしたの美味しいね。なんだろ?」

「鯛のすり身じゃねーかな。俺も好き!」



「おひめさまー」



 竜神が身を乗り出して腕を伸ばして、未来に突っ込んでこようとした三月を押さえた。

「うぐ」

 いきなり腹を押さえつけられて急激に立ち止まらされ、三月が呻く。

「先輩、未来に触るな」

「あー、りゅう君、あたしの扱いが雑になってるーショックー」

「充分丁寧に扱ってんだろ! 未来先輩に触るなっつったろうが! ぶん殴られないだけでもありがたく思えよなバカ女! つかこっちくんなよ!」

 達樹が三月に怒鳴る。


「うっさいバカヤンキー。ご飯たべちゃったから暇なんだもん」

「え、もう食べ終わったんですか?」


「うん。食べられるの少なかったから。なんか判らないの食べたくないし」

「なんかわからない?」

「材料とか、味とか? 判らない料理ばっかなんだもん。カレーとかシチューなら食べられるけどさー」


「……ちゃんとご飯食わないと貧血なるよ」

「うん。あたししょっちゅうふらふらするー。でも、わからないから嫌だもん」


「……………………」


 未来は三月の手を引いて立ち上がった。

「先輩!」

「すぐ戻るから」


 立ち上がりかけた達樹を止めて、未来は三月の手を引いてチームテンプルナイトの席に向かった。

 因みに、キリはまだ失神していて食事の席に姿を見せてはいない。

 襲われた時、周りが見えていなかったお陰で、キリ以外の人間は未来にとって恐怖の対象にはなっていなかった。


「おじゃまします」

 中途半端に箸の付けられた形跡がある席に三月を座らせて、ぺこりと頭を下げる。

 三月の席は二葉の前、左右を一樹と七斗に挟まれていた。


 突然、ピンクの浴衣を着た姫に隣に座られて、七斗はぎくりと身を硬くしてしまう。


 ここに座っている女子全員浴衣姿だ。

 三月だって二葉だって浴衣を着ている。それでも、姫はやはり別格に綺麗だった。

 こうやって傍に来ると、姫が移動するだけであちこちのテーブルから視線が追っているのがわかる。


 視線の殆どに羨ましそうな色が交じっていて、少々顔が得意げになってしまう。

 別に姫が自分を選んで隣に座ってきたわけではないのだが、ここにいる殆どの男が、姫の隣に座る事なんてかなわず、この一泊旅行を終える。

 七斗は今、他の男共より少しだけ特別な思いをしているのだ。


「…………」


 七斗はぎくしゃくと視線を下ろした。


 身長差のせいで、真っ白で妖艶なうなじが見える。

 細い。首が細いし、当然ながら首に続く肩も細くて、掌を差し込みたい衝動にかられてしまう。


 キリに抱き上げられた姫が無抵抗に力をなくしていた姿が脳裏に蘇る。あの時はチーム花沢から姫を救出できた高揚で、姫が安心して身を任せてくれているとばかり思っていたが、今考えると、姫は怯えて縮こまっていただけだった。抱き上げただけであれだけ怖がるのだ。


 このまま素肌に触れてしまえば、姫は完全に怯えて動けなくなるだろう。何でも好き勝手できる。


「――――――!!」慌てておかしな妄想を打ち切った。

 チーム花沢のヤンキーやヤクザや強面の男を悪人扱いしておいて、なんてことを考えてるんだ。これでは悪人は自分じゃないか。


「ど、どうしたの?」

 二葉が戸惑いつつ言った。

 七斗はぎくりとするが、二葉の視線は姫に向いていた。


 二葉の動揺は当然だ。敵対していた自分達にこうも無邪気に寄られては、驚くなというほうが無理だ。


「先輩が食べ物の材料判らないって言うから……、これ、山菜の天ぷら。ちょっと苦味があるけど美味しいですよ」

「苦いのいやー」

「じゃ、これは? 豆腐の西京漬け」

「トーフ嫌いだもん。味無いし」

「甘くて美味しいですよ。一口食べてみてください」

「むー……。あ、ほんとだ。トーフじゃないみたい。美味しい」

「鍋に火も入れてないじゃないですか……。すいません先輩、チャッカマン取ってください」

「お、う……」


 七斗がチャッカマンを手渡した。姫の指と指が触れる。姫の指は冷たくて、柔らかくて、いつまでも触っていたくなるぐらいに心地よかった。


「鍋の中身はハモのつみれだから」

 指が触れた事など気にも止めてないのだろう。姫は固形燃料に火をつける。


「ハモってなに? トカゲ? つみれってスミレのこと?」

「魚だよ! 怖い事いわないで! つみれは魚のすり身のこと」

「ふーん。白い物体だったから気持ち悪かったけど、魚なら食べられるかなー」

「とりあえず何でも食べてみるといいですよ。美味しいもの交じってるかもしれないし、勿体無いよ」

「そっかー。そうかもね。ありがと」


 へら、と笑う三月に未来も笑う。

 それから真顔になって、未来は三月を睨むようにして言った。


「ウチのバーサーカーと勇者のこと、顔怖いって言うのやめてくださいね。あの二人、ほんと優しくっていい奴なんですから……」

「姫、それ、三月に言っても無駄よ。三月、天然いじめっ子体質だから」

「えー? あたしいじめなんかしたことないよー」

 二葉の言葉に三月が唇を尖らせる。


「してるだろ。人の嫌がる事笑いながら言うくせに。キリにキリキレって何回も言ってぶん殴られたり切りかかられたりしたくせに、いつになったら懲りるんだ? 喋るときは脳みそ通してから喋れよ」

 一樹が突っ込むと、また三月は「えー?」唇を尖らせた。


「な、なぐ……! 先輩、あいつに殴られたの!? し、信じられない。あんなでかいのが女殴るなんて……! お、ううん、私だったら、手を上げられた瞬間ショック死する! せ、先輩、ウチに転校してきたがいいよ! 竜神だったらちゃんと守ってくれるから!」

「お姫様、キリだけが悪いんじゃないから心配してやる必要ないって」

「えー、あたし被害者なのにー」

「だーかーらー、笑いながら人の嫌がること言うから悪いんだろ」

「えー?」


「先輩! もういいでしょ。戻りましょ。あんた一人歩きさせてんの心配っすよー」

 聞き慣れた声に呼ばれて未来が振り返る。達樹が大股にこちらに来ていた。


「一人歩きって……、そこからここなのに。ご飯食べないのほっとけないんだよ。達樹も昔、合同ミーティングの時、先生の家で出されたご飯食べられてなかったよなー。懐かしいな」

「今はもう大丈夫っす……。先輩に教えてもらったから何でも食ってみてるし。つかそんなことどうでもいいんスよ! あんた、男から触れたらパニック状態になるくせにちょろちょろしないでくださいよ。触られたら殴れるぐらいの甲斐性付けてから一人歩きしてください」

「判ったよ……。お邪魔しました」


 ぺこりと頭を下げて姫が立ち上がる。


「先輩回収してきましたー」

「お疲れ様達樹君」

「早く食べないと飯の時間終わっちまうぞ。鍋も冷めるし」

「うん」


 七斗のちょっとだけ幸福だった時間はあっという間に終わって、羨望の眼差しで見る側へとシフトチェンジしてしまう。


(いいなぁ……)

 姫がバーサーカーに笑う。

 お姫様、気取ったとこも全然なかったし、なんかすげー話しやすそうだったし。ご飯食べないバカ三月をほっとけないぐらい優しい、いい子だなんて。

 あんな超可愛い彼女、羨ましすぎる。


「いーな、あんな可愛い彼女……」


 一樹もまたぼんやりと呟いた。

「だねー。あたしもあんな彼女ほしいなー。りゅう君の愛人になれればお姫様も手に入っていっきょりょうとく」

「やめなさい! もうチーム花沢に迷惑かけないでよ、頼むから!」

 二葉が悲鳴みたいに叫ぶ。現実世界でまで妨害プレイヤーになるのはさすがに駄目すぎた。

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