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バターロールわさびしょうゆ味

後日談(ゲームから四日後)


 学校での昼休み。屋上にて。


「褒めろ竜神」

「………………」


 竜神のテリトリーである屋上に上がってきた百合が胸を逸らす。

 手にはタブレットPCを持っていた。画面に表示されているのは、大津恭平が強制猥褻と児童福祉法違反で逮捕されたというニュース記事だ。


 百合は日本で唯一、全国展開している探偵屋の社長令嬢で、自身も有能な探偵だった。

 恭平が違法な裏ビデオを製作していることはすぐに調べが付いた。

 掲示板上でチーム花沢の実名を出し誹謗中傷を繰り返していたことも。


「掲示板上に置ける私達に対する誹謗中傷を訴えるための民事手続きも完了だ。余罪もあるようで少なく見積もっても懲役6年は堅いと見ている。全く、お前は詰めが甘い。挑発するなら、徹底的に、社会的に叩き潰すまでやらないと」

「………………」

「何とかいえ」


「早死にしそうだよなお前。外的な要因で」


「……直接顔を見せて敵の前に立つお前よりは長生きすると思うがな。ゲーム内で大津恭平から連絡があったときも、わざわざ達樹に割り込んで挑発して、大津の怒りをかぶりに行っただろう」


 達樹が大津に食って掛かるような返事をした時、これはまずいな。と百合は舌打ちしかけた。

 あの手合いの連中とこじらせては達樹の身が危険だ。なんだかんだ言っても、達樹はまだ中学生なのだから。

 だけど、自分で喧嘩を売りに行ったのだ。何が起ころうとも対処する覚悟があってのことだろうと傍観するつもりでいたのだが――竜神が割り込んだ。


「達樹は夜遊びしてるから、あの手の男の矢面に立たせたら危ねーだろ」

「お前はあいつの兄ちゃんか」

 百合は思わず突っ込みをいれてしまう。

 そんな百合に、竜神は素直に礼を言った。


「ありがとう。連中の仲間へのけん制にもなるだろうしな。助かった」


「お前のためにやったんじゃない。未来のためにやったことだ」

「……オレに褒めろっつったろ」

「知らんな」

 本当に面倒くさい奴だ。竜神はさっさと追い払おうと手元にあったパンを投げた。


「礼。やるから教室へ戻れ」


 百合は受け止めたパンを見る。『バターロールわさびしょうゆ味』――――。


「嫌がらせか」

 とても食べられるようなパンではない。こめかみに血管を浮かべつつ竜神に問う。

「未来に買ってきたんだよ。あいつ変なモン喜ぶから」

「あぁ……。先日、『炭酸飲料コガネムシ味』を渡されて丸一日考え込んだんだが……純粋に好意からのプレゼントだったのか?」

「そりゃ間違えなくあいつの全身全霊の感謝の気持ちだな。珍しいジュースで喜ばせたかったんだろ。ゲームで迷惑掛けた侘びかなんかじゃねーの?」

「お前、ちゃんと躾けておけ。わかりにくいなんてレベルじゃないぞ。一歩間違う余地も無しに嫌がらせだろうがコガネムシ味は」

「販売してる会社があるんだから諦めろ。オレもこないだメロンパンバーベキュー味食わされたばっかなんだよ」


 未来は変なものを喜ぶバカではあるけど、幸いにも味覚は正常で、メロンパンも竜神一人に押し付けられることはなく、半分こしてお互い不味いといいながら完食したのだけど。


「そういえば達樹もチョコボール紅生姜味を食わされたとか喚いてたな。芸人でもないのになぜネタ食品に体を張る」

「しらねーよ」


 百合はPCを持ち直して言った。

「これでお互い貸し借りはなしだな」


「貸し借り?」

「ガーディアンだ。チームの盾役、ご苦労」


「……借りを返したんだったら、礼言わせるんじゃねーよ」

「それとこれとは話が別だ。私の努力には態度で示してもらわないとな」


 ガーディアンで守られた事に対する礼は言って無いのに、竜神からの礼は言わせようとする百合にしばし言葉を失うのだが、


「もう慣れたからオレにはいいけど、他でそんな態度とるなよ。無駄に敵増えるぞ」

「お前は兄ちゃんか(二回目)」



 同時刻、教室では。



「あ、先輩何食ってんすかー、いっこちょーだい」

 遊びに来た達樹が未来の持つスナックの袋に手を伸ばした。ポテトチップスだ。

 達樹は口の中に入れて――。


 うっ! 広がった味に思わず吐き出しそうになってしまい、慌てて口を押さえて飲み込んだ。


「な、なんすかこれ! 激マズ!!」


「ポテトチップスプラスチック味。覚悟してたけど、ほんっとまっずいなー」

「せめて食いモノの味買ってくださいよ!! プラスチックはねーだろ! すっげーまっず!」


「君も学習しないよね……。こないだも勝手に手を出して、ピーマン入りミニシュークリーム吐き出しそうになってたのに」

 浅見が横で苦笑する。


「竜神にも食わせてやりたいな。ちょっと行ってくる。俺の席使っていいぞ浅見」

 ポテトチップスの袋を持って立ち上がった未来に、達樹は慌てて聞いてしまう。

「な、なんでそんな嫌がらせするんスか? 竜神先輩になんかされたんですか?」

「されてねーよ? 珍しい味のものって食べてみたいだろ?」

 いや、限度あっし。達樹が答える前に未来は教室を出て行ってしまった。


 未来が屋上に上がると、給水塔の影に、予想通り竜神が座っていた。

 前には女子生徒が立っている。百合だった。


「あれ? 百合? お前もこの場所知ってたのかー。竜神と俺しか知らないと思ってたのに」

 この場所を未来に教えてくれたのは竜神だ。

 誰にも言うなと念を押してきたのに、百合には教えていたのかと少々拗ねたような反応をしてしまう。


 百合は可愛らしく唇を尖らせる未来を微笑ましく見て、PCの電源を落とした。


「面白いものを見つけたからお前にプレゼントだ」

 どう考えても人間の食べ物ではない(かといって他の生き物に食べさせるのも虐待になりそうな)バターロールわさび醤油味を未来に手渡した。

 竜神から貰ったものだというのに、本人の前で他人に渡す、しかもさも自分が買ってきたような顔をして渡すという暴挙に出ている。


「え!? いいの? ありがとう百合! これ、お礼にお一つどーぞ」

「ありがとう」


 差し出されたポテトチップスを一口食べて百合は口元を押さえた。


「おまえ、これ!」


 パッケージを確認して「プラスチック味ってなんだ!」百合は容赦なく未来のほっぺたを抓り上げ、涙目にさせてから降りて行った。


「怒らなくてもいいのに。はい。竜神もどうぞ」

「……百合に抓られたのに、また人に進められるってすげえ根性してんな」

「プラスチック味なんて一瞬で店から消えるに決まってるだろ? 二度と売り出されないだろうし、今食べておかないと勿体無いぞ」

 別に一生食えなくても何一つ困ることなんてないのだが。竜神は一つ口に入れた。

 想像以上に不味い。芋を冒涜してるとしか思えない。


「これも半分こしような。放課後に食べよ」


 バターロールをかざしつつ、未来は竜神の隣に腰を下ろした。

 百合の登場で中断していた食事を再開させようと、パンの袋に手を掛けていた竜神だったが、ふと、未来の小さな体を見下ろして肩に掌を乗せた。


 丸くて、柔らかくて、小さくて、細い。力を入れたら簡単に砕いてしまいそうだ。

「ん」

 ポテトチップスをせびられたとでも思ったのか、未来が袋を向けてくる。

「ちげー。いらねえよ」

「?」

 不思議そうな瞳が見上げてくる。


「……オレの事怖くねーのかよ」


 竜神は弱い人間への暴力に対して嫌悪感にも近い抵抗感があった。

 未来のような小さな女に手を上げることを想像するだけで精神が軋むのに、バーチャルな世界とはいえ殺してしまうなんて。


「なんで?」



 未来は心底不思議そうに目を瞬かせた。


「……お前を殺したから」

「? 俺が殺してくれってお願いしただろ?」

「ならいいけど」

「竜神って時々わけわかんねーよな」

 笑う未来の掌が竜神の頭に乗った。


 丁度その時、予鈴がなった。


「あ、教室戻んなきゃ。お前、またサボるの?」

 竜神の頭を押すように力を入れて立ち上がる。

「飯食いそこねたから、六時間目に戻る」

 手すりのように頭を使われながらも、竜神は答えた。


「そっか。んじゃ、俺戻るな」

「待て、手、貸すから」


 屋上は立ち入り禁止区域で、ドアは完全に施錠されている。ここに上がるには、使われていない資料室の天窓を上がってこなければならない。踏み台に使うのはピラミッド状に詰まれた机だ。バランスを間違うと机ごと床に落ちる羽目になる。


 手を取って、未来が丸い天窓を通り机の上に降りるのを手伝う。バランスが安定したのを確認して、手を離そうとして、未来が見上げているのに気が付いた。


「いつも、迷惑ばっかかけてごめんな。ありがとう竜神」


 繋いだ手に、未来がきゅ、と力を込めたのが判って、竜神は搾り出すように答えた。


「迷惑なんか掛けられてねーよ。オレこそ、ちゃんと守れなくて、すま」

 未来の小さな掌、短くて柔らかいちっさな指が竜神の口を押さえた。


「お前は充分守ってくれてる。ほんとにありがとう。嫌な思いさせてごめん。でも、また、あんな感じになったら、また、殺してくれよな」

「嫌だ」

 竜神はさっさと手を離して未来に背中を向けた。


「ゲームなんだからいいじゃねーか! お前親戚が俺を引いたから護衛してくれるんだろ!? 俺、男に襲われたらマジで精神がアレでアレなことになるから頼むってまじで! 竜神!」

 ぎゃーぎゃー騒いでいたが、授業開始時間は容赦なく近づいてくる、未来は慌てて教室へ戻って行った。


 竜神は給水塔の影に戻り、自分の掌を見詰めて溜息をこぼした。


挿絵(By みてみん)

<<呉作様よりいただきました!ありがとうございますありがとうございます>>



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