Game Over
うつ伏せになった竜神の視界は狭かった。
未来を抱くキリとの距離が近すぎて、キリの足しか見えない。
浅見の「触らないでください!」の言葉に激昂したか、キリが横に数歩動く。竜神の目の端に、垂れ下がる未来の白い掌が現れた。
キリの動きに合わせふらふらと揺れていて、意識があるのかどうかさえ疑わしい。
(やべえな。さっさと下ろさせないと)
現状の打開より、未来から男を引き離すことが最優先だ。
竜神もまた、キリに言った。
「未来を地面に下ろしてください。男は本当に駄目なんです。――オレが信じられないなら、このまま殺して構いませんから、とにかく、未来は地面に下ろしてください。バーサーカーの弱点は闇魔法です。オレ、まだレベル低いから、闇魔法を使えば暴走状態になる前に殺せるはずですから――――祝福のキスは絶対に使わないでください。本気で、男が怖いんで、下手したら現実世界の意識まで駄目になってしまうんで」
いくらクラスメイトだと、警官の息子だと説得しようと、いきなり信じることはできないはずだ。
異常に身体能力が高く、暴走の危険性まであるバーサーカーを生かしたままにするのは抵抗があるに違いない。
相手の信用を得るためにも殺されておくべきだろう。
何よりここはゲームの世界だ。さっさとゲームオーバーになって現実世界に戻り、教師を脅して全員強制ログアウトさせよう。
竜神はそう判断して殺される道を選んだ。
「自分の弱点も言っちゃうわけ!?」
三月は驚いて叫び、「うー」とじたばた足踏みしてから竜神の横にしゃがみこんだ。ブレスに触れてウインドウを表示させる。
(嘘だよね、絶対、嘘だよね? バーサーカーの物語って、なんかこう、人殺して狂ってとか、そんなだよね? 弱点だって闇魔法じゃなくて、普通光魔法だよね? だってこの人等が普通に――友達だったら、あたしたち何のために――――)
慣れた手付きでウインドウを操作し、三月は表示される文章に目を通して、
「キリ!」
いまだ姫を抱くキリを呼んだ。
「この人達の言う事ほんとだよ! お姫様、地面に下ろしたげて!」
「は!? 馬鹿じゃねーの。姫様土の上に寝せられっかよ! つーかお前まじ馬鹿だな。進学校の連中なんかに言いくるめられてんじゃねーっての!!」
「キリキレ! いいから、早く下ろして!」
三月はウインドウを拳で叩いて顔を俯かせて叫んだ。
「てめー」
低く唸るようなキリの声に、三月はびくりと肩を跳ねさせた。
この声には聞き覚えがある。つい二週間前、縫うぐらいに顔を殴られた時に聞いた声だ。
「その呼び方すんなっつったろうが!!」
キリは未来を片手に抱いて、利き腕で剣を抜き、三月に振り下ろした。
「ひっ――」
ウインドウに手をやっていた三月は剣を抜くのが間に合わず、両手を突き出して目を閉じて蹲る。
そんな三月に向かい、剣は減速せずに振り下ろされた。
「!?」
三月の体が下から引っ張られ、うつ伏せに地面に引き倒された。
ザグン!!
「!!?」
剣が下ろされた衝撃が体に走るのに痛みは無くて、でも鼻をつんざく血の匂いに、三月は恐る恐る閉じていた瞼を開いた。
まず目に飛び込んできたのは、自分の鎧の首元を掴む大きな掌だった。
(え? まさか)
「仲間に何してんだお前……。信じらんねえな」
頭上から掠れた声が響いてくる。
――――竜神だ。
竜神が三月を引き釣り倒して、腕で剣を受け止めていた。
三月に『庇う』を使ったわけではない。振り下ろされる剣を見て、ただ純粋に竜神は動いていた。
裂かれた腹も胸も背中も腕も痛む。いや、痛む、なんて生易しい状態ではない。苦痛のあまり呼吸だけでも精一杯だ。
麻痺の効果が発動しているのに無理やり動いたせいで、体どころか頬や額の皮膚までビシリと亀裂が走り割れている。
それでも驚きの方が勝って、苦痛を忘れた。
まさか仲間に向かって剣を振り下ろす人間がいるなんて。
グラフィックはデフォルトのコート姿のままだが、竜神は鉄の鎧を装備している。その上、筋肉に力を入れて刃に構えたけど、腕は半分も切断され、骨まで到達してようやく剣は止まっていた。
キリが剣を抜くと同時に、三月の白の鎧に竜神の血が飛び散った。
「何お前。ゲームの怪我ぐらいヒール一発で回復するっつーの。屑野郎がヒーロー気取ってんじゃねーっての超うっぜー!!」
キリは竜神の肩を蹴りつけた。竜神は揺るがなかった。
「屑野郎はお前だろ。未来を離せよ。お前みたいな男が抱いていい子じゃねーよ」
竜神は未来に向かって腕を伸ばした。麻痺のせいで動きは酷く緩慢だったが。
「うっ……!」
腕を伸ばされ竜神の手に掴まれそうになって、キリは思わず数歩後退した。
先ほど食らった麻痺の痛みは尋常じゃなかった。あの痛さで、これだけの傷を受けて動けるなんて。
竜神の頭上に浮かぶHPバーを確認する。半分以下まで減っていたが、死亡まではまだ遠い。
一樹も、七斗も、十夜も、二葉も固まってしまっていた。
これ、誰が見ても悪役俺等じゃん。いや、違う。キリと一纏めにされたら困る。あいつはキレた馬鹿だから。俺達無関係ですから。
俺達はただ、姫を守りたいだけだから。姫をマワしてる、ヤクザと、ヤンキーと、悪人面の勇者の手から。
4人は武器を手にしたまま、戸惑いに考えを巡らせる。
(――けど、あの噂、ほんとなのか?)
(バーサーカー、ガーディアン使ってるし、三月まで庇ったぞ。あんな奴が姫苛めたりするか?)
(バーサーカーなんて職業になったぐらいだから乱暴な屑男だと思ってたけど、なんか、全然、)
(勇者だって、そういえば、どっかの街のNPCが言ってたような……。心身ともバランスが取れていて、正義感の強い人間にしかなれないキャラクターだって……)
(俺等、全員ガーディアン使えるけど、いっぺんも、誰も使った事ないよな。キリの馬鹿がさっさとレベルアップしたがって、レベル高い敵とエンカウントする地域に突っ込んで行くから、全滅しそうになったこと何回もあんのに。それでも、一回も、誰も)
(プリーストも勇者もバーサーカーも姫下ろせって言ってる)
(現実の意識まで駄目になるって、結構やばくねーかな)
(キリに言わなきゃ、下ろせって、言わなきゃ――でも、あいつ、またキレてる。言ったら絶対、こっちに向かってくるわよね。駄目、怖い。無理)
(掲示板の話って、本当なのかな? ひょっとして、騙されてねえ?)
(いや、沢山の人が書き込んでるんだ。嘘なはずねえ)
(余計な事考えちゃ駄目よね。とにかく今は、お姫様を私達のパーティーに匿うことだけ考えなきゃ)
(闇魔法のアイテムあったよな。とりあえず、暴走コエーからバーサーカーは殺して、他の連中は拘束して――――)
四人がそれぞれ考えを巡らせている中、キリは一人動いた。
「くそ、ぶっ殺してやる!!」
腕を伸ばしてくる竜神に怯えたような態度を取ってしまった自分が許せなくて、キリは未来の頬に手をかけた。祝福のキスを受けてさっさとバーサーカーを殺してしまおう。他の連中も、全員。
未来にキスをしようと、顔を寄せていく。
「やめろ!」「触るな!」「駄目だ!」
竜神が百合が浅見が叫ぶ。
未来の視界は、ずっと、ずっと真っ暗だった。
声も感度の悪いラジオのような雑音に塗れていて何も聞き取れなかった。
ただただ、自分を抱える男の姿ばかりが大写しにされていた。時折男が大声を上げて恐怖に呼吸が止まりそうになる。
真っ黒の中、頬を押さえつけられ男の顔が近づいてくる。あぁ、キスされるんだと思った。
恐怖と嫌悪感に体の中の何かが炸裂しそうになった。
『やめろ!』
竜神の声が聞こえて、(――そうだ、あいつなら、)
唐突に考えが閃き、未来は必死に言葉を紡いだ。
「りゅう、『――――』」
未来が小さく呟いた。
キスをしようとしていたキリにさえ聞こえない程度の声量しかなかった。
だけど、バーサーカーには聞こえてしまった。
ばり、と竜神の体に電気が走る。
「未来――――」
暴走状態の時と同じよう、体が勝手に動きはじめた。
竜神は自分の体を止めようと血に汚れた歯を食い縛り全身に力を込めた。
張り詰めた音を立て皮膚が千切れ血が流れる。骨が軋む音がする。背中と胸と腹の傷が、その部分から体が裂けるかと思うぐらいに痛む。血がゴボリと噴出す。筋肉が痙攣し、攣って、普段は意識などしない筋の流れを激痛として足先まで感じる。
動きを止めようとする竜神の意思と、姫の願いを聞こうとするバーサーカーの本能が攻めぎ合い、ぶちんとどこかの肉が切れる音がした。
それでも体は止まらなかった。
バーサーカーは姫の願いを拒絶できない。
『庇うな』!
34人に襲われた南星高校戦。
重力魔法でどこまでも落ちて、ようやく着地できた木の上で未来が竜神にそう命令した。
現実世界の出来事であれば、未来が怒ろうが泣こうが喚こうが、抱え込んで庇っていたはずだった。
それなのにあの一言で竜神は動けなくなった。
バーサーカーは己の意思に関係なく、姫の命令に絶対服従させられていた。
また、あの時と同じように、竜神の体が勝手に姫の命令に従っている。
(冗談じゃねえぞ)
必死に体を止めようと力をいれるけど全く言う事を聞かない。
「――――おい、三月、そいつに攻撃しろ!!」
キリはどこか呆然としている三月に命令した。
馬鹿な三月に命令するよりも、姫にキスをさせてレベルを50上げた状態で竜神と戦うべきだ。
頭のどこかではそう理解しているのに、姫を引き寄せることができない。
引き寄せたが最期、キスさせるほんの数瞬の間に、自分の体が脳天から股までバーサーカーの一太刀で真っ二つにされてしまいそうな恐怖に襲われていた。
三月は動かなかった。
「三月! 何してんだよ!」
七斗と十夜が剣を構えて走る。
「撤回しろ、未来!!」
チームテンプルナイトの動揺など構いもせずに、竜神は未来に向かって叫んだ。未来はキリの腕の中でただぼんやりと俯いている。
(冗談じゃない、嫌だ。絶対に嫌だ!!)
意識は拒絶しているのに竜神の腕は勝手に動く。
「早く……!」
竜神は武器を構え走ってくる十夜に言った。
「早くオレを殺してくれ!!」
「え?」
竜神が叫んだ思いもよらない言葉に、十夜は戸惑って足を止めてしまった。
「どういう――」
意味だ?
十夜の質問が言葉になるより早く、
竜神の体は、勝手に、背から剣を抜いて――――、キリに向かって投げた。
キリは防御できなかった。
「うわぁああああ!!!」
バーサーカーが使うのは一際巨大な大剣だ。
飛んでくる刃物に対する恐怖に叫ぶ。
だが剣が狙っていたのはキリではなかった。
キリが抱き上げる、小さな体を貫き、裂いた。
『チーム花沢 ゲームオーバー』
機械音声が告げる。
ウインドウさえ表示されないまま、
バーサーカー 竜神強志
勇者 浅見虎太郎
シーフ 王鳥達樹
ファイター兼チームリーダー 花沢百合
プリースト 熊谷美穂子
そして、姫 日向未来
六人の姿はゲームから掻き消えた。
チーム花沢百合の目標は、『姫を守って女神に育てる事』
姫が死亡したら、ゲームオーバー――――。
バシュとどこかで音がして、意識が現実に戻ってきた。




