二十話
翔太は続いてキャプチャを表示した。
こちらを睨む「シーフ」、その後ろで泣きそうな顔をして俯いている「姫」、姫を上から睨みつける目つきの悪い「勇者」。
それから、姫と結衣、翔太が話している時に、後ろで様子を伺っていた「バーサーカー」と「プリースト」。そして、その後ろに立つチームリーダー「花沢百合」。
「おー、まじヤクザじゃねーか。でけーしコエーな。こいつがバーサーカーか?」
七斗が竜神の足を蹴りつける仕草をしながら聞く。
「そ。横の茶髪の女がプリーストで、後ろがチームリーダー花沢」
「へー、プリーストは結構可愛いじゃねーか。花沢は陰険そうな顔してんなー。女の癖でけーし」
「姫が男にちやほやされんのウザかったんだと思うよ。翔太も魁人も愛翔もヤラシー目で姫ガン見してたし」
奈緒がからかうように言う。
「や、やらしい目なんかしてねえよ!」
「してたしてた。姫、近くで見てもほんと可愛かったから無理ないけど」
同意するのは結衣だ。
「してねーっての! 話逸らさせるなよ! 後ろにいる勇者さ、姫が俺等と話したことに文句いってる感じだったよ。姫もすげー怖がってて可哀想だった。こっち睨んでるシーフは……まあ、説明する必要もねーか。なんでこんなヤンキーとヤクザがゲームのモニターに選ばれたんだか」
翔太は大雑把に説明したのだが、チーム花沢からすれば、見事な言いがかりのオンパレードだった。
竜神は「めんどくせえことになりそうだなぁ。未来、体触られてしんどそうだな。女相手でも駄目なのか」と心配していて、
美穂子は「お友達ができるかなー。未来やっぱりちっちゃくて可愛いなあ。お姫様とか未来にぴったりだなー」と無邪気に考えていて、
百合は「未来はなぜ話をするだけでびくびくしてるんだ。何が怖いのかさっぱり理解できんな……あの状態で首筋を舐めたらどんな反応をするかな」と、どうしようもなくて、
達樹は「人が連れてる女、エロイ目で見てんじゃねーよまじむかつく。そりゃこの人おれの彼女じゃねーけどさぁ!」と男に対してガン切れしていて、
浅見はただただ「注目されて怖かっただろうな。知らない人と話すのって緊張するし……」と未来を気遣っていただけだった。
「ふ――――ふざけんじゃねえよくそがあああ!!」
鉄の鎧を着た男子が両手剣を振りかぶって、竜神に切りかかった。当然ながら映像なので剣はすり抜けていったが。
「こんな子好きにしやがって、ぜってーぶっ殺してやる!!」
梶村 キリ(かじむら きり)だ。
身長180もあるだろう少年が、映像の竜神に、浅見に、達樹に剣を振り下ろす。
「またキリがキレてるー。キリキレー」
三月がそんな少年を見て、面白そうに笑う。
「ば、ばか!」二葉が止めようとするけど間に合わず、キリは三月を睨みつけた。
「お前、それ、言うなっつったろうが」
「えー? そだっけ?」
三月はこて、と首を傾げる。
「何べんも言っただろうがクソ女!!」
キリは剣を三月に振り下ろした。
「ぎゃー、剣はやめてよー」
三月も細身の剣を抜いてキリの剣を受け止める。
「お、おい、キリ、やめろよ! 皆見てるだろうが」
一樹が赤の鎧を鳴らして駆け寄り、三月に何度も剣を振り下ろすキリの肩を引いて止める。
「あぁ!?」
キリは小柄な一樹を上から睨み付けて、威嚇するような声を出したのだが、確かにギャラリーに注目されていて、女プレイヤーには明らかに引かれているのがわかって、諦めて剣を収めた。
「三月! いい加減にしなさいよ! あんたこないだも同じこと言ってキリに殴られたばっかでしょ!」
二葉が小声で三月を怒鳴りつけた。
「え? そだっけ」
「顔面殴られて口の中切ってたじゃん!」
「あ! 思い出した! あたしあの後ご飯食べられなくてお腹空いて大変だったんだよ! 顔も超腫れたしぃ」
「だから言うなって! あいつすぐ切れるんだから!」
「気をつけるー」
へら、と三月が笑う。
キリは頭に血が上ると女だろうと男だろうと見境なく暴力を振るわずにはいられない男だった。
つい二週間前も三月はキリを怒らせ、頬を拳で殴られ、口の中を二針縫う怪我をしていた。ゲームの世界ではなく、現実世界――学校での出来事だ。顔が腫れて食べ物を食べることさえできずに、カロリーメイトのジュースタイプで凌いだというのに、まったく三月本人が懲りてない。
ギャラリーで見ていた連中は、キリのキレ方と、どうにも頭の足りない様子の三月に、男も女も関係なく引いてしまっていた。
(こんな連中に任せて大丈夫なのか?)と。
さっきまでは救世主のように見えていたが、急に不安になってきた。
「それにしてもお姫様ってほんっとに綺麗だなー。触って良いかなー」
三月は何の躊躇もなく未来の胸に指を伸ばした。当然ながら映像なのですり抜けてしまう。
「やめなさい。アンタ相変わらずおっぱい星人なのね」
「おっぱい星人って元ネタなんだろうね」
顔を未来の胸に埋めながら三月が言う。
「知らん。どうでもいい」
三月の疑問を二葉が疲れた様子で切り捨てる。
「こいつらのレベルって今どれぐらいなんだ?」
十夜の疑問に、一番近くにいたシーフが手を上げた。
「はい、サーチしました。レベルとHPしか判らなかったんですけど」
『解析』と違い、シーフの『サーチ』は対象者に気が付かれないように行使できる。
サーチでわかるのは対象者のレベルとHP、MPだけだが。
シーフの男子はキャプを指差しながら報告を始めた。
「『シーフ』レベル19、HP1380 MP350」
「『ファイター』レベル18、HP1250 MP300」
「『プリースト』レベル28、HP1420 MP750」
「『勇者』レベル18、HP1430 MP430」
「『バーサーカー』レベル16、HP2250 MP28」
「結構レベル高いな。姫の『祝福のキス』を使われたら平均70ぐらいあるじゃねーか。俺等と競ってる」
七斗が爪を噛む。
「しかもあっちは魔法も接近戦も回復もオールマイティな勇者だの、HPも攻撃力も高いバーサーカーだの、回復専門の魔法使いだのバランス取れてるし」
「直接戦ったら普通に負けるなこれ。姫様のキスだけは阻止しないと」
レベルを報告したシーフの横に立つ魔法使いが口を開く。
「南星高校の連中、全滅しちゃったからペナルティで一日経過するまでログイン出来ないんですけど……、『遺言』システムにチームメッセージが残ってました。バーサーカーの暴走で20人以上やられたそうです。暴走してるくせ、索敵能力もあるみたいで、隠れてた魔法使い系もすぐ見つかったって。んで、攻撃力が異常に高いからほぼ一撃死」
「なんじゃそりゃ。暴走っていえるのか?」
「虐殺モードっすなぁー」
三月が笑う。
「もういいから、さっさとお姫様助けに行くぞ」
キリが言って、仲間の返事も待たずに歩き出す。
「おい、大丈夫なのかよ! 俺達も行こうか?」
海の付く苗字ばかりが集められた、チームポセイドン――翔太と結衣のチームが前に出た。
「俺達、レベル40超えてるから戦力になると思うけど」
「40じゃあ万一姫の能力使われて、バーサーカーが暴走しちゃったら即死だろ。俺達だけでいいって」
七斗が手を振った。
「そうそう。心配すんな。作戦もあるし」
十夜も答え、
「大鷹の塔なら、絶対一人は呪いを受けて帰ってくるだろ? 姫は戦力外で、実質4対6だし、いけるって」
一樹が笑う。
「んじゃ、行ってきまーす! 絶対助け出してくるからねー。んでお姫様、うちのマスコットにするんだー。丁度いいよね、騎士のチームにお姫様って! おっぱい揉み放題」
「あんたね……、やめなさいよ。引かれるわよ普通に」
今の未来は半裸だ。女相手だろうと見知らぬ相手に胸なんか触られようものなら、叫ぶこともできずに座りこんで蹲り震えるだろう。引かれる程度では済むはずも無い。友人である百合にさえ、触られることが怖くて一睡もできなかったぐらいだ。
ナイトだけのチームとはいえども、チームテンプルナイトはこのゲームのストーリーを半分も進めていた。
当然ながら、装備品の攻撃力、防御力、補助アイテムそして、使いきりアイテムまで、チーム花沢のものとは比べ物にならないほどに強いものばかりだ。
そんな強豪チームが迫っているなどとは知りもせずに、未来、花沢、竜神、浅見、達樹、美穂子の六人は塔を抜け、馬車へと足を進めていたのだった。




