十六話
「なぁ」
翔太が声を掛けると、姫は怯えたように肩を竦めて「な、なんですか?」と消え入りそうな小さな声で返事をした。
丸く大きな瞳は何か縋りつくものでも探しているように不安定に揺れている。
「よかったら俺等のチームに入らない?」
そう告げると姫は酷く驚いたように瞠目した。
その表情はまるで、囚われた子供が救いの光を見つけたかのような、いとけない表情に見えた。
(たすけてくれるの?)そう問われている気がした。
やっぱりそうだよな。そのチームにいるの怖いんだよな。声に出して聞きそうになってしまう。
(小さいな)
初めて見た時から小さいとは思っていたけど、こうして近寄って見ると改めて小さくて驚く。
身長も低いけど、体のパーツ全部が小さい。こんな小さな体、自分どころか結衣でさえ簡単に押さえつけられるだろう。
姫は怯えたように横目にバーサーカーを見上げ、顔を伏せて答えた。
「いえ、わ、私、友達とゲームしてますので……」
姫の瞳には涙の膜が張っている。完全に怯えている。
(まさか――――)
こうして他人と話したことを、後からあの柄の悪い男達に責められるのでは無いだろうか。
ひょっとして、ドレスに隠れているだけで、この子の体は暴力の痣と傷だらけじゃないんだろうか。
すっと翔太の背中が冷える。
どうにか言葉を尽くして、この小さな姫を、穏便に、乱暴そうな男達から救出しなければ。それだけしか頭になくなってしまった。
自分が悪者になってもいい。この後バーサーカー達に狙われてもいい。とにかく、この小さな女の子を救出しなければ。
「その傷……、あいつら、あんたのこと守れてないじゃないか。俺達、ゲームに慣れてるから怪我させないよ」
「背中の傷。ひどいよ! 女の子の体にこんな大きな傷付けるなんて! 私達とおいでよ! パーティーレベルは40越えてるから、絶対怪我なんかさせないから!」
結衣が姫の手を握る。
そのまま離すな。結衣。
奈緒も安心させるように姫の肩に触れた。ひ、と姫は息を呑んで後ろを振り返った。バーサーカーの顔色を伺っていた。
「そ――それに、PKしてるなんてどう考えても変だよ」
そうだ。バーサーカーがPKしていたから。
PKなんて現実世界の殺人と変わり無い。
プレイヤーを殺して武器や金銭を強奪する行為なのだ。どう考えてもまともな神経の持ち主ができる行為ではない。
バーサーカーがPKしていたから、南星高校の連中が姫を助けるために頑張ったんだ。あいつさえ居なければ。
「違います!」
姫が泣いているみたいな声を上げた。
翔太に向かって一歩踏み込む。
ふわりと甘い香りが漂ってきて、一瞬意識が反れてしまった。きちんと姫の言葉を聞かなければならないのに、香りを堪能するため意識を全部そちらに向けたくなってしまった。
谷間が大きく晒された胸が柔らかそうに揺れる。(うわ、エロ!)どこもかしこも小さいのに胸だけは大きいだなんて反則だ。
「――!!」
思わず胸を凝視してしまった。おまけに、胸に視線が行っているのに姫が気が付いてしまった。
姫も自分の格好を今更思い出したかのように、息を呑んで耳まで真っ赤にして俯いて、口元に両手を上げる。
「翔太……」「あんた……」
結衣と奈緒に呆れた声を上げられてしまい、慌てて「ご、ごめ!」と謝る。
「い、いえ、こんな、ばかみたいな格好してるから……、でも、その、これ、初期装備で……その、すいません……」
「貴方が謝る必要なんてないよ! 装備品だってことは判ってるから! ていうか馬鹿みたいな格好じゃないよ、超可愛いよ!」
「な、なんで馬鹿みたいとかいうの!? 誰かに言われたの? 装備品なんだから仕方ないじゃん、気にしちゃ駄目だよ!」
結衣と奈緒が続けて言うと、姫は驚いたみたいに二人を見上げた。
「――――よかった」
怯えた表情だった姫が、初めて笑顔を見せてくれた。
正確に配置された大きな両目、可愛い鼻、柔らかそうな唇、カーブして小さな顎に続く頬の美しいライン。人間離れした、創造物のような、どこか近寄りがたくさえある完璧な美貌が一気に親しみやすい印象へと変わる。
姫なんて余所余所しい呼び方をしたら、この子を傷つけてしまいそうな。
名前を――それも苗字ではなくて下の名前を呼び捨てにしないと姫に遠慮させてしまいそうな。
君と俺の間に距離なんてないから、何でも甘えて欲しい。そう伝えてしまいたくなった。
姫は真っ赤になった顔で俯いて言った。
「傷を気にしてくださってありがとうございます。この傷、パーティーのステータスが上がる特技で、ただのグラフィックなんです。皆は関係ありません。傷をつけたことを怒られたぐらいなんです。PKだって、こちらから仕掛けたりなんてしてません。私達、全員生きてるのが不思議なぐらい大人数に襲われたんです。さっきの全滅の放送聞きませんでしたか? 三十四人に襲われたんです」
姫の体は震え、声はところどころ裏返っていた。
そう言えと指示でもされていたんだろうか。
「もういいから一緒においでよ。レアクラスプレイヤーだから誘ってるってわけじゃないから心配しないで。貴方を守りたいの」
奈緒が小声で姫に告げる。姫は顔を伏せて首を振るばかりだ。
諦めて、奈緒と結衣は姫の体から腕を離した。これ以上言っても駄目だろう。やはりまず、男達を何とかしなくては。
「気が変わったら連絡して。俺達の仲間になったら、絶対守るから」
自動で連絡先が更新されるプレートを差し出すけど、姫は首を振った。
「いりません、今の仲間が守ってくれるから、大丈夫ですから……」
「私達が貴方のこと守るよ」
「大丈夫です、だから、本当に、」
「未来、落ち着け。心配してくれてる人相手にテンパるんじゃねーよ」
バーサーカーが姫の頭に掌を乗せて制止した。
PKに手を染めた、姫を捕らえている屑野郎。
その黒い汚い掌で姫に触るな。翔太や愛翔、魁人、りくだけではなく、結衣と奈緒も視線を尖らせてバーサーカーを睨みつけた。
こうして近寄ると判る。姫とのありえないぐらいの体格の差が。
姫の身長はバーサーカーの胸までしかないし、腕も、足も太さが二倍は違う。
こんな男相手では、腕を振り上げられるだけでも怖いだろう。殴られたら抵抗なんてできないに違いない。いや、抵抗したとしても適うはずがない。
翔太自身でさえ、喧嘩を売るにはそれなりの覚悟がいった。
ゲームの世界でレベル差と経験の差があるからまだ、ましだけど、現実世界でこの男と対峙して喧嘩が出来るかと問われれば、瞬時に無理だと答えてしまう。平気で刃物を振り回してきそうな顔をしているし。
身構える翔太に、バーサーカーは意外にも柔らかい笑顔を見せて、頭を下げてきた。
「心配してくださってありがとうございます。オレ達、ゲーム始めたばっかなのにあっちこっちから襲われて本気で参ってるんです。オレなんかいきなり頭打ち抜かれて死にかかったし。ヘッドショットされたことあります? 正直トラウマになりましたよ。よかったら、今度プレイヤー戦になったとき助けてください。オレのアドレス教えますんで。美穂子、お前のアドレスも渡してくれよ」
「うん! はじめまして! 私、熊谷美穂子っていいます! 良かったらお友達になってくれると嬉しいです!」
バーサーカーが翔太に、プリーストが結衣にアドレスを渡してくる。
どこにでもいる学生のように話すバーサーカーと、普通の女の子にしか見えないプリースト相手に拍子抜けしそうになるものの、騙されては行けないと目に力を込める。こいつらは姫を捕らえている連中なのだ。
こいつらの動向を知るためにもアドレスを受け取る必要があった。翔太と結衣もそれぞれ渡す。
姫はいつの間にか、チーム花沢の連中に連れて行かれていた。
いつの間に!
くそ、姫を連れて行くために話しかけてきていたのか。油断した自分を責める。
姫はシーフの後ろに捕らえられていた。横には勇者も立って、うな垂れて震える姫を威圧するように上から睨み付け、何か話しかけている。
(思った通りじゃねーか……!)
他の男と話したことを詰られているに違いない。
なんてことだ。予想しておきながら、防げなかったなんて。
柄の悪いシーフが殺してやると言わんばかりの目で翔太を睨んでいる。
今すぐにでも攻撃して奪い返したい。レベルは40まで上がっていた。姫が俺達の傍にいた今こそ攻撃のタイミングだったのではないか。街の中ではプレイヤー戦はできない設定になっている。が、門はすぐ横にあるのだ。
姫の手を引いて外へ飛び出し、キスをしてもらえればすぐにでも倒せたのに!!
翔太は自分の甘さに舌打ちしたくなった。