十一話
「『蘇生』!!」
達樹と未来の間に、ピンクの宝石を付けた杖が割って入った。
響くのはふわりと安心するような優しい声。
「美穂子ちゃんんんん!!」
「美穂子!!」
美穂子の杖から光が迸るものの、竜神のウインドウにはmiss!の文字が表示される。
未来は飛びかかるように美穂子に抱き付いて頬にキスをした。
「もう一度頼む!」
「『蘇生』!」
杖からピンクの光が迸り――――。カウントダウンが止まり、竜神の形に光が集まって、弾ける。竜神が戻ってきた。
体にも服にも傷一つ無い姿で。
「竜神んん!!」
「先輩ー! よかったあああ!! もう駄目かと思ったっすよー!!」
倒れこみかけた体を未来と達樹で支える。
達樹も未来もガチで泣いて意識の無い竜神にしがみ付く。未来はすぐにはっと肩を揺らして美穂子を振り返った。
「すぐに全員回復してくれ!」
「うん」
言われるまでもなかったようで、美穂子はすでに杖を振り上げていた。
「『ヒール』!」美穂子が呪文を唱えるたびに浅見や百合の頭上で煌くエフェクトが弾ける。未来と達樹の上にも。
傷が塞がると同時に服の傷も修復された。
「あ! あの人やべえじゃん!」
達樹は飛び上がるように立って流れた涙を拭う暇もなく走り出す。
ダガーを投げて援護したのは浅見だ。
「浅見さん!」
瀕死状態だった敵に浅見の剣が振り下ろされる。その半瞬前に、達樹のダガーが刺さって死亡のウインドウが現れる。
「駄目っすよ浅見さん! あんた勇者なんだから殺しちゃ駄目ですって」
「あぁ、そうだったね。気を付けていたんだけど」
浅見は切りかかる槍使いの突きを避け、腹に剣を叩きこんだ。
刺した剣を抜かないまま胸まで裂くと同時に、槍使いが昏倒状態に陥る。噴水のように噴出した敵の血で右半身が汚れていく浅見の横から達樹がダガーを投げ、とどめをさした。攻撃をしながらも、達樹は「ひぃぃ」と情け無い悲鳴を上げてしまう。
「無言で切りつけるのコエーっすよ浅見さんキレたら静かになるのやめてくださいよ声出していきましょうよ!」
援護しながらも、達樹は浅見に突っ込みをいれずにはいられなかった。
見れば、浅見の足元には昏倒状態のプレーヤーが転がっていた。
見事に全員十分の一以下のダメージで倒れている。そういえば教師が説明していたのを思い出す。浅見は秀才だからと。
どこの部位にどれだけの攻撃をすればどの程度のダメージになるか計算して剣を振るっていたに違いない。
仲間を助けようと向かってくる敵を浅見に任せ、達樹は足元に転がる連中のとどめにいそしむ。
昏倒させた敵を達樹に任せて、浅見は剣を構え走った。
百合の背後からナイトが切りかかろうとしていた。
振りかぶられた剣を剣で止める。
力が拮抗して互いの剣が動かない。レベルの高い相手のようだ。浅見は躊躇わずにファイアーボールを相手の胸に打ち込んだ。
「ぎゃあああ!!」「うっ……!」
あまりの至近距離の爆発に浅見の腕も炎に焼かれる。
低く呻きながらも浅見は炎の残る空間に躊躇なく踏み込んで、ナイトの首に剣を叩きこむ。すかさずダガーが飛んできて敵をウインドウに変えた。
ほぼ同時に百合が戦っていた相手もウインドウに変化し――――。
ようやく、本当にようやく、辺りが静かになった。
「お、終わった……?」
浅見と達樹が周りを見回す。弾丸も、魔法攻撃も飛んでこないようだ。
「やっと終わったあああ! もーグロすぎっすよもー! 疲れたああああ!!」
達樹が大の字に地面に転がった。疲れた。本当に疲れた。未来が傷だらけになるわ竜神が死ぬわ浅見が血まみれになるわ心がへこたれた。もう二度とPKなんてやりたくない!
浅見も剣を地面に落として座りこみ、片足を投げ出し、片足を立て、額を膝に乗せた。
敵が消えると同時に血のグラフィックも消えて無くなる。
あれだけ凄惨な戦いだったと言うのに、踏み荒らされた形跡もなく雑草が風にそよいでいて、そこここに敵プレイヤーが残したアイテムの紙やら袋がなければ、悪い夢を見たとでも思ってしまいたいぐらいだ。
剣を強く握りすぎて痺れる掌を拳に固めた。
竜神が、未来が傷つけられて、次から次に襲いかかってくる暴力から彼等を守りたかったとは言え、よくもまあ躊躇いも無く人に刃物で切りかかれたものだと自分が怖くなる。
しかし戦わなければ、友人達は殺されていた。
人を刺す感触が気持ち悪くて今更ながらに指先が震えてくる。
それでも、再び襲われることがあれば、必ず戦えると確信があった。
突如頭の上で光が煌き、浅見の火傷や服を修復してくれる。
(え?)
こちらに杖を向けた美穂子が遠くでにこりと微笑んで手を振った。
あぁ、ようやく合流できたと安堵して浅見も美穂子に手を振り返す。
「あれ? そいつ、始末してなかったんスか?」
寝転がったまま達樹が百合を見上げる。彼女の足元には男が一人転がっていた。
「あぁ」
気絶している男が掴んでいた銃を取り上げ腕を踏みつけると、百合は浅見に言った。
「ヒールをこいつにかけろ」
「え? うん」
考えあってのことなのだろう。浅見は質問はせずにヒールを掛けた。光のエフィクトが弾け、昏倒状態だった男のHPが全快する。
起き上がる前に百合は男の胸を踏みつけて、頭に向かって発砲した。
パン!
男の頭から放射線状に血が広がる。
「よくも狙撃なんてしてくれたな」
パン!
次に左肩を撃つ。
「あくまでプレイヤーなのだから、やっていいことと悪いことがあるだろう?」
パン!
今度は右肩を。
パン!
「殺さないで? よくもまあ厚かましい事がいえるな」
命乞いの声を無視して淡々と撃ち続ける百合に、達樹と浅見は震えることしかできなかった。
百合もまた自分達と同じように、竜神への狙撃にショックを受けていたのだ。仕返しの方法が尋常でないのが彼女らしいといえばらしい。
ガンナーがウインドウ状態になり、カウントダウンが終わると、葬送曲のようなメロディが流れてきて機械音声が響いた。
『チーム南星高校、34名全滅です!』
「…………」
「…………」
「ひょっとして、おれ達襲ってきた連中っすかね」
「三十四人もいたんだね……」
「な、何人殺したんだよおれ……」
「人聞きの悪い事をいうんじゃない達樹。殺したんじゃない。勝負に勝っただけだ」
「ソデスネ……」