20話 地下
「ボス……こっち」
「え、ちょっ……」
メッセージを見て呆けていた蓮也の腕を、琴葉がぐい、と掴んだ。
ログハウスの玄関を閉じると、蓮也の反応を待たずに部屋の奥へと引っ張っていく。
そして琴葉は床下を開くと、蓮也に入るよう促した。
「……入って」
「でもここって……」
「早く」
「う、うん」
有無を言わせず、といった琴葉の口調に、すぐさま蓮也は床下の穴へと入った。
「少し暗いから気をつけて」
「うわっ!?」
スタッと穴へと降り立った琴葉は、再び蓮也の腕を掴んだかと思うと、もの凄い勢いで走りはじめた。
腕を掴まれている蓮也もそれにつられ、足を速める。
足を踏み入れたのは、蛍光灯が弱弱しく明滅する薄暗い通路。
どうやら、蓮也が先程落ちてきた幼竜の遊び場ではなく、別の場所に繋がるルートのようだ。
「こ、琴葉? 一体何処に――」
「中央棟」
「なんで!? 中央棟付近で暴走がって……」
「大丈夫……この地下通路は、中央棟の地下に繋がってる。……暴走体とは接触しない」
「へぇー、地下にそんなものが……って、そうじゃなくて! なんで中央棟に行くのかって!」
「佐々木せんせ……呼んでる」
それ以後琴葉は口を開かず、しかし走る足だけは止めない。
……こんな状況で――佐々木先生が? 琴葉を?
解決されるどころか、浮上する新たな疑問。
だが、琴葉の放つ雰囲気にあてられ、蓮也はなにも言えず、導かれるままに駆けた。
タッタッ、と二人の足音だけが反響する地下通路。
薄暗く、また目立った景色の変化もない。まるで、果てのない道をどこまでも走り続けるような感覚。
そんな虚脱感が蓮也を取り巻きはじめた頃。
前方に、より一層強い光が見え、蓮也は咄嗟に目を細めた。
視線の先、明かりに照らされているのは、灰色の扉。
「……少し待ってて」
琴葉は囁くように言うと、一直線にそれに駆け寄った。
そしてようやく蓮也の腕を離すと、扉に取り付けられた機械にフレットを押し付けはじめる。
ピッ、ピッ、ピッ、と単調なリズムで鳴り響く電子音。
「…………」
その間、なにもすることのない蓮也は、この地下通路のことを考えていた。
一般生――要するに、所属学科が決定する前の生徒には、この島の詳しい情報というのはあまり開示されていない。教えられるのは、規則など、生活に必要な最低限のもの。
というのも、エリア移動禁止の規則もあり、まだ教える必要がないと判断されているからだ。召喚儀典後にエリア移動が解禁され、オリエンテーションや科の先輩などに教わったり、自分の足で確認したりしてようやく、色々と知ることができる。
一般生でも知り得ている情報は、例えば街の存在であったり、大雑把なエリアの情報であったり。エリア移動に必要な、交通機関などもそうだ。
そういった事情などもあり、加えてオリエンテーションに出席していない蓮也であるから、この地下通路の存在も先程知ったばかりである。
いや、勿論そういった類のものはあるだろうと予測はしていたが、実物は初めてだ。
しかし――。
……ここって、俺が入ってもいいのか?
エリア移動が解禁されたからといって、何処に行ってもいい、というわけではない。
職員以外の立ち入り禁止やら、許可された生徒以外の立ち入りを禁止する規則など、当然存在する。
破った者には相応の処罰が下されるのだが――。
「行く」
いつの間にか、灰色の扉は開いていた。ちょうど二分したかのように、左右に退き、真ん中が口を開けている。
琴葉の声で我に返った蓮也は、疑問など忘れ、慌ててその間に身を滑り込ませた。
蓮也が扉の向こうへと出て数秒、背後でガシャン、と一人でに扉が閉まる。
しかし蓮也は、そんなのは気にも留めなかった。
扉の先にあった光景に、驚きを禁じ得ないでいたからだ。
「……こ、ここは!?」
広い空間。部屋の隅には、用途不明の機械がズラリと並んでおり、宙には数々のモニターが浮かんでいる。
そして中央には、レラシオネス全土が記載されている地図を乗せた長方形のテーブル。それを囲うように、椅子が並べられている。
「来たか……ん?」
不意に、部屋の奥から声が聞こえた。視線をモニターから外し、そちらを見る。
そこにいたのは、佐々木だった。やはりというべきか、蓮也の方を訝しげに見ている。
「……あー、なんとも不思議な組み合わせだが……藤條、どういうことだ?」
蓮也の隣に立つ琴葉に、佐々木が問いを投げかける。
「ボス……一緒にいた。ここ、連れてきた」
「……ボス?」
佐々木は胡乱な目で蓮也を見る。
蓮也としても、それは予見していた反応だった。しかし、どうにも上手く説明することができない。だから琴葉に任せようと、彼女に視線を向けたのだが――。
「ボスも戦う」
「……ほう?」
「……は?」
その口から飛び出したのは、予想外にもほどがある言葉だった。
佐々木が興味深げに聞き返し、蓮也は絶句する。
「ちょ! なに言ってんの!!」
「ボスは……戦わないの?」
琴葉は、心底不思議そうな口調で、蓮也に聞き返した。
まるで、自分の言っていることは間違っていないと言わんばかりに。
「当たり前だって! そもそも、なにと、どうやって戦うってのさ!?」
蓮也の問い詰める言葉に、琴葉はただただ首を傾げるばかり。
「……まぁ、お前達の関係は後で聞くことにしよう。藤條、出るかは分からないが、準備だけしておけ」
「ん」
その間に割って入るように出された佐々木の指示。
琴葉は短く返事をすると、右手にある扉から部屋を出て行った。
「伊塚は――」
「あの、先生。ちょっといいですか?」
佐々木の言葉を、途中で遮る。本人のいる前では聞きづらいが、琴葉のいない今が好機。
琴葉のことを自分以上に知っているであろう佐々木に、蓮也は聞きたいことがあった。
「なんだ?」
「……琴葉のことなんですけど……あの子は一体?」
しかしなにを聞けばよいやら、言葉がまとまらなかった蓮也は、曖昧な質問をしてしまう。
そんな蓮也の問いをどう捉えたのか。佐々木は一瞬考えるような仕草を見せたが、すぐに頭を振った。
「……それは、私から言えることではないな」
「……そうですか」
「ただ、藤條がお前に懐いているのは確かだ。あの子は滅多に人前に出たがらないからな。だから、人目につかないよう森の中に住居を用意したわけだが」
懐いている、というのはよく分からないが、それよりも蓮也には気にかかる言葉があった。
「人前に出たがらない?」
「あぁ。あの子はいろいろと特別でな。なぜ伊塚の前に姿を現したのかは知らんが……」
佐々木は一拍間を開けて、ふぅ、と息を吐き出した。
「……例えば、そうだな。お前が藤條に初めて会った時はどこが印象に残った?」
質問の意図が分からないが、ゆっくりと考え、口を開く。
「……やっぱり、目……ですかね」
「だろうな。で、ここで質問だ、伊塚」
言葉を区切った佐々木の声が、より一層の真剣みを帯びた。
名前を呼ばれ、背筋が思わずピンと張る。
「お前はあの子の目を、そしてその状態でもなに不自由なく動ける、藤條琴葉という人間をどう思った?」
「どう……」
言葉はすぐに出なかった。
脳内で、考えをまとめる。
出会いは、不思議なものだった。森の中、妙な音に導かれ、辿り着いた先にいた少女。
思えば、突然ボスと呼ばれ、大いに困惑させられたものだ。どこか独特な雰囲気が見られたが、その表情は、どこにでもいる少女となにひとつ変わらないものだった。
閉じられた両目は、病でも患っているのか、開かれることはなく。
そして、特待者でもある。しかし、すでに夕真と舞という存在を知る蓮也にとって、その点は敬遠する理由にはならない。
「少し変わってるけど……それでも、普通の女の子だと思います」
蓮也のその答えに、佐々木は満足気に、うむ、と頷いた。
だが、ふとどこか寂しさを含んだような笑みを浮かべたかと思うと、ゆっくりと佐々木は目を瞑った。
「そうだ、それでいい。だが、誰もがお前のようにあの子のことを捉えるわけではない。そしてあの子は、自分の目の異常を、特に気にかけている。……それだけは覚えておいてほしい」
その声は、佐々木らしからぬ、小さく、掠れるような呟き。
蓮也はどう反応してよいか分からず、無言のまま俯いた。




