第52話 精霊の気持ち(クロ視点)
「なんだあれは……“加護無し”のくせに精霊を選ぶつもりなのか?!あんな横柄な態度など精霊に対する冒涜だ!偉そうにしやがって……、これだから“加護無し”は!」
「これでやっと学園から“加護無し”がいなくなるのね、せいせいするわ!ふふっ、悪役令嬢に相応しい末路よ!」
「もしかして、第二王子殿下から守護精霊を奪い取ったのか?なんて恐ろしい!しかしどうやって」
「きっと第二王子殿下は悪役令嬢に呪われたんだわ!どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「いやその前に、あの精霊は本当に第二王子殿下の守護精霊なのか?見た目はそっくりだが、悪役令嬢などに懸想するなんてあり得ないだろう。やっぱりニセモノ……」
「あら、あれはあの精霊のいたずらなのではなくて?今は機嫌をとっておいて悪役令嬢がその気になったら突き放して嘲笑うつもりなのよ。きっと第二王子殿下の守護精霊によく似た野良精霊が悪役令嬢をからかって遊んでるんだわ。面白そうだから、次はわたしの守護精霊に命令してやらせてみようかしら!」
「ははは!その前にもうここへは帰ってこないだろ!守護精霊を夢見ながら永遠に教会の下働きでもすればいいのさ。王子の婚約者だからって偉そうにしていたからざまぁみろだ!
ああ、でも……その王子も“加護無し”になったんだったな。どうせ王位継承権は剥奪されるだろうし、“加護無し”同士お似合いだ。精霊に見捨てられるなんて余程中身が酷かったんだろ?あの王子は王族に相応しくなかったんだと言われたも同然だ」
「本当は喉から手が出るくらい守護精霊が欲しいくせに強がっちゃって、なんてみっともないのでしょう。今頃、心の中では焦っているのではないかしら……いい気味だわ」
「は、早く家に帰らなくちゃ……まさかそんな……」
「もうこの国には帰ってきて欲しくないわ!“加護無し”がうつるんしゃないかって心配だったんだもの!あら、わたくしは大丈夫ですわよ。当然でしょう?」
「あらでも、もしも守護精霊の変更が出来るなら少し興味があるわね。わたくしだって本当はもっと強くて美しい精霊がいいもの……。その神に祈ればもっと相応しい精霊が手に入るのかしら?」
「あのライオン、俺がもらえないかなぁ?炎を操るなんてかっこいいじゃないか」
「おい、そんなこと言ってたら今の守護精霊が泣くぞ?(笑)」
「だってあいつ、地味だし全然役に立たないからさぁ」
「アレスター国には“加護無し”がいっぱいいるんだろ?じゃあ、きっと精霊が余ってるよな。守護精霊とは別にペットに出来たりしないのかな」
「おい、お前の守護精霊はどうしたんだ?さっきから見かけないが……まさかお前、悪役令嬢に呪われたんじゃないのか?ははっ、お前もそのうち“加護無し”になるんじゃないのか」
「失礼なことを言うな!そうゆうお前の方こそこの間、悪役令嬢とすれ違ったと言っていたじゃないか?!もしも呪われるならお前の方だろうが!」
『………………』
都合よく目の前に用意されていた質素な馬車に乗り込むまでの、ほんの十数秒ほどだった。
そのわずかな間に聞こえてきただけでも、かなり酷いものだ。あまりに醜い悪意の塊にうんざりしそうだった。あいつらはちゃんと見えているのか?自分たちの守護精霊たちがどんな顔をしていたのかを……。
精霊たちはすでに何かを感じ取っていたようだったが、これからどうするかは精霊の気持ち次第なのだ。精霊は気まぐれだ。その醜悪な姿を気に入っている精霊も確かにいるだろう。それは認よう、精霊だって色々な趣味嗜好があるのだ。だが、ほとんどの精霊はそれを不快に感じるはずである。現に俺様の気分も最悪だった。
それにしても、あの人間たちはさっきの学園長の話を聞いていなかったのか?それとも、都合よく耳の穴が塞がっているのかもしれない。さっきの発言の中にはどう聞いても守護精霊を大切にしようとしているとは思えないものがいくつもあった。一体いつから人間と守護精霊の関係は変わってしまったのか……いや、変わったのは人間だけだろう。
昔に比べたら今の精霊は気の優しい奴が多いとは思うが、自分の扱いが劣悪だと感じたらどうするかなんてすぐにわかることなのに。
それにしてもだ。これだけ国を揺るがすような事態になっていると言われているのにも関わらず、なぜあんなにも「自分だけは大丈夫」だと思っているのだろうか?自分だけは何をしても守護精霊に見捨てられるはずがないと言わんばかりの態度で、偉そうにフィレンツェアお嬢ちゃんへ悪態をついているその姿はあまりに醜悪だ。
いや、一部の人間はそうでもなさそうだったかなぁ。目立たないように隠れているつもりのようだが、顔色を変えて狼狽えて……あれはもうすでに《《手遅れ》》なのかもしれない。もしバレたらどうなるかなんて……まさに今、目の前で見ているのだから。明日は我が身か。ちゃんと反省すればいいんだがなぁ。
だが同情する気持ちにはなれない。これまで散々“加護無し”を馬鹿にしたその身で、これから“加護無し”だと罵られる恐怖に陥ればいいのだ。フィレンツェアお嬢ちゃんの両親のように、周りの人間が“加護無し”を受け入れてくれればいいが。……なんて、そんな事を考えてしまうあたり俺様も意地が悪いのかもしれないと思った。
それにしても、フィレンツェアお嬢ちゃんはこの国の第二王子の婚約者だというのにこんな扱いばかりされていたのかと思うとなんとも酷い話だと思ってしまう。国王が認めた婚約者をなんだと思っているのだろうか。しかし、もしもあの公爵家に生まれていなければもっと悲惨だった可能性もあるのだ。不憫過ぎるじゃねぇか。
もちろん“加護無し”であることが主な原因だろうが、それでもジェス坊……いや、ジェスティードがちゃんとフィレンツェアお嬢ちゃんを婚約者として大切にしていればここまでにはならなかったかもしれない。それに、ジェスティードの人望の無さにも思わず肩を落としそうになってしまう。こんなことならあの時にもっと厳しく叱って、どんなに嫌がられてもルル嬢ちゃんと別れさせていれば……いや、今更何を言っても遅いな。俺様がジェス坊を甘やかしちまった結果がコレだなんて後味が悪すぎるってもんだ。
ジェスティードが“加護無し”として教会に連れて行かれてしまった事も気にならないと言えば嘘になるだろう。動揺を隠す為に最初の予定より派手な演出をしてしまった自覚もある。例えクビにされてもジェスティードの側にしがみついていれば、“加護無し”になることは無かったのだ。しかし、やはりそれは無理な話だとも思う。ジェスティードの言葉に確かに自分は傷付いて心が離れてしまったのもまた事実なのだから。
それに、国王や王族の守護精霊たちとはそれなりに顔馴染みだ。彼らは“王族”そのものを気に入っているはずなので、もしも自分がいなくなってもどうにかなると思っていた。それこそジェスティードの言葉通りに、新しい守護精霊を見繕って連れて来るだろうとさえ思っていたのだ。まさか彼らにさえも見捨てられるとは想定外だったが、これも運命だと受け入れるしかない。
『……これがジェス坊の選んだ道だからなぁ』
誰に聞かせるわけでもなくそう呟いて、自分の隣にチラリと視線を動かした。今にも倒れそうな青白い顔を見てその心情を察してしまい申し訳なさでいっぱいになってしまった。
先に馬車に乗り込み、馬車の中をぐるりと見渡してみる。何の変哲もない質素な馬車の内部は少し狭かった。たぶんこの馬車は人よりも荷物を乗せるのに適しているようだ。乗り込んだ途端に扉を荒々しく閉められ、すぐさま走り出したかと思えば途端に揺れは酷くなる。公爵令嬢を乗せていると言うのにクッションのひとつもなく、気遣い的なものなど欠片も無いくらいだ。
だが《《自分たち》》以外に誰もいないのは好都合だ。あの教会の人間の守護精霊が見張っているかもしれないと考えたがそれもなさそうである。まぁ、これならなんとかなるだろう。と、御者に気付かれないように精霊魔法を使った。
『……よし、軽くだが結界を張ったぞ。俺様は結界魔法はあんまり得意じゃねぇんだが、これで話し声くらいなら外には聞こえやしねぇだろ。────少し休憩といくかって、おぁっ?!』
「………………」
苦手分野の魔法だった為に集中していたが、馬車の中があまりに静かなことにハッとする。慌てて振り向くと、そこには揺れる馬車の中で器用に立ち竦むその人物が静かな過ぎるまま俯いていた。微動だにしないその姿は少しゾッとするくらいだ。
『……お、おい!大丈夫か?!』
その様子に心配になり慌てて顔を覗き込むと、その人物……フィレンツェアお嬢ちゃんの顔は限界とばかりに眉をハの字していた。口を手で覆っていて、震える唇を開いてなんとも情けない声を絞り出したのである。
「は、吐きそうだよぉぉぉ……!」
そう言うのと同時に、フィレンツェアお嬢ちゃんの姿がぐにゃりと大きく歪み出した。そしてその足元には小さなたぬきがころんと転がり、目を回しているのを見て思わずため息が漏れてしまった。
『……おいおい。こんなところで吐いたら大惨事だぞ、我慢してくれや。あーあ、姿が戻っちまったなぁ。まぁ、頑張った方か……。出来ればこのまま寝かしておいてやりてぇんだが、あとひと仕事やってもらうためにはもう一回変身してもらわねぇといけねぇからなぁ。ほーれ、なんとか起きてくれよ』
「うぅぅ……。途中で何度も気絶しそうになったよぉぉぉ……」
爪を出さないようにして肉球でそのたぬきの頬をプニプニとつついて起こしていると、その横からまたもや涙声が聞こえてくるのだが……その人物は言うまでもなくもちろんフィレンツェアお嬢ちゃんではない。
『あんたも、もうひと踏ん張り頑張ってくれよ……フィレンツェアお嬢ちゃんのおっとさんよ』
「わかってるよクロくん……可愛いフィレンツェアの為にもなんとしてもアオくんを取り戻さないと……。でも、アルバートくんが王子だなんて聞いてなかったから、すでにびっくりし過ぎてポンコがキャパオーバーになってるんだよぉぉぉ!持ち堪えた方なんだから、もっと優しく起こしてあげてぇぇぇ……ううぅっ」
その人物の正体はフィレンツェアお嬢ちゃんの父親……ブリュード公爵その人である。そのいかつい見た目からは到底想像出来ないが、守護精霊同様にちょっとしたことですぐに目を回して気絶してしまうのだとフィレンツェアお嬢ちゃんが心配していたのを思い出した。
『まさかこんな臆病で気弱な精霊が、珍しい幻術魔法を使えるなんて俺様も驚いたぜ……。いざとなったら俺様が大暴れしてやるが、頼みの綱はあんたらなんだからな』
未だにグスングスンと泣きながら肩を震わせているブリュード公爵のその姿に一抹の不安を覚えながら、俺様は昨夜のあのやりとりを思い出していたのだった。
***
『────どこで間違えたのか、俺様には……出来なかったことだ』
「クロ……」
すっぱりと断ち切ったつもりだったが、つい愚痴めいたものが口から漏れ出てしまっていた。
そのせいで俺様とフィレンツェアお嬢ちゃんの間には少し重たい空気が流れてしまう。フィレンツェアお嬢ちゃんが被害者なら、俺様はどちらかと言うと加害者側だ。ジェス坊の暴走を押さえられなかったのだから。それなのにフィレンツェアお嬢ちゃんどころか、この公爵家の人間も守護精霊たちも誰も俺様を責めたりしないのだ。アオに恩返しがしたいのはもちろんだが、それを抜きにしてもフィレンツェアお嬢ちゃんのために何かしたいと思っていた。それなのにこんな空気にしちまうなんてと、さらに申し訳無くなった時。その空気を払うかのように扉がノックされた。
「話があるのだけど……」
そう言って顔を出したのはブリュード公爵夫人だった。そして、俺様にも話があるのだと言っきた。
「フィレンツェアちゃん、本当に学園に戻るつもりなのね?やりたいことがあるって言っていたけれど、学園にはもう安全なところなんてきっとないわ。“加護無し”狩りは必ずフィレンツェアちゃんを狙ってくるわよ」
「それはわかってます、お母様。でも、どうしても学園に行って確認したいことがあるんです……!お願い!」
フィレンツェアお嬢ちゃんが必死に頭を下げているのを見て、公爵夫人は半ば諦めたようにため息をついた。
「……わかったわ。でも、それなら条件があります。これだけは絶対に譲れませんからね!」
「条件って?」
首を傾げるフィレンツェアお嬢ちゃんに、公爵夫人は自分の隣……の床を指差した。それを視線で追うとそこにはちょこんとした丸っこい物体。いや、小さなたぬきがプルプルと震えていたのだ。
「あなたはお父様の守護精霊のたぬき……」
「この子が、フィレンツェアちゃんに提案があるそうよ」
そうして、そのたぬきことポンコが提案したのがこの入れ替わり作戦なのである。
ブリュード公爵がフィレンツェアお嬢ちゃんの姿になって学園に行き、フィレンツェアお嬢ちゃんは侍女のフリをしてついて行くこと。これが公爵夫人の出した条件だった。これから周りの注目や攻撃は全てブリュード公爵に向けられるはずだ。その間にそのやりたいこととやらをすればいいと。そして俺様にはその間、フィレンツェアお嬢ちゃんを守ってほしいと言われた。
その場にはいつの間にかフィレンツェアお嬢ちゃんの侍女であるエメリーがいて、気が付かなかったがブリュード公爵も端っこの方にいたのだが……この公爵は、いかつそうな見た目をしているのになぜこんなに存在感が薄いのだろうか。そしてポンコと同じくプルプルと震えている。どうやら守護精霊の影響が強いタイプのようだが、心配だ。
「ただ、“加護無し”狩りが強気に出てきたら厄介ね。あちらには公爵家の威光なんて効果はないわ」
『それなら俺様がそいつらをボッコボコにしてやってもいいぜ。俺様はフィレンツェアお嬢ちゃんの護衛だしな』
「そうねぇ、それでもいいんだけど……。どうせなら、わざと捕まってあいつらの本拠地である教会に潜入できないかしら?」
公爵夫人の目がギラリと輝く。確かにその方が手っ取り早そうだとその場にいる全員が頷いた。
「……確かに、教会の内部を調べるんなら“加護無し”の方が警戒されないし名案ですお母様!アオの捕まっているところを調べるにはそれが一番早いわ!少しくらい危険でも平気ですから、それは私が────」
『……ワタシも、アオ様を助けたい………。ブリュード公爵家がダイスキだから、役に、立ちたい……!』
なにやら閃いた顔をしたフィレンツェアお嬢ちゃんの声を、小さなたぬきの震えてはいるが力強い声がかき消した。どうやら俺様は、臆病な上に人見知りな守護精霊が初めて奮い立った瞬間に立ち会ったようだ。
「よぉし、じゃあそれで決まりね!十中八九やつらは絡んでくるでしょうから、適当に合わせて乗り込みましょう!それに、それとなく“加護無し”を集めて何をするつもりなのか聞き出して欲しいわ。まぁ、本当のことは言わないでしょうけど……それを出来るだけたくさんの人間に目撃させたいのよ。そうすればこの国の馬鹿な貴族たちにも少しは危機感ってものがわかるんじゃないかしら?
……旦那様、ポンコちゃん、頑張ってね!」
『なぁ、それなら俺様に公爵とポンコの護衛をさせてくれ。なぁに、ちょいと喧嘩をふっかけてやりゃあいいんだろ?それに俺様がフィレンツェアお嬢ちゃんの守護精霊になりたがっているのに本人がそれを拒んでいるって状況を作りゃあ、すぐに食いついてくるんじゃねぇか?よぉし、そんときは俺様を思いっきり振ってくれよ!』
そこから俺様と公爵夫人は作戦を考えた。それにこれなら、アオを助ける手助けが出来るし教会の人間の目を本物のフィレンツェアお嬢ちゃんから背ける事も出来るのだ。
『それでいいよな?フィレンツェアお嬢ちゃん!』
「さっき何か言いかけていたみたいだけど(まさか自分が乗り込むなんて言わないわよね?)……それでいいわよね?フィレンツェアちゃん」
公爵夫人がにっこりと笑ってフィレンツェアお嬢ちゃんにそう言うと、フィレンツェアお嬢ちゃんは「モ、モチロンデス」と目を逸らしていた。
そして翌朝、フィレンツェアお嬢ちゃんには内緒でルル嬢ちゃんとセイレーンを呼んでいた。フィレンツェアお嬢ちゃんが学園に行けるかどうかがあの時点ではわからなかったからだ。
実はセイレーンの魔法について少し聞きたいことがあったのだが、呼んでもいない来訪者のせいで聞けず仕舞いだ。まぁ、アルバートのことは驚いたがよ。ルル嬢ちゃんは何も言わなくてもあの場の状況を察して合わせてくれた。この嬢ちゃん、やはり思っていたよりずっと頭がキレるようだ。なぜあんな馬鹿なフリをしていたのか謎でしかない。
そして、結果としてアルバートを巻き込むことになりあの茶番劇がおこなわれたのだが……。フィレンツェアお嬢ちゃんの方も、今頃は元の姿に戻っているだろう。やりたいこととやらを無事に成し遂げれているといいのだが……。
『……お、やっとお目覚めか。大丈夫か、ポンコ』
ぱちっと目を覚ましたポンコはコクリと頷くと、気合いを入れているのが自分の頬を自分でぺちぺちと叩いている。
『……がんばる』
そして、『ふにゅっ!』と力を入れると……またもやブリュード公爵の体がぐにゃり曲がり、瞬く間にその姿はフィレンツェアお嬢ちゃんの姿になった。
『……だいぶ離れちゃったから、おじょーちゃまの方は変身出来ない。ひとりだけなら長い時間もへーき』
『そうか、頼もしいな』
そして、それからわずかな時間で馬車は動きを止めた。アレスター国に到着するには早過ぎるが馬車の周りを人間が囲っているのがわかった。
「……ようこそ、ブリュード公爵令嬢。いや、精霊に見捨てられた哀れな“加護無し”よ」
扉が開かれ俺様たちの目の前に現れたのは、教会の衣装を着た……悪魔のような微笑みを顔に張り付けた男だった。




