第48話 アオの行方
「ジェスティード王子の守護精霊ですって……?!」
確かに目の前にいるその精霊は、小さなフィレンツェアの記憶にあったジェスティード王子の守護精霊そのものだった。ひとつ違うと言えばあの時はやたら警戒されていたけれど、今はしょんぼりと下を向いて覇気のない顔をしているところくらいだろうか。
「なんかねぇ、あの日の帰り道に怪我しててしょぼーんとしてるのをセイレーンが見つけて拾ってきちゃったんだよね。元の場所に戻してきなさいって言ったんだけど、セイレーンが彼を気に入っちゃったみたいで、どうしてもって言うからさぁ。それに、詳しく話を聞いたらフィレンツェア様が興味ありそうなコトを知ってたから……どうせならって連れてきちゃったんだ!あ、念の為に昨日は1日しっかり休ませたらとっても元気だよ!ね?パーフェクトファングクローちゃん」
『……めんぼくねぇ、フィレンツェアお嬢ちゃん。だが俺様は、どうしてもお前さんに言わなきゃいけない事が出来ちまった。俺様は……“青い精霊”にでけぇ借りが出来ちまったんだ』
そう言って頭を下げたライオン精霊は『ジェス坊の事が気になるだろうが、安心してくれ。俺様はジェス坊の守護精霊をクビになっちまったんだ。だから今は何の繋がりもねぇ。もう、今はその辺にいる野良精霊と同じだからよ』と乾いた笑いをした。よく見れば鬣の中に埋もれている小さくなったセイレーンがしっかりとしがみついている。セイレーンの羽と鬣が絡まって身動きが取れないようにも見えるが、セイレーンのキラキラとした表情を見ればその気持ちは一目瞭然だった。
お母様の許可を得てルルたちを客間へと通すことにすると、エメリーが眉を顰めている。これまでのルルの所業がどうしても許せないのだろう。すると、ルルがエメリーの前を通りすがる瞬間、エメリーの体がぽわっと光った。
「ハ、ハンダーソンさん?!これは……」
「なぁにぃ?あ、セイレーンが勝手に治癒魔法を使ったみたい!嫌がってたのにごめんね?ほら、精霊って気まぐれだから~!えーとそれで……あの、フィレンツェア様の悪口いっぱい言ったのは反省してるから、それも……ご、ごめんね?もう言わないし!
ほら、早く行って公爵家のお茶とお菓子を堪能するよ!セイレーン、パーフェクトファングクローちゃん!」
少し照れたようにそっぽを向いたルルが早歩きで進んで行くと、エメリーがさらに複雑そうに顔を歪めていた。どうやらルルは、これまでエメリーに嫌な思いをさせたことを謝りたかったようだ。
そして客間の前で止まり振り返ると「フィレンツェア様も今までごめんねー!」と言ってそそくさと部屋に入ってしまったのだ。……なんで我が家の客間の場所、知ってるのかしら?
***
「それで、今度こそ全部教えてくれるのよね?」
ルルがよくわからないのは今更ということで、お茶をひと口飲んで気持ちを落ち着けてから目の前のルルに向き直った。部屋の中にはもちろんエメリーとお母様もいる。エメリーの突き刺すような視線も気にせずにクッキーを頬張っているルルの精神はどうなっているのだろうか。
「うん、そのつもり。それに、学園内で話すより公爵家で話した方が安全かなって思ったからここに来たんだもん。でもその前に、パーフェクトファングクローちゃんの話を聞いてあげてくれるかな?」
「えーと、パ、パーフェクトファングクローさん?」
『クロと呼んでくれ。その名前は長くて呼びにくいだろう。それに、ジェス坊の守護精霊を辞めたから本当なら今は名無しなんだ』
「クロね……わかったわ」
そう言って鋭い爪先で器用に頬を掻いているクロはやはり寂しそうに肩を落としている。それを見てセイレーンが心配そうに跳ねていた。
『実は……』
そして、クロはあの日何があったのかを教えてくれた。私とルルがカンナシース先生の長い話を聞いている間に、男子の方ではとんでもない事になっていたのだ。
『ジェス坊が無理矢理乗り込んだんだが、その時からずっと“変な気配”は感じていたんだ。だが、よくわからなくてな。ジェス坊は俺様の言うことに耳を貸さないし、結局何ひとつ止められなかった。誰もジェス坊のせいで怪我をしなかったのだけが幸いしたよ。俺様は精霊だし、実体化した時に負った怪我は精霊化すればほとんど無効になる。だが精霊化すると、逆にどうしても精神の傷が酷くなっちまってな……さすがにショックが大きくて外をフラフラと彷徨っていたら俺様は何かよくわからない力に吸い込まれそうになったんだ』
その力はとても強くて、ショックで弱っていたクロは抗えきれなかったのだそうだ。
『怖いと感じる力だった。強い怨念とかそんな感じだ。精霊を捕らえてどうにかしてやろうって悪い気持ちが溢れかえっていて、俺様はその力に負けたんだ。そして、もうダメだと思ったその時……“青い精霊”が助けてくれたんだ』
姿は見えなかったが、青いオーラの塊がクロを引っ張ってくれたのだと言う。そしてその怖いその何かを跳ね除けたと。
『そいつが言ったんだ……これは“賢者の力”だと。その意味はわからなかったが、どうやら他にもたくさんの精霊が同じように捕まっているらしいんだ。それを、“早くフィレンツェアに教えないと”ってな。だがそいつは今、精神だけの状態で本体が捕まっちまってるらしく、あまり長い間離れられないし、行動範囲が限られているからフィレンツェアお嬢ちゃんのところまでどうしても辿り着けなかったそうだ。お嬢ちゃんを守る為に力は残してきたけれど、それもいつまで保つかわからないって心配もしてたぜ。しかも、俺様を助けるためにも力を使ったからすぐ本体に戻らないといけなくなっちまったんだと。そいつの力がどんなモノかは知らねぇが……なぁ、フィレンツェアお嬢ちゃん。これまで周りに不思議な事は起こってなかったかい?』
「それは……」
考えれば、それはたくさんある。きっと私が知らないだけできっともっとあるのだろう。そしてやっと、セイレーンが私に言った言葉の意味を知ることができたのである。
「アオは……どこかに捕まっているのね?」
『アオ……そうか、あいつはアオというのか。まぁ、そうらしいな。そのアオが言うには、自分もショックな事があって外に飛び出した時に不意打ちで捕まっちまったんだと。だから咄嗟に公爵家とフィレンツェアお嬢ちゃんに保護の魔法を使ったんだそうだ。だが、下手に力を使い過ぎたのがいけなかったんだろうな。たぶん、闇の魔法に捕らえられて本体の時間を止められているんだ。だから姿を消したり体を小さくして逃げ出す事が出来ねぇ。だが、精神だけを抜け出させてなんとかしようとしているようだったぜ。さっきも言った通り少ししか抜け出せないから、情報を集めるのも一苦労みたいだけどな。もしも俺様が捕まっていたらたぶん精神だけ抜け出すなんてそんな無茶なこと出来なかった……俺様は、あんなに強い精神力を持つ精霊なんて初めて会ったんだよ。だから俺様は、アオに約束したんだ。お前さんが戻ってくるまでフィレンツェアお嬢ちゃんを俺様が必ず守るってな。いや、別に契約してくれとかそんなんじゃねぇんだ。臨時の護衛だと思って側に置いてくれりゃいい』
そしてクロは『アオにも、頼むって言われたんだ。受けた恩は返さねぇとな』と笑った。
「フィレンツェア様ってどっか鈍いもんね!あんなに粘着質なオーラに守られてるのに全然気付かないし、自分でも“視える”はずなのに意識しないと“視ない”んだもん!しかもそのオーラ、フィレンツェア様に悪意を向けた相手に自動で飛散される仕組みみたいだし……案外あっちこっちでその“不思議なこと”が起こりまくってたんじゃない?まぁ、あたしも最初はセイレーンに言われるまでわからなかったあんまり人のこと言えないんだけどね。あ、あと防衛本能的な感じもついてるっぽいよ!フィレンツェア様が心底嫌がったら発動するみたいね?あたしもね、パーフェクトファングクローちゃんの話を聞いてやっとわかったの。“加護無し”なはずなのに、ずっと変だと思ってたんだぁ。……フィレンツェア様はちゃんと精霊に愛されていたんだね。守護精霊がいるって、早くみんなに言えば良かったのに!そうすれば“加護無し”だなんて差別受けなくてよかったんじゃないの?」
「それは……」
ルルにそう言われて、その理由をクロに聞かせていいものかわからなくて言葉を濁してしまった。すると、クロが小さく息を吐いたのだ。
『ジェス坊のせい、だろ?ジェス坊のフィレンツェアお嬢ちゃんに対する態度は俺様から見ても酷いもんだった。きっと婚約破棄するために隠してたんだろうな……。もし守護精霊が出来たなんて王家に知られたら婚約破棄なんてひっくり返っても無理だろうし、だからといってジェス坊の態度が今更良くなるとも思えねぇ。あいつは、フィレンツェアお嬢ちゃんを蔑むことで自分のプライドを保っていたからな。こう言っちゃなんだが、結婚したら今よりもっと酷くなっちまうだろうな……きっとフィレンツェアお嬢ちゃんには地獄だったろうよ。それなら“加護無し”のままの方がまだ婚約破棄のチャンスがある……そう思っても仕方がねぇ。それもこれも、全部俺様が最初の顔合わせの時にフィレンツェアお嬢ちゃんを警戒なんかしたせいだ。ほんとにすまねぇことをした』
深々と頭を下げるクロの姿に、私は「いいの」と答えた。
「あの時はアオの事を知らなかったから本当に“加護無し”だったし、私も無理矢理ジェスティード王子の婚約者になろうとして酷かったから警戒されてもしょうがなかったもの。私の方こそ、勝手に婚約者になって勝手に婚約破棄したいなんてわがままよね。心配かけてごめんなさい、クロ。でも、そんなジェスティード王子の守護精霊を辞めたって……クロは大丈夫なの?」
『……フィレンツェアお嬢ちゃんは懐がでけぇな。しかし、それを差し引いてもお嬢ちゃんを婚約者に認めたのは国王で、ジェス坊の父親だ。王家に生まれたら政略結婚は当たり前のこと……なにより自分のための政略結婚だってことをジェス坊がちゃんと理解していたらこんなことにはなってなかったのに、ジェス坊は人として言っちゃならねぇことまで口にしていた。ジェス坊にはがっかりしたんだよ。……もう俺様には、ジェス坊が何を考えているのかわからなくなっちまったんだ。お手上げってやつだ。……だから、フィレンツェアお嬢ちゃんが自由になっても俺様が誰にも文句は言わせねぇさ。
それに、俺様のことなんかもういらねぇって先に言ったのはジェス坊の方だからな。俺様は最後にその願いを叶えただけさ。精霊にだって“気持ち”っつうもんがあるんだから、信頼関係が無くなったらもうダメなんだ。どんなに大切だったにせよ、心が折れちまったらどうしたって戻せないんだよ。なんでも新しい守護精霊候補は山ほどいるらしいから、どうとでもするだろうさ。確かに、王家の魂なら興味を持つ精霊もいるかも知れないからな。もうジェス坊の好きにしたらいいさ……。
まぁ後はなんというか、……今回手を貸してくれたことには感謝してるが、俺様がこんなことになったのはルル嬢ちゃんにだってちょいとくらいは責任があると思わねぇかい?その辺はどう考えてるのか聞かせてもらいたいんだがなぁ』
そうして、クロは物言いたげな視線でチラリとルルの方を見た。確かにジェスティード王子が暴走した原因はルルなのだから、クロからしたら複雑な心境なのだろう。
「えー?だってあたしは、自分が生きるために出来ることをしただけだもん。それにあたしだって、ジェスティード様には散々酷い目に……は、今はもういいんだけど。でも、フィレンツェア様が婚約破棄したがっていたっていうのにはめちゃくちゃ驚いたかも!だってあんなにジェスティード王子に依存してたのに……うふ、うふふ!《《やっぱり全然違う》》っていいねぇ」
こちらは反省どころか楽しそうにピンクの髪をふわふわと揺らしている。セイレーンはなぜかクロの鬣の束を羽先で器用にくるくると癖をつけていた。そしてうねり具合を確認するとピカッと光らせてストレートに戻してまたくるくる……え?それって治癒?治癒魔法って癖をつけた毛をストレートヘアに出来るの?!治癒魔法の使い方、それで合ってるのかしら??うん、まぁ……クロが何も言わずに好きにさせてるんだから別にいいか。セイレーンが自由過ぎるのはよく知っているし、機嫌も良さそうだしね。それにしても、さっきからルルがしゃべる度にエメリーの血管が切れそうになってるんだけど大丈夫だろうか。
「でも、アオは……このままだとどうなるのかしら?私を守るために力を使ったせいで逃げられなくなっちゃったんでしょう?ねぇ、クロ。アオはほかに何か言っていなかった?捕まっている場所とか、犯人のこととか……」
クロを助けたアオの本体は捕らえられたままだという。それにアオが弱ってるとも。一刻も早く助け出さなくてはアオの身が心配だ。
『さすがに、そこまでは聞けなかったな。アオもあまり詳しくはわからないと言っていた。ただ、人間が“賢者の力”を悪用しているようだとか、もしかしたら強い精霊が関わっているかもしれないと……だから、フィレンツェアお嬢ちゃんに気をつけろと伝えたかったみたいなんだ。だが、その後はすぐに消えちまった。きっと本体に戻ったんだと思ったよ。……そんで、フィレンツェアお嬢ちゃんにどう説明しようかと頭を悩ませていたらセイレーンと出会ったんだ。怪我も治癒魔法で治してくれたし、こうやって仲介もやってくれた……そこは感謝してるんだぜ』
「じゃあ、ジェスティード様のことはもう許してくれる?」
『それとこれとは別物だろうが』
「パーフェクトファングクローちゃんのケチ!」
べーっと、舌を出してから口を尖らせたルルを見て、クロが『クロと呼べって言ってるだろう』と、深いため息をついた。なんだかんだ言ってもルルにそこまで恨み言を言うわけでもないし、あれやこれやと世話焼きな雰囲気を醸し出している気がする。……クロって、神様がなにかで言っていた“おかん属性”ってやつだろうか。
『……ジェス坊、女を見る目が無かったんだなぁ』
そう呟いたクロは、どことなく寂しそうにも見えた。
「もう、パーフェクトファングクローちゃんったら酷いんだから……。まぁ、でも確かにあたしも悪かったしぃ、ここは汚名返上といきますか!なんてったって、フィレンツェア様が1番欲しい情報を持ってるんだらね!」
その言葉に、私とクロの視線が集中する。自信満々のルルはピンク色の瞳を細めてにぃっと笑った。
「ルルさん、それってまさか」
「……精霊を捕まえて悪いことをしようとしてる国、ひとつ知ってるんだぁ。ねぇ、フィレンツェア様……もしもその捕まっちゃってるっていう精霊たちが、誰かの守護精霊だとしたら……その人間はどうなると思う?」
最後のクッキーをパクッと口に放り込み、咀嚼してから残った紅茶を一気に飲み干すと、ルルは空のカップを私に見せた。
「……それって、守護精霊のいなくなった人間……“加護無し”を人為的に作るってことだよね。特に平民が“加護無し”になったら人権なんてほとんどないようなものだもん。悪いことを企んでるヒトたちには魅力的な実験なんじゃない?……隣国のアレスター国がそんな実験をこっそりしてるらしいんだけど、もしかしたらそこにアオちゃんも捕まってるんじゃないかな?」
『ルル嬢ちゃん、どこからそんな情報を……』
「ん~~?それは乙女の秘密ってことで!それに、パーフェクトファングクローちゃんの話を聞いて思い出しただけだからぁ。なんか、教会が怪しいとかね。まぁ、信じるかどうかはお任せするよ」
「ルル・ハンダーソン嬢!これを見て!」
それまで黙っていたお母様がどこからか引っ張り出してきた地図テーブルに広げた。そこにはアレスター国が載っていて、いくつかの場所に赤い丸印が付いていた。
「……実は、最近アレスター国の貴族が裏で不審な動きをしているようだと情報が流れてきたの。あの国には教会があるのは知ってるわね?あいつら、精霊の在り方や“加護無し”の存在について他の国よりも危険な思想を持っているのよね。これは、本当はまだフィレンツェアには聞かせたくなかったけれど……アレスター国で突然守護精霊が失踪して、“加護無し”になった人間が続出しているらしいのよ。それを“厄災”と呼んでいて、教会の奴らがこの国にも“加護無し”狩りに来てるってね……。ブリュード公爵家の力で調べて怪しい場所がいくつかわかったんだけど……わたくしたちは何がなんでもアオちゃんを助けたいのよ!その為なら調べる価値はあるわ。……あなたには詳しい事がわかるのかしら?」
その地図を指でなぞりながら、ルルは「わかるかも~」とひとつの場所を指差したのだった。
その後はクロも混ざってお母様と意見交換をしていた。意外と気が合うようだ。しかもルルの示した情報はお母様から見ても信憑性があったようだ。アオを助ける手立てが見つかるかもと、私もみんなもそちらに集中していた。
だから、ルルの小さな呟きには誰も気が付かなかったのである。
────────でも、《《今回は》》誰が協力者だったのかが気になるけどね。
と。




