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【完結】転生したら嫌われ者の悪役令嬢でしたが、前世で倒したドラゴンが守護精霊になってついてきたので無敵なようです  作者: As-me・com


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第40話 ルルとセイレーン


 時は少し遡り、ジュドーのあらぬ噂が学園に飛び交い始めた頃。









「────こぉぉぉんの、ド変態ぃぃぃぃぃ!!!」



 ばちーんっ!!



 湖の畔には、勢い良く振り下ろした私の手のひらによりジュドーの頬を思い切り打ち付けた音がエコーをかけたかのように鳴り響いていた。




 突然この場にジュドーが現れたことにも驚いたが、その姿にもさらに驚いていた。私の前に現れたと同時になにか鷲掴みにしていた白いモフモフを後方に放り投げていたし……いや、もしかしなくてもあれってジュドーの守護精霊なんじゃないの?!


 さらに乱れた服装からは明らかに女性のものであろう甘ったるい香水の残り香が漂ってくるし、そのやけに焦った様子は明らかにただならぬ雰囲気を纏っている。理由なんて知りたくもないが、なぜだかその肌は汗でじっとり濡れていた。そんなジュドーにこれまたなぜか突然抱き締められたのである。しかもかなりの密着具合だ、驚かないわけがない。いくら女誑しのチャラ男キャラだからって悪役令嬢に対してまで節操がないにもほどがあるのではないか。


 そのわけのわからない状況に、眠っていたはずの小さなフィレンツェアも危険を察知したのか即座に目を覚まし私の中で悲鳴をあげたほどだ。その時の私と小さなフィレンツェアは信じられないくらいシンクロしたと言っても過言ではないだろう。


 そしてジュドーの手が緩んだ瞬間、私が手を上げるのと同時と言ってもいいくらいの勢いで小さなフィレンツェアも心の中でその手を振り上げていたのである。


 多分ではあるが、小さなフィレンツェアはアルバートにそこそこな好意を抱いていると思う。そのアルバートの目の前でどちらかと言うとあまり良い印象の無いジュドーに抱き締められたのだから悲鳴くらいあげたくなるだろう。もちろん私だってあんなに人のことを馬鹿にしてきたジュドーに抱きつかれて不快感しかない。


 まぁ、つまりは冷静さを失ってしまい思わず力いっぱい殴ってしまったわけなのだが……。ジュドーの体は弧を描くようにして吹っ飛び、その顔は赤く腫れ上がってしまっていた。それを見て、ちょっとだけ冷静さを取り戻した私は首を傾げたのだ。


 ……あれ?私ってこんなに力、強かったっけ?


 いくら悪役令嬢だとは言え、特別に腕力が強いとか怪力能力があふみたいな設定はなかったはずだ。本来ならば男性の顔をあれだけ力いっぱい殴ったら私の手だってそれなりに負傷しそうなものである。しかしジュドーを殴る瞬間、いつもより体が軽くなり手のひらには力がこもっていたし、もちろん痛みもない。


「……っ!」


 咄嗟の事とはいえ、捻挫くらいは覚悟していたのだが───と、思わず自分の手のひらを見るとほんの一瞬だけ青白い輝きが見えた────気がした。思わず辺りを見回すがもちろん《《誰も》》いない。すでに体の軽さも手のひらの力も消えていて、すぐに気の所為だったような気持ちにもなってしまった。


「……」


「フゴフゴ……!」



 吹っ飛んだジュドーは、倒れた格好のままなにやら口をモゴモゴとしている。両腕をぶらんと力無く広げたままジタバタともがく様子は、申し訳無いが少し気持ち悪いと思ってしまったほどだった。



「これはまた……嫉妬ですかね?」


「え?」


 ジュドーのもがく様子を見てアルバートが何か呟いたがよく聞こえなかった。聞き返したが「いえ、何も」と口元に笑みを浮かべるばかりだ。再び目元は隠れたままになっているが、なぜか以前よりも表情がわかるような気がするのはやはり小さなフィレンツェアのおかげなのだろうか。


「ところで、フィレンツェア嬢は怪我などしていませんか?あなたの中の“小さなフィレンツェア”も……」


 その言葉に小さなフィレンツェアが飛び跳ねるように反応してしまう。変に小さなフィレンツェアが喜び出すと私までそわそわしてしまうから困るのだが。


「だ、大丈夫……ですけど、その呼び方は……」


「おや、あなたの中に眠るフィレンツェア嬢の事はそう呼ぶのでは?もう僕にとってはおふたりは別人格の存在ですし、呼び分けがあったほうが助かるのですが……」


 こてりと首を傾けて来た反動で揺れた前髪からチラッとまたあの赤い瞳が見え隠れした。こちらの気持ちを見透かすような深く赤い色をした瞳と視線が重なるとまたもや小さなフィレンツェアが騒ぎ出してしまう。


「……もう、好きに呼んでください。でもこの事は他の人には内緒にしてくださいね。二重人格だなんて噂まで流れたら面倒くさいし、小さなフィレンツェアはいつもは表に出てこないんですから」


「それはもちろん。それに《《あなた》》も、小さなフィレンツェア嬢が知る僕の秘密を知ってしまったんですよね?どうかその事は内密にお願いします……バレてしまったら、もう学園には居られなくなってしまうので」


 少し寂しそうに笑うアルバートの姿に、胸がドキッと狼狽えてしまう。確かにアルバートの秘密は国を揺るがす大問題だろう。だが、もちろんその事を広める気なんて最初からない。


「……小さなフィレンツェアが望まないことをする気はないわ。私はただ、アオについて知っていることを教えて欲しいだけ……。ねぇ、お願いよ。アオが居なくなってしまって、私はどうしたらいいのかわからないの……」


「それは────」


 アルバートの視線がチラリと空中を見た気がした。そして私に視線を戻すと、そっと人差し指を自分の唇に当てて小声でこう言ったのだ。



「……男同士の約束なので、言えません」と。



 それがどうゆう意味なのかと聞く間もなく、アルバートは何事も無かったかのように未だもがいているジュドーに向き直るとその場に膝をつきジュドーの腕を触ろうと手を伸ばした。


「……とにかく、ジュドー殿下を始末をどうしましょうか。一応、彼は隣国の王族ですからね。何かあってはこちらが不都合でしょうし、誰かに見つかる前にどうにかしておかないと────」


『アルバート、お待ちなさいませ!』


 すると、どこからともなく赤いまだら模様のヘビ……アルバートの守護精霊であるニョロがぴょこんとアルバートの腕の中に飛び込んできたのである。


 いないと思っていたら、いつの間にかドラゴンの姿からヘビの姿に戻っていたらしい。そして長い下をチロリと出すとやれやれとばかりに首を横にふった。


『乱入者にびっくりしていたらとんでもない気配を感じ取りましたのよ。確認してきましたけれど……とんでもない大物でございますわ。ほら、あちらをご覧なさいませ』


 そう言ってひょいっと向けた尻尾の先が示した方向をよく見ると、なんとそこにはヒロイン……ルルが茂みから身を乗り出しすぎて丸見えになった状態でこちらを見ていたのである。


 私とバッチリ目が合うと、ルルは慌ててその場に立ち上がり慌てた様子で手足をパタパタと動かし始めた。


「やだ、ほら、見つかっちゃった!?ご、ごごごごごめんなさいぃ!いやほんと、全然!覗き見とかするつもりはなかったんだけど……!いやまぁ、結局は見ちゃってたんだけどね?!ほ、ほんとド修羅場とかちょっと興味あったりなんかしてないから!あ、でも今の平手打ちはすっごい良かった!いい音が鳴ってたし、あのジュドーはちょっとないわーとか思ったからなんかスカッとしたし!────って、ほらセイレーンも謝って!やっぱり覗き見とかっていけないことなんだから!」


 ルルはまるでねじ巻きで動く絡繰り人形のようにぎこちない動きをしたかと思うと何も無い空中にぱっと手をやった。すると、それまで何も無かったその場に……虹色の鱗の持ち主がキラキラと光を反射させながら姿を現したのである。


『……もぉう!ルルがバラさなかったら、わたくしの姿はこいつらには見えてなかったのにぃ!』


 セイレーンと呼ばれた《《それ》》は、ルルに向かってぷくりと頬を膨らませる。その姿は、これまで見たことが無い程にとても不思議なものに見えたのだ。


 それはまるで、神様が娯楽のついでにと教えてくれた“人魚姫”のようにも思えた。実は神様は、漫画以外にも絵本というジャンルの子供向けの物語も色々と教えてくれていたのである。乙女ゲーム作りの参考資料だと言われたが……目の前に広がる山ほどの自分の知らなかった物語たちに夢中になっていた天界での生活を思い出してしまった。


 その中で一番気になったのが人魚姫の絵本だった。神様によれば解釈は様々で“世界”によっては結末は色々と違うらしいのだが……。


 私があの時に目にした絵本の、美しい鱗を持つ光り輝く人魚姫の挿絵がセイレーンに重なったのだ。


「……これが、セイレーン…………」


 力の強い精霊が空想生物の姿をしているのはもちろん知っているが、その姿には同じ空想生物とされるドラゴンとはまた別次元の美しさがあった。ドラゴンの力強い美しさとは全然違う……幻想的な美しさというべきか。


 なぜならば、その上半身は人間の女性と酷似しているように見えるが肌も髪も瞳すらも輝く真珠色をしている。人魚姫と同じ下半身の大きな魚の部分は瑞々しく潤っていてその鱗は輝く虹色だ。さらにバサリと広げた両腕には腕の代わりに大きな翼が備わっていた。ルルよりも一回り大きな体は迫力さえ感じる。


 目の前のルルのイメージがヒロインのそれとはまったく違っていて呆気にとられていたが、初めて目にしたセイレーンの姿にも驚きを隠せない。


「すーはー……あの、本当にごめんなさい!あ、知ってると思うけどこの子はセイレーンって言ってあたしの守護精霊で……」


『やだぁん!わたくしは誰かに怒られるのなんか好きじゃないのよぉう!それに、ルル以外の人間なんてぇ、みぃんな大きらぁいなんだからぁん!!────だからぁ……みぃんな、ルルの虜になりなさぁぁあい!!!』


 ルルが、なんとか落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしてからセイレーンに振り向いたその時。セイレーンは苛立ちを隠せないように両手で真珠色の美しい髪を掻きむしりながら追い詰められたように叫んだ。そして私とアルバートに向かって(たぶん倒れているジュドーにも)大きく口を開いてきた。


 ついさっきまで幻想的だと感じていたセイレーンの形相が、まるで別の生き物のように不気味に変貌していったのだ。


「ちょっと、セイレーン?!まさか魅了魔法を使う気なの?!やめっ────」


 ルルが止めるのも聞かず、セイレーンはパカッと無機質に開いた口を引き裂かれんばかりに広げた。








『キィィィィィィィィィィイィィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイィィィィィィィィィィィィイィィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイィィィィィィィィィィィィイィィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイィィ!!!!!!』








「うっ!!!」


 それは“歌”と言うよりは、まるで“悲鳴”のようだった。


 鼓膜が破れるんじゃないかと感じるくらいの大音量の悲鳴に、思わず耳を押さえるが少しもマシにならない。これのどこが魅了魔法なのかと思うくらいに、心の中には〈不安〉、〈恐怖〉、〈悲しみ〉、そんな感情が渦巻いて流れ込んでくるのだ。



 私が耐えきれなくなってその場に座り込むと、アルバートも耳を押さえながら膝を付いていた。


『これは、あたくしでもキツイ……でございましてよ!まさかこんなにまでとは……今、魔力で中和を……!でも、あたくしだけではアルバートひとり分くらいしか……!』


 アルバートの懐からニョロが顔を出すが、その表情も苦痛に歪んでいる。ドラゴンですらもこんなに苦しむなんて、セイレーンはどれほど強い精霊なのだろうか。


「僕はいいから、フィレンツェア嬢を……!」


『でもアルバート……!もしもあなたの魔力が触発されたら、また発作が……!』


 そうしている間も、セイレーンの叫び声はビリビリと当たりに振動している。私の中の小さなフィレンツェアも同じように苦しんでいて意識が途切れそうになった。


 これは、かなりヤバいんじゃないか……。


 たぶん気を失ったら終わりだ。本能的にそんな気がしてなんとか意識を保とうと必死だった。だが、それでも限界が近づいてきたその時────ふわっと、ほんの一瞬だが苦痛が和らいだのだ。


「……え」


 そして、それと同時にごちーん!!と何かがぶつかる音が聞こえ……セイレーンの“歌”が止まったのである。



「これは……なんとまぁ」


『た、助かったのでございましてよ~』


 アルバートとニョロがルルの方向へと視線を動かす。それにつられて私もルルとセイレーンの方へと顔を向けたのだが、そこにはなんとも想定外な光景があったのだ。



「……だから、落ち着きなさいって!パニくってんじゃないわよ、馬鹿セイレーン!」


『いたぁ~い!!ルルったらひどぉいわぁ!』



 ルルが拳を構えていて、セイレーンが頭を押さえながらその場に三角座りをしていたのである。


「あのねぇ、このメンツをよく見なさいよ?!セイレーンの魅了魔法は少しでもあたしに好意が無いと効果が無いってことはセイレーンがよく知ってるでしょうが!ジュドーは最初からあたしに興味なんかなかったし、あの黒髪の人なんか《《今回》》が初めて見た上にどう見たって絶対にフィレンツェアの事を大好きじゃん!フィレンツェアに至ってはあたしの事を嫌ってるんだよ?!好意のある人には“歌”に聞こえるけど、そうじゃない人にはただの不快音……“金切り声”に聞こえるんだから!確かに《《今回》》は魅了魔法をいっぱい使ってとは言ったけど、状況を見て判断しないとダメだってば!!」


『だぁってぇ!!もしかしたらルルに一目惚れしたかもしれないじゃなぁい!恋は一瞬なのよぉう?!そしたらわたくしの“歌”でルルの事を好きになるから、わたくしが覗き見してたのも許してくれるはずでしょぉう?!だって人間は……ルル以外の人間は、わたくしの見た目を気持ち悪いって言うから……わたくしの事を怒ってたら、きっともっと酷い事を言ってくるに決まってるものぉう……!』


「だからって、無理矢理過ぎだよ!それに怒られたくなさ過ぎてパニックになりながら歌うから、セイレーンの顔がすごいことになってたし!女の子は笑顔が大切って、いつも言ってるのはセイレーンでしょう?!ほんとに、世話が焼ける守護精霊なんだから────《《また》》暴走したのかと思って、ちょっと焦ったぁ……」


『でもぉう「反省しなさい!」わ、わかったわよぉう!ごめんなさぁい……』


 するとセイレーンはしょんぼりと下を俯き、シュルシュルと音を立ててその体を小さくしていった。最終的に手のひらサイズまでになると、ルルの手の上にちょこんと座ってこちらに顔を向けた。……口がへの字に曲がっているけれど、反省はしているのか目には涙を浮かべている。


『……あなた達の修羅場を覗き見してぇ、面白がってごめんなさぁい。だからぁ、わたくしをいぢめないでぇ……。お詫びにそこの気持ち悪い人間は治してあげるわぁ』


 そう言ってセイレーンが羽をバサッと動かすと、淡い光がジュドーを包み込んだ。セイレーンが『これで大丈夫よぉ』と笑う。


「セイレーン、偉い!ちゃんと謝れたじゃん!いやーそれにしても、セイレーンがフィレンツェアに青くて変なオーラがついてるなんて言うからどうなるかと思ったけど結局はただの修羅場で終わったね~!まさか悪役令嬢の修羅場を目撃するなんてほんと《《今回》》は全然ちがu……あ」


 そこまで口にして、ルルは「ヤバい」と言う顔をして私を見てくる。そして私はその言葉を聞き逃さなかった。


 しかし私がそれをルルに問い詰める前にジュドーを探しに来た教師たちに発見され、学園へと連れてこられてしまったのである。そして男女別れた部屋に入れられ、後から話を聞くと言われたのだが……。


 二人きりになった途端、もちろん私はルルに詰め寄った。例の発言の事もあるが《《この》》ルルに関しては私の知っているヒロインと違い過ぎたのだ。何故か言いにくそうに話を誤魔化してくるルルだが今更取り繕っても無駄である。だが、セイレーンは『ルルがダメって言うなら、わたくしはなぁんにもしゃべらないからぁ』とそっぽを向く始末。そしてルルが偶々その部屋にあったトランプを見つけ「こ、このカードゲームで勝負よ!あたしに勝ったら全部しゃべってもいいけど、どうする?!公爵令嬢はトランプなんてした事ないんじゃないの?!」と言ってきたので────返り討ちにしてやったのだった。








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