第24話 その出会いは(ジュドー視点)
「「あ」」
樹の上の《《それ》》と目が合った瞬間。目前に降ってくるだろうその衝撃に無意識に構えながら、もしもこのまま死ぬのなら死因は圧死かな。なんて馬鹿な事を考えながらオレはその衝撃を受け止めたのだった。
***
オレはずっと、生まれてきてはいけなかったのかもしれないと思っていた。
アレスター国の第二王子という立場でありながら、命を狙われ行きたくもない隣の国に留学させられた。それもこれも全部、オレがこんなオッドアイなんかに生まれたせいだ。
アレスター国の王族は、血筋からか必ず白いミルク色の髪をして生まれていた。少し異質だったが、この髪は王家の証だ。なんなら世界各国の王族の中でも一番目立つ王族として有名なくらいだ。だが、オレのこの……オッドアイだけは違っていた。
アレスター国ではオッドアイの瞳は不吉だと言われている。おとぎ話のような言い伝えだがそれを信じる国民は多かった。
だからオレが産まれた時もその瞳を確認した周りの大人達が思わず「《《これ》》はハズレだ」と呟いたのだとか。それからオレはオッドアイを嫌う人間達から隠れて嫌がらせを繰り返されていた。
そんなオレには兄がひとりいる。兄上はオレよりも綺麗なミルク色の髪をしていてその瞳は両目とも輝く金色だった。強くて賢くて、オッドアイのオレにも優しくしてくれた自慢の兄上だ。兄上がオレに優しくしてくれると周りの大人達もオレへの嫌がらせを減らすのでオレは兄上が大好きだった。今から思えばあの頃のオレは兄上に依存していたのかもしれない。そのせいもあってオレがパーティーなどに出ることはほぼ無かった。オレがオッドアイだと知られたらきっと兄上が恥ずかしい思いをするかもしれなかったから。
みんなはこぞって兄上を褒め称え「王太子の座は兄王子で決まりだな」と囁きあっていた。もちろんオレもそれがいいと思っていたんだ。だって兄上は、不吉なオッドアイのオレすらも認めてくれるから。
だが、ある時父王が言ったひと言がオレの世界を変えてしまった。
なんとオレの両親……国王とその王妃は「兄弟のどちらを王太子にするかはまだ決めていない」と、とんでもない事を言ったんだ。
「王太子になれるのは、王族としての品格や実力を備えた人間だ」
「ふたりとも、王太子に相応しくなれるよう精進しなさい」
両親がそう言ったその瞬間から、兄上の態度は変わってしまった。あの時の兄上の驚きと憎悪に満ちた目を未だに忘れられない。
今までオレに優しかったのは、王太子の座が自分で決まりだと思っていたからだと……でなければ不吉なオッドアイなんかに構うはずがないと。
「お前のような瞳を持つ人間が実の弟だなどと、反吐がでる」
それからオレは、兄上にすっかり嫌われてしまったんだ。
毎日のように嫌がらせをされ、食事には軽い毒を盛られるようになった。オレが食中毒になり苦しんでいると使用人達は助けるどころかそれを見てクスクスと笑い「王太子の座を狙うからこんな目に合うんだ」「不吉な目を持っているくせに」と耳元で囁いていった。
兄上は使用人達に金を握らせて両親にはバレないようにオレを追い詰めていったんだ。オレがどんなに誤解だと言っても聞いてくれない。オレの守護精霊が守ってくれなければ、きっととっくに鬱になっていだろう。
オレは本当に、王太子になりたいなんて思ったことなど無かったんだ。しかし誰に吹き込まれたのか、兄上はオレが王太子になりたいと父王にわがままを言ったからこんな事態になったのだと信じているのだ。もちろん周りの人間も。
オレの気持ちなんて誰もわかってくれなかった。
そのうち兄上は「王太子の座を奪おうとする卑しいオッドアイめ」とあからさまに悪態をつくようになり、父王はそれを知っても見て見ぬ振りをしていた。オレには父王が何を求めているのかさっぱりわからなかったんだ。
だからオレは自分の身を守る為にわざとふざけた態度をとるようにした。
相変わらずパーティーの場は避けていたが、王族なら行かないような場所を出歩くことにした。外を遊び回るような王子に品格など無いと思ってくれればいい。しかしこのオッドアイが嫌われている自国では派手な遊びは難しかった。女遊びをしようにも構ってくれる女がいない。それでも王子の立場と金を積めば《《フリ》》くらいはしてくれる人間もいたが……にこやかな笑みの裏でどんな毒を吐かれているかと想像するだけで吐き気がした。
だから次は実力が無いと思ってもらおうとしたが、勉強は下手に手を抜けば「オッドアイのくせに人様を馬鹿にして」と余計に恨みを買うし、剣さばきもオレの守護精霊が風の精霊魔法を使うせいか兄上の剣筋が見えてしまうようになっていた。もしも兄上の守護精霊よりオレの守護精霊の方が強いと思われたら、さらに恨まれるに決まっている。
そうしてオレは、とうとう勉強も剣の稽古もやめることにした。やる気が無いと放り出せば、兄上が喜ぶとわかっていたから。
それからはだいぶオレの悪い噂が広まってくれた。王族の誇りを捨てたハズレ王子だと……金の力で女を無理矢理侍らせる最低な王子だと……。後は父王が「ジュドーには王太子は任せられない。王太子は兄王子だ」と言ってくれればいい。そうすれば兄上はまたオレに優しくしてくれるはずだった。
だが、父王はそれを許さなかった。とうとうオレには暗殺者が向けられるようになり……その頃にはもう誰も信じられなくなっていたんだ。
兄上はオレさえいなくなればいいと真剣に思っているようで、兄上の視線が怖かった。
そんな時に、父王から留学するように命令をされた。行きたくなんてない。自国ですらこれなのに、他国になんて行ったらどうなるか……。それよりも兄上と仲直りがしたいのに。
しかし王命だと言われたら逆らえなかったし、暗殺者の数が増え始めた頃……オレは兄上から逃げるように留学することになった。
護衛にと付いてきた男に兄上の息がかかっているのは知っていた。オレを常に監視しているが、決して護衛の仕事をするつもりはないようだ。
だからオレは”留学して来た王族として相応しくない態度“を取るように心がけたのだ。そうすればこの監視者から兄上に報告が行くだろう。オレには王太子の座への興味がないようだ。と、そう伝わってくれれば万々歳だと思ったから。
さすがに兄上も隣の国にまで暗殺者を送り込むのは諦めたのだろう。王族の留学生が死んだとなれば国際問題だ。この国でオレの髪色はとても目立つし、誰もがオレの事をすぐに「アレスター国の王子」だと知っていたが……幸か不幸かこの国ではオレのオッドアイはあまり嫌がられていないようだった。
まず、学園では一歩踏み込んだ途端に金を積まなくてもなぜか女生徒が寄ってくる。その数の多さがなんだか逆に怖かったのだが、慣れているフリをするのは簡単だ。これでまた「王太子には相応しくない」と言ってもらえる機会が増えそうだと思った。
ただ……なぜこの国の女達は圧が強いのか。これは学園だからなのか?
オレを好意的に見てくれているのはわかるのだが……なんかこう、肉食獣に狙われている気分になり時折背筋がゾクッと寒くなる感覚に襲われるのだ。いや、暗殺者のそれとは違うので命を狙われているわけじゃないとはわかるのだが。まるで、上から下まで舐め回されているような……いや、そんなわけないか。
それと、女生徒達はよくわからないことを口々に聞いてくる。
「受けですか?攻めでも大好物です」
「ジュドー様はどのようなタイプがお好みで?わたくしはやっぱり細マッチョです」
「どこまでなら腐っててもオッケーでしょうか」
「やっぱり毎夜片目が疼くんですよね?なんなら轟き叫びますか?」
「それは封印の証なんですよね?!」
「眼帯派ですか?包帯派ですか?」
なぜ目をキラキラさせているのか全く意味がわからない。
オッドアイを嫌っているわけではないようだが、やたらオッドアイについて聞いてくる女生徒がいるのも確かだ。やはり珍しいものではあるらしい。
いつもならオレに悪意を持つ人間が近付くと、オレの守護精霊……ゲイルがその人間に牽制をしてくれるのでこの女達に悪意はないはず……だか邪な何かはありそうな気がしていた。
そういえば、学園の中に入った途端にゲイルの姿が見えない。昨夜からソワソワしていたようだが大丈夫だろうか……と不安にかられていたがなんとかその場を乗り切る事が出来た。
それからは授業の合間にも女生徒の集団に追われ、さすがに疲れたオレは昼休みになると逃げるように人気の無い場所へと駆け込むことにした。しかし監視者はいるしとりあえず不平不満を漏らしておく。留学生の態度としてはあまりに酷いはずだ。
これで少しはオレの気持ちが兄上に伝わってくれれば……そう思っていた時だった。パタパタとわざとらしく音を立てた、いかにもな足音がこちらに向かって来ている事に気が付いたのだ。
「しくしくしく……」
わざとらしく聞こえる泣き声に鳥肌が立ちそうになる。初めて暗殺者が送り込まれた時、こんな風にオレに近付いてきた事があったのを思い出してしまった。しかも、かなりのトラウマになった時の事をだ。
見たことのないピンク色の髪をしたその女は制服を着ていてこの学園の女生徒だとはわかったが、さっきまでオレを追いかけてきていた女生徒達とは全然違っているように感じた。
その手には無残にもボロボロに破れている教科書が握られていて、一見酷いイジメを受けて泣いているように見えるが……オレの本能が「違う」と告げているのだ。
「……お、お前は誰だ」
しかし、まさか男のオレが女生徒に怯えているなんて悟られたくなくてつい声を尖らせてしまった。だが、破れた教科書を抱き締めて泣いているその姿がなんだか気持ち悪い。
「あ!ご、ごめんなさい……!ここなら誰もいないと思って」
すると大きな瞳からは新たな涙がポロポロと零れ落ちたのだが、すぐにこれも演技だとわかってしまったのだ。
「……っ!」
もしかしたら新たな暗殺者かもしれないとつい息を飲んでしまったが、今度は急に距離感を詰めてオレの顔を覗き込んてくると「あの、あたし────わぁっ、あなたとても綺麗な瞳をしているんですね!その髪色もミルク色で可愛いです!……あっ、男の人に可愛いなんて言っちゃった……ごめんなさい☆」と、まるで水道を閉めるように涙を止めて、にやぁと口元を歪めてくるのだ。
一瞬本当に刺されるかもと思って身を固めてしまった。しかしここは隣の国の学園内だ。兄上だって国際問題を起こしたりはしないはず……。
「こ、この髪は……オレの、王家の特有の色で……。でも、オッドアイは不吉だって言われるのに……なのに、なんでこの国の女共はオレに寄ってくるんだ」
これまでは、心の何処かで兄上だって本気でオレを殺そうとなんてしないはずだと信じていた。これまでの暗殺者や毒もただの脅しだと。しかし、もしもこのピンク頭が兄上の放った刺客だとしたら……。そんな考えが脳裏に浮かんだせいで今更この髪の事なんて口走ってしまった。これでは逆にオレは王族だと誇張しているようなものだ。もし兄上が知ったら「やはり王族として王太子になりたいのでは」と疑われてしまう。なんとか誤魔化さなければ……。
するとこの怪しいピンク頭は手に持っていたボロボロの教科書をバサバサと地面に落とし両手を頬に当ててオロオロとしだしたのだ。
「不吉?よくわからないですけど、こんなに綺麗な瞳なんですからみんなきっとあなたが大好きなはずで────えぇっ!王家って王子様だったんですかぁ?!いやーん、どうしよう!あたしったら不敬ですよね……!」
……意味がわからなかった。オレの髪色を見ていて、オレが王族だと今の今までわからなかったというのか?オッドアイの事はともかく、この髪はアレスター国の王族にしか現れない特別な色として世界各国に認知されているはずだ。
学園に入れば最初に各国の王族について習うはずだし、なんなら平民の子供だって知っている。その証拠にこの国にやって来た時も馬車から顔を覗かせただけで「あ、白い髪だから隣の国の王子様だー」なんて言われたくらいなのに……わざとそんなことを?いや、わざとだとしてもやはりそんな事をする意味がわからない。王族を知らないなんて不敬を通り越してただの馬鹿だ。
もしも本当に知らなかったのなら、どんな秘境からやってきたんだ?さすがに兄上もこんなあからさまに怪しい人間を暗殺者として送り込んだりはしないか……。
「そ、そうか……?いや、学園では生徒は平等だ。不敬とかそんな事は気にするな」
だが、このピンク頭……あまり近づかない方がいいな。と思った。
「よかったぁ、優しいんですね!!あの、ジュ……王子様ぁ!あたし、ルル・ハンダーソンって言いますぅ。良ければお名前を教えて欲しいなって思ってぇ~!それにあたしは男爵令嬢なんですけど守護精霊がすごいって言われてるんでぇ、もし何か悩んでるんならお役に立てるかもしれませんよぉ!例えばぁ、家族の事とか……」
すると今度は、軽く握った左手の拳を口元に当てて上目遣いでオレを見てきたのだが……聞いてもいない事をペラペラと喋り出したのだ。
オレが王族だと本当に知らなかったとして、わかった途端に擦り寄ってくる様子に虫唾が走りそうだ。そういえば、朝の女生徒達はオレの瞳の話はしたが自分の事を売り込んで来たりはしなかったな。それにオレが王子だとわかっていても気にしていないように見えたし、もちろん王族としての敬意は最低限払ってくれていた。
こんな、家族の事を聞いてくるなんて傷口を抉るような事なんて誰もしなかったのに。そう思ったら、面倒くさそうな態度を取って申し訳なかった気持ちになった。
それにしても、守護精霊か。確かに守護精霊の強さは個人の評価にも反映される。だが、オレはあまりそうゆうのは好きじゃなかった。守護精霊はオレの大切な友達だ。それを、道具のように扱う奴は嫌いだ。
「お前の……守護精霊が?」
「はい!だからぁ……」
なぜかオレの事をわかっている風に話しかけてくるこのピンク頭が無性にイラつく。その時、ピンク頭の声に混じってどこからか歌のようなものがわずかに聞こえてきた気がしたのだが────。
『わん!!』
ザァッ……!!
「ひぃっ!き、きゃあ────っ?!」
その場に突風が吹き、小さなつむじ風が現れたかと思うとそのピンク頭を吹き飛ばしたのである。ついでにボロボロの教科書も。こんなことをするやつをオレは知っていた。
「……ゲイルか。学園に来た途端何処かへ行っていたのに、どうしたんだ?」
『わん!!』
オレがその白い毛並みをもふもふと撫で回すと、ゲイルは気持ちよさそうに目を細めた。
ゲイルはホワイトハスキーの姿をした風の精霊魔法を使うオレの守護精霊だ。こうやっていつもオレを護ってくれる友達で仲間で、大切なパートナーだった。すると、心地の良いそよ風がオレを慰めるように吹いてくる。何か緊急で用事があるみたいだったのに、オレが気分を害していたのを感じて駆けつけてくれたようだった。
「ゲイルの用は済んだのか?」
『一応ね。ジュドーの側を離れちゃってごめん』
監視者に聞こえないように小声で話すが、やはりゲイルがいてくれるとホッとする。そこからは他愛無い話を少ししてから、軽く腕を伸ばした。
「あ~、留学なんて面倒くさいなぁ!」
そして、わざとらしく息を吐き……監視者にだらしなさを見せつけるためにその場にゴロンと寝転がったのだが……。
「「あ」」
視線が上を向いた瞬間、ふわりと揺れる蜂蜜色の髪が最初に視界に入り……次にオレを覗き込む、まるで湖の底のような深いアクアブルーの瞳と目が合ってしまった。
もしかして樹の妖精だろうか。と、吸い込まれるようなその瞳の色に時間が止まったように感じ……気が付いた時にはその妖精はオレに向かって落下してきていたのだ。
なぜか咄嗟に圧死を覚悟していたが、その衝撃は思っていたよりずっと軽かった。しかしそれなりにダメージはあったようで頭を打ったのかグラグラと脳が揺れる感じに目が回っている。
「きゃーっ!どうしよう、もしかしてジュドーをお尻で殺しちゃったの?!か、神様、どうしよう~~~っ?!」
『フィ、フィレンツェア!落ち着いて!ケガしてない?!』
『わ、わふぅ?!お、お前たちぃ!よくもジュドーを!』
オレの周りでは誰かが騒がしくしていて、しかしなぜかそれが心地良いと感じていた。
なんだろう、この感覚は……。そうだ、オレは知ってる。この子を知ってる……。
グワングワンとさらに揺れる脳内で、知らないはずの映像が流れ出す。でも、オレはそれを《《知っている》》のだ。
そこにはひとりの少女がいて、いつも笑ってオレを見ていたんだ。指切りをした、大切な少女が────。
「…………」
「あ、動いた!?ジュ、ジュドー?!大丈夫なの?!」
ピタリ。と、脳の揺れがおさまった。目を開けると《《彼女》》がそこにいた事を嬉しく感じる。
そして自分を覗き込むアクアブルーの瞳に浮かぶ朝露のような涙を伸ばした指先で掬い取り、それをペロリと舐めてみた。
うん、味覚も触覚もあるね。視覚も大丈夫。と、五感はちゃんと戻っているようだと確信し安心した。なにせあいつら、やることが荒っぽいからさ。
「しょっぱい……」
「なぁっ……?!」
そんな行為に、みるみる顔を赤くしてこちらを見てくるその瞳をまっすぐに見つめ返してこう言ったんだ。
「やぁ、また会えたね。ボクの聖女」と。




