第25話 元奴隷は仮面の使徒と対峙する
暗転した視界。
全身に次々と痛みが走る。
衝撃で吹き飛ばされ、どこかを転がっているようだった。
間もなく俺は停止した。
恐る恐る目を開けて上体を起こす。
周囲の木々は粗方が切断されていた。
さらに燃え上がっており、あちこちで炎が猛威を振るっている。
黒煙が辺りを漂って視界を悪くしていた。
俺は土を払って立ち上がる。
全身に痛みがあるも、動けないほどではない。
あの爆発が直撃したにしては、異常なほどに軽傷だった。
使徒の力には何度感謝しても足りない。
俺は口内の血を吐き捨てる。
(迂闊だったな。まさかあんな反応が起きるとは……)
数瞬前の出来事を思い出す。
高出力の炎と風がぶつかり合った結果、凄まじい大爆発に繋がった。
おかげで付近は酷い有様である。
俺は周囲の生命反応を感知する。
襲撃部隊の皆は、奇跡的に全員が生存していた。
しかし、ほとんどが重傷だ。
今にも生命が消えかかっている者もいる。
当然だろう。
彼らはあの距離で爆発を受けたのだ。
即死しなかったのが不思議なくらいである。
(俺のせいだ……)
胸に痛みを覚える。
意図的でないとは言え、爆発の原因は俺にあった。
それが彼らをこんな目に遭わせた。
彼らは死を覚悟している。
ヒューマンの未来のために命を賭して戦う覚悟だ。
だからと言って死なせていいわけではない。
彼らだって俺の力に殺されるのは不本意だろう。
しかし、後悔をしている暇はなかった。
本当に彼らを救いたいのなら、早く暗殺を終わらせなければ。
そうしてこの場から救出するのが何よりの貢献だった。
俺はさらに生命感知を続ける。
一方で同行するエルフ達は、何人かが死んでいた。
生き残った者は、炎上する樹木を水で消火し、そこに退避している。
やはり彼らも重傷を負っていた。
今は互いに回復魔術による治療を行っている。
俺はその中に隊長の顔を見つけた。
彼に声をかける。
「皆の治療を、頼む」
「…………」
隊長は何度か躊躇した末、苦々しい顔で頷いた。
本当はヒューマンを助けたくないのだろう。
自分達のことだけでも精一杯の状況だ。
ヒューマンのことなんて見捨てる対象としか思っていない。
しかし彼は、俺の頼みを断れば殺されると悟ったのだ。
実際、俺は実行するつもりだった。
襲撃部隊を救うと確約するまで、エルフを一人ずつ殺すつもりだったのである。
だから隊長は、渋々ながらも引き受けた。
エルフ達が周囲の皆を救助し始めた姿を見て、俺はひとまず安堵する。
やや不安は残るものの、あとは彼らに任せるしかない。
俺がいたところで専門外の分野だ。
手伝えることは無い。
(それより適任の役目がある)
俺は遥か前方を見据える。
焼けた大地の向こうには、緑髪が立っていた。
焼け焦げた衣服を纏う彼女は、全身から血を垂らしている。
特徴的な髪も、一部が黒くなって千切れていた。
彼女も爆発で負傷したようだ。
風の能力でも防ぎ切れなかったらしい。
石の仮面で顔は見えないが、きっと苦痛と憎悪で満ちているのだろう。
緑髪の背後には、数十人のエルフがいた。
おそらく増援だ。
緑髪を追ってきたのである。
彼らは緑髪から距離を取っていた。
爆発の被害地点より外で止まっており、それ以上は近付こうとしない。
この惨状を見て、迂闊に踏み出せなくなったのだろう。
彼らも命が大事なのだ。
巻き添えになって死ぬのは嫌に違いない。
(これは都合がいい)
向こうが近付いてこないのなら、エルフ達が治療行為に専念できる。
その間、俺は時間稼ぎをすればいい。
さらに緑髪を殺害して、怯む増援をよそに撤退するのだ。
当初の段取りとはまったく違う展開だが、今はやるしかない。
作戦を決めた俺は前進する。
消えていた身体の炎を再点火して、力を高めながら歩みを進めていく。
途中、挑発の声を投げた。
「はっはっは! さっきのは随分と派手な爆発だったなぁ? 怪我をしたようだが大丈夫か?」
「…………」
緑髪は無言だ。
仮面の奥から感じる視線は、激しい怒りを訴えている。
初めて会った時のように澄ました感じではない。
俺は一定の距離で足を止めた。
向こうの増援の矢が届かない程度だ。
使徒同士では、互いに能力を当てられる間合いである。
俺は仮面の裏で笑顔を作る。
「最高の歓迎をありがとう。お前を殺したくて、はるばるやってきたんだ」
「……相変わらず最低な戯言ですね。反吐が出ます」
「反吐と言うか、血反吐だな! ひょっとして冗談のつもりだったか?」
俺は大袈裟におどけてみせる。
わざと狂った態度を取っていた。
俺に注意を向けて、背後の者達を守るためだ。
対する緑髪は俯く。
彼女は両手を広げると、それに合わせて暴風を発生させた。
燃える樹木が打ち上げられ、空中で木端微塵に砕かれる。
「もう、いいです。あなたとの会話には価値がありません。ここで終わらせます」
「上等だ。後ろの奴らもまとめて殺してやるよ! なぁ、覚悟しておけよ!」
俺の声に増援達が反応した。
彼らは恐怖に顔を引き攣らせて後ずさる。
これで十分だ。
しばらくは余計な真似をしないだろう。
それを確かめた俺は、緑髪に向けて炎を投げ飛ばした。




