第26話 元奴隷は風を散らせる
緑髪の暴風が炎を絡め取った。
そのまま赤い竜巻となって熱を逃がして消える。
放った炎は、彼女まで届かなかった。
もっとも、それは予測できていたことだった。
俺は気にせず炎を連射し、その中に炎の矢を混ぜる。
緑髪は竜巻で炎を凌いでみせた。
竜巻を貫通する矢のみ、流れるような動きで回避する。
突き抜けた炎の矢は、増援のエルフ共に命中した。
何人かが貫かれて燃え上がっている。
大騒ぎするエルフ達は慌てて水魔術による消火を試みていた。
これで余計なことはできなくなったろう。
巻き添えを食らうのをさらに避けたがるはずだ。
彼らの存在は邪魔でしかない。
願わくば、ここは撤退してほしかった。
(まあ、それを待つ気もないが……)
俺は地を蹴って緑髪へと接近していく。
その途中、切断されて転がる樹木を掴み上げた。
能力を加えて炎上させる。
枝の先や葉の一枚までが、炎の力によって変質した。
ここまでのやり取りで、俺は手持ちの棍棒を紛失していた。
だから武器を調達するしかなかったのだ。
その点、樹木は優秀な武器である。
炎の加護を付与しやすく、重量もあって鈍器として優秀だった。
おまけに厚みがあるので盾としても使える。
(頭をぶち抜いてやる……!)
俺は樹木を抱えながら突進する。
飛んできた竜巻に対して、燃える樹木を振り下ろした。
竜巻は炎に押し退けられて散る。
しかしそれも一瞬だった。
竜巻は元の形状に戻ろうとしている。
俺はこじ開けた隙間を駆け抜け、竜巻を正面から突破した。
緑髪は両手を俺に向けていた。
空気の擦れ合う音がする。
風の刃の連射だ。
かなりの力が込められており、あまり直撃したくなかった。
俺は燃える樹木を盾のように構える。
風の刃が樹木に衝突した。
押し込まれるような感覚を受け、俺はなんとか踏ん張って耐える。
そこから地面を蹴って突進を敢行し、とうとう近距離戦の間合いに踏み込んだ。
「………」
緑髪は立ち止まる。
迂闊な行動が死を招くと分かっているのだ。
この距離ならば俺の方が有利だった。
術に頼った小細工を粉砕できる。
「うおらぁっ!」
俺は樹木を殴りかかった。
命中する直前、弾力のある何かに受け止められる。
そこには何もない。
緑髪が手をかざしているだけだ。
(空気の壁で防いだのか?)
それを理解した俺は、炎の力を引き上げて空気の壁を突破する。
叩き潰す勢いで樹木の殴打を炸裂させた。
(どうだ……?)
俺は命中地点を確認する。
そこに緑髪の姿は無かった。
刹那、死角から殺気が刺してくる。
俺は屈みながら横に跳んだ。
首のあった位置を、緑髪の手刀が通過していく。
目を凝らすと、空気の揺れを捉えることができた。
手刀に風の加護を纏わせて威力を上乗せしたのだろう。
(直撃していれば、首を刎ねられていたな)
紙一重の出来事に息を呑むも、俺は横殴りの樹木で緑髪に反撃した。
跳躍した彼女は寸前で躱す。
空中を舞いながら、風の刃を連射してきた。
俺は片腕を上げて防御する。
腕に小さな傷が走り、血が飛び散った。
俺はその腕で炎を集めて、前方の広範囲を焼き尽くしていく。
「くっ……」
緑髪は突風で対抗してきた。
炎の軌道がずらされ、彼女を焼き焦がすには至らない。
出力を上げても、彼女は同じ分だけ風を強めてくる。
(これでは埒が明かないな……)
俺は樹木を掴む指を幹にめり込ませる。
そして、力任せに投擲を行った。
猛速で迫る樹木に対し、緑髪は風魔術の飛行で躱そうとする。
しかし、回避は一瞬の差で間に合わなかった。
投擲した樹木が彼女の仮面を掠めた。
砕け散る仮面の破片。
緑髪は命中の衝撃で後方へと吹っ飛んでいく。
彼女は地面を転がった。
何度も転がった末、よろめきながら起き上がる。
手足は不規則に痙攣していた。
顔を上げた緑髪は、こちらを見る。
「…………」
彼女の仮面は、左半分が割れて剥がれ落ちていた。
焼け爛れた顔が露出している。
片目の瞳は白濁し、血の涙を流していた。
彼女は、瞬きもせずに俺を睨んでいる。
「いい顔じゃないか。風の使徒様にはぴったりだ」
「あなた、は……」
俺の皮肉を聞いた緑髪は、醜い顔をさらに歪めた。
見開かれた目は、極大の憎悪を映している。
仮面が割れたことで、激情の渦巻く様がよく見えた。
緑髪はゆらりと片手を上げると俺を指差す。
「下賤なる炎の使徒よ。ここであなたに、死を与えましょう。そして私は、世界中のヒューマンを殺し尽くす」
「使い捨ての奴隷がいなくなったら困るんじゃないか?」
「そんなことは、どうでも、いいのです……可能性の芽は、摘み取らねばならない」
緑髪は低い声で呻く。
彼女は新たな使徒が生まれる未来を懸念しているようだった。
炎の使徒に対して、この上ない嫌悪感と忌避感を抱いている。
「――潔く死になさい」
宣告した緑髪は、指先から暴風を解き放った。




