第二十三話 お願いは計画的に
零話で誤字報告をして下さった方ありがとうございました!反映するのが遅くなってしまい申し訳ありません。
山を体現した巨大な亀の体躯。苔で被われた甲羅は鋼鉄を誇るダイヤモンド、四本の足は一本の巨木と同等の太さ、咆哮を上げる顔はS級魔物の名に相応しく凶悪そのもの。亀が咆哮を上げるだけで周囲の空気が、大地が震えた。鳥は逃げ、木々の葉が落ちていく。モヨリの森の主は、自分を無理矢理叩き起こした不届き者に大層ご立腹なのだ。だが、男には関係のない話なのだ。ニィっと好戦的な笑みを浮かべると強度と硬度が世界最強級の結界に守られた二人へ目をやった。
「そこで見ていろ」
目の前の巨大で硬質な絶望に折られる所か、蟻に等しい人間の方が圧倒的な強者たる覇気を纏っていた。身体強化の術を己が肉体に施し、再び咆哮を上げた巨大亀に男は――ウェルギリウスは――地面を蹴った。
ウェルギリウスが死なない限り今最も安全な結界の中にいるのは、エヴェリーテとセスト。エヴェリーテは一時間前の自分の発言を、過去へ戻れる術があるのなら是が非でも使いたいと心底後悔していた。セストもその一人。時を逆行する魔術は……あるにはあるが、それは世界の“理”に反する術なので禁忌中の禁忌とされている。
グォオオオオオオォォオオオ!!!
地獄の底から響くような低く、死者に更なる絶望と罰を与える雄叫び。三度も聞いてしまうと耳が可笑しくなってしまう。結界のお陰である程度の障害からは守られている二人でも、巨大亀の殺気に当てられ意識を飛ばすのも時間の問題となっていた。
――が、巨大亀を怒らせている元凶には関係のない話だ。
「《踊れ》」
正式な呪文を省略、更に適当な呪文一言で巨大亀を囲う雷の魔術が発動された。天地を挟んだ魔術式から落とされる無数の雷撃が巨大亀を容赦なく襲う。一撃一撃が超威力を誇るこの魔術は第五楷梯【ヴォルト・フィールド】一定範囲内の敵を殲滅する雷の魔術。起動出来るだけで術者が超一流の証拠ともなる魔術を適当な呪文で起動させられるのだから、人は見た目で判断してはいけないという言葉があるがその通りだ。魔力容量も魔力濃度も“人外”なウェルギリウスの【ヴォルト・フィールド】でモヨリの森の主は黒焦げとなった。如何なる攻撃も通さない鋼鉄の甲羅は砕け、巨木に例えられる四本の足も燃やされ、巨体を支えるものは何一つない。地に倒れた巨大亀に近寄り、甲羅に飛び乗って甲羅の一部であるダイヤモンドの欠片を拾ってエヴェリーテとセストの元へ戻った。
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空間魔術でモヨリの森とウェルギリウスの屋敷を繋げ、一歩踏み出しただけで屋敷へ帰還した。見慣れた庭園に戻るとエヴェリーテとセストは脱力して地にへたりこんだ。ウェルギリウスは普通にしている。空間を戻し、手に入れたダイヤモンドで遊ぶ。それを恨めしげに見上げるエヴェリーテ。
「死ぬかと思った……」
「俺が死なない限り、お前達の結界は破れる事はない。心配したのか」
「当たり前よっ、あんな怖い魔物がモヨリの森にいたなんて」
「ぼくも驚きましたっ」
「アイが言っていただろう。どんな場所でも、その最奥部には強い魔物がいると」
「レベルが違い過ぎます!」
セストが怒るのも無理はない。
魔術師の土台作りもいいが、魔術師の戦いを見てみたいと希望したエヴェリーテにセストも同意した。二人の視線がウェルギリウスに集まり、ブルーベリーを焼いた食パンに塗っていた最中の彼は面倒は御免だと最初は断った。しかし、ウェルギリウスの幼女が好きという性癖を利用し、エヴェリーテは涙で潤んだ青い瞳で上目遣いでお願いした。ぐうっ、とダメージを食らうウェルギリウスに止めとして可愛いアピールをして抱き付いた。そうして、ロリコンの心を折ったエヴェリーテは勝利を勝ち取った。
丁度、錬金術に使う素材で一つ非常に面倒なのがあるというのでウェルギリウスに「絶対に勝手に動くな」と釘をさされ、固く誓って勝手な行動はしないと約束したエヴェリーテとセストを連れて来たのが先程までいたモヨリの森。その最奥部。最奥部には、モヨリの森の主と呼ばれる巨大な魔物が棲んでいる。あの亀である。あの亀の甲羅はダイヤモンドで出来ており、本来は鉱山へ採掘しに行かなければならないのを面倒臭がってモヨリの森の主から一部を頂くついでに、魔術師の戦いを見たいという魔術師としてはまだまだ孵化すらしていない卵達に見せ付けるべく選んだ。
勝負はウェルギリウスの圧勝。あの【ヴォルト・フィールド】で全てが決まった。ウェルギリウスは目当てのダイヤモンドが入手出来て、エヴェリーテとセストは魔術師の戦いを見れた。両者ハッピー――なる筈がない。ハッピーなのはウェルギリウスのみ。二人は見ていただけでも一日分の精神力を根刮ぎ奪われた。座り込んだまま微動だにしない二人を抱き上げた。
「情けないな」
「ウェルギリウス様、ぼくは今さっきの戦いを見て自信がなくなりそうです」
「ああ、パーシアスの属性は雷だったな。だが、安心しろセスト。お前やエヴェリーテは、パーシアスや他のガキ共よりも強い魔術師になれる」
「魔術師の土台作りが関係しているの?」
「そうだ。魔力検査で自分の属性を知れば、大抵はその属性の魔術の習得に誰もが時間を割く。まあ、殆どの場合は専門の家庭教師を雇うだろうが、教える事はあまり変わらん」
今は扱えなくても、二人のやっている土台作りは時間が経つことで初めて成果が出る。魔術を教えるまで、後半年。それまでに、まだまだ叩き込む基礎は山程あるとウェルギリウスは告げた。
「その為にも、今日あの亀から拝借したダイヤモンドは必要になってくる」
「錬金術の素材で必要って言ってたけど何に使うの?」
「セストに前に言ったと思うが、お前は魔力濃度と魔力容量のバランスが悪い。天秤で例えれば、魔力濃度が重い。濃度を抑える道具が必要になる。その為のダイヤモンドだ」
数日前、初歩の風の魔術を教えた際にセストが魔力濃度が魔力容量と比べると濃いと断定された。魔力濃度が濃いと上手く魔力容量を操れなくなるので道具で調整する必要がある。また、エヴェリーテも魔力容量が多すぎるせいで全く制御が出来ていない。此方も魔力制御装置を作る。
ウェルギリウスは二人を居間に置いた。客人をもてなす部屋だが、使う予定がない上庭園から近いのもあって。
「待ってろ。ララに飲み物を持って来させる」
室内から出て行ったウェルギリウスに返事をする余裕もなく、二人は座らされたソファーの上でぐったりとした。
「すみません。セスト王子。私があんな提案をしなければ……」
「いいえ。貴重な体験が出来たと思います。あそこまでスゴいとは思いもしませんでしたが」
「他の魔術師を見てなくても、ウェル……お父様が強いのがよく分かりました」
「ぼくも父上や母上、城の者に話を聞いていただけだったので、実際に目の当たりにして言葉も見つかりません」
二人は最近、自分の属性を知ったばかりの魔術師にすらなっていない子供。雲よりも上、宇宙に等しい高さにいる男の指一本分の実力ですらなかったと気付きもせず、対面しただけで恐怖が勝る存在に立ち向かえる強さが“人外”なのだと実感させられた。
コンコン
控えめなノックの音はララの可能性が高い。どうぞー、とエヴェリーテが返事をすると入って来たのは予想通りララだった。手にはオレンジジュースが注がれたグラスを二つ持っていた。
「バージル様に命令されて持って参りました。エヴェリーテお嬢様、セスト王子。飲めますか?」
「うん」
「頂きます」
ララからグラスを受け取り、新鮮なオレンジを絞ったジュースを一気に飲み干した。お代わりはありますよ、とオレンジジュースの入った水差しを持ち、空になった二つのグラスに黄色い液体を注いだ。
「とっても美味しいよ。ありがとう」
「いいえ。あ、そういえばエヴェリーテお嬢様」
「なあに」
「お嬢様達がモヨリの森へ行っている間にスカーレット公爵家の方がお見えになられました」
「昨日のお茶会が中止になったから?」
「はい。また、アリシア様からお手紙を使者の方からお預かりしております。ご覧になられますか?」
「ううん……後で読むよ。ありがとうララ」
「いいえ。あと、セスト王子にも」
「ぼくにもですか?」
「はい。お城から使い魔が送られて来たのですが、シルヴァ公爵家令嬢のベアトリクス様からのお手紙だそうです」
差出人が自身の婚約者であるベアトリクスだと知ると、エヴェリーテには見せない面倒な色をした面を浮かべた。セストが屋敷に来てからもベアトリクスからお誘いの手紙は何度も来ている。その度にセストは、部屋に展開されてある転送方陣で城へ戻り、婚約者と会っている。
聞く所によるとベアトリクスは王妃教育を熱心に受けており、また、魔術師の才能も素晴らしいと評判が高い。その反面、エヴェリーテの評判は悪い。何せ、全く王妃教育を受けていないのだから。王国の第一王子の婚約者である自覚があるのかと議会の議員や上位貴族は眉を顰めているらしいが、それら全て保護者が握り潰し黙らせている。
……と知らないエヴェリーテは、愛らしい顔に暗い影を落とした。
「私もパーシアス王子殿下にお手紙を書いた方がいいよね。でも、何て書いたらいいのかな」
「必要ありませんよ、エヴェリーテ嬢。パーシアスは、宝の持ち腐れをしていると思い込んでいるエヴェリーテ嬢の手紙に応じません。気にしなくても良いのです」
「でも」
「ウェルギリウス様の力があれば、例え王家との政略結婚でも強引に破棄をするもの出来ます。本気であの方を怒らせたら、どちらの被害が大きいか計れない国ではありません」
また、双子の弟セストがエヴェリーテがパーシアスに興味を抱かない様にしていた。エヴェリーテが第一王子の婚約者という立場に戸惑い、困っているのを一緒に住み始めてから勘づいた。
ね?セストに同意を求められ、不安な気持ちになりながらも頷いた。二人はもう一杯オレンジジュースを一気に飲み干し、それぞれの手紙を受け取った。
エヴェリーテの方は、エヴェリーテが予想した通り、雨で中止となったお茶会の再度の招待状。今度は雨が降っても大丈夫な様にスカーレット公爵邸の中で行われる事となったらしい。前と同じで参加すると記入し、ララに託した。
セストの方は、此方もセストが予想した通り、婚約者のベアトリクスからのお誘いの手紙。溜め息を吐きたいのをグッと堪え、手早く返事を書くとララに渡した。
二人から返事を預かったララは、ウェルギリウスに使い魔で届けてもらうと部屋を出て行った。
「では、ぼくも部屋に戻りますね」
「は、はい」
セストも部屋を出て、残ったのはエヴェリーテ一人。
「……」
ソファーに座ったエヴェリーテは、閉じられた扉を見つめた。
「大丈夫……かな」
パーシアスに会わない事がじゃない。
セストと必要以上に仲良くなってしまって良いのかという意味で。
セストは名前のない物語に登場する聖なる女神“イーサ”の護衛の転生者。500年前、カボロの村を滅ぼし、イーリスとパーシアスを殺した。ゲームでも、終盤護衛としての記憶を取り戻し、再びイーリスを手にかけた。
ゲームでは、威力特化型の雷属性のパーシアスと比べられ、すっかりと卑屈になったセストを純粋な気持ちを持つヒロインが時には励まし、時には嫌われ、時には喧嘩をする事で二人の仲は急速に深まっていく。
セストと仲良くなりたいがなっていいのか分からない。はあ、と溜め息を吐いた。答えは、世界の果てへ行っても見つからない。正しい正解がないから。
「庭に出よう」
外の空気を吸って気分を変えよう。
そう決めた矢先、扉が開かれた。ノックも無しに入って来たのはぷに三郎だ。
「あ、いたいたお嬢様」
「ぷに三郎さん。あれ?太郎さんや次郎さんは?」
「兄さん達は、アイさんと一緒にイリキアの森に行ったよ」
「イリキアって、ヒーリングポットを作る時に使う草だよね?」
「うん。イリキアの森は、名前の通りイリキアが年中生え続ける森でね。お店で買うより、大量に採取出来るんだ」
「そっか。三郎さんは行かなかったの?」
「ララさんの手伝いをする為に残ったんだ。そうだ、お師匠様にお嬢様を呼んで来いって言われてたんだった」
「ウェルギリウスが?分かったよ」
ぷに三郎を隣に連れてウェルギリウスのいる部屋まで向かった。
読んでいただきありがとうございました!




