第二十四話 お茶会ーその1ー
スカーレット公爵家令嬢アリシアから受けたお茶会当日。
緊張した面持ちでスカーレット公爵邸に到着したエヴェリーテの頭にぽふっと大きくて温かな手が乗った。付き添いのウェルギリウスの手。たったこれだけの行動でエヴェリーテの緊張が大きく和らぐ。今朝から、アイとララに着飾られた姿は本職の妖精も息を呑む可憐な妖精そのもの。魔力制御装置となった赤いリボンは勿論頭に結ばれ、ドレスはエヴェリーテの色に合わせたアクアマリンのシンプルなデザインを選んだ。勿論、お茶会と言えど立派な貴族の社交場なので相応のドレスを着ている。近くまでは瞬間移動を利用し、公爵邸までは徒歩で向かった。馬車を用意するよりこっちの方が断然早い。まあ、簡単に瞬間移動を扱えるウェルギリウスだから言える台詞で他の貴族は皆馬車を用いて来る。
門番に招待状を見せると門を開けてもらい、中へ入る。ウェルギリウスの屋敷もそうだが、国の最高位の爵位を賜る貴族の名に恥じない立派な外観に息を飲む。覚悟を決めて歩を進めた。
屋敷の扉の前に二度しか会っていないシリウスがいた。彼の足下には、同じ紅色の髪をハーフアップにし、髪の色に負けない深紅のドレスを着た少女もいた。吊り目気味な黒い瞳がどこかきつい印象を受ける。エヴェリーテとウェルギリウスに気付いたシリウスが微笑を浮かべて此方へ歩む。
「お待ちしておりました。セルディオス公、エヴェリーテ嬢。此度は、我が娘アリシアの招待にご参加頂きありがとうございます」
「態々お前が出迎えか。国王といい、公爵といい、この国のお偉い様はよっぽど暇なんだな」
たっぷりと嫌味が含まれた台詞にシリウスは嫌な顔一つもせず、微笑を浮かべたまま対応した。
「まあまあ。王のアレは今に始まった事ではありません。その点に関しては、誰よりも詳しいのはセルディオス公ではありませんか。今回の茶会は、アリシアの顔見せでもあり、同時に同じ年頃の令嬢や令息が知り合う良い場にしたいと思い開きました」
「はあ。そうかよ。ほら、エヴェリーテ」
「う、うん」
軽く背を押されてエヴェリーテは一歩前に出て、最初にマナーレッスンを受けていた頃と比べると随分と様になったカーテシーを披露した。
シリウスへの挨拶も程々に、次は初対面のアリシアに挨拶を。
「初めましてアリシア様。セルディオス公爵家令嬢エヴェリーテ=ナノ=セルディオスです。本日はご招待下さりありがとうございます」
噛まずに言えた。内心やったー!と大喜びするものの一切顔には出さない。貴族は感情を簡単に顔に出してはいけない。
……隣のウェルギリウスが口元を抑えてプルプル震えている意味を知るシリウスは若干呆れている。
とは知らず、同じく緊張で一杯のアリシアもエヴェリーテに礼儀を見せた。本物の公爵家の令嬢のレベルの高さにエヴェリーテは自分の力不足を思い知らされた。
此方です、とシリウスとアリシアに案内されたのは、パーティーホール。既に招待を受けた令嬢や令息、彼等の付き添いである貴族の大人達の姿が多数あった。今日は天気も晴れな為、庭に出ている者もいる。
シリウスとアリシアに案内されて到着した大陸最高峰の魔術師とその魔術師が連れる可憐な幼女に視線が一気に集中した。
うっ、と顔を歪めそうになりながらもぐっと堪え、我先にと近付いてくる貴族とエヴェリーテ挨拶を交わす。ウェルギリウスは面倒臭そうに対応する。で――
「飽きた。帰るか」
飽き性なこの男はすぐに飽きて帰りたがる。今来たばかりなのに!?と驚くエヴェリーテに続き、帰られては困るシリウスが(きっと)大陸一我儘な男のご機嫌取りを行う。
「まあまあ。セルディオス公。エヴェリーテ嬢が色んな相手に出会う貴重な場です。彼女を思って、暫く我慢して下さいませんか」
「そうよ。それに、招待してくれたスカーレット公爵やアリシア様に失礼だわ」
「はいはい。分かったよ」
「もうっ」
怒っている意思表示に頬を膨らませて見てもウェルギリウスにとったら可愛いだけ。ツンと指で頬を突かれる。
「ん?」ふと、ウェルギリウスの視界に知っている相手が映った。ウェルギリウスの視線の先を気にしたシリウスが辿ると「ああ」と零した。
「シャルディン殿もいますよ。懐かしいでしょう」
「この間の“魔力検査”の時いただろう。あの阿呆がいるのなら、娘のヴァイオレットも呼んでいるのか」
「はい。ヴァイオレット嬢もいらっしゃいます」
阿呆発言はスルーしてプラチナ公爵とその令嬢がいると教えるとエヴェリーテは顔を輝かせた。ヴァイオレットは、一人しかいない友達の貴族令嬢。会って挨拶をしたいと何処にいるかと探せば「あの」と控え目に声を掛けられた。
アリシアである。
「エヴェリーテ様はヴァイオレット様と親しいのですか……?」
「親しいかは分かりませんが、王家主催の茶会で良くしてくれまして。出来れば、ご挨拶をしたいと思っています」
「そうですか。良ければ、私も――」
何かを申し出ようとしたアリシアの声を遮る様に見知った声をエヴェリーテの聴覚はキャッチした。目的の人物ヴァイオレット本人がエヴェリーテの方へ足を運んだ。
「こんにちは。ウェルギリウス様、エヴェリーテ様」
「こんにちは。ヴァイオレット様」
初めて会った日から、それなりに日数は経っているがヴァイオレットに会えて良かったとエヴェリーテは安堵する。菫色の髪を縦ロールにした貴族令嬢特有の髪型がヴァイオレットによく似合う。
「エヴェリーテ様もヴァイオレット様も此方へ。今日の為に用意しましたスイーツが沢山御座いますわ」
「まあ。そうですの。参りましょうエヴェリーテ様」
「はい」
今回のお茶会の主役はアリシア。アリシアに先導されてエヴェリーテとヴァイオレットが続く。今は子供でも何時か大人となって国や家を支えていく。遠くから子供達を見守る役割の大人組は、お茶会のあるパーティーホールの隣にあるサロンに集まって細やかな酒宴を開いていた。シリウスがウェルギリウスを連れて戻ると「げっ」と顔を歪ませたのが一人。目敏く発見すると新しい玩具を見つけた子供様な悪戯感満載な青い瞳が相手を見下ろした。
アリシアに連れられ、エヴェリーテとヴァイオレットはパーティーホールの中心まで進み、大きなパーティーテーブルの前で止まった。
「うわあ……!」
「綺麗……!」
貴族は見た目にも力を入れるがそれはスイーツも同じ。数えきれない種類のスイーツがテーブルを覆うように置かれている。
「お気に召すものがあれば良いのですが」
「私は……これを頂きます」
エヴェリーテはチョコレートケーキの一種オペラを選んだ。珈琲風味のバタークリームとガナッシュを交互に挟んだ断面のバランスも取れて見苦しさがない。上面に金箔が飾られているのもポイントの一つ。フォークを入れる力も必要なく、スウゥと切れる。一口パクリ。
「とても美味しいです!」
「喜んで頂けて嬉しいです」
「じゃあ、私は……これを頂きますわ」
ヴァイオレットはフルーツタルトを手にした。イチゴ、ブルーベリー、リンゴ、モモが贅沢にしようされたフルーツタルトを此方もパクリ。フルーツの甘さと味の濃さに目が輝いている。
二人が満足している様子にアリシアはこっそりと安心する。
エヴェリーテがオペラを完食した辺りで近頃噂になっている事をヴァイオレットが尋ねた。
「セスト王子殿下がウェルギリウス様の下で魔術を習っているとお聞きしましたが事実なのですか?」
「はい。私とセスト王子殿下はお父様に魔術の指導を受けています」
「どんな魔術を使えますの?」
「えっと……」
今は絶賛魔術師の土台作りの最中でまだ魔術は緊急時の為のを入れると一つしか覚えていない。正直に答えていいものか考えあぐねるエヴェリーテにアリシアが助け船を出した。
「私のお父様が言っていたのですが、ウェルギリウス様は基礎を徹底してお教えされていると聞きました」
「は、はい。魔術師に必要なのは、魔術だけでなく、魔術師としての土台も必要だと。魔力操作や魔術に関する造形を一年間学び、本格的に魔術を習うのは一年後だと言われました。後半年ですね」
「魔術師の土台作り……お父様も同じ事を言っていましたわ」
ヴァイオレットの父親プラチナ公爵は、幼少の頃ウェルギリウスにきつーい躾を受けて以来、一番の苦手人物としてウェルギリウスを嫌ってはいるが魔術師としての彼には大きな憧れを抱いてるのだとか。その躾の際に言われたのが魔術師の基礎。どいつもこいつも基礎を怠る傾向にある昨今の魔術師達に不満たらたらなのだ。
「ヴァイオレット様とアリシア様の属性は何だったのですか?」
エヴェリーテの問い。ヴァイオレットは氷属性。アリシアは炎属性。一人だけ、基本四属性な事を気にしているアリシアの頬が赤い。
「エヴェリーテ様の全属性やヴァイオレット様の氷属性と比べたら、私の属性は大したものでもありませんわ」
「そうですか?」
「え」
不思議だと言わんばかりの声色にアリシアは目を丸くする。
「炎属性は、白魔術しかない治癒能力のある魔術が唯一ある属性だと教えられました。光属性は、術者や味方を身体強化の術はありますが治癒能力のある魔術は存在しません。大したことないものじゃないです!」
「初めて聞きました……」
「ええ。私も……」
ヴァイオレットとアリシアも自分の属性を知ってから専門の魔術師を家庭教師として招き、指導を受けているがそんな話は聞いていない。基礎はある程度までいくと勉強しなくなる。どの魔術師も、使える魔術の数とその難易度で相手を推し測るので。
「ヴァイオレット様やアリシア様も今度お父様に魔術の勉強をしに来ませんか」
「良いのですか?」
アリシアが驚いて問うとエヴェリーテは「はい!」と花のような笑顔を浮かべた。
「とても楽しいですよ!是非」
「喜んでお受け致します。ただ、ウェルギリウス様を苦手にしているお父様が何と言うか……」
「でしたら、私からお父様にプラチナ公爵様にお願いしてくれるよう進言してみます」
「ありがとうございます」
シリウスとシャルディンは幼少の頃からの付き合いで仲が良く、また、よくウェルギリウスに泣かされたシャルディンを慰めるのもシリウスの役目だった。
エヴェリーテは此処である大事な事を忘れていた。
妖精のララとアイはともかく、ぷにぷに三兄弟の説明をするのを……。
読んでいただきありがとうございました!
次回はエヴェリーテにしたら修羅場になるかと




