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―――11
その日の眞子は沈んでいた。眞子が憔悴している姿を見るのは珍しい。クマは落ち着かせる為にハーブの紅茶を慌てて準備し、鵺は何とか笑顔にしようと他愛のないことを話しかけた。だが、眞子の表情は晴れない。
「どうしたんだ、眞子。何か悩みがあるなら話せ。遠慮するな、聞いてやる」
宥めすかして眞子から悩みを聞きだそうとする鵺に、クマも同意するかのように眞子の膝に手を置いた。普段は仲たがいしている鵺とクマの態度に眞子は少しだけ笑った。
「えへへ、大丈夫。心配してくれてありがとう」
「気にするな。それよりどうした。話せば気が楽になるかもしれないぞ」
「うーん……」
困った表情の眞子に鵺は畳み掛ける。
「実は、……テストの点数が悪くてお母さんに大目玉もらっちゃった」
たはー、と眉尻を下げる眞子に鵺は小首を傾げる。
「そ、それだけか」
「……うん。点数が悪いとお小遣いもらえないんだよ」
「そ、それなら次を頑張れ。友達に聞くなり教師に聞くなりすれば何とかなるさ。お前は素直だから他の奴らは教えてくれるさ」
なんだそんなことかと鵺は安堵の息を零す。試験の成績なら次を何とかすればよいことだ。そう思ったからだ。だが眞子がその言葉に一層困った顔を作ったのを鵺は見逃してしまった。
「何とかなるさ」
「……うん。がんばる」
憂い顔を隠すように笑顔を作った眞子を、クマが声なく見つめていた。
―――12
「クマちゃーん、鵺さーん」
眞子が霧の夢で馴染みの二人を呼んだ。だが、姿がない。鵺はまだいないのかもしれないが、クマは必ずいるはずなのに。
「ク、クマちゃーん?」
少し不安になった眞子はクマの名を更に大きな声で呼ぶ。だが返事はない。当然だ、クマは喋れない。
「ねえ、クマちゃん、いるんでしょ。何処? ねえ、出てきて。一人にしないで。ねえ、お願い」
眞子の声は反響してあちらこちらから響いてくる。誰の姿もない。夢の中でなら、一人ではないと思っていた。なのに鵺の姿はない。クマの姿すらない。眞子は怖くなった。怖くなって、その場で膝を抱える。一人だという事実を認めたくなくて、顔を腕の中に突っ込んだ。怖い、と眞子はまた思った。誰も自分の存在を知らないんじゃないかと考えたら、怖くてたまらなかった。
怖くて、怖くて、目を固く瞑った。
気付いたら眠ってしまっていたらしい。背中にあたたかい何かと重みがあった。引っ張ると黒いコートが見えて、鵺のだと気付いた。
「あ」
眞子のすぐ隣に鵺が寝転がっていた。熟睡しているその手にはクマが握られていて、どうやら一緒に眠っていたらしいことがわかった。コートを持ち主に返して、眞子は顔を綻ばせる。
「鵺さん、ありがとう」
目覚めた時一人じゃない。その事実が今の眞子にはとても嬉しかった。たとえそれが夢の中の出来事だとしても。
―――13
目が覚めたら眞子がいなくなっていた。彼女の来た時間、鵺は出ることが出来ない状態だった。夢の中に来たのはいいが、服が大層汚れていて、鵺はクマに憤慨され湯に浸かっていたのだ。その間に服を洗って乾かした。夢の中で汚れを指摘されても意味がないと思う鵺だったが、汚れていたのは事実だったので珍しくクマに従った。丁度そこで眞子の声がした。しかし裸で出て行くわけにはいかない。服も乾かなければ着ることが出来ない。
「しまったなあ」
クマも今は湯に浸かっている。クマなら出て行くことも可能だが、あまりにもずぶ濡れだ。そのうちに懇願する眞子の声が聞こえ、鵺は少々動揺した。
急げるだけ急いで眞子の許へ赴くと、彼女は膝を抱えた状態で眠っていた。涙の痕が見える。そんなに寂しかったのだろうか。クマが眞子の膝に乗ろうとしたが、それを鵺が妨げる。寝ている眞子を起こしたくなかったのだ。クマが不思議そうに鵺を見た。
「クマ、起きるまで寝かしておいてやれ。疲れているようだからな」
小声で告げるとクマは首を縦に動かした。
鵺は知らない。眞子が何故そこまで寂しがったのか。だが不用意に首を突っ込むのも憚られる。だから鵺はせめて夢の中で隣にいることを選んだ。自身の外套を眞子に掛けてやり、傍に横になる。目覚めた時に一人じゃなければ、眞子は笑顔になるだろう。鵺は静かに目を閉じたのだった。
―――14
「鵺さん」
「お、眞子。元気か。この間は悪かったな」
にこにこと微笑む眞子に鵺は謝罪を口にする。すれ違ってしまい、結局会話をすることは出来なかった。
「ううん。隣に居てくれてありがとう。ねえ、鵺さん。人って難しいね」
常なら聞かない眞子の言葉に鵺は少々訝る。クマも不思議そうに眞子の顔を見上げていた。
「あのね、友達がいたの。鵺の――鵺さんじゃなくって漫画の――鵺を教えてくれた子もいたの。でも、駄目になっちゃった」
「……ああ」
「だからちょっとだけ今、学校お休みしてるんだ。でも寂しいね。一人って。家の中でテレビ見たり、漫画読んだり、好きに出来るんだけど寂しいんだ。もう、難しいなあ」
俯いてしまった眞子に、掛ける言葉を探す鵺だが見つけることは出来なかった。詳しい事情はわからない。わかるのは、眞子に哀しい出来事があったということだ。
「あ、あのな、……」
俯いたままの眞子の頭にやさしく手を置いた。ややあって顔をあげた眞子の目は赤くなっていた。続く言葉が見付からないまま、鵺は眞子の頬に触れる、撫でる。みるみるうちに眞子の瞳が潤んできた。
「……ん、……えさん、鵺さん!」
泣き叫ぶ眞子を、鵺は何も言わずに包み込んだ。
―――15
クマは見ていた。
鵺にしがみついて泣きじゃくる眞子を。そして言葉なく包み込んでいる鵺を。クマは見ていた、二人から離れた場所から。クマは、見ていることしか出来なかった。






