継ぐ想い 4
「……しっかりして下さい、ミキさん!」
その懐かしい声で、俺は目を開けた。
「……ヒイロ……!」
お馴染みの、鮮やかなレッドのスーツ……俺の目の前にいたのは、間違いなくヒイロだった。
「無事だったんだな!良かった……」
「まあ何とか……この状況が『無事』と呼べればですけど」
それで、俺はようやく自分の現状を理解した。辺りは見渡すかぎりの真っ暗闇で、物音一つ聞こえてこない。どうやら「精神領域」に近い、かなり深い層に落とされてしまったようだった。
「それより、なんでミキさんがこんな所にいるんですか?」
「あ、ああ、こっちも色々あってな……」
俺はこれまでの一部始終をすべてヒイロに聞かせた。
「確かに、色んな事があったみたいですね……」
「とにかく、今は喋雑を止めなきゃならない。とっととここを出る方法を考えないと……」
「それが分かれば苦労しませんよ。思いつく限りのことはやってみたんですけど……」
そこで、俺もアレコレと試行錯誤に出てみる。けれどヒイロの言った通り、どれもこれも全くの無駄だった。
「……くそっ……」
もう本当にどうしようも無いのか。俺はその場にヘタレ込み、唇を噛み締めた。
だがその時、
――もう諦めんの?あんた、アイツの『約束』破る気?
俺は顔を上げた。静かな物言いだったが、その声はハッキリとこちらに届いた。
――せっかくだから、『これ』あんたにあげる。
するとさほど遠くない場所で、何か物音がした。
「……!」
俺とヒイロが急いで探し当てると、闇の中に鍵が一つ落ちていた。
「……」
俺は鍵を手に取り、じっくりと見回す。見た目は、例の「ヒナカの鍵」とそっくりだった。
「……これ、どこの鍵ですか?」
「とにかく、使ってみるしかないか」
不安は大いにあるが、今は他の選択肢も時間もない。ヒイロが頷いたのを確認し鍵をひねると、空間が大きく揺らぐのが分かった。
そしてその瞬間、あの声がもう一つ俺に言った。
――私の代わりに、必ずチャッタ―をぶっ飛ばしてよ?
(……キ……ミキ、ヒイロ!)
繰り返し名前を呼ぶ声に、俺とヒイロは目を覚ました。
――ここは……。
辺りを見回すと、薄暗い空間の中で、絶えず何かが蠢いている。その有機的な動きは、単なる空間というよりも生き物の体内にいるようなイメージの方が強かった。
(二人共、大丈夫なようだな。ヒイロ、無事で本当に良かった……)
(ミキは、ちょっとヒドいカッコウだけどね)
「キヨ、ミユ!?お前らこそ無事だったのか?」
それは確かに二人の声だった……が、どこを見回しても肝心の姿はない。
(無事と言って良いものかどうか……あのあと、俺とミユはユウに取り込まれてしまった。今はまだ、辛うじて意識だけは保てているが……)
(アイツは、ユウにほかのシネンタイをキュウシュウさせてヒトつのオオきなユガみをつくりあげた。ココは、そのユガみのナカ……)
「そんな……せっかくヒイロが戻ってきたってのに……!」
これまでのどの時よりも、今が一番最悪の状況のようだった。
(だが、そう悪いことばかりでも無い。ミキ、今ならミユを元に戻すことが出来るかもしれない)
「!……出来るのか!?」
(ワタシはイマ、カンゼンにリョウシクウカンからハナされた。これなら、ミキからソウチをカエしてもらえるはず……)
(俺たちは思念体の核の中に捕えられている……完全に俺たちが……取り込まれる前に……いそいで……くれ……!)
こう話している間にも、二人の声は段々と弱々しくなっていく。
「ミキさん、急ぎましょう!」
その言葉に頷き、俺とヒイロは立ち上がった。
俺たち二人は蠢く空間の中をひたすら走り続ける。耳鳴りが段々と強くなり、目指す目的地が近いことを告げていた。
「……デテイケ……」
無数の声が同じ言葉を繰り返す。俺たちが立ち止まると、思念体の群れが行く手に立ちふさがった。
「私達は邪魔なウィルスってことですか」
ヒイロは、ため息をつきながら武器を構える。
「ミキさんは先に行って下さい」
「ヒイロ……!」
俺は一瞬ヒイロの方を振り向きかけたが、すぐに前方に視線を戻し頷いた。
「デテイケ……キエロ……!」
群れが一斉にこちらへ襲い掛かってきた。
それと同時に、俺とヒイロは駈け出す。群れのど真ん中へ突っ込んでいくヒイロを残し、俺はその脇をすり抜けていった。
やがて、俺はぽっかりと開けた空間に出た。
――これか!
目の前で、黒い巨大な球体が心臓のような鼓動を打っている。鼓膜を裂かんばかりの耳鳴りは、そこから発せられていた。
俺は、意を決して足を一歩踏み出した。
(クルナ!!)
途端、ユウの声が大音量で頭の中に響き渡り、全身を激しい痛みが襲う。
「……っ!?」
俺がその場に蹲ると、すぐ真上から奴の声が降ってきた。
「辛いかい?なにせ、コイツの攻撃は精神に直接作用するからねえ。ましてやそのボロボロのスーツでは……クククク……!」
「ぐ……」
俺は首を絞め上げられた。だが、俺の目の前に迫ったのは喋雑ののっぺりした顔ではなく、黒のヘルメットを被った謎の男だった。
「クク……誰だか分からないかい?私だよ、紛れもなくね!」
そのまま俺の身体は持ち上げられ、力任せに投げ飛ばされた。
「流石に空間移動の機能まではコピーできなかったが、中々良い性能だろう?これでもかなりの時間をかけたからねえ」
喋雑は自分の装置を満足気に眺めていた。
「お前は……何者だ……!」
喋雑は俺に向き直った。
「私かい?私は、ただのしがない研究者さ。自力で行き来出来ない代わりに、空間内のことは思念体を通してモニターしていたのさ。強力な固体ほど、こちらも無傷と言うわけにはいかないが……それでもこの身体は替えがきいて便利だからねえ」
本体がその場にないなら、いくら倒しても湧いて出てくるはずだった。。
「だが、色々と面倒事が起きてねえ。早い話、元の世界に居場所が無くなってしまったんだよ。そのお陰で今は追われる身、安定領域で糊口をしのぐ毎日さ……」
喋雑は横行に頭を振ってみせた。
「だが、それなら新たに居場所を見つければいい話だ。そこで領界の壁を取り払おうと今まで試行錯誤してきたわけだが……その先にあったのがたまたま君らの住む世界だったというだけの話だよ」
喋雑は俺に鍵をかざしてみせた。
――まさか……!
慌てて懐を確認すると、案の定あの鍵が消えていた。
「なるほど、これを使ってここまで来たワケかい……!」
俺の方にツカツカと近寄ると、喋雑は腹を思い切り蹴りあげてきた。
「……っっ!」
「大方、『あの小娘』がどさくさ紛れに持ちだしたものだろう?アレは私を虎視眈々と狙っていたからねえ」
「な……に……」
「アレは、10年前に『私が何をしたか』薄々感づいていたようだからね……同じ実験台でも、ユウとは雲泥の差だ……!!」
喋雑は蹴りを執拗に繰り返す。
――……結局……。
そのなかで、俺の中に何かが沸々と沸き上がっくるのを感じた。
――このクズに利用されていたんだ……ユウも、ヒメカも!!
俺は喋雑の足を掴んだ。
「テメェだけは……必ずブチ殺す!!」
そしてそのまま立ち上がり、奴を引き倒した。
「!?」
喋雑はバランスを崩しかけたが、すぐに俺から離れ体勢を立て直した。
「馬鹿も休み休みいい給えよ。私の本体はここには無いというのに……」
喋雑は俺の言葉に大笑いし、巨大な鎌をかざして向かってきた。
「アウス……」
俺が槍を構えようとすると、再びあの痛みに襲われた。
動けなくなった俺の隙を突くように、
「雑魚は雑魚らしく……くたばれ!」
喋雑が大きく鎌を振るった、そのとき……
「くたばるのはお前の方だっ!!」
威勢のいい声と共に横から赤スーツが飛び出し、喋雑へ飛び蹴りを食らわせた。
「ヒイロッ……!」
攻撃を受けた喋雑は勢い良く吹っ飛び、地面を二、三回ゴロゴロと転がった。
「ここまで来て何グズグズしてるんですか!」
ヒイロは喋雑を見据えたまま、すかさず剣を構える。
「倒せないなら何度でも叩き潰す……お前の本体を見つけるまで!」
「ガキ共が……まとめて始末してやる!」
喋雑が頭を抱えながら起き上がる。そして、その鎌がどす黒く光り始めた。
「アウス・レイング!!」
光を帯びた武器を握りしめ、ヒイロが喋雑へ向かって駈け出した。それと同時に、俺は核の方へヨロヨロと走りだす。
「この……」
それを見た喋雑が俺の方へ方向転換しようとしたが、
「邪魔はさせないっ!」
ヒイロがその前に立ちはだかった。剣と鎌が激しくぶつかり、弾け飛ぶ光が揺らめく空間を照らしだす。
その間に、俺は何とか核の前まで辿り着いた。
「ミユ……キヨ!」
光に照らされ、一瞬だが中に二つの小柄な人影がいるのが見えた。
その表面に手を触れると、
(キエロ……デテイケ!)
「ウァ……!」
痛みは更に酷くなる。思わず手を離し、俺はその場に崩れ落ちそうになった。
(ミ……キ!)
――ミユ……!
そのかすかな声に、俺は辛うじて踏みとどまった。
(デテイケ……キエロ……キエロキエロキエロ!!)
ユウの声が絶えず頭の中に響き続る。
半ば寄りかかるように、俺は再び核に手を置いた。
(デテイケ……キエロ……)
俺は腕に力を込め、核の中に手を突っ込んだ。核は俺の手を弾き返そうと、強い力で反発してくる。
(モウ……スコシ……ダ……)
(ミ…………キ……)
絶え間なく襲う激痛で、少しでも気を緩めれば意識が消えそうになる。
途切れ途切れに聞こえてくるキヨとミユの声に全神経を集中させ、自分の意識を必死に繋ぎ止めていた。
「く……!」
腕のほとんどを核の中に沈ませて手を伸ばすが、それでもミユには届かない。
(ミ……)
そのとき、僅かだがミユの腕が動いた。
「!」
俺は頭を突っ込む勢いで、更に腕を沈み込ませた。
「ミユ!目を……」
そのとき、僅かだが指先にミユの手が触れた。
俺はそれを強引に手繰り寄せ、グッとミユの手首を握った。
「目を……覚ませ!」
ガチャリと装置が外れ、それはミユの手首へ収まる。その瞬間、核が大きくグニャリと歪み俺は外へ弾き飛ばされた。
「これで終わりだ!」
視界の片隅で、ヒイロが喋雑を斬り捨てるのが見えた。
「ウグ……ギィャアアァァ…………!」
奴の言葉通り、今回は無事では済まなかったんだろう。
喋雑は、光にかき消されていった。
「ミユ……」
再び核の方へ目を移すと、いつか夢で繰り返し見た小柄なイエロースーツが見えた。
(ユウ……)
ミユの哀しげな呟きが聞こえてくる。
そしてイエロースーツは武器を構え、核へ歩み寄っていった。
「!」
視界が歪み始める。
俺はミユを止めようと手を伸ばしたが、その姿は歪みにのまれて見えなくなっていった。
…………。
……気がつくと、俺は駅の中に立ち尽くしていた。自分の姿を確かめてみると、いつもの普段着に戻っている。
周りには、レッド、ブルー、そしてイエローの姿があった。だが……
「ユウは……!?」
辺りを見回す俺に、イエローが首を横に振った。
「ユウは……私の代わって空間の中に……」
「っ!」
その言葉に俺は俯いた。
「でも、助けてみせる。どんなに時間がかかっても、私が必ず……」
イエローは静かに、けれど強い口調でそう言った。
「そろそろ時間のようだ」
ブルーの言葉に再び自分の姿を確認すると、僅かに揺らいているのが分かった。
するとレッドが俺の目の前まで来て、肩に手を置いた。
「ミキさん、達者で」
景色と一緒に、三人の姿も揺らめいて不確かになっていく。
そしてこれが、俺が三人を見た最後になった。
「ん……?」
目を覚ますと、俺は駅のベンチに座っていた。
辺りには大勢の人々が行き交い、この喧騒が今までのことが夢では無いことを告げていた。
「ツグ兄」
その声に顔を上げると、俺を見下ろすヒナカと目が合った。
「うちに、帰ろう?」
ヒナカはそう笑顔で言い、俺に手を差し伸べた。




