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悪夢、再び 3

 そして、問題の翌日。

 俺たちは日にちが切り替わった瞬間から、ほとんど不眠不休で警戒態勢に当たっていた。


(何か異常はあったか)

「……何も」


 キヨの定期連絡に、俺は欠伸を噛み殺しながら答える。


(こっちも変わったことはありません……)


 ヒイロの声にもやや精気が感じられない。思念体のキヨはともかく、俺とヒイロには酷な任務だった。


「悪ぃ。俺学校の時間だわ」

(こんなときにも行くんですか?)


 ヒイロが眠たげな声で聞いてくる。


「サボると山野がうるさいんだよ。ヒナカにも心配かけたくないしな……」

(仕方ないな。だが定期連絡は怠るな)

「ああ」


 俺は大きく伸びをして、量子空間を後にした。

 こっそり家に帰り支度をして玄関へ出ると、ヒナカがパジャマ姿で出てきた。


「行ってらっしゃい……」

「ああ、ちゃんと寝てなきゃ駄目だぞ?」


 手を振るヒナカに見送られ、俺は学校へ向かった。


――本当に大丈夫ならいいけど……。


 ここ最近ヒナカは体調を崩しがちで、今日も学校を休んでいた。ヒナカ自身はただの寝不足だと言っていたが、それだけにしては妙にやつれ具合が酷かった。


「…………」

 とりあえず来たはいいが、心配事が重なるこの状況下で授業の内容など耳に入ってくるはずもない。俺が自分の席で一人、落ち着きなくと貧乏ゆすりを繰り返していると、


(ミキ、ソト!!)


 ミユの声と同時に、


「キャアーッ!!」


 教室の外から悲鳴があがった。


「!?」


 突然の出来事に、教室内は騒然となる。更にそれを皮切りに、他の生徒や教師たちの悲鳴も続々と響き渡ってくる。

 叫び声は廊下の方からだった。俺は立ち上がり、教室を飛び出した。


「……!!」


 廊下の光景に、俺は言葉を失った。


 校舎を逃げ惑う生徒たちの中で、何体もの影がのしのしと歩き回っていた。


「奴らが言ってたのはこれのことか!?」

(タブン。でもこんなカズがイチドにデてくるなんて……)


 だが幸い、俺の見た限りでは生徒が襲われている様子はない。


――となると、ターゲットは……。


「こっ、こりゃあ一体っ……ヒイィッ!!」


 教室から出てきた山野に、そのうちの一体が襲いかかる。

 ……狙いは山野のような教師か。俺は教室から椅子を持ちだすと、山野の首を締めにかかっていた影を全力で殴りつけた。


「…………」


 影は山野から手を離し、俺を振り返る。山野は腰を抜かし、ブルブルと震えていた。


(ミキ、ハヤくスーツを……!)

「でもこの大勢の前じゃ――」


 俺が次の手を打てずにいると、


「しゃがめ!」


 その声で俺はとっさに身を縮める。次の瞬間、閃光が俺の頭上を駆け抜けていった。


「……!」


 振り返ると、廊下の向こうからキヨが走ってくるのが見えた。


「さっさと逃げろ!!」


 キヨに怒鳴られ、山野は這々(ほうほう)の体でこの場を去っていく。他の生徒や教師もあらかた退避したようで、その場には俺とキヨと影だけが残された。


「ヒイロは既に量子空間で待機している。ここは俺に任せて、君も急げ」


 俺は頷き、装置をかざした。


 量子空間に移動すると、キヨの言ったとおり変身していたヒイロがいた。

 いつもより酷い耳鳴りに、俺は顔をしかめる。


「でも、その割には影が少ないんですよね」

「そういや、こっちには雑魚もいないな……」

(でも、ヤツらがここでなにをタクラんでるのはタシか……ユダンしないで)


 そのとき階段の脇から、


「来たね」


 声の方へ顔を向けると、不敵な笑みを浮かべた姫がこちらへ歩いてきた。


「……お前、一人か?」


 俺の探りを入れた問いに、姫は鼻で笑った。


「本当は一人が良かったけど、『アイツ』もついてきちゃった……そうだ、これあげる」


 姫がこちらに何か平べったい小物を投げてきた。足元にスライドしてきたものを見ると、見覚えのあるファンシーな定期入れだった。


「これは……!」


 拾い上げてると、やはりそれはヒナカの学生証だった。


「じゃあ上の方で待ってるから」


 姫は階段を駆け上がっていく。


「待て!」


 俺はすぐさまその後を追おうとしたが、


「待って下さい!またこの間みたいに替え玉だったらどうするんですか?」


 ヒイロの言葉に、俺は辛うじてその場に踏みとどまった。


 奴ら、特に喋雑の行動パターンを考えればそれは最もな言い分だった。


――だとしても……。


 俺は手の中の学生証に目を落とす。

 間違いなく、これはヒナカのものだった。


「これ以上、ヒナカの周りをウロチョロさせられねえ……!」


 俺の言葉に、ヒイロは仕方なさげに頷いた。


(ヤツらのケハイ、オクジョウからカンじる……けど、ゼッタイにサキバシらないで)


 俺たちは階段を昇り続け、屋上手前の階段で立ち止まる。結局ここに辿り着くまでの間、俺たちが影に遭遇することはなかった。


「やっぱりどう考えても罠じゃないですか……?」

「……ミユ、この先に何がありそうか分かるか?」


 ミユはしばらく無言だったが、


(スクなくとも、このカイダンにはナニもナい。オクジョウはデてみないと……)


 俺とヒイロは、階段を一歩ずつ慎重に昇る。扉の前まで来ると一旦止まり、大きく深呼吸をした。


「いくぞ」

「何時でもどうぞ」


 覚悟を決めて思い切り扉を蹴破ったが……何かが襲いかかってくる気配はない。


 辺りを伺いながら外へ出ると、俺の視界に地面に倒れているヒナカらしき人影が飛び込んできた。


「ヒナカ!?」

(ダメ!ミキ、トまって!!)


 ミユの静止も一瞬の差で間に合わず、俺は一歩を踏み出してしまった。


「え――……」


 途端、足の下の地面が消え失せた。


「ミキさんっ!!」


 左手を掴まれ、落下が止まる。


「ヒイロッ……!?」


 見上げると、ヒイロは右手で俺を、左手で穴の縁を掴んでいる。

 俺たちは、巨大な穴の入り口で宙吊りになっていた。


「プッ…………アハハハハハ!!」


 周囲を(はばか)らない大きな笑い声と共に、姫が穴を覗きこんできた。


「こんな、古くさい手にっ……フフフ……本っ当にバカじゃない!!?」

「この穴を隠すのは本当に苦労したからねえ流石の君達にも、全く分からなかったろう?」


 腹を抱えている姫の隣で、喋雑もニヤリと笑ってみせた。


「まあ、落ちても死にはしないから安心し給えよ。ただ『帰ってこれなくなる』というだけのことだからね……ククク」


――それって結局どうなるんだよ……!?


 喋雑の言葉に全身から血の気が引いていった。


「ホラホラァ、このままだと二人とも落ちちゃうよお?」


 姫がヒイロの手を踏みつける。


「……ッ!」


 俺からはヒイロの表情を確認することは出来ないが、僅かに体がガクンと下がるのを感じた。


「それとも……『下の手』を離したらアンタだけは助かるかもよ?フフッ」

「ちょっ……テメェッ!」


 喚き散らす俺に、姫は冷酷な笑みを返してくる。ヒイロはそんな姫へ顔を向け、


「誰がっ……!」


 すると、姫は更に足に力を入れた。

 俺の体は更に下った。


 パニックになりそうな自分を抑えこみ、俺は必死で考えた。

 この状況、例えどっちに転んでも俺が落ちるのは時間の問題だった。


――それなら……!


 覚悟を決め右手に槍を構えようとしたとき、ヒイロがこちらを見下ろてきた。


「……!」


 俺と目が合うと、ヒイロはニヤリと微笑んだ。


(……ダメ、ヒイロッ!!)


 と、ヒイロが右手に力を込める。俺の体はフワリと浮き上がった。


「約束……守れなくてすみません」

「え……?」


 次の瞬間、俺は空中へ高々と投げ飛ばされていた。


「ッ!!?」


 それと同時に、ヒイロの左手が穴の縁から離れた。


――ヒイロ!


 俺は、ヒイロへ向かって必死に手を伸ばした。

 けれどヒイロは、その手を決して俺の方に伸ばそうとはしなかった。


(ミキ、ダイジョウブ!?)


 無様に地面へ着地すると、姫と喋雑がこちらを見ていた。


「あの女っ……!」


 姫は狼狽(ろうばい)した様子で吐き捨てる。

 俺は奴らを睨みつけ、槍を構えた。


「アウス……レイングッ!!」


 その声と同時に、二つの影が眩い光の中に飲み込まれていった。




 …………。

 俺は屋上に一人立っていた。辺りにあの二人の気配はない。


「アイツ等は……?」

(……ニげられたみたい)


 俺は手の中の槍を握りしめ、地面に目を落とした。


 そこは何の変哲もない、見慣れたコンクリートだった。

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