悪夢、再び 2
その10分後、俺とヒイロはヒナカのいるコンビニに到着した。店内にヒナカとヒイロを残し、辺りをそれとなく探ると、
(ミキ、あのカドのところに――)
「インステリオン」
俺は最後まで聞かずに変身した。
(え?ちょっと……)
――しつこくヒナカに付きまといやがって!
一体どんな奴かは知らないが、ちょっと脅しつけてやった方がいい。俺は武器を構え、ミユの言った角まで一気に走る。
消えかかってほとんど真っ暗な街灯の下、小柄な人影らしきものが視界に入ってきた。
「テメェ!どういうつもりだ――……!」
「ミキ!?」
「え……?」
この声は、まさか……。
(もう!だからオシえようとしたのに……)
一瞬明かりの戻った街灯に照らされたのは、キヨの顔だった。
数分後。
俺は一旦コンビニまで引き返しヒイロ一人を連れて戻ってきた。
「キヨさん!?どうして!」
「ミキの妹さんの警護だが」
キヨは当然のように答える。
「いや、そうじゃなくて……お前、いつからこっちにこれるようになったんだよ!?」
「最初に物理領域へ侵入したのは、君から妹さんの件について相談を受けた翌日だ。だがもしかしたら、もっと前から可能だったかもしれない」
確かに思念体がこちらに来れるのなら、それはそのままキヨにも当てはまるが……。
「ここ数日間俺が監視していた限りでは、思念体の気配は無かった。残念ながら俺の出る幕はなさそうだな」
「ああそうかよ……」
俺は半ば脱力気味に言い捨てた。
――ヒナカに、なんて言い訳しよう……。
考えた挙句、俺はキヨを「年下の友人」と紹介した上でヒナカに対面させた。
「『キヨくん』って言うの?初めまして、ヒナカって言います」
「初めまして」
「なあ、ヒナカ。実は……」
俺は、つけていたのはコイツだったということを説明した。
「どういうこと?」
「俺、夜道が怖くて……そしたらお姉さんを見かけて、帰り道が一緒だったから後をついてったんです。ごめんなさい」
キヨは、いつになくしおらしい態度でヒナカに謝った。こうして見ると、一見本当にただのガキンチョだ。
「えっそうだったの!?私、こんなに大騒ぎしちゃって……こちらこそごめんね?」
本当は何も落ち度はないが、ヒナカは少々恥ずかしげに謝る。
少々苦しい言い訳にも思えたが、その場は何とかヒナカを納得させることが出来たようだった。
「ミキ」
そのままコンビニ前で解散しようとすると、キヨに呼び止められ電柱の影まで引っ張って行かれた。
「なんだよ」
「ヒナカさんのことだが……」
キヨの声はいつもの低いトーンに戻っていた。
「どうも、ヒナカさんとは初めて会ったような気がしないんだが……」
「そりゃヒナカが拉致られたときに……」
「いや、それ以外でだ。それもごく最近の間に……」
キヨはそれ以上は聞いて来なかったが、まだ釈然としない様子で首をひねっていた。
「……まあいい。この話は又後日にしよう」
俺たち三人はキヨと別れ、そのまま我が家へ向かった。
十数分後、無事家の前まで辿り着くと、
「それじゃあ、私はこれで」
帰ろうとするヒイロを、ヒナカが引き止めた。
「あ、あの!」
「?」
ヒイロはやや怪訝そうに振り返る。
「良ければ、ご飯食べていきませんか?」
「え……?」
「どうせ私と兄ですから。駄目ですか?」
ヒイロは軽く目を見開き、ヒナカを見返す。同時に意見を求めるように俺を振り返ってきた。
「…………」
……ヒナカが良いなら別に拒否する理由はない。俺はヒイロに無言で頷いてみせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「良かった!さ、上がって下さい」
ヒナカは、ヒイロの手を引いて家に入っていった。
「……美味しい」
そしてやや遅い夕食。
ヒナカのオムライスを一口食べると、ヒイロは感心したように目を見開いた。
「だろ?ヒナカのオムライスは絶品だからな」
するとヒナカは俺を睨みつけ、
「止めてよ、恥ずかしいなあ……あり合わせの材料だったけど、お口に合って良かったです」
ヒイロの方にはニッコリ笑顔を向ける。久しぶりの二人きりじゃない食卓に、ヒナカは心を弾ませているようだった。
「あの……一つ、聞いてもいいですか?」
「はい」
「ヒイロさんは、兄と付き合ってるんですか?」
ヒナカの単刀直入な質問に、俺のほうが激しくむせ返る。ヒイロにやたら夕食を勧めたのも、半分はこれが目的だったのかもしれない。
「いいえ。ミキさんとは単なる知人です」
当のヒイロは、眉一つ動かさずにサラリと答えた。けれどここまでバッサリ切り捨てられると、それはそれで哀しい。
「だっ……だから言ったろ!コイツはただのクラスメイトだって」
俺も水を飲んで息を整えつつ、ヒナカに言った。
「……そうなんですか。でも安心しました」
「?」
俺とヒイロは同時にヒナカを見返す。
「兄にお友達がいて。……あんまり学校のこと話さないから、ちょっと気になってたんです」
「『友達』……」
ヒイロは不思議そうに呟く。
それもちょっと違う気がするが、話がややこしくなりそうなので口を挟まなかった。
「これからも、兄と仲良くしてあげて下さい」
「……分かりました」
満面の笑みを見せるヒナカに、流石のヒイロも否定しづらかったらしい。その後は、静かに食事を口に運んでいた。
そして夕食後。
俺とヒナカは、ヒイロを門の外まで見送った。
「すみません、長く居すぎてしまって」
謝るヒイロに、ヒナカは大げさに手を振ってみせた。
「そんなことないですよ!また、食べに来てください。約束ですよ?」
ヒイロは口元に笑みを浮かべた。
「はい、約束です」
お辞儀をして去っていくヒイロを、姿が見えなくなるまで見送り続けた。
――そう言えば……。
ヒイロの笑顔を見たのは、これが初めてだったような気がした。
その夕食から数日後……。
「アウス・レイング!」
俺とヒイロは、量子空間に出現した影を始末していた。
あれから現実世界で影と遭遇することはなかったが、影の出現頻度は前よりも確実に増えている。
最近では、影を倒すにも三人で手分けすることが多くなっていた。
「はあ……これで今週何匹目だよ?」
あまりの果てしなさに、思わず愚痴が出る。
「もう四、五匹にはなるんじゃないの?」
「!!」
何処からともなく、姫が姿を現す。
いつものゴスロリ衣装に加え、今日はフリフリの傘をさしていた。
「姫!」
すかさず身構えた俺たちを、姫は頬を膨らませて見返す。
「あのねえ、私は『姫』じゃ――……」
そう何かを言いかけたが言葉を切り、
「ハァ……今日はお忍びだから無駄話してる暇はないんだよね。今日はヒトコトだけ言いに来たの」
俺たちが厳しい表情を崩さないでいると、姫もムッとした顔で見返してきた。
「よくも、あんな見張りを付けてくれたよね?ホント目障りな奴ら……」
「見張り……?」
「あの青いガキの事!お陰で『仕事』が手間取っちゃったじゃない!」
――……!!
「テメェか……ヒナカを監視してたのは!」
槍を構える俺に、姫はニヤリと笑った。
「まあね?でも無駄だよ。あんなの、私は簡単に引っかからないから」
それだけ得意気に言うと、姫はクルリと踵を返した。
「待て!」
俺は姫に詰め寄るが、フワリと距離を空けられた。
「ああ後……明日を楽しみにしてて?」
「!……今度は何をやる気だ!」
「そんなの教えるわけ無いでしょ。それじゃあね?」
姫は今度こそ姿を消した。誰もいなくなった空間を、俺はしばらくの間睨み続けていた。




