漆黒 2
……俺は目を開けた。
慌てて辺りを見回すと、地面に倒れこんでいるヒイロが目に入る。
どうやら、俺たち二人は必殺技の直撃は避けられたようだった。
だが……
「キヨッ!!」
呼びかけるが、それらしい姿は見えてこない。
「そんな……キヨさん……!」
あの至近距離からの一撃、まず助かる見込みは無い。それでなくても、キヨの正体は……。 考えれば考えるほど、絶望で目の前が暗くなるようだった。
「あれぇ?あんた達は助かっちゃったの?」
小首を傾げたブラックが、こちらを不思議そうに眺めていた。しきりにハンマーを握り直しては、その感触を確認しなおている。
「おっかしいな……でも次こそ!」
「何をしている、『姫』」
――この声は!
同時に、辺りに何やらメロディのようなもの響き渡った。
「なんだ……?」
その何とものどかな音律に、俺はヒイロは拍子抜けする思いだったが……
「…………」
ブラックの様子が明らかにおかしい。俺たちを倒すことも忘れ、まるで金縛りにあったように固まってしまっている。
その全身が、小刻みにブルブルと震え出す。
「…………イヤアアアァッ!!!」
途端、ブラックは変身を解き両手で耳を塞いだ……むしろ、ヘルメットが邪魔で急いで変身を解除したたようにすら見えた。
そのままブラックは、怯えるようにその場にしゃがみ込んでしまった。
「???」
全滅のピンチが一転、俺とヒイロはただ呆気に取られるばかりだった。
「まだ表に出てはいけないとあれ程言っただろう」
そこへ、今度は喋雑が姿を現した。
「テメェ――……!」
「今は君らに構う暇は無い。暫しお静かに願おうか」
久々に出現した喋雑にいつもの飄々とした雰囲気は無く、その態度は威圧的だった。そしてその言葉通り、喋雑は俺たち二人を無視してブラックへと近寄っていった。
「その上、私の『試作品』まで勝手に持ち出すとは……感心しない態度だな」
「チャッター……アンタよくもっ!!」
声を震わせながら、ブラックが喋雑をギロリと睨みつける。その顔は、未だに血の気が引いて青かった。
「もしや又、『あの場所』に戻りたいのか?」
「……!」
喋雑の言葉に、今まで強気だったブラックの表情に一瞬恐怖の色が走った。
「……それが嫌なら大人しく戻ることだ」
「…………分かったわよっ!」
ブラックは乱暴に装置を外すと、喋雑の方へ放り投げた。
「分かってくれればそれでいい。さあ、さっさと帰るんだ」
プイッとそっぽを向き、ブラックは空間に溶けて消えていった。
結局、俺たちは奴らのやりとりを最後まで黙って見守っていただけだった。後に残った喋雑は俺たちの方を見ると、いつもの調子でククッと笑った。
「見苦しいところを見せてしまったねえ。いやはや、ウチの『姫』がとんだ厄介をかけてしまったようで……。今日のところは私に免じて許してもらえると嬉しいんだがね……クク。では、御機嫌よう」
ブラック……もとい「姫」に続き、喋雑も姿を消した。
「……」
だが残された俺たち二人は、その後もしばらくその場から動き出すことが出来なかった。
いつもよりも重い足取りで、俺とヒイロは基地まで戻った。
もしかしたらと期待していたが、キヨはこちらにも帰ってきていなかった。
俺たちはイスに座ることも忘れ、只々途方に暮れていた。
圧倒的な力の差。
ほとんど効かない必殺技。
更には、仲間の犠牲……。
眼の前にあるのは惨たんたる結果だけだった。
「何なんだよ、アイツは……」
「そんなのこっちが聞きたいですよ」
腹の底から絞り出した俺の独り言に、ヒイロはそうボソリと吐き捨てた。
「とにかく、次に出くわすまでに対策を見つけておかないと……今度こそ全滅ですよ」
「けど、役立ちそうなものとなると……」
「あの『メロディ』……何とかならないでしょうか」
やはり、今はそれくらいしか思いつかない。
あののどかな調べに一縷の望みを託し、俺たちはその在処を探すことにした。
「姫」に遭遇してから二日後の朝、我が家へ再び回覧板が回ってきた。
「ホントに怖いよねえ……」
どうやら例の自動車荒らしがまた発生したらしい。
今度の被害は歩道いっぱいに停まって邪魔だった深夜タクシー、しかも現場が我が家の裏手、とあっては、流石に対岸の火事と呑気に構えてもいられなかった。
「それ、お隣に回すの忘れないでね。あと、お弁当は台所だから」
そう言い残し、ヒナカは家をあとにする。
「何なに、と……」
ヒナカを見送った後、俺はまた回覧板に目を落とした。
事件の発生日時は「一昨日の深夜未明」となっている。ちょうどその頃といえば、、俺が姫に会った時間帯だった。
――そういえば……
強敵の出現に霞んですっかり忘れていたが、あの弱そうな影は結局どこに行ってしまったんだろう。あの程度ならほぼ無害な気もするが、このまま放置しておくのも正直スッキリしない。
メロディの件にカタが付いたら、あいつを探してとっとと始末するとしよう。
そこまで考えたところで時計を確認すると、8時10分を僅かに過ぎている。
「ウワ、やべぇ!」
回覧板を片手に、俺は慌てて立ち上がった。
同日の昼休み。
ヒイロに呼び出され、俺は学校の屋上にいた。都合の良いことに、フェンスの張り巡らされた敷地内には俺たち二人以外には誰もいない……
「……っていうか、ここっていつもは鍵掛かってるよな?」
「え?そうでしたっけ」
俺の疑惑の目にも、ヒイロは平然とシラを切る。
俺自身は専ら教室で手弁当なので未確認だが、購買や学食で見慣れない生徒がうろついているという噂もあったような気がする……。
「で……何か、手がかりはありましたか?」
ヒイロが仕切りなおすように聞いてくる。だが俺は、その質問に首を横に振るしかなかった。
「……全然」
例のメロディ探し、思った以上に厄介だった。
最初は第一印象を信じて電車の沿線を調べてみたが、ここ数日成果は全く得られていない。ちょっとした取っ掛かりすらも突き止められず、捜索は早くも暗礁に乗り上げてしまっていた。
「電車以外にも色々当たってみたけど、どれも全滅だったんだよなぁ……」
「でもこの間は『心当たりがある』みたいなことを自信有りげに言ってましたよね?」
「ああ、それか……」
ヒイロに言われ、俺は渋々と携帯を取り出す。音量を一杯に上げあるメロディを選択すると、再生ボタンをタップした。
「……何ですか、この曲」
携帯から流れる優雅な調べに、ヒイロが怪訝な表情を浮かべる。
「『夢ヶ丘線』の発車メロディだ」
「あの時のヤツとは全然違いますけど……もしかして、ミキさんが言ってたのって『それ』のことだったんですか?」
「……他にも車内メロディやら何やら色々漁ってみたけど、全部ハズレだった……」
俺の調査報告に、ヒイロは失望のため息を漏らす。けれど俺も全く同じ思いだったので、そのリアクションに対し文句は言えなかった。
一体何の曲なのか……せっかくの有力な手がかりだったのに、かえって逃げ道を塞がれてしまったような気がした。
「はあ……」
帰り道、俺は自転車を走らせながらため息をついた。
再び『姫』と遭うのは時間の問題、このままではやられることは必至だった。
しかし、一発逆転を狙えるような秘策など都合よく思いつくわけもない。
と、考えすぎて危うく家の前を過ぎるところだった。俺は自転車を降りてガレージまで引いていき、いつもの位置に置いた。
「よし、と……」
そのまま玄関に引き返しドアノブに手をかけたとき、
……キン……
その一瞬の音に、俺はハッと振り返った。
暫くじっと耳を澄ませるがそれ以上音は聞こえず、辺りは静かなままだった。
「……アウス・シラ」
気のせいかもしれないが、念には念だ。俺は量子空間へ移動し、怪しげな気配はないか辺りを探ってみた。
「!」
やはり用心して正解だった。すぐ外の道に、影が一匹彷徨いていた。
「インステリオン」
すると影は、俺の気配を察知するやいなや素早く身を翻し逃げ出した。
「逃すか!」
影が目の前の路地を曲がったのを確認し、俺もすかさず後を追う。しかし俺が曲がり角まで来たとき、影はもう姿をくらましてしまっていた。
「……くそ」
周囲の気配を伺うが、耳鳴りも聞こえてこない。自分のミスを悔やみつつ、俺は量子空間から離脱した。




