漆黒 1
俺は今でも考える時がある。
あの誘拐事件の後、「あんな事」が起きなかったとしたら、未だに俺はあいつ等のヒーロー稼業を手伝っていたのかと。
けれどその答えは、今でも分からない。
ヒナカの拉致事件から数日後。
俺たち三人は秘密基地の中で、あれ以来初めて顔を突き合わせていた。
「最初に、君たちに説明しなければならないな」
キヨが徐ろ(おもむろ)に口を開く。俺とヒイロは、黙って次の言葉を待った。
「まずは俺自身について……君たちがこの間見た通り、俺の正体は『思念体』だ。黙っていて済まなかった」
そう言ってキヨは深々と頭を下げる。
「そんなに謝るなよ。そりゃビックリはしたけど……」
「そうですよ。それより無事で良かったです。てっきり奴等にやられたのかと……」
「一旦倒されたように見せかけ、思念体の姿で奴等に紛れ潜入したんだ。あのような非常時でなければ、こんな方法は採用しなかっただろうがな」
そこまで聞くとヒイロが確認するように、
「もしかして、キヨさんが私達に黙って敵のアジトまで潜り込んだのも……」
「出来ることなら、君たちにも正体を知られたくはなかったからな。だが君らがいなければ、俺の身も危険だっただろう……有難う」
「でも、何でそこまでして隠そうとしたんだよ?事情を話してくれれば協力はいくらでもしたのに……」
俺の問いかけに、キヨは一つため息を付いた。
「俺自身、未だに自分の正体が受け入れられない。マスター……俺を生み出した人間も元は『あちらの世界』の捜索官で、思念体を心から憎んでいた。だが職務の途中で彼は致命傷を追い、死の間際に俺を生み出した。『キヨ』の呼び名とこの装置は……」
言いながら、キヨは手首の装置をかざしてみせる。
「その時、彼から託されたものだ。生み出されたばかりの俺の中にあったのは、『この空間に存在する全ての思念体を消し去る』という一念だけだった……」
話を終えた後も、キヨは重苦しい表情のままだった。
色々不明瞭な点も多かったが、とにかくキヨにとって自身の話は地雷だということだけはよく分かった。俺とヒイロは、この話題に関してこれ以上突っ込むのは避けることにした。
更に数日後、だいぶ落ち着きを取り戻してきたある日の休日のこと……。
平和な朝食を楽しんでいるところに、玄関のインターフォンが鳴った。
「あ……はーい!」
ヒナカがパタパタとリビングを飛び出していく。
「へぇ、本当ですか?……えー、怖いですね……」
相手の話す内容までは聞こえないが、会話は結構盛り上がっているようだ。
俺は紅茶でトーストを流し込みながら、ヒナカの声を聞いていた。
「……はい、ありがとうございます」
ヒナカはリビングに戻って来た。その腕には、ご近所からの回覧板を抱えている。
「何だ?」
俺が手を伸ばすと、ヒナカは黙って回覧板を渡してきた。そこには、最上段の目立つ位置に赤線を引かれた大きな見出しが書かれていた。
「『注意!!~駐輪・駐車場荒らし~被害が増えています!』……?」
確かに最近、近所が物騒になっているという話は聞いていたが……。
「でもちょっと大げさじゃないか?時々こういうのはあったけど、全部ご近所トラブルみたいなもんだってことで片付けられてたよな?」
確か最近だと、ゴミ出しのマナーを守らない家の玄関先がそのままゴミまみれになっていたとかいうのがあった気がする。
「それがそうでも無いらしいんだよね……ちゃんと読めば分かるけど」
ヒナカの言葉に、俺は仕方なく見出しの下の細かい字を目で追った。
――なるほど、そういうことか。
要約すると、近頃では駐輪荒らしがエスカレートしているということらしい。
家の敷地内に置かれている自転車まで無差別に狙われて、そればかりかそこら辺に放置されている自動車にまで被害が広がっているということだった。
「ウチも気をつけないとね……」
ヒナカは一つため息をつく。俺が自転車通学である以上、我が家とて対岸の火事では済まされなかった。
「でもこの辺って、結構パトロールやってたりして安全だって思ってたんだけどな」
確かに、この辺りは小学校が近いことから児童の被害を心配する親が多い。そういう住民が集まって町内パトロール隊を結成し、ここら一帯の違反車両には神経質なまでに目を光らせていた。
「確かツグ兄も注意されたことがあるって言ってたよね?」
「ああ、一回だけだけどな……」
お陰であの時は遅刻し、山野の説教被害に遭ったことがあるからよく印象に残っている。
犯人がどんな奴か知らないが、もしかしたらいつまでも減らないマナー違反者に『怒り』を募らせていた近隣住民の犯行なのかもしれなかった。
その日の夜更け。
当然ながら眠っていた俺は、突如響いてきた耳鳴りに目を覚ました。
――人が気持ちよく寝ている時に……。
俺は起き上がり、頭を掻きながらいつものコードを唱える。
「……アウス、シラ……」
量子空間の中は昼夜関係なく、いつもエキセントリックな色合いだ。
俺はさほど強くない耳鳴りを頼りに、住宅街の路地をのそのそと進んでいく。そして、大通りに差し掛かったとき、
「……ん……?」
数メートル前方、電柱の物陰から弱そうな影がこちらを窺っているのが見えた。
――こいつ、本当に「影」か?
今までの奴らと比べて随分とみすぼらしい。
俺は欠伸を噛み殺し、武器を構える。影の方へ近づくと、ノタノタと逃げ出していく。
それを追いかけ槍で軽く一突きすると、そいつは呆気なく地面に倒れ伏した。
見た目通り大したことのない奴だった。俺はとっととベッドに戻ろうと、必殺技を発動させた。
「アウス……」
だがいきなり後ろから力いっぱい殴られ、それは阻止された。思わぬ不意打ちを受け、俺は思い切り前に転がった。
「……っ!!?」
ジンジンする頭を押さえ、後ろを振り返る。
するとそこには、俺をふくれっ面で睨みつけている女の子が立っていた。
「――!」
ゴスロリ風のフリフリワンピースに踵が高めの革靴。そして何より、一般人離れした真っ赤な長めのツインテールが目を引いた。
「ちょっと、何てことしてくれんのよ!!」
「は……?」
突然ぶん殴られた上、いきなり怒られても困る。
「その子!」
女の子は俺のの傍らに転がっている影を指さした。
「その子はねえ、まだ生まれたばっかりなの!それをいきなりコロそうとするなんて!!」
「???」
全く話が読めない中、そこまで言った女の子のつり上がった目つきが急に据わった。
「あんたみたいな奴は、すぐに駆除しなきゃ」
そう言って、女の子は「左の手首」をかざした。
「ちょっ……それ――!?」
「インステリオン」
聞き慣れたワードを口にすると、その姿が大きく歪む。
――そんな!!?
歪みが収まったとき、女の子の全身は黒のスーツに包まれていた。
そしてその手には、ご丁寧にハンマー状の武器まで握られている。
「えいっ!」
振り下ろされたハンマーをとっさに槍で受け止める。華奢な体格からは想像もできないような怪力に、俺は歯を食いしばって踏ん張った。
「くっ……!!」
そんな俺の様子に、「ブラック」ヘルメット越しニヤリと笑ったのが見えた。
どうやら、ブラックの本気はこの程度ではなかったようだった。
「その程度で相手になると思ってんの?」
ブラックが再びハンマーを振りかぶると、今度は俺のブロックは軽々と突破されてしまった。その一撃は、そのまま俺に命中した。
「っ……!!」
俺は殴られた箇所を押さえながら地面にへたれこんだ。それにしても、何でどいつもこいつも脇腹ばかり狙ってくるんだろう……。
「呆気無いなあ……それじゃ、バイバイ」
ブラックはゆっくりとハンマーを振り上げる。
その黒ずくめのシルエットは、まるで「影」を思わせた。
「アウス・レイング!」
ブラックが声の方を振り向くと同時に、閃光がその姿をかき消した。
「ミキさん!」
「ミキっ!」
間一髪のタイミングで、ヒイロとキヨが姿を現した。
「来るのが遅ぇよ……!」
「これでも眠い中、急いで来たつもりですけど」
「それよりも」
キヨが俺とヒイロの間に割って入る。
「君が今戦っていたのは一体何者だ?」
たった今見たものが信じられない様子で、俺に確認するように聞いてきた。
「さ、さあ……?俺にも詳しくは……」
直接の被害者である俺も、曖昧な答えしか返すことが出来なかった。けれど装置を持ってる人間なんて、俺たち三人の他に知るワケもないから無理もない。
「いきなり何すんのよ……」
突然の尋常でない殺気に、俺たち三人はぎょっと振り返る。
――そんな馬鹿な……!?
実にベタな言い回しだが、俺にはこうとしか表現できない。
「殲滅コードは確かに作動したはずなのに……!」
それは確かにヒイロの言うとおりだった……だが、キヨの必殺技をまともに受けたにも関わらずブラックはほとんど無傷でその場に立っていた。
「まあいいや……この際だからまとめて消してあげる」
ブラックはクルリとハンマーを回し、
「アウス・レイング」
その声と共にハンマーは光を帯びはじめ、しかも段々と煌めきを増していく。
「おい、マズイぞ……!!」
「この場はひとまず――……」
俺たち三人はその場からの逃走を図る。
「無駄よっ!!」
しかし、後ろを追いかけてくるブラックのスピードのほうが速い。
武器を振りかざした影が真後ろまで迫ってきたその時、
「消えちゃえ!!」
「っ……!」
俺とヒイロは、キヨに思い切り突き飛ばされた。それと同時に、ハンマーの光が辺り一帯を飲み込んだ。




