「きょうだい」 4
「逃がすか!」
ユウの声と共に、俺たちの前に大柄な影が立ちふさがった。すぐに方向転換して逃れようとすると、
「そうはいかないよ、クク……」
その先にも、更に数体の影が現れる。俺たちは逃げ道を見失い、ジリジリと追い詰められた。
するとヒイロは戦う構えを見せ、
「私が何とか道を開きます。ミキさんはその隙に……」
「でもお前、まだ必殺技が使えないだろ!」
「どの道このままじゃ皆殺しにされますよ!いいから早く……」
そうこう押し問答をしているうちに、巨大な影がすぐ後ろへ迫ってきていた。
「!!」
俺たちが気が付いた時には、影の拳を思い切り振り下ろされていた。
もう駄目だと覚悟したそのとき、間にもう一体の影が割り込み振り下ろした拳を受け止めた。
「……!」
それと同時に影の黒いシルエットが揺らめき、更にその下から全く別の姿が現れた。
「キヨ!?」
「キヨさん!?」
俺とヒイロは同時に叫んでいた。
全身ブルースーツの小柄な姿。
大柄な影と対峙していたのは、間違いなくキヨだった。
「話は後だ、まずはこいつらを……!」
「なるほどねぇ、自我を持つ思念体とは恐れいったよ。非常に興味深いじゃないか……クク」
その声にヒイロはすぐに振り返り、喋雑を睨みつける。俺も何とか武器を構えようとしたが、
「かえって気が散ります、早く行って下さい!」
「ミキ、行け!」
俺は一つ頷くと、ヒイロとキヨを残しその場を逃げ出した。
だが、
「待てよ……このまま帰れると思ってるのか?」
やはり簡単に脱出させてはくれなかった。
俺とユウは、数メートルの間を挟んで対峙した。キヨに撃たれた痕が、未だにユラユラと黒く揺らめいている。
「逃すもんか……装置も、姉さんの穴埋めも!!」
ユウの体が、次第にどす黒く染まっていく。
奴と同じく、俺も兄妹を持つ身だ。奴の事情が分かってしまった今、出来る事なら衝突したくはなかったが……。
「……」
俺は気を失ったままのヒナカを見た。
互いに譲る気がないなら仕方ない。ユウを真っ直ぐに見据え、片手に槍を構えた。
次の瞬間、ユウは跳躍した。最初の一撃は辛うじてかわしたが、ユウはピタリと距離を詰めて連続攻撃を仕掛けてくる。
俺はそれを必死に防ぎながら、ユウヘ呼びかける。
「止めろ!こんな真似をしても、お前の姉さんは……」
「うるさいっ!!」
やはり説得は無駄だった。ユウの渾身の一撃に武器を弾き飛ばされ、勢い余って俺は後ろの壁へぶつかった。
「死ねっ!」
ユウは腕を鋭く変形させ、それを高々と振り上げた。
(ユウ――……!!)
そのとき突然、「あの声」が頭の中に響いた。
「ミユ……!」
「姉さんっ!?」
「ミユ」の声は届いたのは俺だけではなかった。ユウは腕を頭上で止めたまま、必死に耳を澄ませていた。
(もう……ヤめて……ユウ…………)
ミユの叫びにも、ユウは首を横に振った。
「そんなっ……もうすぐ……あと少しで助けられるんだ!」
ユウは宙に向かって叫んだ。
(ワタシ……もう……モドれない…………ヤめて……!)
「そんなこと無いよ、姉さんは僕が必ず……」
ユウが俺の方に顔を戻す。その顔には、凶悪な笑みが浮かんでいた。
「必ずコイツを……コロして……!!」
辛うじて判別できていたユウの顔が、黒一色に塗りつぶされた。
俺は走り、飛ばされた槍に手を伸ばす。すかさずユウが俺の後を追ってきた。
素早く槍を掴むと、真後ろまで迫っていたユウを薙ぎ払う。その攻撃は、ユウの腕を深々と切り裂いた。
「コロす……ソウチ……カエせ……」
だが、ユウはもう痛みも感じてはいないようだった。
(おネガい……)
ミユが俺に呼びかけてくる。
(ユウを……トめて…………)
その声は悲しげに響いた。
ミユの言葉に、俺は黙って頷いた。
「アウス・レイング」
武器が光りだす。俺は、襲い掛かってくるユウに向かい、槍を振りかぶった。
俺は右手に武器をダラリとさげ、目の前に倒れているユウを見下ろしていた。その姿は、もう思念体のものではなかった。
「ユウ……」
俺は、ユウも連れ帰ろうと近寄ったが、
「やれやれ、こっちもやられてしまったかい……」
喋雑がヌルリと間に割って入り、ひょいとユウを担いだ。
「返せ!ユウをどうする気だ……!」
俺の攻撃を、喋雑はひょいひょいと躱す(かわす)。
「無駄だよ、彼はもう決して『元には戻れない』んだからね」
「ンだと……!?」
「生身の人間だった彼を、量子空間へ出入りできるように半ば無理矢理改造したんだ。危険性は、彼も十分承知していたと思うがね?」
だが、その代償は明らかに大きすぎた。
「さて、こうなった以上はここも閉めるしか無いかね……計画が失敗に終わったのは痛手だが一応『興味深い収穫』もあったことだし、良しとしようか……では、御機嫌よう」
「待て――……!」
俺が止める間もなく、ユウと共に喋雑は姿を消した。
喋雑が居なくなると、途端に空間が再び大きく揺らいだ。しかも、今度はどんどん縮んでくるように、壁や天井が迫ってくる。
「ここは危険だ!早く出口へ!!」
俺は、ヒイロ、キヨの二人と合流し出口へ走った。
俺たち三人は空間内を必死で駆け抜け、何とか元の裏路地までたどり着いた。無言で互いを見合わせ、無事に帰ってきたことを確認した。
「何故、君たちがこんな場所にいる……?」
キヨが口を開いた。
俺とヒイロが経緯を説明すると、キヨは黙って頷いた。
「そうか……ミユが……」
それだけ呟くと、キヨはクルリと背を向けた。
「キヨ――……」
「キヨさん――……」
「言いたいことは山ほどあるだろうが」
だがキヨは俺たち二人の言葉を遮り、
「まずは元の世界に戻って、ゆっくり休め……」
それだけ言い残すと姿を消した。
「……」
俺とヒイロは顔を見合わせる。フルフェイスで顔は見えなくても、互いににじみ出る疲労感は隠し切れない。
今回ばかりは、キヨの指示に従うことにした。
「ん……」
ベンチに寝ていたヒナカは、ようやく目を覚ました。もう日は沈みかけ、あれだけ大勢いた人々もほとんどが帰ってしまっていた。
「やっと起きたか……大丈夫か?」
隣に座っていた俺は、ため息混じりに問いかけた。
「……ヤダ!私、そんなに寝てたの?」
ヒナカは慌てて立ち上がり、スカートを手で払う。俺も、それに続いてベンチを離れた。
「そういえば寝てるとき、不思議な夢を見たんだけど……」
家へ帰る道すがら、ヒナカが思い出したように言った。
「!!……へ、へえ、どんな?」
まさか空間内でのことを覚えているのだろうか。
俺は平静を装いつつ尋ねたが、帰ってきた答えは思いもかけないものだった。
「お姉ちゃんと弟の、姉弟の夢。全然知らない子たちだったんだよ?」
ヒナカは不思議そうに言った。
――もし……
ヒナカの言葉に、俺は一瞬考えた。
もし、「あいつ」と同じような立場に置かれたら……そのとき俺はどうするだろう?
「どうしたの?難しい顔して」
「別に?ちょっと考えごとをな……」
俺は一言、笑ってそう答えた。




