「きょうだい」 1
さっき気まずい別れ方をしたのも構わず、俺はヒイロとキヨに直ぐ様連絡をとった。
そして、数分後の秘密基地……。
椅子に座り込みずっと頭を抱えっぱなしの俺の横で、ヒイロとキヨの二人もまたその場に立ち尽くしていた。
「奴の言う通り、装置を渡すしか無いんですか!?」
ヒイロが悔しげに拳を握りしめる。キヨはその問には答えず、ただ腕を組んだまま眉間にシワを寄せていた。
――こうしている間にも、ヒナカは……!
考えただけで今までにないドス黒い怒りが心の底から沸き上がってくる。俺は力任せに、膝を拳で殴りつけた。
そんな俺達の様子に、キヨは肚を決めたように言った。
「……装置を、奴等に渡そう」
俺とヒイロは同時にキヨを振り返った。
「だがその前に確認しておきたいことがある」
そう言い、キヨは俺へ歩み寄った。
「教えてくれ。ミキ……10年前のあの時、君に何があった?」
俺は黙ってキヨを見返した。ヒイロの方を伺うと、次の言葉を待つように、ただ静かに俺とキヨを見守っていた。
「……『夢ヶ丘線脱線事故』……」
これ以上隠したところでどうしようもない。俺は事故のことを、ポツポツと話し始めた。
「……そうか。その脱線事故は、領介干渉が原因だったんだな」
キヨの言葉に、俺は頷いた。
「あの事故のことはこれまでほとんど覚えてなかった。けど、『喋雑』の話で思い出したんだ」
キヨは黙って続きを促す。俺は一つ、深呼吸をした。
「俺はあの時、『量子空間』で死にかけてた……」
昼か夜かもよく分からない、奇妙な空間。
俺は手足をダランと投げ出して、その場に力なく寝っ転がっていた。指一本動かすことも出来ず、俺はただ身体がバラバラになるような痛みと、死の恐怖に支配されていた。
そんな俺の顔を「あいつ」が必死な様子で覗き込んで来た。
「しっかりして!もう、大丈夫だからね……」
イエロースーツに身を包んだそいつは、俺の肩に手を置くと何やら呪文みたいなものを唱える。だがその呪文は聞かず、俺の痛みはますます激しくなった。
「もう帰還コードも効かない……他に手は……!」
俺の横でイエローは悔しげに呟く。けれどすぐ、イエローは何か思いついたように俺の手首を握りしめてきた。
「お願い……アウス…………!」
イエローは、さっきと違う呪文を唱えた。すると手首に、何かがはめられたような感覚があった。
「良かった……『適合』、した……」
今度は女の子が、ホッとしたように俺の顔を見下ろしていた。俺はその子に話しかけようと口を開いたが、空間はグニャリと歪み何も見えなくなっていった。
「次に目を覚ました時には、もう病院のベッドだった。手首にも、別に何も着けてなかった」
俺の話を聞き終え、キヨとヒイロが口を開く。
「生身の人間が空間に長時間留まり続けると、個体としての自身を保つことが著しく困難になり、やがては空間に吸収されてしまう。当時の君が、まさにそのような状態だったんだな」
「それで、『ミユさん』は装置をミキさんに……」
俺は僅かに頷いてみせる。
「多分、そうなんだろうな。……俺が今まで見てきたのは、単なる夢じゃなかったんだな」
「ああ。そして彼女の装置は運良くミキに適合し、彼は一命を取り留めたんだ」
――だけど、そのせいで……!
「けど俺は『ミユ』を身代わりにしちまった……。その上今度はヒナカまでっ……!!」
俺は再び、両拳を膝に叩きつけた。
「……取引の段取りについて相談しよう。まずは、装置の解除用コードを教える」
キヨは、俺に言い聞かせるようにそう言った。
……数時間後の量子空間内。
俺は、ヒイロと二人だけで夢ヶ丘の構内に立っていた。
見慣れた駅の雰囲気とは違い、無人の構内はガランとしていて不気味なほどに静まり返っている。
(奴らは近くにいるはずだ、油断するな……)
キヨは俺たち二人に同行せず、離れた場所からの指示役に回っていた。
その時、例の耳鳴り頭のなかで響く。それと共にパーカー男……「ユウ」が姿を現した。
ユウは数体の影を引き連れ、俺たちの数メートル先で立ち止まる。
そして影の中の一体が、ヒナカを羽交い絞めにしていた。
「ヒナカっ……!」
俺は思わず駆け寄ろうとした。するとすかさず、影がヒナカを捕らえている腕に力を込める。ヒナカが危うく影に飲み込まれかけるのを見て、俺はどうにか踏みとどまった。
ヒナカは気を失っているのか、身じろぎもせず静かなままだった。
「装置は?」
ユウは苛立たしげな様子を滲ませている。
俺は、ユウに見えるように腕の装置をかざした。
(先程も伝えたが、まずは互いに腕を出せ)
俺はキヨの指示をそのままユウへ伝える。俺たちは、左腕を相手に突き出した格好で向かい合った。
(装置の譲渡には専用コードを詠唱する。覚えているな?)
俺は小さく頷いた。一つ息を吸い込み、
「アウス・エント」
装置は軽い機械音の後、「ガチャッ」という重い音を立てる。これもキヨが言っていたとおりだった。
「装置を受け取る人間は『アウス・アブズ』だ」
俺はユウに向かって言った。ユウはためらいなく、
「アウス・アブズ」
すると装置は俺の手首から一旦消えると、今度はユウの手首に現れた。その後、再び「ガチャッ」と音がした。
俺の着ていたスーツは解除され、いつもの制服姿に戻っていた。
「やった……!これで姉さんを――」
ユウは手首を近づけ、装置を確認した。
だが、その直後、
「な……!?…う……うああああぁぁっ!?」
ユウは突然苦しみだした。手首を押さえ、その場に跪いた姿が大きく歪み始める。
「――……!?」
俺はわけが分からずその場に立ち尽くす。
「ミキさん!!」
その俺の横をヒイロがすり抜けていく。ハッとヒイロの姿を確認すると、もうヒナカを捕らえている影の元へ到達していた。
「アウス・レイング!」
そして一瞬の閃光と共に、影は消えた。
俺は、慌てて解放されたヒナカの元へ駆け寄った。
先に助け出したヒイロからヒナカを受け取り、
「ヒナカ、大丈夫か!?」
怪我はしていないが、ヒナカはガックリと項垂れたままだった。
「よく分かりませんけど……さっさとこの場を逃げましょう!」
俺はヒイロに全面同意した。今は、一刻も早くヒナカをここから遠ざけるのが先決だ。
しかし俺は、どうしても無視しきれずにユウの方を振り返った。
ユウは、さっきと同じ場所にうずくまったままだった。人間の姿と黒い影の姿が混じりあい、未だにシルエットはグニャグニャと歪んでいる。
……その光景に、俺は再び目を背けた。
「なるほど……。この機械にまだそんな絡繰が残されていたとはね。あんな簡素な手続きのみとはおかしいと思ったんだ」
「っ!!?」
「喋雑」の声だった。
思わぬ至近距離からの声に、俺とヒイロは思わず立ち止まる。
「ククク……ここだよ、ここ」
その時、ヒナカがムクリと頭を上げた。
「!……ヒナ――……」
ヒナカが目を覚まし、俺は思わず笑みをこぼす。
だがその顔を見た途端、それもたちまち凍りついた。
目も鼻もない黒いのっぺりとしたモノが、俺の方を見上げている。
俺の表情を見て取ったように、ヒナカに化けていた喋雑は口をいっぱいに広げてニヤリと笑って見せた。
「このっ……!!」
ヒイロが喋雑に向かって剣を突き出す。喋雑はヌルリと攻撃をかわし、ユウの元へと移動した。
俺たちの目の前で、喋雑はユウを肩に担いだ。
「我々に危害を加えれば、人質の安全は保証できないからそのつもりで」
ヒイロは、武器を構えたまま動きを止めた。
「ん……なんだって?」
俺とヒイロに目もくれず、喋雑は何かを聞き取ろうとするようにユウへ頭を近づける。
それと同時に、僅かだがユウから耳障りなノイズが聞こえてきた。
「だから言ったろう?彼らは必ず『裏切る』と」
――『うらぎる』……!?
喋雑の口から出てきた思いがけない単語に、俺は耳を疑った。
「それはどういう意味だ!」
ヒイロが喋雑を問い詰める。喋雑はヤレヤレというように首を振った。
「お目出度いことだ、君たちは何も知らされていなかったのかい?それならあの青い坊やから直接聞けば良いだろう……。まあ、こちらもこの通り替え玉を使ったんだからお相子とも言えるがね……クク……」
キヨ?まさか、あいつが……?
…と、まるで喋雑の言葉に反応するように、ユウはさっきよりも大きなノイズを響き渡らせた。
「君の文句は後で幾らでも聞くよ。だがまずは君の『修復』を優先させなければね。せめて『まともに話せるように』なるまでは……」
ようやく、喋雑は俺たちの方を振り返った。
「さて、と……取引はまたの機会とさせてもらうよ。それまで『それ』は預けておこう」
喋雑は俺の方を指さした。
思わず手首を確認すると、いつの間に戻ったのか装置は元通りの位置にはまっていた。
「だが、次にのような小細工をすれば容赦はしないよ……それでは御機嫌よう」
喋雑とユウは姿を消した。
「……」
その直前、ユウは俺を怒りと憎悪のこもった眼差しで睨みつけてきた。その目に、俺は心臓を錐で突かれたような痛みを感じた。




