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セカンド・アース  作者: 九重


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オリエンテーション合宿 30

まるで剣舞に使うかのような、軽く装飾ばかりが派手な実用性に欠ける、その剣。


(白・・・?)


他の剣同様、その剣の刃の部分もスポンジとなっていた。

当たり前であれば朱色のはずのそのスポンジは何故か純白だった。


・・・誰が見てもわかる。


吉田の胸の”白”を付けたのが“誰”なのか。


「桃・・・」


呆けたように戸塚が呟いた。


「守っていただいてありがとうございます。」


桃は丁寧に礼を言う。


「いや・・・それは良い。それよりも、お前は・・・お前が、吉田を斬ったのか?」


桃は、「すみません。」と戸塚に謝った。


「私は、斬られるわけにはいきませんでした。戸塚さんの腕を信じていないわけではなかったのですが・・・戸塚さんは、吉田さんを斬れないでしょう?」


その事に対する非難や不満などではなく、ただ単なる事実として桃はそう話す。

戸塚が戸塚である限り、彼が吉田を斬れるはずなどない。

それは、わかりきった事だった。


それに、桃は、戸塚が吉田と争う姿を見たくなかった。


戸塚は唇をギュッと噛んで下を向く。


確かに桃の言うとおりだった。

桃を守るつもりの戸塚だったが、一方で吉田を斬る覚悟は、なかった。

そんな自分を見透かされていたのかと情けなくなってくる。


「俺は・・・」


何かを言いかけた戸塚を、桃は首を横に振って遮った。


「良いんです。戸塚さんはそのままでかまいません。私を助けてくださいました。それで十分です。」


桃の言葉に・・・戸塚は救われる。

今はまだ、未熟な自分をそのまま受け入れてくれる桃を心底ありがたいと思った。




・・・しかし、ありのままを受け入れられぬ者もいる。


「お前は!!」


吉田は、そう叫んで絶句した。

後の言葉が続かない!


自分が・・・他ならぬこの自分が、こんな少女に斬られた事を到底受け入れることなど、吉田にはできなかった。


「こんな傷は無効だ!」


ようやく絞り出した台詞は、我ながら往生際が悪いと思えるものだった。



「・・・そうですね。」



なのに、そんな自分を肯定する言葉を他ならぬ桃自身が返してくる。


「何?!」


「無効だと思うと言いました。・・・実戦であれば、こんな細い剣で吉田さんの鎧を貫けるとは思いません。あくまで模擬戦だからの結果です。吉田さんの言われるのも、もっともだと思います。」


白い剣と吉田の鎧を見比べ、考え込みながら淡々と桃は話す。


吉田も他の生徒も呆気にとられた。


「お前は、自分の勝利を否定するのか!?」


思わず最初に無効だと言い張った吉田自身が桃にツッコんだ。


桃は、驚いたように目を(またた)く。


「否定するわけではありません。これは“模擬戦”ですから、私の勝ちは勝ちです。それを譲るつもりはありません。ただ、吉田さんの仰ることもわかると言っているだけです。」


至極真面目にそう言う桃に、吉田は呆れ果てた。



さきほどまで自分の中にあった、体を震わすような憤りが、あっという間に霧散する。



もう一度自分の胸に付いた白を確かめるように見直した。


見事に心臓の上を“白”は一直線に斬り付けている。

さほど周囲に飛沫が飛んでいないところを見れば本当に軽く、必要最低限の動きと力で付けられたのだろうと思われた。

これほどに計算された傷をつけられる手練(てだ)れであれば、実戦であっても鎧の継ぎ目を狙うとか何らかの手段で間違いなく自分に致命傷を負わせられるだろう。


第一、本当の戦であれば、あんなに華奢で細い剣を使う必要性はなくなるのだ。


それを全てわかった上で、“相川 桃”は自分の無効だという主張に同意している。



なんて奴だと吉田は思った。



(生真面目なのか?無頓着なのか?)


何だか・・・力がぬける。


「どれほど無効だと思われようとも、それがルールなのですから、従っていただかなくては困ります。」


自分を説得しようと何やら話し続けている少女の姿に、思わず笑いが込み上げてきた。


怒りが消えれば・・・ようやく、自分が負けたという実感が吉田の心に落ち着く。

不思議に悔しくは、なかった。

あまりに見事に負けたせいだろう。


冷静に思えば、旗の件も白い剣の事も、想定外で・・・面白かった。


フッと笑った吉田は、自身の剣をおさめるとその手を桃へと伸ばす。



何だか無性に、この少女に触れたかった。

自分を敗かした少女の、風に揺れる髪の感触を、この手に感じたい。



驚いた桃が身動きできない事をいいことに、桃の頭を撫でようとした吉田だったが・・・もう少しで触れると言う瞬間に、その手をツイと押しのけられた。



吉田と桃と戸塚の間に月毛の馬に騎乗した男が割り込んでくる。


それは憂い顔に、ついぞ見た事の無い楽しそうな表情を浮かべた“内山”だった。

たった今、負けを宣告された人間とは、とても思えない程に機嫌が良さそうに見える。

いつも不機嫌な顔をしているから気が付かなかったが、こんな表情を浮かべた内山は、男のくせに結構整ったキレイな顔をしていた。


その顔をグイッと桃に近づける。


「白い液体のついた剣ですか?・・・対吉田用の特注品ですか?」


「おいっ!」


吉田が文句を言うが、返事もしなかった。


どこか面白そうにきいてくる内山から、桃は微かに身を引く。



「・・・どなたですか?」



桃の質問に、内山は軽く目を瞠った。


吉田程とは言えないが、かなり知名度のある内山である。(荀彧なのだから当たり前だ。)

実際此処にいる1年のほとんどは3年の内山の存在を知っていた。


しかし、桃にそんな常識は通じなかった。


桃が知っているのは吉田と仲西のみだ。

あとは外見から、ドデカい男を“典韋”だろうと予想し、仲西の側の美貌の男を“周瑜”かな?と思ったくらいだ。


「これは、失礼しました。私は3年1組4番、内山史弥といいます。どうぞ、史弥と呼んでください。」


楽しそうに自己紹介した内山が優雅に一礼する。


桃は顔を顰めた。

3年の先輩、しかもほぼ初対面の男の人をいきなり名前で呼捨ては有り得ない。


困ったように口を(つぐ)む桃に、内山は誰も見た事がないほどに上機嫌で笑いかける。


「私の前世は、荀彧、字は文若です。」


「?!」


流石に桃も驚いた。


曹操を支えたナンバー1の文臣を桃はよく知っていた。

なんでそんな男が自分に声をかけてくるのか!?と思った桃は、先ほどの内山の質問を思い出す。


確か自分の剣を対吉田用の特注品かと聞かれたのだった。


確かに、普通であれば朱色の液体が染み込ませてあるところを白い液体に変えてあるのだ。しかも、その液体で付けた傷を、教師陣は普通に判定して吉田を死亡と断定した。

つまり、桃が白い液体のついた剣を吉田に使うことを教師陣は知っていたという事だった。


内山の疑問も当たり前だった。


「この剣は、そんな大層なモノじゃありません。これは、意島先生が私に押し付けたんです!」


桃の口から出た、どこか得体の知れない教師、意島の名に、吉田がイヤそうに顔を顰める。

その反応を見た桃は、案外自分と吉田は気が合うのかもと少し思った。



桃は、意島が自分に白い剣を押し付けたやりとりを思い出した。





・・・今朝方西村が去った後の厨房で、せっせとパウンドケーキを切り分けていた桃の前に、突然意島は現れたのだった。


様子を見に来たと言った意島は、桃の許可なくパウンドケーキの一切れをパクリと口に放り込む。


桃が抗議をする隙も与えず、モグモグと食べながら、前後の脈絡もなしに、いきなり吉田の戦装束の話を始めたのだった。

曰く、派手な真紅の衣装で朱液が付いても見分けがつかず、判定する教師泣かせの衣装なのだと言って、くどく。


「・・・衣装が赤なら、白い液体だったら目立つかもしれませんね?」


勝手にやってきて勝手に食べて勝手に喋る意島に呆れ果てた桃は、真剣に相手をするのも時間が惜しいと、手を休めずにパウンドケーキを切り分けながら、適当に言葉を返す。


「白い液体か?・・・そうだな。それは良い考えかもしれない。」


意島は、桃のあまり考えずに答えた内容を(いた)く気に入ったようだった。


「・・・作ってみるか。」


しきりに感心しながら、意島は考え込む。


勝手になんでもしていいから、早く出て行って欲しいと思う桃である。

ザッと残りのパウンドケーキの数をかぞえ、早く帰ってもらうために、他の先生方に分けてくださいと言って余分なパウンドケーキを意島に渡した。


「おっ?いいのか?」


「かまいません。先生方にはお世話になりましたから。」


悪いなと言って意島はパウンドケーキを抱えて厨房を出て行った。


一体、何をしに来たのだと、桃は呆れながらも作業を続ける。



・・・しばらくして、何と意島は戻ってきた。



まだ何か用があるのか?と白い目で見る桃に、試作品だと言って、白い液体のついた剣を自慢げに見せてきた。

桃の好みからは随分かけ離れた派手な外見の華奢な白い剣に、大きなため息が出たのは仕方ないだろう。


教師陣からのパウンドケーキの礼も兼ねていると言った意島は、その剣を桃に「やる。」と渡してきた。


「いりません。」

「遠慮するな。受け取れ。」

「必要ありませんから。」

「決めつけるのは良くないだろう?案外役に立ったりするかもしれないぞ?」

「そんな予定はありませんから!」


剣は、桃と意島の間を行ったり来たりする。


困ったことに意島は、なおもパウンドケーキをつまみ食いしながら、しつこく粘った。


(何で食べてるの!?)


・・・案外甘党な意島だった。


しばらく押し問答を続けていたが・・・このままでは、せっかく焼いたパウンドケーキが意島に食い尽くされてしまうのではないかと恐れを抱いた桃が、結局折れて剣を受け取ったのだった。



物凄く疲れた朝のやりとりを思い出した桃は、がっくり肩を落とす。

意島の言ったとおりに役に立ったのも何だか腹立たしかった。





話を聞いた内山は、酷く楽しそうに口角を上げる。


「押し付けられて、あなたは律儀にそれをここまで持ってきたんですね?」


何故?と聞かれて、桃は言葉に詰まる。


「吉田を倒すつもりでした?」


「違います!」


桃は、強く否定する。

事実、桃にはそこまで強い意志があったわけではなかった。意島に渡されてただ本当に何となくその剣を持ってきただけだ。

それで吉田と戦うつもりなど少しもなかった。


(私は、戦わずに皆に守ってもらうつもりでいたのだし・・・)


やむを得ず前線に出てはきたが、自ら進んで戦う気などなかったのだ。


「本当になんとなく持ってきただけです!」


「・・・なんとなく、吉田専用の剣を持ってきて、それで、なんとなく吉田の胸を刺したんですね?」



桃を覗き込む内山の目は、らんらんと輝いていた。



グッと桃は息をのむ。


「・・・そうです。」


苦虫を噛み潰したような顔で、桃はそう返事をした。



「ハッ!ハハハッ!!」



途端、弾けたように内山は笑い出す。


「!?」


そんな内山の姿は、同じ3年といえ吉田たちも見た事が無く、皆、呆気にとられた。


「なんとなくで、吉田を倒すか!?そいつはイイ!・・・ハハッ!」


内山は月毛の馬の(たてがみ)に、堪え切れないように顔を押し付けて体を震わせ笑った。

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