オリエンテーション合宿 31
桃は、憮然とする。
そこまで笑わなくとも良いじゃないかと思う。
「ハハハッ・・・失礼、“昭烈”殿、あなたは、前世とは随分変わられたようだ。」
ようやく笑いをおさめながら、内山がそう話す。
“昭烈”とは劉備の諡号“昭烈帝”からくる呼び方である。
「私は、“そんな”人物ではありません!」
憤然と桃は否定する。
内山は、未だ笑いの残る顔で桃を見た。
「この期に及んで、まだそう言いますか?」
「この期だろうと、どの期だろうと言い続けます!」
桃は、そう決めているのだ。
クツクツと内山は笑う。
「あなたがそう言い張るのならば、それはそれで良いでしょう。・・・私は、今世のあなたが気に入りましたよ。」
何だか物凄く艶のある目で見られて、桃は思わず、一歩、的盧を下げさせた。
後退させられた的盧が不満そうにブルルと鼻を鳴らす。
「おい!!」
吉田が焦ったように声を上げた。
お前は何を考えているんだ?!と怒鳴る吉田に、内山は、見惚れるような所作で頭を下げる。
「お世話になりました、魏武帝陛下。殺されて転生してまでの“腐れ縁”でしたが、ようやく私はあなたを“見限る”ことができる。お暇を申し上げます。・・・私は彼女に、1年の“相川 桃”に仕えることに決めました。」
「はぁっ?!」
きっぱりとした内山の宣言に、吉田も桃も、他の全員も・・・呆気にとられた。
「いったい?」
「何を?」
「・・・荀彧が!?」
『冗談じゃない!!』
最後には全員で声を揃えて叫んだ!!
「もちろん、冗談ではありません。いたって本気ですよ。」
それを気にした風もなく内山は真面目な顔で言葉を返す。そのまま飄々と続けた。
「正直、前世の“昭烈帝”には、私はそれ程魅力を覚えませんでした。彼は、才能に溢れた善良で良い人間でしたが、如何せん、人を率いるに必要な“華”がなかった。」
聞いた翼や明哉たちが鼻白む。
「お前に何がわかる!?」
「あなたなどに、陛下を語ってもらいたくありませんね。」
桃は、困惑するばかりだ。
内山は苦笑する。
「事実です。昭烈帝は、出会いを重ね、その為人を深く知れば知るほど、その人物に人々は惹かれるようでしたが、それは帝の資質とは言えません。帝に必要なのは、一目で衆目を惹きつけるような圧倒的な“華”です。魏武王にはそれがありました。反して昭烈帝にはそれがない。・・・前世での私の選択は、当然にして唯一のものでした。」
見限ると言われたり、華があると言われたり、忙しく上げ下げされて、吉田は苦々しく顔を顰める。
桃など、とうに思考がついていけなかった。
内山が何を言いたいのかよくわからない。
荀彧が曹操を選び曹操に仕えた事など、とうに桃は知っている。
荀彧は曹操を帝に押し上げたナンバーワンの謀士のはずだ。
それが・・・
(この男は、何と言った?)
”相川 桃”に・・・自分に仕えると言ったように聞こえたのは、何かの聞き間違いだと思いたい。
混乱する桃にかまわず、内山の言葉は続く。
「しかるに今世の昭烈帝は、女性に転生されました。・・・前世の昭烈帝の力をそのままに持ち、なおかつ美しく可憐で男どもの目を十二分に惹きつけ、庇護欲をかき立てるという、とんでもない女性です。今世では、女性が帝位に就くことに何の支障もありません。・・・多少色気が足りませんが、何、あと数年もすればなんとかなるでしょう。」
なんでしたら、私が色を帯びるお手伝いをしますよ?と妖しく内山が申し出る。
「貴様!!」
「殺す!!絶対、殺す!!」
何だか物騒な殺気が、周囲に満ち満ちた。
桃の混乱は、ますます深くなる。
褒められているのか?
貶されているのか?
・・・さっぱりわからない。
「内山さんは・・・」
「どうぞ、史弥と呼んでください。」
「・・・内山さんは、冗談がお好きなんですか?」
ようやく、桃はそう聞けた。
「生まれついてのこの顔なもので、冗談は言いません。」
言っても誰も笑ってくれませんのでと内山は憂い顔を深くする。
どうやら本気の悩みのようだった。
冗談ではなかったのかと桃は驚く。
てっきり性質の悪いジョークでからかわれているのだと思ったのだが・・・
それならばと、もう一度内山の発言を、今度は真剣に考え直してみた。
「・・・私に仕えたいのですか?」
「はい。」
おいっ!!と再び吉田から声が上がったが、桃も内山も聞いていない。
「あなたは3年生ですよね?」
「学年を越えて結ばれる関係もあります。事実2年の中にも3年の協力者はいますし、逆もまた然りです。1年の中にも私の協力者はいますよ。」
とんだ爆弾発言をさらりとしてくれた。
もっとも、三国志時代の荀彧の価値の一つには、名門荀氏の持つ優秀な名士グループでの影響力や人脈がある。荀彧は多くの優秀な人材を曹操に推挙した人物であった。
後に魏の全権を握った司馬懿も荀彧の推挙を受けて曹操に仕えた者の1人だ。
内山が”今世”でも優れた人材の人脈を抱えていたとしても何の不思議もないと思われた。
・・・桃には、内山が、ますますやっかいな人物に見えてくる。
絶対お近づきになりたくなかった!
「私は、学年を越えた協力者などいりません。」
「大丈夫ですよ。あなたが直接指示する必要性などありません。私がみんなしますからね。」
桃は、頭を抱えた。
協力者だけでなく内山自身がいらないのだと言ったつもりの桃である。
はっきり言わなければ伝わらないのだと桃は理解する。
「私は”農民の妻”でした。誰かに仕えてもらうような立場ではありませんでしたし、今世でも、そんな立場になるつもりはありません。」
今度は、誤解しようのない断りの言葉だったはずだ。
内山は、軽く目を見開く。
「では、彼らは?」
内山の指は、何だかショックを受けている明哉や翼たちをさしていた。
「彼らは”友だち”です。」
ガ〜ン!!という効果音が聞こえたような気がした。
明哉の顔から一気に血の気が引く。
翼や利長などは、今にも倒れそうだった。
彼らの心の中で、既に桃は唯一無二の主君であり、身命を賭して仕えるべき帝だ。
ただの“友だち”宣言は物凄いショックだった。
それに気の毒そうな視線を向けてから、内山は再度桃に訪ねる。
「”友だち”ですか?」
不思議そうな内山に、桃はきっぱりと頷く。
「そうです。まだ入学式から1週間くらいしか経っていない今の時点で”友だち”なんて言ったらずうずうしいって皆に言われてしまうかもしれませんけれど・・・私にとって彼らは大切な友人なんです。これから3年間を共に過ごす大事な大事な仲間です。」
桃の言葉に、誰もがハッとした。
前世の強烈すぎる記憶に引き摺られて、忘れそうになるが・・・彼らは、ごく普通の高校生だった。
高校生活における友人関係は、何よりも大切な関係である。
わずか1週間ほどの付き合いで桃は自分たちを、その大切な友人と呼んでくれた。
桃に“友だち”だと言われてショックを受ける必要など少しもなかったのだと、彼らは知る。
内山は、少し考え込んだ。
憂鬱な顔の眉間に深いしわが刻まれる。
思わずそのしわを撫でて伸ばしてやりたくなるようなしわだった。
手を出しそうになる衝動を桃は堪える。
「・・・では、私もあなたの”お友だち”に加えていただけませんか?」
しわに注意を向けていた桃は、うっかりその言葉を聞き逃した。
「え?」
「”お友だち”になってくれませんか?」
よくよく見ればキレイな憂い顔が、桃を真剣に覗き込んで、もう一度そう言った。
「!?」
あの内山の”お友だち”発言に、周囲が・・・ドン引いた!!
「え?え!!・・・あ、の・私、内山さんをよく知りませんし・・・」
桃は、焦る。
「ですから”お友だち”になって、知り合うところから始めましょうとお願いしているのです。」
ね?と内山は、桃に迫る。
(?!・・・これが、うわさの”お友だちからお願いします!”ってやつなの?)
桃は、混乱した。
異性からお付き合いを申し込まれて断る話はよく聞くが、お友だちになってくださいと言われて断ったという話は、あまり聞かない。
(これって、普通は断らないものなの?)
小さな頃、体の弱かった桃は、実はこういったやり取りにあまり慣れていない。
仕えさせてくれと言われれば、断固拒否できる桃だが、お友だちになってという言葉を、断る事は、難しい。
どうして良いのかわからずに立ち尽くした。
「いい加減にしろ!」
桃が答えを返せないでいる内に、苛立った吉田が怒鳴ってきた。
邪魔されて、忌々しそうに内山が舌打ちを漏らす。
吉田は、そんな内山を睨み付けた。
「お前が誰を仰ごうと、誰と”お友だち”になろうと、俺は今更気にしないが、そのために、その女を口説くのなら俺がいないところでやれ!」
目障りだ!憮然として、そう言う。
「おや?・・・ヤキモチですか?」
「違う!!」
誰がお前などに!と吉田は吐き捨てた。
「もう良い!ここは退くぞ!!今回は間違いなく俺たちの負けだ!・・・1年を侮り過ぎていた。」
吉田は潔く自分たちの負けを認めた。
例え、たった5騎や10騎での参戦だったとはいえ、充分に勝機を見据えて来たからには、この敗戦は吉田にとって不本意極まりない結果であった。
しかし、吉田は、ここまで来てそれを認められない程狭量な男ではないつもりだった。
前世で魏は圧倒的に強かったとはいえ、曹操は負け戦を何度も経験した。
自らの命を諦めかけた戦いもある。
勝った戦いからも、負けた戦いからも、曹操は等しく何かを学んでいた。いや、むしろ学ぶことは負け戦からのことの方が多い。
だからこそ吉田は、今日のこの負けを忌々しく思いながらも、目を逸らそうとは思わなかった。
ここでそれをしてしまっては、それこそ遠路はるばる北海道までやって来て戦った甲斐がなくなる。
(それに・・・)
成果はあったと吉田は思った。
敗けた上に、許褚と荀彧という曹操にとって大切な重臣を失うことになりそうな戦いだったが、それより何より大きな成果を吉田は得たと思う。
「相川 桃!、お前を覚えておく。」
吉田は、桃に向かってそう宣言した。
桃は、驚いたように吉田を見る。
正面から見られて、吉田の胸中に今日初めての充足した思いが広がった。
(そうだ!お前は、しっかり俺を見ろ!)
この視線をずっと受けていたいと吉田は思う。
「1年を制覇し、俺や仲西を倒した存在として“お前”を俺の胸に刻みつける。戻ったら、全校生徒にもそう伝えよう。1年の1女子生徒が”俺たち”を打ち破ったとな!」
桃は、狼狽えたように目を泳がせた。
その目が、串田や理子たちに囲まれている仲西と合う。
仲西もまた、キラキラと光る目で、桃を見ていた。
それを見た桃の顔に、明らかに”しまった”という表情が浮かぶ。
吉田の顔に、初めて、この女にしてやったという満足そうな笑みが浮かんだ。
(それで良い。・・・いつまでも隠れていられると思うなよ!表に引き摺りだしてやる!)
心の内で吉田は決意する。
「次は、互角の戦力で正々堂々勝負をしよう!楽しみにしているぞ!!」
一方的に告げると、吉田は3年を率い、その場から去って行く。
もう少し桃と話がしたいと言った内山も無理矢理引っ張って行ってくれて、それだけはありがたいと思った桃だった。
「この遠征が終わるまでは、まだお前は俺の配下だ。」
不機嫌にそう言う吉田に、渋々と内山も従う。
また会いましょうと手を振る内山に「2度とその不景気な顔を見せるな!!」と翼が怒鳴っていた。
脱力した桃の耳に模擬戦を監視していた教師の声が届く。
「全ての旗が1組の旗となったことを確認した。1組の完全制覇を認める!勝利1組!!これにて模擬戦を終了とする!!」
清水と陽向が旗の付け替えを無事終わらせたのだった。
1組の完全勝利宣言に先刻より、なお大きな歓声が上がる!!
明哉と西村は思わず笑顔で視線を交わした後、互いに気づいて、イヤそうに顔を反らし、それでも安堵に大きく息を吐き出した。
それぞれの思惑を抱えながら、模擬戦は終了する。
風に髪をなびかせながら、桃は天を仰いだ。
長い戦いが終わった。




