卒業式の次の日は…
このお話で完結です。
ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。
卒業パーティーは深夜まで続いた。
流石に今日だけは寮の舎監も就寝時間だなんだのとうるさいことは言わない。
わいわいと盛り上がり、誰もが今日で終わってしまう3年生との時を惜しむ。
それでも日付が変わる間近になれば、1人2人と寝入ってしまう者が現れ、そろそろパーティーも終わりになるかと思われる頃だった。
「桃ちゃん。眠い。」
目を擦りながら理子がもうろうとして訴えてくる。
桃の隣の席に陣取った理子は、先刻よりうつらうつらと居眠りをしていたのであった。
桃はクスリと笑う。
「そうね。もう寝ましょうか?」
時計を見れば日付が変わるまであと1分を切ったところであった。
(ああ。本当に卒業式が・・・今日が終わるのね。)
桃は感慨深く思う。
その途端、会場内の空気がザワッと揺れたような気がした。
顔を上げる。
「え?」
飛び込んできた光景に目を見開いた。
最初に映ったのは、色鮮やかなピンクだ。
優しい色合いから真紅に近いものまでが重なり競い合うように咲く小さな花々に目が吸い寄せられる。
それが、両手に抱えられた桃の花の花束なのだと気づいたのはその後だった。桃の花を囲むように赤や黄色のチューリップや白いカスミソウが見目良く彩られまとめられている。レース模様の薄葉紙が重なったラッピングと真紅の大きなリボンがとても可愛い花束だった。
・・・もの凄く乙女仕様な花束だとも言えるだろう。
花束から視線を上に動かせば、そこには見慣れた美麗な顔がある。
あまりに整い過ぎて、可憐な花束にはちょっと似合わないように見えるのは・・・明哉だった。
真っ直ぐ明哉は桃に向かって歩いてくる。
何で?と思い・・・ひょっとしたら?と思った。
時計の針が一番上でピタリと重なる。
深夜12時を過ぎて日付が変わったのだ。
「誕生日おめでとうございます。桃。」
桃の前に立った明哉は、見惚れるような笑みを浮かべて桃に花束を差し出してきた。
「―――どうして、それを?」
桃は、呆然とする。
そう、卒業式の次の日、3月4日は桃の16回目の誕生日であった。
「え?桃ちゃん、今日が誕生日なの?」
眠気もふっ飛んだようで理子が素っ頓狂な声を上げる。
「なっ、桃の誕生日は3月5日のはずでしょう?」
情報通の牧田が驚きに目を見開いた。
確かに南斗高校の生徒名簿には桃の誕生日は3月5日と載っている。
「それは、間違った情報です。」
サラリと明哉は答えた。
昨今の個人情報保護の流れの中で、牧田や明哉がどこでそれを知るのかは恐ろしいものがあるが・・・明哉の言うことが正しい。
入学当初何かの手違いで、桃は生徒名簿に誕生日を1日遅れで載せられてしまったのだった。
もちろんその事には直ぐに気づいた桃なのだが、桃らしいたいへん大らかな考えで「まぁいいか。」と放って置いたため桃の誕生日情報は3学期の終わる今現在でも3月5日となっていたのであった。(桃の自己申告は2学期だったのだが、担任の意島が更に「まあ急いで直す必要もないか。」と考えたために、その処理は遅れに遅れて来年度に回ったというのが真相だったりする。)
謝った情報であったが、意島はその訂正をわざわざ連絡したりはしなかった。
―――南斗高校特別クラスの生徒は、その授業の特殊性から各々の誕生日を公表しないというのがなんとなくの慣例になっているのである。
その理由は、日々軍学の授業がある中で、誕生祝など呑気にやっている暇がないというものだった。
知っているのに祝わないのはなんとなく気まずいが、知らなければその心配はいらないだろう。
だから南斗高校では、余程親しい仲であっても互いに誕生日を聞き合うようなことはしなかった。
当然誕生日プレゼントなるものの交換もないのが普通である。
だが、もちろんそれは絶対の決まりというわけではない。
そのため、桃の名前から桃の誕生日を3月と予測し、誕生日という絶好のチャンスに動こうとする者は・・・実は多かった。
しかし、大概の者が牧田のように最初の誤った情報をそのまま信じ込んでしまっていたのである。
その点、その情報を鵜呑みにせずに様々な手段で正しい誕生日を知った明哉の努力が実ったのが今のこの状況と言えるだろう。
「桃のことならば、私はどんなことでも正しい情報を知りたいと思っていますから。」
ドヤ顔で明哉は言った。
内容は・・・ある意味怖い。
しかしその怖さを微塵も感じさせず、明哉はこの時のためにあらかじめ用意した花束を桃に差し出す。
「受け取っていただけますか?」
柄にもなく緊張しているのか、先刻のドヤ顔とは裏腹に花束は小さく震えていた。
そのことに驚いて桃は明哉を見る。
キレイすぎて一見冷たく見えさえする顔が真剣な表情で桃を見つめていた。
可愛すぎる程可愛い、桃の花束。
明哉であれば、いっそ真紅の大輪のバラの花束あたりの方がずっと似合って違和感がないのだろうに、桃の誕生日に合わせて、このとても可愛い花束を選んでくれた。
いったいどんな顔をして花束を注文したのだろうと思うと桃の顔には自然に笑みがこぼれる。
「桃?」
なかなか受け取ってもらえずに、戸惑い怖がっているかのように発する声は頼りなく、よくよく見れば明哉の目元はほんのりと赤くなっていた。
目だって涙目である。
なんだかその様子は、2人で1枚の上着をかけて星を眺めたクリスマスイブを思い出させた。
あの夜も明哉は凄く焦って頬を赤くしていた。
いつも淡々と自信たっぷりに物事を進める孔明が、時々見せるこんな不器用さを劉備がとても愛でていたことを桃は思い出す。
「・・・ありがとう。」
桃がそう言って花束を受け取った途端、明哉はホッと息を吐き本当に嬉しそうに笑った。
(―――!)
まるで、早春の花がフワリと開いたような優しい笑み。
桃の胸が―――“キュンっ”―――と締め付けられた。
正真正銘、本物の“胸キュンっ”である。
桃の頬も真っ赤に染まる。
桃の幸せは、案外すぐ側に近づいているのかもしれなかった。
明哉一歩リードのラストでした。
この後の展開はどうか皆様でご自由に想像の翼を広げてください。
このまま明哉が先行逃げ切りでゴールするもよし。
利長や翼が巻き返しを図り、逆転勝利するもよし。
まさかの大穴、戸塚や串田が大どんでん返しを演じるのも一興かもしれません。
吉田や仲西がこのまま引っ込むとも思えませんし…
ただ、どんな未来であろうとも、きっと桃は幸せになってくれると思います。
それだけは、お約束してこのお話は終わります。
長くお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




