6.公爵家
「わぁ……素敵なお部屋ね……あなたの部屋なの?」
壁の裏から出れば、そこは豪奢な調度品が並んだ美しい部屋だった。豪奢でありながらも、どこかやりすぎではない。財はアピールするものの、行き過ぎていない。あまり豪華なものに慣れていないティアナでも、一目で「そういうものだ」と理解が出来るような部屋だった。
「うん。そうだよ。代々公爵、あるいは公爵家の長男が与えられる部屋でね。ここから、神殿につながっているんだ。本当に限られた人間しか知らない話なんだけど、神殿には王城から繋がる隠し通路と、公爵家から繋がる隠し通路があるんだよ。いざという時の王族の逃げ道ってことだね」
公爵家。その単語にティアナは目を見開いた。その長男。
「というわけで、改めて自己紹介をしてもいいかな。僕は、マリウス・ルフェ・ジェルボー。先日、父から公爵を譲り受けたばかりでね。よろしく、ティアナ」
「わ、わわ、わっ、その、貴族だとは思っていたけれど……公爵、だったのね?」
「いいさ。そのままの口調で。そこに座るといいよ」
「はっ、はいっ」
ティアナは少しばかり緊張をして、彼に勧められたまま素直にソファに座った。
彼女が腰を下ろしたソファも、声をあげそうなぐらい上質なものだ。沈みすぎず硬すぎず、けれど、とても気持ちが良い。なんだこれは。その声を、寸でのところなんとか我慢できた。
(男爵家と公爵家の圧倒的な違いを見せつけられた気分だわ……! う、うちだって、そのう、お金にはそこまで困っていないはずなのだけど……!)
マリウスはテーブルに置かれていたベルを鳴らす。すると、すぐにノックをして侍女がやって来た。
「お客様がいるんだ。お茶を出してくれる?」
「かしこまりました」
「あっ、あっ、その、おかまいなく……」
と、わざわざ口に出してしまうティアナ。マリウスは「あっは!」と笑って
「いいじゃない。ちょっとぐらいおかまいさせてよ」
と言って、手で軽く侍女を促した。侍女は「失礼いたします」と頭を下げて扉を閉めた。
「さて。じゃあ、お茶が来るまでの間、僕が祈りの間から引っこ抜いてきたヴァイス・ホロゥについて説明をしよう」
「引っこ抜いてきた……ああ、人差し指で?」
「うん。本当はあのヴァイス・ホロゥたちは、あそこでしか存在出来ないんだけどね。だから、僕は彼らをこちらに引っ張ってくるのを『引っこ抜く』って言ってるんだ」
マリウスの説明はこうだった。彼は、あの祈りの間から「引っこ抜いて」きたヴァイス・ホロゥを使って「情報」を集めているのだと言う。意思疎通はそう細やかには出来ないが、一つずつ依頼をすると、何も言わずにヴァイス・ホロゥは彼のもとを離れ、そして、その依頼をこなして戻ってくるという話だ。
もちろん、ヴァイス・ホロゥは何を触ることも出来ない。壁は通り抜ける。どこまで移動をするのかはよくわからないし、移動の速度もよくわからない。だが、みなきちんと戻ってくる。依頼をうまく遂行できなくとも、最後に彼の元に戻ってきてから、消えていくのだと言う話だ。
「引っこ抜いたホロゥには一つだけ命令が出来るみたいなんだよね。よくわからないけど、その一つはおおよそ遂行してくれる。とはいえ、1日、2日経過すると消えてしまうから、その間にこなせる任務じゃないと」
「任務?」
「まあ、色々とさ。王城絡みの情報だとか、人には言えない、誰にも見せない裏でやりとりしていることとかさ。あるでしょ」
「なるほど……全然わからないけど、でもわかる気もするわ」
「はは、何だい、それは。全然わからないけど、わかる気がする。うん、いいね。それぐらいの気持ちで聞いてもらえると、こちらとしてもありがたい」
そこまで彼の話を聞いた頃、侍女が茶と焼き菓子を持ってきた。黙ってティーポッドからティーカップに茶を注いで、侍女は頭を下げて出ていく。
「さ、どうぞ。別に何も仕込んでないよ。僕も、ちょっとおなかがすいたんだよね」
そう言ってマリウスは焼き菓子を一つ頬張った。それを見て、ティアナもおずおずと手を伸ばす。




