5.謎の乗り物
その日の神託は、そう大したものではなかった。時にはそういうこともある。それが平和というものなのだろう。神託を神官長に伝えて、彼女は「もう少しだけ神殿の中を散歩してから帰ろうと思います」と伝えた。
彼女はもともと「2日もかけて来たんですもの」と言って、王城に行ったり、城下町に行ったり、神殿の庭園にいったりと、あちらこちらで羽を伸ばしてから城下町の高級宿に宿泊をする。だから、きっと誰も彼女を不審な目では見ないだろう。
約束通り、ティアナは祈りの間に戻った。そっと扉を開ける。霊体を見ることは避けて、奥にある像の傍にマリウスがいるのを確認すると、さっと中に入る。
「とはいえ、ちょっとは切らないとなぁ~」
白いもの――霊体? ヴァイスなんとか?――を見ないようにしても、それから影響は受ける。背筋はぞっと寒くなるし、足取りは重くなる。不思議なものだが、それは仕方がないことだ。「これぐらいなら許される?」と声をあげながら、宝剣で霊体を切って進めば「いいよ」とマリウスは先から返事をした。
「お待たせしちゃった」
「大丈夫。じゃあ、行こうか」
「行く?」
「そう。この像の裏の方にさ、行ったことある?」
部屋の奥に置かれた像。その後ろ側には、普通に壁がある。壁と像の間は多少空いていたが、そう言われればそちら側にいったことはなかったな……と思うティアナ。
「この壁。ここに、鍵があってね」
そう言って、マリウスは壁の足元を指さす。言われてじっと見なければわからないほどの、小さな穴が開いている。そこへ小さな鍵をマリウスが差し込めば、なんと、壁が奥に少しずれて、横にスライドして開けることが出来る。
「まあ!」
「ここから出入りをしているんだ。この先は、ちょっとだけ静かにね」
そう言ってマリウスはそっと人差し指を唇に当てて見せる。ティアナはそれを見て「その人差し指に、霊体たちが入っているのかしら……」と、別のことを考えてしまった。
壁から中に入ると、そこは暗い通路だった。目が慣れずに「見えないわ」とつい呟いてしまったティアナに「ちょっと待っていて」と言った。よくわからなかったが、マリウスはポケットから魔石を取り出したようで、ぽうっとほのかな明かりが彼の手元で光る。
(魔石を買えるような家柄なのね)
魔法の力を吹き込んだ魔石。それは希少な鉱石を磨き上げ、王城の魔法使いが「魔力を吹き込む」礎を作るとされている。そののち、それぞれの魔法担当に渡されて魔力が吹き込まれたのち、流通する。
王族御用達の商人しか取引が出来ないし、物自体の価値が高い。遠い昔、人々はみな生活魔法という魔法を使っていたと歴史書には書いてあるが、今は違う。魔法を使えるものは限られており、そのほとんどが王城に召されて働いている。
「少し歩くけど、大丈夫かな?」
「大丈夫よ。わたし、体力には自信があるの」
「はは、頼もしいな」
マリウスは笑って、彼女を先導した。そして、歩きながら彼は小声で、自分が霊体を今日のように不定期に連れ出していたということ。ところが、ここ最近行くと数が減っていたので、どうしたのかと思っていたということ。聖女が何か浄化魔法でも唱えているのか、そんなことは聞いたことがない、と思っていたが、今日たまたま見かけたら、君が「切って」いたので驚いた……ということ。
それらにティアナは「でも、切るのはおかしくないのよ。だって、そうするために宝剣を与えられているの。神殿の神官長から。歴代の聖女もそうだったのよ。そのう、誰も、宝剣をふるってはいなかった様子だけど」と説明をする。本当は、祈りの間で起きたことは他言無用だが、彼はそれらを見ることが出来る立場だから良いだろう……そう思って。それを聞いたマリウスは「君は、とても慣れたように切っていた。すごいね」と褒めた。
どれだけ歩いただろうか。5分程度。すると、突然通路の幅が広がって、見れば小さな馬車の幌部分だけが車輪の上に置いてあるようだった。だが、馬はそこにはいない。
「乗って」
「ええ!?」
「ここからは防音の魔法がかかっているから、大丈夫なんだ」
「えっ、えっ?」
見れば、最大2人しか乗れなさそうだ。マリウスは手を差し出してティアナの手をそっと握り、幌に乗せる。
「すごいだろう? これも、昔の人が作ったものなんだ。魔石がここに入っていてね……こんなに大きな魔石、こんなに魔力が絶えない魔石は滅多にないよ。王城の魔法院にでも持っていったら、きっとすぐに研究室に持っていかれそうだね」
そう言って、マリウスは大きな魔石に手をかざした。すると、幌は前にまっすぐ動き出す。目を凝らして前を見れば、車輪は2本のレールのようなものにがっちりはまっており、その上を滑っているようだった。
「わっ! わっ!」
「行き来するだけ。それだけなんだ。何ひとつ操縦は出来ない。でも、それで十分だ」
「すごい、すごいわ! それに、少し明るいのね!」
薄暗かったものの、壁には小さな明かりが点々とついている。それらも魔石なのだと気づいたティアナは「金がかかっている……」と心の中で驚いた。
「ここから終点までは、明かりがついているんだ」
「まあ!」
ティアナは驚きと喜びで頬を紅潮させた。馬の速歩ぐらいの速度でそれは前に進んでいく。が、案外と彼が言う「終点」には早く到着をしたようで、実際にそれに乗っていたのはほんの5,6分程度のことだった。
「さ。ここから入れるよ」
そう言って、通路横の扉をマリウスは開いた。




