4.出会い(3)
「ヴァイス……なんですって?」
「この、白いもののことを僕はそう呼んでいるんだけど。ああ、霊体、って呼び名でも構わないけど」
霊体。そうか、確かにそう言われたらそういう呼び名がしっくりくる、とティアナは思う。一度、彼が言うヴァイスなんとかは置いて、説明をするティアナ。
「ええっと……この部屋が綺麗になるかと思って……わたしが来るようになってから、一気にこれを切って、お部屋がすっきりするなって……それに、本当にこれが霊体っていうものなら、空に還してあげられるってことでしょ? ところであなたはどなた?」
ティアナのその言葉に、彼は「ありゃ」と軽くうめいた。
「はぁ~、やっぱり君のせいかぁ。ヴァイス・ホロゥ、全部祓われると困るんだよね」
「困る? どうして?」
「僕が使う霊体が減ってしまうからさ」
「僕が使う……?」
「そう」
そういうと、彼は人差し指をすっと立てた。すると、近くに浮いていた白い霊体の一つが、その指に吸い込まれていく。それを見たティアナは目を丸くして驚いた。
「ええっ!? それはなぁに?」
「このヴァ……霊体は、みんなこの部屋の中でしか生きられないんだけど」
「え? 生きているの?」
「あ~、生きているかどうかってのはまあ、曖昧だけど」
そう言って彼は肩を竦める。確かに、これが人の霊というものであれば。生きているか死んでいるかで言えば、きっと死んでいる。もとの「人間」だった体は。だが、そこにあった魂はここにある。それは生きているとも言えるのではないか……いや、でも、とティアナは首を軽く傾げた。
「僕は、この部屋から霊体を一度に10体ぐらい、外に出せるんだよね」
「えっ? 外に出してどうするの? またふわふわ飛ぶの? どこかへ行くの?」
「みんな、数日で天に召されてしまうんだ。ここを離れてしまうとね」
そういって、彼は人差し指にほかの霊体が吸い込まれていく様子をじっと見ている。驚いてティアナもそれを見ていると、確かに10体、彼の指にそれらは消えていった。
「君、僕のことをそんなに信用をしているのかい? もうちょっと、警戒はしないのかな」
「あら。だって、あなたはこの霊体が見えるんでしょう? 男性でも聖女になれるのかしら? あなた、わたしの代わりに聖女にならない?」
その問いかけに、男性は「あははは!」と大声で笑った。「いや、聖女は無理だよ。だって、僕には神託は得られないからね」と続けて「試してはみたんだ」といたずらっ子のような表情をティアナに見せる。
「この部屋にはさ。霊体を集める機能があるんだ」
「どういうこと?」
「この王国内で未練を残して死んだ人々の魂を、ここに集める。これらは時期が来れば、きちんと空へ還るんだ。未練が残った魂をあちらこちらに放置しているよりも、ここに集めてしまった方が良いという判断なのかなぁ……? 遠い昔の人々。魔法を当たり前のようにみんなが使っていた時代の人々。この神殿を建築した、そういう時代の人々が何か細工をしたらしいね」
そういって、彼は天井を、壁を、足元を見渡した。ティアナは「んー」と呻いて、瞬きをする。それは、彼女が霊体を「見る」「見ない」を切り替えるための、ちょっとしたスイッチだ。最初は「見る」が当たり前だったものの、聖女になって2年間。今はそれを切り替えることが出来るようになった。
それから、彼女はぐるりと室内を見る。が、彼が言うような「そういう時代」を感じることはどうも出来ないようだ。
「よくわからないわ」
「うん。わからないだろうね」
そう言って小さく彼は笑った。
「ねぇ。でも、あなたはどうやってここに来たの? 神殿から? わたしがここに来る前からいたの? それとも、あなたも霊体?」
「僕は普通の人間だよ。そうだな……」
彼は唸って何かを考える。ティアナは「そうなの?」とじいっと彼の顔を見る。
「おいおい、そんなに見ないでおくれ。顔に穴が開いてしまうよ」
「あははっ! あなた、綺麗なお顔をしているんですもの。それに、品があるわ。どこかの貴族令息ね」
「うん、まあね」
それから、彼は「よし、わかった」と言って
「君、今日の神託を得て、一度外に出てそれを伝えておいで。一時間後にもう一度ここに来るといい」
と小さくティアナに微笑んだ。
「えっ?」
「なんか、君と話すのは面白そうだしね。僕の名前はマリウス。君は? 白銀の聖女様。それしか、僕は君の呼び名を知らなくてね。申し訳ない。なんだっけ」
「あら」
その答えにティアナは少し驚き、だが、彼が自分に交際を求めてくるほかの貴族とは違うのだ、と「悪くない」と思った。何故なら、彼女のもとにやってくる手紙には、当たり前のように「ティアナ・カーラル・アルベール様」と名が書かれてくる。いかにも「聖女に用事があるわけではございませんよ」と言いたげに。
「わたしはティアナよ。よろしくね、マリウス」
そう言ってティアナが手を差し出すと、マリウスは目をぱちぱちと瞬いて
「君、そんな簡単に握手を異性に求めるのかい? 面白い人だな」
と言って、笑いながら彼女の手を握った。その直後に「いてて、君、力が強いな!?」と顔をしかめることになったのだが。




