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はめられて強制退学をくらった俺 ~迷い込んだ(地獄の)裏世界で魔物を倒しまくったら、表世界で最強魔導士になっていました~  作者: せんぽー
第4章 七星祭編

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第80話 乙女失格

 カトリーナは逃げる男の心を読んだが、分かったのは街の端に逃走手段があるということだけ。明確な場所までは分からなかった。


 転移して先回りできれば良かったが、仕方ない。


 俺たちは街を駆け、男を追いかける。男は色んな姿へと変化していた。少年なったり、はたまた老婆になったり。


 老婆になってベンチに座っていた時はそのまま通り過ぎそうだった。カトリーナがいなければ、俺は男を見失っていたことだろう。


 男は屋根へと逃げたり、建物から建物へ飛んでいく。猫を想像させるしなやかな動きで逃げていく。


 だが、次第に男との距離は縮まっていき、あと少しで捕まえそうだった時、風を切る音がした。何か小さなものが飛んできたような音だった。


「っ!!」


 手を繋いでいたカトリーナが立ち止まり、彼女の身体がぐらりとよろける。首には針が刺さっていた。


「カトリーナ!!」


 叫んだ俺はカトリーナを受け止めていた。




 ★★★★★★★★




 首にチクりと刺さった。小さな痛みだった。

 カトリーナは毒針かと直感し、即座に解毒魔法をかけた。しかし、毒の痛みは襲ってこなかった。


 違う症状が出た。全ての音が大きく聞こえ始めた。聞こえないはずの声が聞こえてくる。幻聴だ。目も回る。


 なに、これ…………?


「カトリーナ!!」


 カトリーナはよろけそうになったところをネルに支えられる。


 人はもう眠っている時間の街。大声で話している者はいないし、大体周りにはネル以外いない。だというのに、頭の中で声が聞こえる。


 怒鳴り声、泣き声、叫び声、知らない声全てがズキズキと脳に痛みを与えてくる。


「う、ぐっ………」


 うるさい、うるさい、うるさいっ————。

 

 カトリーナは項に刺さった針を抜き取り投げ捨てる。幸い出血は大きくないし、毒のような痛みはない。


 この針は自分のために作られたものだ、カトリーナはそう確信する。もしかすると、敵は自分も目標にされていたのかもしれないという考えが頭によぎる。


 しかし、声が思考の邪魔をする。ズキズキガンガンと頭が痛む。 


 ネルの邪魔になりたくない。我慢しないと…………。


 ここで倒れてしまえば、優しいネルのことだ。彼は足を止めて、自分の心配をするだろう。


 それだけはあってはならない。このチャンスを逃しちゃいけない。


「ネル、行こ、う。私は大丈夫」


 カトリーナはネルの手を取る。求めるようにぎゅっと握る。ネルを握り返してくれた。


 ネルの手を繋いでいると幾分か楽になれた。それでも複数の声が頭の中で響いている。今にも吐き出しそうだった。


 好きな人の前に吐くのだけはしたくない……ネルが引くなんてことはしないだろうが、それでも嫌だ。カトリーナは喉まで出かけた物をぐっと飲みこみ耐える。気持ちが悪い。


「ネル、行かなき、ゃ。今がチャンスだか、ら」

「でも、カトリーナ…………」

「私なら、我慢でき、る……」


 ネル1人じゃダメ。カトリーナとネルの2人がいて、敵の居場所が分かる。ネルもそれを分かって、簡単にカトリーナを置いて行こうとしない。


「このまま案内は頼んでもいいか?」

「うん、大丈夫。だけど、その前に他の敵、が………」


 弱ったカトリーナと支えるネルの前に、ぞろぞろと出てきた屈強な男たち。その中には魔導士らしき人間もいる。奴らは自分たちの足を止めに来た。逃げた男の部下か、それとも雇われた人間か。


 男たちの一部は店のガラスを割り始め、騒ぎ始める。このままでは人が集まって只得さえ薄い犯人の魂の声が聞こえなくなってしまう。


「すぐに終わらせる」


 ネルは腰を低くし杖を構える。隣のネルを見上げると、彼の緑の瞳が赤く染まる。握る彼の手に力が入った。


 何重にも重なって耳を塞ぎたくなるぐらいうるさい世界。だが、ネルと手を繋いでいる時だけは、彼の声ははっきり聞こえた。




 ★★★★★★★★




 ネルよりも体格にいい男たち。中には杖を持っている者もいる。屈強な男たちは杖ではない魔道具を持っているあたりただ者ではない。


 俺たちを足止めしに来た。あの男を逃がすために。


 部下か何かか、以前から用意していた護衛か。分からないが、この中にカトリーナに吹き矢をしてきた人間がいる。


 転移してあの例の男を追いかけてもいいが、男共はしつこく追っかけてくるだろう。大体俺が転移できることを知っていて対策をしているかもしれない。


 ならば、倒さなければ。

 だが、思った以上に人が多い。杖を振るい、大きく風を起こす。距離を開けて、道を作り前に進んでいく。


 中には剣で切りかかってくる者もいたが、腕を氷漬けにし、遠くへと吹き飛ばした。ゴミ箱の中に飛んでいった。多分死んでいない。


 敵とはいえ、相手を殺すつもりはない。面倒事はごめんだ。共犯者と同類のこの男共の処罰はフィー先生に任せる。


『ネル、あっち………』


 心の中でカトリーナが指示をしてくれる。敵が次々とどこからともなく現れ、俺たちを阻む。


『ネル、あの男の魂が薄くなってる………』


 急げ、急げ。

 魂の残像が消えてしまう。

 早く敵を倒して追いかけないと————。


「あらら~? アナタたち大丈夫~?」


 空から聞こえた声。影が現れ、そして、ドスンと地面が揺れる。風が吹き荒れ、俺とカトリーナは吹き飛びそうになった。


「ウフフ、ここはワタシに任せてちょうだい♡」

「あんたは…………」


 突如俺の前に現れた屈強な背中。1人の男が立っていた。男がちらりと振り向くと、灰色の瞳と目があった。


 派手な紫の髪を持ち、お茶目な選手宣誓をしていたあの男。

 ————アリオトの勇者デイビッド・モウチュカ。


 俺の前に発見されて話題となっていたアッチの気がある勇者。こんなにガタイがよくって勇ましいのに、仕草はやたらと女々しい。やはりアッチの人なのだろう。

 

 体術が得意そうに見える男だが、聞くところによると魔法技術も相当のものらしい。彼の戦いは見ていないが、アスカが話していたので間違いない。


 そんな勇者ならば任せても安心だろう。ここは街中だし、何かったとしても助けもすぐに来るはずだ。

 

 なぜコイツがここに来たのかと聞きたいところだが、時間がない。


「悪い! 任せた!」

「いいのよ! 早く行ってちょうだいな♡ ダーリン♡」


 だ、ダーリン?

 最後の言葉が気になるが、一先ずスルーだ。


 モウチュカが指揮者のように杖を振るうと、暴風が吹き、真っすぐに道ができる。俺はカトリーナの手を引き駆け出す。


 手を繋いで引っ張っていたが、カトリーナの動きが鈍い。このままでは王都外へ逃げられてしまう。カトリーナの顔も険しくなっている。


「カトリーナ、少し触るぞ」


 カトリーナがコクリと頷いたのを確認すると、俺は彼女を横抱きにし駆けていく。華奢な彼女の身体は羽毛のように軽かった。




 ★★★★★★★★




 ネルたちがいなくなった後、アリオトの勇者デイビッド・モウチュカは可憐に魔法を使っていたのが嘘かのように暴れていた。


「可愛い後輩たちをいじめるなんて! 全く酷い人たちね! このワタシがお仕置きしてあげるワ♡ オラァァ————!!」


 モウチュカの雄叫びとともに拳が飛ぶ、人間が飛んでいく。人形のように飛んでいく。圧倒的な力を前に、逃げ出す者もいたが、その前に拳が飛んできて、クリーンヒット。


「さっきは杖で遊んでいたけど、やっぱりワタシは物理の方が好きなのよね!」


 拳が胴に入り、胃の中の物を吐き出す者もいた。


「あらら~? もう終わり? もう少し遊びたかったのに……あなたたちもう少し体力をつけたらどうかしら?」


 モウチュカは見定めるように、男たちの身体を確認していく。灰色の目は潤んでいた舐めるように見ていた。


「あら、アナタ鍛えたらいい男になりそうねぇ………あ、いいこと思いついたワ! ワタシともう少し遊びましょうか? 回復魔法をかけてあげるワ♡」


 逃げようと地を這う男たちに、「おい」と腹底から出た野太い声が呼び止める。それはとてもじゃないが乙女とは思えないものだった。


 声の主は獰猛さを孕む瞳で男たちを見る。寝転がっていた男たちは「ひぃ」と虫けらのような声を上げ、顔を青くしていく。腰を抜かした者もいた。


「おい、さっさと立てや。まだ動く元気ぐらいあるだろうが」

「も、もう勘弁してください……」

「ハッ……全く遊びがいがないな」


 モウチュカは敵たちの首根っこを掴むと、顔に一発拳を食らわせ意識を奪っていく。そして、気絶させた男たちを一か所に集め山を作っていく。


 その頂上へモウチュカはドスンと腰を下ろすと、乙女らしく足を組み、顎肘をつく。そして、ようやく一仕事終えたわと安心するように、ふぅと深く長い溜息をついた。


「…………あらあら、ワタシったらイケナイ♡ 乱暴な言葉なんて使っちゃって乙女失格ね♡ ダーリンに嫌われちゃうワ♡」


 きめ細やかな肌に、潤んだ唇。ケアされていることが分かる艶やかな紫の髪。月光に照らされる彼だけを見れば、恋に悩む乙女に見えるだろう………ガタイは普通の男よりも何倍もいいが。


 その後、モウチュカの所へ助けに来た兵は気絶した。

 彼が最後に見た光景———それは倒した200人の敵でできた山の頂上で、呑気に手を振る勇者だった。

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