第75話 偽装デート 後編
「リコリスさんから何も聞こえない。空っぽなのかな………見えないのか、な?」
リコリスの思考が見えない、カトリーナは眉を顰めながらそう話す。俺以外の思考は読めるカトリーナが、だ。
「え、何この子? 私のことずっと見てくるんだけど……どうしたの? 私の美貌にやられちゃったの?」
「お前なんかに惚れる馬鹿はいねぇよ。カトリーナはお前の心が読めないから不思議に思ってるんだ」
「はぁ? そんなの読めるわけないじゃなーい。悪魔の私よ? できるわけないじゃなーい」
悪魔であろうが、カトリーナは思考が読めるはずだ。クローバーの思考は読めていた。リコリスだけできないはずがない。できないはずだが…………。
リコリスは口をとがらせ、俺に目を細める。
「え、もしかして、ネルって私の頭の中を覗かせてたの? この子に? うわっ、ネルってば引くほど変態ね」
「全部ちげぇよ。誰がお前の考えてることなんて知りたいと思うか」
カトリーナはリコリスの手に触れる。そっと目を閉じ意識集中させた。
「うん、聞こえない。串焼きの事しか聞こえない」
「…………」
串焼きの事は考えているが、それ以外のことは何も考えていない。
まさか、リコリスはお馬鹿すぎて何も考えていないのか…………。
俺とカトリーナは目を合わせ、コクリと頷く。そして、リコリスに近づき、それぞれリコリスの肩に手を置く。
「お前………」
「本当に可哀そうな子………」
「え? 何よ? 2人ともなんでそんな哀れんだ目で私を見るの?」
「これだと勉強辛いよね」
確かに、ここまで思考能力がないとさすがに同情してしまう。
「ああ。今までの試験よく頑張ったな。今度の試験は手伝ってやるからな」
「2人して何泣いてるの? ねぇ、ちょっとってば!」
そうして、俺たちが泣き止んだ所で、リコリスは問い詰めてきた。
「それで、あんたたちはこそこそして何を企んでるわけ? 私に隠れて一稼ぎしようとしたんじゃないの? なら私も寄せなさい! のけ者扱いなんてさせないから!」
「金儲けなんてしてねぇよ。むしろ面倒な仕事を押し付けられた感じだ」
フィー先生に捕まらなければ、今頃はマッチャ・メガネ先生の新刊を呼んでいた。金稼ぎする時間があるのなら、俺は本を読む。
「仕事? なら、私はパスね。お二人とも頑張って~」
とリコリスは、串焼きを持った手を振って歩き始める。仕事と聞いて逃げるつもりだ。
まぁ、あいつがいたところで、足手まといにしかならない。さっさとどこかに行ってもらおう。
「あはっはっ~!! リコリスぅ〜見つけたぁ〜! あはっはっはっ〜!」
リコリスは悪運が強い。いい運も引き寄せることもあるが、ほとんどが悪いもの。そして、聞こえてきたその声も先日事件を起こした当人。
「今日こそはぁ~! その面を汚してあげるわぁ~~!!」
声の主は顔は真っ赤か、片手には酒瓶、足は今にもこけてしまうのでは?と心配になるほど千鳥足。どう見ても酔っ払いだ。
金髪ツインテール餓鬼女、アスカのそっくりさんこと、魔王軍幹部クローバー・スノードロップ。その斜め後ろに控えるのは、従者のリンデンと呼ばれていた男。
2人は懲りずに俺らの所へ、正しくはリコリスの所へ来ていた。酒瓶片手にベロベロに寄っているクローバーだが、おじ様執事リンデンは酔った主人を気にする様子はない。これもいつも通りのようだ。
不気味なオーラを感じるとは思っていた。思っていたが、気のせいにしていた。面倒事はもうごめんだ。
「は? やるの? またやる気なの? あんなにボッコボコにされたのに? 新聞で見たわよ」
そう。先日の事件で俺はクローバーたちをチェケラ族に送ってやった。
新聞でも話題になるほど、ボコボコにされていたようだ。逃げていくところを写真に撮られていた2人はなんとも無様だった。
正直、チェケラ族の人たちは俺よりも勇者に向いていると思う。魔王討伐RTAできるレベルの能力はある。俺の代わりに勇者をやってほしいぐらいだ。
しかし、チェケラ族の中で、自ら魔王軍に戦いを挑んだ者がいるとは聞いたことがない。
ラクリアは特殊な例として、他のチェケラ族の人にも魔王を倒せない何か理由があるのかもしれない。
「ねぇ、ネル。行こう」
「ああ、そうだな」
カトリーナが俺の袖を引っ張る。
こいつらに構っている暇はない。今日もまた行方不明者が出た。朝いないことが分かった。朝発覚したということは、夜に攫われたのかもしれない。
フィー先生たちが何とか隠しているが、このまま人数が増えていくと気づく生徒もいるかもしれない。大騒ぎするかもしれない。
急がなければ————。
「はぁ!? アンタにはボコボコにされてないっつーの! あの憎きチェケラ族にやられたのよ! アイツらの笑い声と言ったら、うぅ…………」
真っ赤な顔から真っ青な顔に変わるクローバー。よほど、チェケラ族が恐ろしかったらしい。トラウマになっているようだ。
「アタシはあの変な族と戦いたかったわけじゃないの! リコリス、アンタをボコボコにしに来たのよ! 二度とこの世界に来れないようにしてあげるわ!」
「ハッ、やれるものならやってみなさいよ。私にはチェケラ族の仲間だっているのよ!」
「なっ!! …………ふん、どうせ脅しでしょ? そんな脅しには乗らないわ。さぁ、そのお仲間のチェケラ族でも呼んでもいいわよ」
「あんた、言ったわね! よぉーし!ラクリアに連絡するわ! 覚悟しないさい!」
リコリスは食べ終えた串を捨てると、ズボンのポケットに手を突っ込む。アスカから貰った通信魔道具を取り出し、電話をかけていた。
ラクリアにとってはいい迷惑だろうな…………。
アイツも魔王軍幹部あたりには慣れているとは思う。が、今は休日だ。呼び起されて幹部との戦いなど嫌だろう…………多分、嫌に決まってる。多分。
チェケラ族は戦い好きな人がほとんどだし、嫌じゃない可能性もあるけど………そうでないと祈ってる。これ以上面倒事は増やさないでくれ。
やはりラクリアは、リコリスの電話に出ない。リコリスは苛立ちが溜まっていき、たんたんと地面を踏む足音が大きくなっていく。
「ねぇ、出てよ。なんで出てくれないの? はぁ? マナーモード中? えっ、ちょっと待ってよ」
「ハッ、残念ねぇだったわね! ざまぁだわ!」
全然残念そうにしていないクローバー。チェケラ族が来ないと分かって安心したのだろう。いやらしい笑みを浮かべてリコリスを煽っている。
「まぁいいわ! 私1人でも引きこもり妻をボコボコにするくらい余裕だもの」
「何をぉ!! じゃあ、行くわよ」
「いつでもかかってきなさい」
緑の瞳を妖しく光らせ、歯をむき出しにするクローバー。赤の眼光をギラつかせ、杖を構えるリコリス。
2人の間に大風が吹き荒れ、俺たちの髪が後ろへなびく。
「おいおいおいおい待て! ここで戦う気か!?」
「うん」
「そうよ」
息っぴったりに頷くリコリスとクローバー。2人とも魔族なので、人間の迷惑は考えないらしい。
こんな街中で暴れられたら溜まったもんじゃない。この前の事件以上に王都が大混乱に陥る。
とりあえず、気を逸らさなければ。
「おい、幹部。戦いの前にあんたに話がある」
「話ぃ? ちょっと後にしてくれない?」
「またチェケラ族に飛ばされたいか?」
そう言うと、クローバーはさすがに落ち着いた。チェケラ族とのお遊びはこりごりらしい。
喋っていて喉が渇いたのか、クローバーは片手に持っていた酒瓶の蓋を開けると、ごくごくと飲んで………そんでもってまた酔っ払い始めた。
コイツ、下戸っぽい。なのに、飲んでしまうのはアル中なのだろう。リコリスと同じぐらい馬鹿だ。なんだか、魔王(兄)が哀れに思ってくる。
「なぁ、幹部。単刀直入に聞く。お前が学生を誘拐してるのか?」
「はぁ〜? 誘拐ぃ〜? なぁ〜んでアタシがぁ、そんなことをぉ〜、しないといけないのぉ〜?」
クローバーは首を傾げ、眉間に皺を寄せガンを飛ばしてくる。
とぼけている可能性もあり得るが、この反応からするに何も知らなさそうだ。カトリーナも「嘘をついていない」と耳打ちしてくれた。
「誘拐のことは何も知らないのか?」
「知らないわよぉ〜。そんなことしてぇ、どうするって言うのぉ〜? 誘拐するぐらいならぁ、その場で殺すわよぉ〜。誘拐したところでぇ、じぇんじぇーん楽しくないじゃなぁ〜い」
呂律が回らず、くだくだで話すクローバー。闘技場の覇気はどこへやら。今はただの酔っ払い女にしか見えない。
見た目は餓鬼だが、酒が飲めるってことは結構年が言ってるんだよな……。
「なぁ、リコリス。コイツっていくつなんだ?」
「私よりも若いと思う。100歳ぐらいかしら?」
「…………」
まぁ、魔族だしな。人間基準では考えてはいけないし、人間の中にも何百年も生きる者もいる。ほとんどが魔導士だが。
約100歳のクローバーがリコリスよりも若いってことは、リコリスは100歳オーバー。ババァの域を超えている。魔族は見た目に騙されない方がいいってことだな。
「リンデぇーン、アンタはアタシを通さずに誘拐はしてないわよぉ、ねぇー?」
「えぇ、しておりましぇーん」
高い声で答えるおじ様執事リンデン。よく見ると、リンデンの片手にも酒瓶があった。
おい、あんたも酔ってるのかよ。従者なら控えるところだろ、クビになるぞ。魔王(兄)に首を飛ばされるぞ。
呆れしか出てこず大きなため息をつくと、俺は2人の首根っこを掴む。
「もういい、お前ら帰れ」
「へ?」
一瞬にして目の前の景色が変わる。街から離れ、瞬く間に転移していた。ロザレス王国西部にある島の上空にいた。
「凄い、ネルってどこでも行けるんだね」
俺の肩に振れていたカトリーナもついて来ていた。自分で浮遊魔法を使い、浮かんでいる。見たことのない景色に緑の瞳を輝かせ、興味津々に辺りを見渡している。
俺は首根っこを掴まれ、ぷらーんとぶら下がる人妻幹部クローバーとおじ様執事リンデン。急な転移に思考がついていってないのか、呆然としていた。
「犯人を知ってるならこのまま連行するが、部外者には用がない。というわけで、さようならだ」
今は犯人の目的が推測しかできない。犯人の居場所も分かっていない。分かっていないことが多すぎる状況で、日々行方不明者が増えている。
行方不明となった学生が危機的状況に陥っているかもしれないし、今にも死にかけているかもしれない。
こいつらに構っている時間はない。とっとと帰っていただけなければ。
「あと、リコリスに構うのはもう二度とやめてくれ」
「はぁ~? 何であんたなんかに指図されなきゃいけないのよ!」
「そんなに相手が欲しいなら、きっと勇者が相手してくれるだろうから、そっちに当たってくれ」
双子先輩なら喜んで相手してくれるだろう。
「嫌よ! リコリスを! けちょんけちょんにするまではアタシは諦めな——」
「じゃあな、お二人さん。次はサンセット族に相手をしてもらえ」
パっと手放すと、二人は真っ逆さまに落ちて行く。
サンセット族もチェケラ族以上に癖ありだ。魔法も強いが、どちらかといと物理で強い戦闘種族。この前とは違う戦いを楽しめるだろう。
島へと落ちていく魔王軍幹部とその従者。彼らの顔は、噂からは想像もできない腑抜けた顔だった。
★★★★★★★★
結局、休日は犯人の尻尾を掴めるような情報は得られなかった。
だが、リコリスから面白い情報を貰った。
「最近、ラクリアに変な人がついてるみたい。ストーカーみたいな……何かするわけじゃなかったけど、ずっと追ってきてたわ。見た目は普通だけど、変な人だったわ」
ラクリアもまた膨大な魔力を持つ選手だった。




