第107話 天空城塞都市ビローヴァ
「ネル! 見てちょうだい!」
「なんだよ、急に」
昼休み中の教室。
ウキウキのリコリスが手に持つ紙切れを見せつけてきた。
彼女の手にあったのは一枚のチケット。
そこには…………。
「ビローヴァのチケット!!」
天空城塞都市ビローヴァ――――誰もが一度は行きたい場所に名があがる夢の都市。
ロザレス王国における七大都市の一つであり、あのイケメンアイドル勇者様、タウノ・ハラーラの出身学園がある場所だ。
「前に話していた副賞か。なんでそれをお前が持ってるんだよ?」
「先生からもらったのよ。はい、ネルの分もあるわよ」
リコリスは一枚のチケットをくれた。
「先生がレポートさえ書いたら、冬休み前から休みを取って滞在してもいいって言ってたわ」
「ほぉ、それはありがたいな」
前々から興味は持っていたし、試験を終えたこれからは冬休み。
七星祭はゆっくり観光もできなかったし、旅行に行くのも悪くない。
リコリスにもそろそろ遊べる場所をやらないと、いつわーきゃー騒いで爆発するか分からないからな。
「よし! じゃあ、みんなで行くか!」
「やったー!」
俺の返事に両手を上げて大喜びをするリコリス。
その後、悪魔女ははしゃぎすぎて、廊下で魔法を放ち放題し、大混乱。無事、先生に捕まった。
そして、なぜか俺も廊下に正座で座らされ、説教を食らった。
「リコリスさんの面倒を見ているでしょう? 責任もって監督してくださいね」
いや、先生。
俺はリコリスの保護者ではないんですよ。
こいつ、俺よりだいぶ年上のババァですので、むしろ保護者はリコリスの方で…………。
結局一時間ほどの長い長い説教を受け、解放された。
だが、数時間後リコリスはまたトラブルを起こす。
なぜか三年の先輩方と気が合い、みんなで研究棟をオレンジ色に塗りつぶすという極めて奇妙な事件を起こした。
おかげで俺はまた呼び出された。
本当に迷惑な女である。過去リコリスが本当に恋しい。
「何事もなく旅行ができるかな……」
――――いや、無理だな。
絶対トラブルは起きる。
俺たち四人で監視体制を組んで面倒を見るしかない。
でも、せっかくの旅行だしな……。
「面倒だし、もういっそのことリコリスを置いていこうか」
★★★★★★★★
結論から言おう――――俺はリコリスを置いていった。
休暇中にトラブル処理などしたくない。
そう思い、俺は集合時間をずらしてリコリスに伝え、四人で先に出発した。
ゼルコバ学園からビローヴァまでかなりの距離があるし、リコリスが自力で来ることは不可能。
そう思っていたのだが……。
「なんで! 私を置いていったの!!」
なんと、なんと、悪魔女は自力で来た。
「お前、どうやってきた⁉」
「どうやったって、フィー先生に事情を話して、高級長距離移動用転移スクロールを貰ったのよ! 私を置いていくなんて、ネルのバカ! アホ! マヌケ!」
クソっ――――フィー先生、面倒なことをしてくれる。
初めての場所への移動するのに、俺の転移魔法は不安定になることがある。
それが考慮され、馬車や魔導車で移動し、ビローヴァの入口に到着した。
だから、リコリスが頑張れば追いつくことができたというわけだが……。
「本当に来てしまうとは……」
「ネルって本当に最低! みんなで行くって約束したのに! 私だけ置いていって! ちゃんと起こしてほしかった!」
「寝坊する気満々だったのかよ! このやろう……最近のお前は事あるごとにトラブルを起こしまくってただろ! 旅行中に事件なんて起こされたらたまらないんだよ! ニュースにされちゃうだろうが!」
「そんなわけないでしょッ! 私は学園一の優等生よ! トラブルなんて起こすわけないじゃない!」
本気で自分を優等生と思っているのか、胸を張り言い張るリコリス。
はぁ…………もう怒っても仕方がない。
リコリスを家に帰すことなんてできない。
コイツは意地でも帰らない。
「仕方ないな……」
「仕方ないですって!? 私をお荷物みたいに扱って! 今回チケットが手に入ったのは私が大活躍したからで……」
「おい、リナ。リコリスを一回黙らせてくれ」
「了解」
リナはポケットから飴玉を取り出すと、
「リコリス、お前の好きな飴だ。味わって食べてくれ」
リコリスの口に放り込んだ。
「…………」
途端に黙り込む悪魔女。
どうやらお好みの味だったらしい。
ま、こうなった以上本来の予定通りに、五人で行くしかないな……。
見上げれば、空に浮かぶ島。
流れる雲の間に浮かぶそれは幻想的で、見ているだけで気分が上がっていく。
誰もが焦がれる場所なだけある。
天空城塞都市、別名『夢境都市ビローヴァ』――――そこにはカジノもある楽園のような娯楽都市。
夢境都市と言われるのは、アスカのバーチャル世界のような体験ができるからだ。
仕組みは知らないが、何でも眠ればリアルの自分ではできないような体験ができるらしい。楽しみだ。
「チケットを確認します!」
徐々に近づいてくるスタッフの声。
俺の前に並ぶ人々は徐々に少なくなっていく。
そして、ふとゲート先に見えたのはエレベーター。
空島と地上をつなぐのは古めかしいアンティーク調のエレベーターだ。
魔力を原動力として動くそれは、人を乗せる箱だけが垂直に浮き、楽園の空島まで連れていく。
絶対あそこから見る景色は綺麗だろう。
ゲートが近づいていく。
そろそろチケットを出しておかないとな。
と、俺はポケットを探ったのだが……。
「あれ……?」
いや、そんなはずがない。
ちゃんと寮を出る直前に確認したはずだ。
なのに……なのに、チケットはポケットにも、カバンにも、どこにもない。
「あれれっ~? ネルくぅ~ん、そんなに慌ててどうしたのぉ~? もしかして、チケット無くしちゃったぁ~?」
薄笑いを浮かべ、煽ってくるリコリス。
「私を置いていった罰が当たっちゃったようねぇ~? アハッ、残念~!」
この悪魔女……。
「じゃあ、これからネルは帰るのよね。寂しいわ……あ、スクロール余っちゃったから、帰る時に使ってもいいわよ~」
「チッ……」
リコリスは持っていたスクロールを俺に押し付け、ゲートの方へと走り出す。
「ネル、じゃあね~!」
手を大きく振り、ゲートの先へと姿を消していくリコリス。
そして、後ろに並んでいた人たちが俺を越していく。
隣にいたアスカが心配してか、俺に声をかけてきた。
「ネル、本当にチケットはないわけ?」
「ああ、ない。アスカたちはあるんだよな?」
「ええ、私たちのはあるわ。まぁ、チケットは購入もできるはずだけど……」
「かなり高額だYOね~」
ビローヴァは人気なだけあって、チケットは普通に家が買えてしまう価格だ。
また、住民資格がない限り、無料で入ることはできない。
「俺は何とか入る方法を考えるよ……お前らは先に行ってな」
アスカは唇を噛み、俺以上に悔しそうな顔を浮かべる。
「出る時にはあったのよね? なら盗まれたって可能性も……」
「ああ。俺はその可能性も考えて、入る手段を探すよ。だから、先に行ってな」
「…………分かったわ。私たちは先に行ってるから」
「待ってるYO〜。ダメそうだったら、連絡してYO~」
アスカとラクリアはゲートへと歩いていく。
リナとメミはというと……。
「なぁ、ネル。私のを使うか? お前は楽しみにしていただろう? 私は任務で一度入ったことはあるし、別に入らなくても大丈夫だから……」
「いいよ。お前はプライベートでしっかり楽しんでこい。メミも普段から頑張ってたんだ。思う存分遊んでこい」
「ですが、私は兄様と…………」
「リナ! メミ! ネルはどっかでチケットを取ってくるから、大丈夫よ!」
先にゲートを通っていたアスカが叫んでくる。
それでも、リナとメミは惜しそうにして……。
「リナ、メミ。リコリスの面倒をよろしくな。多額の借金になるようなトラブルだけは絶対に避けてくれ」
「わ、分かった……」
「分かりました……」
そうして、リナは心配そうにチラチラと見ながら、アスカに手を引かれてゲートを通っていく。
メミも肩を落としてゲートへと歩いていった。
「…………」
みんなを見送った俺は一人エントランス前で突っ立っていた。
チケットを持った人、住民であろう人々がゲートを通っていき、遊びつくしたであろう人がゲートから出てきて、笑顔で通り過ぎていく。
もう一度バッグの中を探したが、チケットは見つからず。
盗まれた人を探そうにも手掛かりはない。
もう、このまま帰るしかないのかな……。
「ネル・V・モナー」
喧噪の中、名を呼ばれた。
振り返ると、そこに立っていたのは――――。
「タウノ・ハーララ」
ブロンド髪の美しいアイドル勇者タウノ・ハーララ。
スカイブルーとチェリーピンクのオッドアイが俺をまっすぐ見つめる。
なぜだろうか…………誰も騒がない。
アイドル勇者が現れれば、歓声が上がり、時によっては倒れる人もいるというのに、騒ぎになっていない。
何事もなく、タウノの横を人が通り過ぎていく。
まるで、俺意外の人たちにはタウノが見えていないようだった。
「君はここで何をしている?」
「旅行しにきたんだけどな、チケットを無くしてな……帰ろうか悩んでいたところだ」
「そうか」
ドゴォ――――ン。
少し離れた場所から、突然ド派手な爆発音が響いた。
一体何事だ?
「ああ、始まったな――――」
音をした方向へ顔を向け、冷静に呟くタウノ・ハーララ。
彼はそのまま背を向け、歩き出す。
俺が呆然と突っ立っていると、タウノは足を止め、ちらりと後ろの俺を見た。
「ついてこい――――チケットを手に入れる方法を教えてやる」




