やがて世界は怒りに満ちる(1)
リヒターは旅に出た。人生で2度目の旅の出発だった。1度目は村中が見送りに出てくれた。今回は誰にも見られないようひっそりと出掛けた。1度目は結局、帰ってくることはできなかった。今回は、帰るところがもうすでにない。
荷物をまとめようにも、すでにエルソンの病院には人だかりができていた。遠巻きにそれを確認して、着の身着のままで出掛けて来てしまった。誰に助けを求めればいいのかもわからない。なぜ自分が2本の脚だけで歩けてしまっているのかもよくわからない。考えてもわからないことを考えるのは後にして、リヒターは歩いた。太陽が昇ってきた方向、つまり東に向かって歩く。リヒターの知る村の周りとはずいぶんと様子が異なっていた。まず森が半分ほどの大きさになっている。シャンテ村の数倍に膨れ上がったトルア村の人口を支えるため、森林が資材として必要になったのだろう。切株だけが残る区域がいくつもあった。相変わらず岩石が剥き出しになっているヘロダスティア平原は東にはあまり広がっていなかったが、リヒターの記憶より数㎞ほど拡大していた。
(死体だ)
白骨のみを残した死体が道路脇に転がっている。遺品は何も残っておらず、頭蓋骨に申し訳程度に残った毛髪以外には骨しかない。全身が綺麗に残っていることから考えて、行き倒れか。頭蓋骨以外は土に半分ほど埋もれている。ポツリと1体だけ転がっているように見えた死体は、道に沿って延々と東に向かって点在していた。
リヒターは数を数え始めた。1つ、2つ、3つ。時折布切れのようなものが残った骨もあった。地面に数㎝埋もれており、放置すればいずれ完全に地面に飲まれるだろう。或いは風化するだろうか。8つ、9つ。柄だけになった剣が捨てられている。この死体が生前使っていたものだろうか。まさかとは思うが、ここで戦争があったとは考えにくい。隣国からも離れた帝国の内陸部だ。14つ。15つ。気づかなかったが、この死体の骨は埋もれているのではない。「押し潰されている」のだ。
死体の数は全部で27つ。
最後の死体には、見覚えのある服が残っていた。
「……、レック」
また会えたな、レック。この54年の時を飛び越えて、やっと。思考はそんなことを考えている。しかし、身体は言う事を聞かない。右手がガタガタと震える。右ひざに力が入らない。右目から涙がこぼれる。視界が真っ暗になりそうだ。
「レック、くそ、レック…」
何も言葉が頭に浮かばない。元々口がうまいほうではなかったけれど、別れの言葉が言えないほど僕は愚かだったろうか。
「ちくしょう…こんな…ちくしょう…」
レックの服を掴む。ボロボロと千切れ、手の中には小さな布きれしか残らない。それさえも握れば粉々になってしまいそうだった。
しばらくの間リヒターはそこにいた。やがて、レックの骨の前にかがみこむと、レックの右手親指の骨を拾い上げた。力を淹れた瞬間に崩れそうだったが、千切ったシャツの布でなんとか包むと、大事そうにポケットにしまった。
「じゃあ、僕は行くよ。君のことは絶対に忘れない」
既に日が暮れていた。リヒターは月明かりを頼りに、東へ歩いた。
気が付くと2か月開いていました。他サイトで他の作品を書いていたからです。こちらも忘れたわけじゃありません!プロットを見返して「何言ってんだコイツ」とかなったりしてません!!!恨むぞ2か月前の僕!!!
お読みいただいてありがとうございました。次回更新は近日の予定です(白目)