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フレッドとレクチェ

 その夜――、悲痛なアップルの叫びがバーンズ家に響き渡った。


「ワシはダフネの家に行くのじゃ! ついてくるでないぞレクチェ!!」

 なんとか貞操の危機を脱したアップルは、レクチェの魔の手から逃れた。そして、彼女は瞬間移動を使い、淫らな行為で乱雑したリビングから姿を消す。


「チッ……、私にも瞬間移動の機能を搭載してあれば追いかけるのだが……」 

 獲物を取り逃して歯がゆい思いをするレクチェ。しかし、悶々《もんもん》としたレクチェも眠気には勝てず、テレビを付けたままソファーに寝転がってしまう。


「明日にでも……実戦で試したいものだな……。フフッ…………」


フレッドの用意した毛布にくるまり、痴女らしからぬ子供らしい寝顔で、レクチェはスヤスヤと静かに就床しゅうしょうする。


「むッ……。今、何か凄い寒気が……?」

 2階で寝ていた灰賀の背筋に冷たいものが走り、ビクッと一時的に跳ね起きる。白いTシャツにトランクス一丁の彼は、再びイビキをかいて眠りにつく。


「俺、百合モノの漫画大好きだから……。生プレイはさすがに股間に悪すぎるぜっ! いやぁ~良いの見れたなぁ……ふぅ…………」


 一方、隣の部屋のフレッドはやけにツヤツヤした笑顔で、自家発電にいそしんでいたようだ。ベッドの横に置いてあるゴミ箱の中が、使用後のティッシュのせいでてんこ盛りになっている……。

「スッキリしたし、ぐっすり眠れそうだ…………」


 こうして、深夜に起こった珍騒動は幕を閉じたのであった――――。



 朝方、9時を過ぎたあたりでフレッドがゆっくりと起床する。

「ふわぁ~~、よく寝たぜ。アップルはどこかに行ってんのかね」


 1階に降りてみると台所に居たのはレクチェのみで、彼女は気長にロールパンをかじっていた。セミロングの緑髪がちょうど椅子の背もたれ部分ににかかり、アップルより少し背が高いくらいのレクチェはちょこんと座っていた。


「ようやくお目覚めかフレッド・バーンズ。ちゃんと顔を洗っておくのだな、貴様のアホ面も多少なりともマシになるかもしれないからな。ウフフッ……」


 口の悪さは相変わらずだが、その台詞が的を射てるのは確かだ。現に、フレッドの顔はレクチェを好色そうな目で凝視し、 デレデレして奇怪な顔をしている。


「やはり、パンにはブルーベリージャムに限るな……、ムシャムシャ」

(朝から、こいつのエロさはヘビィだな……)

 少し呼吸を整えて、レクチェに話しかけるフレッド。


「今朝はアップルが家に居ないみたいだけど、ハイガさんも出かけたのか?」


「あぁ……町の修繕に尽力するそうだ。どこぞの公僕と違って立派な男だな」

 これで2度目――、何故かレクチェはフレッドに対して異様に毒づく。取り付く島もない状態になったフレッドは仕方なく、レクチェの食事の間にゴミ出しに行く。


「今日は〈デスイレイサー〉との対策をみんなで考えるって聞いてたんだけど……。各自バラバラに動いてて大丈夫なのかなぁ……」

 

 フレッドの家の周辺は比較的に人通りが多い方である。溜まったゴミ出しのついでに、フレッドはお隣さんに軽く挨拶をして友好関係を築く。

「町の周辺のゾンビを掃除して頂いて、本当に助かってますわ保安官さん」


「いえいえ、これも本職の任務ですので……」

 40代くらいのご婦人に褒めてもらい、やる気に熱が入るフレッド。

 

 単純な性格の彼は、やはり褒めて伸びるタイプのようである。普段のアップルからは叱咤激励しったげきれいが当然なので、このようなやり取りが意外にも重要なのだ。

 

 程なくして、自分の家に戻ったフレッドは、ちょうど朝食を終えたレクチェに思い切って話しかける。

「なぁ……。今からレベリング行くんだけど一緒に付いてこないか?」


「フフン……、私をナンパするとは良い度胸をしているな?」


「いや、一応ナビゲーターなら手伝ってくれてもよくね……?」

 少しだけ間を置いてから、彼女は真顔になってフレッドに応える。


「言われてみれば……、確かにそうだが…………」


「じゃあ……、いっちょ狩りに行こうぜ。早くパペット・マスターの顔面ぶん殴ってやりてぇけど、着実にレベル上げもしないとなっ!」


 しぶしぶといった感じで、レクチェはフレッドの横を不満そうに歩く。今日は白い霧もほとんど見えなくて、珍しく町も外出する人でごった返している。


 レクチェの服装は上半身を肩フリルで飾り、襟付きの黒い布地で覆っている。しかし、胸の谷間はぱっくりと開いており、また下半身は黒いローライズパンツが丸見えの状態だ。

 カラーストッキングなどを着けている分、アップルよりかは露出度が低いのかもしれないが、過激なコスチュームなのは変わらない。


「アップルと一緒に歩いてた時も変な噂が流れたし、これでまた俺の知名度が上がっちまうなぁ…………」


「私のせいと言いたげだが……、貴様が変態なのは周知の事実だろう?」

 と、レクチェは流し目でニヤニヤしてフレッドを小ばかにする。


 ナビゲーターのレクチェを逆の立場のフレッドが町を案内しながら、徒歩20分で防壁の場所に辿り着く。華奢なレクチェだが歩き疲れた様子はなく、意外と体力があるみたいである。

 

「まぁ、とりあえずお手並み拝見といこうか……。フレッド・バーンズ」

 来る途中で立ち寄ったスーパーで仕入れた、洋梨のリキュールをレクチェはぐいっと飲み始めた。ゾンビを眺めながら、お酒を飲むというのは悪趣味にも思える。


「朝っぱらから、女の子が飲酒かよ……。ていうか、こんなところでアルコール摂取とか普通に犯罪なんだぞ? おまわりさんだよ、俺?」


 実は……アメリカのほとんどの州で、『公共の場での飲酒』を刑法で禁じている事が多い。さらにお酒を購入する際にも、必ず店員に身分証明書の提示が義務付けられている。日本と違ってアルコール事情はかなり厳しいようだ。


「……仮想世界でそんなに目くじらを立てることもないだろう? 貴様は変なところで殊勝しゅしょうな態度をとるな。普段はエロい事しか考えていない癖に」


 バリア内の整地された砂地で、中腰になり大胆にも股を開き、蹲踞そんきょのモーションを取るレクチェ。

「エロの権化が言うセリフかー!」


「フフン……。とやかく文句を言う前に、早くアンデッドを倒せ」

「クソォ……、あいつのオッパイとかフトモモがちらついて集中できねぇぜ」


 ――――そうこうして、3時間に及ぶレベル上げの課題をこなしていく。

 


 午前12過ぎになり、レクチェの機嫌を取るために昼飯を食べに行くことになった二人。再び来た道をUターンして、町中に飲食店を探しに戻る。

「ひぃー……、マジでやばかったぜ。サンキューなレクチェ!」

 レクチェの妥当なアドバイスを活かし、フレッドはレベルを23にまで引き上げていた。倒した際の、めぼしいアンデッドはB-ランク4匹+αといった具合だ。


「マズいぞ、急いで身を隠せ……。フレッド・バーンズ!!」

「ん……? どうしたんだ?」

 声をひそめてレクチェは注意を促す。


「……アレはパラサイダーの〈寄宿者〉だ!」





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