変遷
夏が近づいていた。
湿り気を帯びた風が肌にまとわりつき、夕方の空は少しずつ赤みを増していく。
何かが始まる前触れのような、落ち着かない季節だった。
周りは、確実に変化してきている。
コウスケはバスケ部だ。
朝練、夕練と予定がびっしり詰まった毎日。それでも、ミニ四駆に費やす時間だけは残してある。
練習帰り、汗だくのまま閉店間際のみつば屋に現れ、無言でマシンを走らせる。
その姿は、以前よりも少し大人びて見えた。
疲労が抜けきらないはずなのに、走りを見る目は鋭い。
コースアウトした瞬間に原因を探り、ローラーの角度やブレーキの当たり方を調整していく。
確実に、速くなっている。
ユリはテニス部に所属している。
部活、勉強、ミニ四駆。どれも疎かにしないよう、ノートにはびっしりと時間割が書き込まれていた。
ラケットを握る姿は意外と様になっていて、周囲からも注目されているらしい。
2人ともスポーツは、かなり得意だ。
学校の中でも一目置かれる存在になりつつあった。
俺は、緩めの文化系の中から科学部を選んだ。
活動が比較的穏やかであること。
そしてもう1つ、ミニ四駆に応用できる知識が得られないかと考えた結果だった。
学校にある備品を、ひとつずつ確認していく。
摩擦、慣性、抵抗。
教科書の中の言葉が、頭の中でコースと重なっていく感覚がある。
そんな変化は、みつば屋にも現れ始めていた。
知らない顔が明らかに増えた。
ジャパンカップを2連覇したユウの行きつけの場所が、人伝でいつの間にか知られるようになった。
その速さを一目見ようと、県外からも遠征してくる猛者が現れる。
週末には人だかりができる日もあった。
それによって、問題が起きた。
知らない人に囲まれ、次々に話しかけられる。
質問の内容はだいたい決まっている。
速くする方法は何か。
どこを、どう改造しているのか。
そのたびに、安定のキョドりが発動する。
さらに厄介なのは、目を離した隙に勝手にマシンに触り、内部を覗き込もうとする人間が出てきたことだ。
シャフト部に詰めたスペーサーやワッシャー。
モーターの位置出しのために貼り付けたスポンジ。
ほんの数ミリの違いが走りを変える、その積み重ね。
この部分だけは絶対に見せたくなかった。
気づけば、みつば屋は居心地の良い居場所ではなくなっていた。
この店以外に近くで走らせられるコースはない。
うまく折り合いをつけるしかなかった。
唯一の救いは、みつば屋のおばあちゃんが、店の繁盛を心から喜んでいたことだ。
レジ越しにニコニコと笑うその姿を見ると、複雑な気持ちの中にも、少しだけ嬉しさが混じる。
ユリは、カラーリングに相当手こずっている。
何度もマスキングテープを作っては作り直し、塗装もプラコップで練習を重ねていた。
妥協しない性格が、はっきりと表れている。
コウスケは着実に速くなっている。
もう、うかうかしてはいられない。
ジョンは、ユリの最終回用のマシン制作に本気だった。
塗装案を広げ必要な材料を書き出していくと、どうしても予算が足りない。
新作のアニメグッズを横目で見るだけに留めた。
いつもなら迷わず手に取っているはずのものだ。
だが、何も言わずに視線を外す。
そして、メモ帳の数字を静かに書き直した。
「……師匠の頼み。これは、拙者の作品でもあるでござる」
それだけ言って、ジョンはユリとの作業に戻った。
そして俺は――。
夏は、もうすぐそこまで来ている。




