038 騎士の葬列
「ど、ドワイト団長! どうか正気に戻ってください!」
「馬鹿っ、話が通じるように見えるのかよ!」
「⋯⋯そうだね。どういう絡繰なのかは分からないけど、ドワイト団長はもう人間じゃない。魔物と魔人──両方の気配がする」
ミゲルの言葉に、騒いでいた他の騎士たちがハッとする。彼らも同じものを感じ取ったのだろう。
バキバキと骨の割れるような音を立てて、ドワイトの額から突き出している角が長く伸びていく。おとぎ話に出てくる悪魔のような、怪物のような姿になれ果てた男は人の言語ではない叫びをあげる。
「ラズ、これは一体⋯⋯」
「あたしにも分からない。でも確かに、あの鎧には防壁魔術だけじゃなくて、魔力を抑えるような式も刻まれていたわ。それが彼のこの、魔物とも魔人ともつかない姿を隠すためだったとしたら⋯⋯」
ひそひそと怪しまれない程度に顔を寄せて囁かれた内容は、ラズにとっても予想外の、考察途中にある考えなのだろう。無意識に爪を噛もうとする彼女を止めながら、アリソンも考える。
「もしかして、レインナートがやったんでしょうか? 魔人を殺すために」
「アイツは魔人を憎んでいるのよ、それなのに仲間を魔人に近づけるなんてことは⋯⋯いえ、するかもしれないわね。あの男は魔人を殺すためならなんだってするし、自分以外の人間は人間とも思っていないんだもの」
そうだとしたら、なんて恐ろしい話だろう。仲間をこんな、訳のわからないキメラのような状態にしてしまうなんて。
身の毛がよだつ想像に、アリソンは身震いする。
「君たち、ここから先は僕たちで戦う。君たちは下がって、」
「いえっ、私たちも戦います!」
「そうね。今さら船を降りるような真似はできないわ」
「⋯⋯だけど、さっきとは状況が違うんだ。ドワイト様を気絶させるんじゃなく、きっと僕らは⋯⋯」
殺すしかない、と。
その一言を絞り出せず、俯いたミゲルの肩にアリソンは手を乗せる。
「⋯⋯もしかして、気を遣ってくれてる? 大丈夫、これ以上被害を出すわけにはいかない。覚悟はできてる」
「ハンフリー、お前本気で言ってるのか!? ドワイト団長を殺すなんて出来るわけねえだろ!?」
「おい、やめろって! 仲間内で争ってる場合じゃないだろうが!」
「お前は団長に声をかけてもらったことがないから、そんな冷淡なことが言えるんだよ! あの人がどれだけ部下思いだったのか知らないから⋯⋯!」
「だからです、先輩」
「なんだと⋯⋯?」
落ち着いたミゲルの言葉に、感情的になっていた先輩騎士も少し冷静さを取り戻したようで、握っていた拳をわずかに緩める。
「確かに僕は、ドワイト様に直接指導を受けたこともなければ、個人的にお声がけをしてもらったこともありません。ですがあの人が高潔な騎士であり、部下思いの団長であったことは疑うべくもない事実。⋯⋯そんな人が、多くの人間を殺すことを望むはずがない。そうは思いませんか」
「ハンフリー、お前⋯⋯」
「⋯⋯彼の言う通りだ。団長のためにも、団長を殺すしかないんだ⋯⋯!」
「くっ⋯⋯それしかないのか⋯⋯」
感極まっている彼らから少し離れたところで、アリソンは目を伏せる。
自分にとってドワイトは仇の一人でしかなく、どのみちいつかは殺していた相手で、だから彼らに共感することはできない。
けれど、尊敬する人や、大切な人をこの手にかけなくてはならないということがどれだけ絶望的なことなのか、どれだけ悲壮な覚悟を迫られているのか想像することはできる。例えば、ラズが自我を消されて、暴走していたら。自分は、彼女を殺せるのか。彼女はそれを望むだろうからと、剣を向けることができるのかと言われれば⋯⋯無理に決まっている。
ラズが異形と化したとして、それが彼女を殺す理由になんてなるはずがない。亡きイグニスのためにも、そしてそれ以上に自分のためにも、彼女を殺すなんて不可能だ。ラズを殺してひとりぼっちになるぐらいなら──なんて、後ろ暗い想像が頭を駆け巡る。
けれど、彼らはその覚悟を決めたのだろう。言葉にしなくても、互いに顔を見合わせたその表情からそれが窺える。
「⋯⋯分かった。ハンフリー、一緒に団長を止めるぞ!」
「ああ、たまには先輩らしいところを見せないといけないな。みんな、行けるか!?」
「いつでもいけます、隊長!」
先輩らが声を張り上げると、集まっていた他の騎士たちが口々に返事をする。ミゲルの階級はわからないが、少なくとも彼らは幾らかの団員を率いる立場にあるらしかった。
先に答えた面々に続き、ラズがちらりと横目だけアリソンによこして応じる。
「これ以上被害が広がる前に食い止めるわよ」
──わかってるわよね、と蒼が瞬く。
「はい⋯⋯!」
──分かっています、と赤を帯びた灰が見つめ返す。
あまりの事態に誰も言及していないが、これ以上戦いが長引けば勇者レインナートが出てくることは確実だ。そしてそうなった場合、ドワイトを倒すどころかアリソンとラズの命が危うくなる。
だから、勇者が出てくるよりも早く自分達の手でドワイトを殺さなくてはならない──正確には、ラズは「暴れ出した男から観客や陛下を守った騎士たちとその協力者」という地位を確立させようと考えていたのだが、アリソンはそこまでは考えが及ばないし、ラズもそこまで伝えるつもりはない。
早急にドワイトを殺す。それだけ通じれば充分だ。
「さあ、一気に攻め落とすぞ!」
誰かの号令と共に、騎士たちは陣形を組み、アリソンとラズは各々の武器を構え、全員がドワイトに向かって切り掛かった。
◇◆◇
アリソンやミゲルたちがドワイトと交戦していた頃、地上では、人々を押し退けて地下から舞い戻ったレインナートに注目が集まっていた。
つかつかと地上へ戻ってきたレインナートは、ものの数秒で、およそ考えうる中で最悪の事態であることを理解する。
──こんなことになるのなら、ドワイトの参戦を許可するんじゃなかった。
今さらだと分かっていても後悔が頭に浮かび、舌打ちしながら彼の元へ向かおうと足を向けた途端、蠅のようにどこからともなく湧いてきた兵士に呼び止められる。
「お、恐れながらレインナート様、陛下がお呼びで⋯⋯」
「そんなことは後回しにしてくれ。今はドワイトが、」
「私の呼び出しを『そんなこと』呼ばわりとは、肝が据わっているな? 勇者よ」
頭上からかけられた言葉に、レインナートは仕方なく立ち止まる。
老いぼれは老いぼれでも、中途半端に権力のあるある老害ほど面倒なものはない──そう思いながら、レインナートは笑顔を作って振り返る。
「⋯⋯陛下。どうしてこちらに?」
「騒ぎを知ったお前は必ずこちらにくると思ってな」
「それはそれは、ありがたいことですね。王妃様の方は──」
「王妃も幾分か落ち着いたことだし、邪魔は入らん。さあ、聞かせてもらおうか、ドワイト・ダーモットが人間ではなくなっている理由を」
「お言葉ですが、話は後でも構わないでしょう。ドワイトを落ち着かせて、人々を守るのが勇者である俺の務めだと思いますので。失礼します」
最低限の礼儀だけを取り繕い、先を急ごうとしたレインナートを国王の手が制止する。
思わず、邪魔をするなと国王を睨みつけたレインナートの眼差しに、近くにいた兵士が「ひっ」と声をこぼす。しかし、相対する国王は一歩も引かず、勇者の視線を受け止めて答える。
「なに、ドワイトのことなら心配はいらん。優秀な騎士と少女たちが『討伐』してくれるだろう」
◇◆◇
『繝ゥ繝輔ぃ繧ィ繝ゥ縺ッ縺ゥ縺薙□!!』
狂ったように何かを叫びながら剣を振り上げ、地を砕くドワイトに、アリソンやミゲル、その他の騎士が切り掛かり、何人かが吹き飛ばされ、そして何人かがその場で耐える。
「くそっ、こんなもんやってらんねえよ!」
「いいから突撃しろ! 攻撃の隙を与えるな!」
「無茶言わないでくださいよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう、早く!」
炎の壁で攻撃を防ぎ切ったアリソンは、前線で飛び交う怒声の数々に思わず苦笑する。
短い間だが、彼らと共闘して分かったことは、彼らは規律のとれた団体のようであって、決してそうではないということだ。
例えば、先ほど言葉を交わしたミゲルやその先輩の騎士たちは、純粋にドワイトを止めたい一心で武器を振るっているけれど、民衆を守ったという手柄だけが欲しい騎士や、命令するだけで何もしない上層部に不満を持つ騎士なども中にはおり、中には敵前逃亡を企んで引きずり戻されていた者もいる。
昔、幼馴染のジョアンから聞いていた高潔で英雄めいた騎士像とかけ離れた姿に、なんとも言えない気持ちになる。
「おい、ハンフリーってはどいつだ?」
「え? えっと、緑の髪の毛のひとです。今は⋯⋯」
「あそこよ」
急に声をかけられ、反射的に答えながらミゲルの姿を探したアリソンに、近くを走って行ったラズがすれ違い様にミゲルの居場所を指し示す。そのまま軽やかに駆けて行った彼女は、ドワイトの足元に氷を出現させて一瞬動きを止め、その隙に毒を塗った短剣で攻撃を与えていく。
自分も頑張らなくては、と気合を入れ直したアリソンの隣で、声をかけてきた男が「参ったなぁ」と頭をかく。
「もしかして、ミゲルさんに用事ですか?」
「ああ、ハンフリー家の従者がさっき預けて行ったものがあるんだ。これを渡して欲しいらしいんだが⋯⋯」
男が指した長方形の箱はかなり大きく、アリソンの身長と同じぐらいはあった。
しかもそこそこの重量があるらしく、男はその箱を困惑した顔で引きずってきたようだ。ミゲルのいる前線と、今いる一歩引いた地点を交互に見ている男に、アリソンは「近くまで一緒に行きましょう」と声をかけた。
「いいのか?」
「はい。私も、もっと近くに行こうと思ってたところですし⋯⋯ミゲルさんのところまで守りますよ」
「助かった、ありがとう!」
男と自分の周囲に炎で壁を作り、アリソンは彼が重たい荷物を引きずるのを手伝って歩く。
時折吹き飛ばされてくる騎士を助けつつミゲルの姿がよく見えるところまで近づき、アリソンはすうっと息を吸って口を開く。
「ミゲルさーん! 少し来て欲しいんですけどー!」
声を張り上げたアリソンに、ミゲルの周囲の騎士たちが「戦ってる最中に何を」と言いたげな一瞥を寄越す。
しかし、アリソンと隣にいる騎士が持つ巨大な箱に、ミゲルは何かを察したようで前線を仲間に任せるとすぐにアリソンたちの方へと駆けつけてくれた。
「ハンフリー君、君のところの従者から預かったものなのだが」
「ああ、ありがとうございます」
ミゲルを探していた彼でさえも、こんな緊急時に何を、とありありと顔に書いているが、ミゲルは予想していたことのように簡潔に礼を言って箱を切り開く。
中から出てきたのは、この場の誰の身長よりも大きな盾だった。アリソンが左手につけている木製の丸い盾とは違い、金属でできたそれには美しい紋章が刻まれており、こんな時でなければ見惚れてしまうぐらい細かな細工が施されている。
すごいなぁ、と目を丸くしたアリソンの隣で、箱を運んできた男が驚いたように口を開く。
「それは⋯⋯ハンフリー家の紋章か?」
「うん。よく分かったね」
「へえー、綺麗ですね」
「⋯⋯ありがとう」
思ったことをそのまま言うと、ミゲルは下を向いてそう言う。俯いた彼のうなじが少し赤い。
そんなやり取りをしていたところに、ミゲルの先輩騎士が焦れたような声をあげて割って入ってくる。
「おい、そんなもの持ってきてどうする気だよ!?」
「攻撃を防ぐために使う」
「いや、それは分かってるっての! そういうことじゃなくて⋯⋯」
彼が言い終わる前に、ミゲルは無言で大盾を構えた。
ピリリとした空気が流れ、誰もが彼に注視する中、大盾は薄緑の光に包まれ周囲に防壁魔術の式が浮かび上がる。
「こいつは⋯⋯魔術具か!」
「魔術具?」
「さっき、ドワイトの防具にも色々な魔術がかかっていたでしょ。ああいう風に、魔術のかかった装備のことを魔術具と言うのよ」
「彼女の言う通りだ。そして、このハンフリーの大盾は、盾を中心にして防壁魔術を展開できる。ハンフリー家の血縁者にしか扱えないけど、僕の魔力が尽きるまでは向こうの攻撃をかなり軽減できるはずだ」
そう言って、ミゲルは大盾を前へ前へと押していく。
ピクリと反応したドワイトが武器を構え、こちらに一歩進み出る。
「彼の攻撃は僕が受け止める。みんな、攻撃は任せてもいい?」
ミゲルの言葉に、集まっていた騎士たちと、そしてアリソンは頷いた。
◇◆◇
「討伐だと? ふざけるな、ドワイトは俺たちの仲間だ!!」
怒りを抑えきれないレインナートの言葉に、地上にいる者や、階段付近にいる人々は思わずそちらへと視線を向ける。
そんな彼と対峙する国王もまた、一歩も引かぬ姿勢を見せていた。
「ならば、あの姿はどう説明する気なのだ。どう見ても人間では無いだろう」
「見た目なんか些細な問題だ!」
「その身に宿る力が魔の物だというのにか?」
国王の反論に、レインナートは言葉に詰まる。
ドワイトの身体が今や何で構成されているのか、一番分かっているのは彼だった。
ゆっくりと息を吸い、そして深く吐き出し、凪いだ表面を取り繕った勇者は再び口を開く。
「⋯⋯ドワイトは俺の仲間です。俺の、俺たち勇者一行の英雄の一人だ。それを『討伐する』というのがどういう意味なのか、分かってて仰っているんですか? 魔人を倒せるのは──」
「魔人を倒せるのは、勇者だけだ。勇者たちではない。この騒ぎを不問にしてまで助ける利益が私にあるか?」
「⋯⋯利益、ね。利益でしか人を助けられない人間には分からないでしょうね」
「安い挑発には乗らんぞ」
「分かっていますよ、陛下。とにかく、この件は俺に任せてくれませんか? 討伐するにしても、騎士たちでは力不足でしょう」
怒りをぶつけるのではなく説得する方向へと舵を切ったレインナートは、再びにこやかな笑顔を国王に向ける。
しかし、国王は顔色を変えずに問い返す。
「それはどうかね?」
「⋯⋯なんだと?」
勇者が眉を顰めた時、闘技場も中央から緑色の光が放たれる。
ミゲルがハンフリーの大盾を発動させたのだ。
「陛下、あれはハンフリー家の⋯⋯!」
「分かっておる」
満足げに頷いた国王の横で、レインナートが拳を固く握る。
そこから少し離れたところで、明るい茶髪の少女が半壊した客席の間を走り抜けて行った。
◇◆◇
ミゲルがハンフリーの大盾を発動させたことで、戦況は大きく変わっていた。地を砕き、観客席を半壊させたドワイトは、今や防戦一方になっている上、鎧に施されていた防壁魔術をラズに解除されたため、彼は全ての攻撃を自らの武器だけで防ぐ必要があった。
「今が好機だ、総員突撃!!」
「炎の竜!!」
『辭ア縺?李縺?◎繧後〒縺?>豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺ーーー!!!!』
騎士たちの突撃に合わせて、アリソンが炎から生み出した巨大な竜がその口から火を吐く。大きく立ち昇った炎の柱に包まれたドワイトの喉から、つんざくような絶叫が放たれる。
痛みに呻いているのだろうか、助けを呼んでいるのだろうか、それとも。
「動きが止まったわ、今よ!」
「はい!」
ラズに呼ばれるまま、アリソンは地面を蹴ってドワイトへと向かう。
しかし、ドワイトも伊達に騎士団長を務め、また勇者一行の英雄の一角を担っていたわけではない。荒い息を吐きながら、彼はアリソン──ではなく、大盾を構えたミゲルに向かって大きく剣を振りかぶる。
「ぐ⋯⋯っ!」
「ハンフリー! くそっ、びくともしねえ!!」
「おい、団長をハンフリーから引き剥がせ! このままじゃ大盾が⋯⋯!」
防壁魔術にヒビが入っただけでなく、攻撃を受けている大盾自体がミシミシと軋んでいく。歯を食いしばったミゲルの姿に、騎士たちが援護に入るが、ドワイトはびくともしない。防壁魔術こそ解けたものの、重鎧は固く、堅牢な城壁を相手にしているようなものだった。燃え上がる自分の身体にも頓着することなく、ドワイトはひたすらに大盾を砕こうとしている。
身体の表面が黒く焦げていくのに、それに構わず攻撃を続けられるのは、その身体が人間ではなくなっているからなのか。腕を切り落とそうにも籠手が邪魔で阻まれる。こうなったら炎を強めて燃やし切ってしまうしか──アリソンがそう考えてミゲルを救おうと炎を操作した時、ラズが上からドワイトの肩に飛び乗り、その首に短剣を刺した。
『險ア縺励※縺上l縲∝ヲサ縺ォ莨壹>縺溘>縲√Λ繝輔ぃ繧ィ繝ゥ!!!』
鱗めいたものに阻まれて、短剣は首を貫くには至らない。だが、大きく叫び声を上げたドワイトの手から力が抜ける。
「即効性の毒よ、数秒だけ確実に動きを止められる! 今よ!!」
ドワイトから飛び降りたラズが、己の手の火傷にも構わずに叫ぶ。
よろめいたミゲルを近くにいた騎士が助けるところを横目に見たアリソンは、誰よりも早く、ドワイトの鎧の金具を切り落とす。
そして、無防備になったその心の臓に向けて、剣を振りかざし──
「アリソンっ! ミゲルっ!!」
──客席の方から響いたその声は、ひどく聞き覚えのあるもので。
『あのさ、離れてても、友達だーって思っててもいい?!』
頭を駆け巡った懐かしい顔、懐かしい日々に、反射的に振り向こうと身体が捻ろうと、
「アリス!!」
「⋯⋯っ!」
ラズの声にハッとする。
だめだ、今はまだ過去を振り向いていい時じゃない。今は前だけを、敵だけを見つめなくては。
忍び寄る感傷を振り払い、アリソンは剣を一気に振り下ろす。
炎を纏った剣は難なく男の心臓を貫き、彼の口から血が溢れ出て地面が赤く染まる。
その様子を見ていたラズが近くまでやってくる。燃え盛っていたドワイトにあんな風に飛び乗って、火傷は大丈夫なのかとアリソンが口を開きかけた時。
「繝ゥ、ッ⋯⋯」
ドワイトの手がよろよろと伸びて、ラズの頬に触れる。咄嗟にラズを庇うように進み出たアリソンだが、すぐにその必要はないことに気が付く。
彼にはもう、殺意も敵意も、何もなかった。
空虚な瞳に僅かな光が灯って、そして静かに消えていく。
「ラ、フィ⋯⋯」
最後の最後に彼は、人の声で、人の言語を紡いで、息を引き取った。
彼が今際の際に残したものが意味するものをアリソンは知らない。けれど、まるで久しく会えなかった者に再会したかのような、淋しくも温かく、満ち足りた声だったことが頭から離れなかった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
ちなみにドワイトが叫んでいる文字化けには一応意味があり、上から順に、
「ラファエラはどこだ」
「熱い、痛い、それでいい、ここはどこだ、家族に会いたい」
「許してくれ、妻に会いたい、ラファエラ」
みたいなことを言っています。
人間には聞き取れない言語なので、誰も彼が何を言っているか分かっていません。
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