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村娘Aが勇者を殺すまで  作者: 藤森ルウ
第3章 悪夢編
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幕間 勝者の晩餐



「なんでだよ!!」


 王都の中心区、湖に囲まれた美しき王宮の一室に、少年が癇癪を起こす声が響いた。

 息を荒くして机に拳を叩きつけているのは天才魔術師と呼ばれたセネカであり、彼の相手をしているのは、赤い巻毛のマルガリータであった。

 感情的になって立ち上がった彼とは対照的に、椅子に座ったままのマルガリータはひどく冷静な面差しで、少年を見据えている。そのこともまた、セネカの苛立ちを加速させた。


「なんでだよ、なんでお前がまだここにいるんだよ! 裏切り者のくせに!!」

「あら、ひどいわ。裏切り者だなんて、なんの証拠もなく言うことじゃないわ」

「証拠ならあるさ! 朝一番に勇者様に渡してきたんだから!」


 憤慨した様子のセネカを、マルガリータが一瞥する。露出の多い衣装や元踊り子という経歴からは歪なほど聡明さを携えた紫の目で見つめられ、セネカは反射的に身を竦めた。だが、彼女の一瞥にはただの一瞥以上の意図はなかったらしく、すぐに興味なさげに瞳を逸らされる。

 マルガリータのただの一瞥に恐怖を感じたという事実が、セネカのプライドをズタズタに引き裂き、怒りのまま彼はテーブル上のティーカップを地面に払って落とす。

 

「ちょっと、それは私の──」


 急に割り当てられた自室にやってきたかと思えば、癇癪を起こし、更にはカップを割られたマルガリータは、流石に咎めるような目線を送るが、セネカはそれを「うるさい!」とかき消す。


「うるさいうるさいうるさい!! なんで勇者様はお前を罰しないんだよ! お前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに!!」


 元はと言えば、セネカが使い魔の鳥を聖都に放ったのはただの気まぐれだった。旅の間にむしゃくしゃしたときに、虐げられる聖女の姿を見て溜飲を下げようと思った、思いつき程度の行動。

 それなのに、使い魔を通して見たのは、暴走した大司教が聖都を破壊する様子だった。

 それを止めた鈍臭そうな小娘二人も気になったが、それよりも偽の聖女の存在の方が問題だ。大司教に姪がおらず、にもかかわらず偽の聖女を姪だと思い込んでいたのであれば、確実に誰かに認識を弄られていた事になる。

 そして、偽の聖女が「マルガリータ様に報告しなくちゃ」と言うのを、セネカは使い魔の鳥を通して耳にした。


 ならば犯人は明白だ。目の前のこの軽薄な女が、大司教を操っていたに違いない。

 それなのにどうして彼女は今も、王宮内にいることを許されているのか。涼しい顔をしたマルガリータに対する軽蔑を隠すことなく曝け出して、セネカは彼女を糾弾する。


「幻覚だけじゃなくて洗脳もお手の物だなんて、そんな薄汚い奴をどうして勇者様が重用するのか分からなかったけど、大方身体でたらし込んだんだろ。それでも証拠を見れば目が覚めると思ったのに、なんでお前は追い出されもせず、のうのうとここにいるんだよ! 下賎な人間は下賎な人間らしく地面に這いつくばってろよ!!」

「⋯⋯頭でっかちねえ。そんなことも分からないの?」

「ふざけるな! その見下したような目をやめろ! 今すぐに!!」


 パリン、と部屋の窓ガラスが割れる。

 怒りのあまり魔力を抑制できなくなったセネカの、膨大な魔力を受けて割れたのだろう。それに目をくれることなく、マルガリータは、肩で息をしながら睨みつけてくるセネカの両頬を手で包み込み、ぐっと鼻先が触れるほど顔を近づける。突然の出来事に、思わず息を止めたセネカに、彼女は扇情的な赤で彩られた口を開く。


「レイはねえ、あなたよりも私を信じているのよ。あなたのいうところの、地面に這いつくばっていればいい下賤な私のことを、天才魔術師のあなたなんかよりも、ずっとずっと、ずーっと信頼しているのよ」

「っ、離れろよ! 離せ、僕に触るな、この⋯⋯っ!」

「どうして? 嫌なら突き飛ばせばいいのに、それをしないのはあなたでしょう。大体あなた、説得力がないのよ。いつもいつも私を見下して詰って蔑みながら、私から──いえ、私の身体から目を離せないくせに」


 距離を詰められ無防備になったところを突き飛ばされ、セネカは地面に尻餅をついた。

 怒りと、図星をつかれたことの恥ずかしさと、それから己よりも非力なはずの女に突き飛ばされた屈辱でぐちゃぐちゃになって何も言えない少年を、マルガリータは冷ややかに見下ろして笑う。


 それはまさしく、勝者から敗者への嘲笑であった。



◇◆◇



 同じ頃。

 遠く、次元の隔てられた魔界では、エリザベスは上機嫌で大釜をかき混ぜていた。

 鼻歌を歌い出した彼女の口元は純粋な笑みで彩られ、大釜の中身がグツグツ煮えるにつれて口端は徐々に吊り上がる。

 香しいと表現するには些か生臭い匂いが立ち込めていく部屋の隅、嫌でも目を引く巨大な水槽の中では巨大なタコのような生物の触手が蠢いていた。

 ついには待ちきれないとばかりに水槽から這い出し、エリザベスの背中に絡みだした生物に、彼女は常日頃のような嫋やかな笑い声を零す。


「フフッ、そんなにお腹が空いたんですの? もう少しで仕上がりますから、良い子で待っていてくださいませ」


 いつもと変わらない声色の中、微かに含まれた威圧の色に、触手は素早くエリザベスの身体から離れ、伏せを命じられた犬のように彼女の足元にひれ伏す。

 いくら飼い主の命令でも、これ以上の我慢はできない。久しぶりの大好物が食べられるのだから。

 そんな愛玩物(ペット)の思いを感じ取ったのか、エリザベスは大釜をかき混ぜるスピードを早める。グチュグチュと聞くに堪えない音が、さして小さくもない部屋の中を彼女の鼻歌と混じり満たしている。

 煮えたった大釜の中身は、見るに堪えない濁った紫色に染まっていた。



◇◆◇



「少し、言い過ぎてしまったかしら」


 マルガリータの部屋での衝突から数刻後。

 あれからすぐ、真っ赤な顔をして部屋を飛び出していったセネカが、つい先ほど離別を伝えてきたと知らされた彼女の謝罪に、レインナートは苦笑いで首を振った。


「気にすることはないよ、マルガリータ。君との諍いがあろうとなかろうと、彼の意思はずっと前から決まっていたようだからね」

「ずっと前からって、どういうこと?」

「うーん、どうも彼は前々から自分だけの力を試してみたかったようでね。それに、俺の態度に不満を覚えてもいたらしいんだ。だから、俺が彼よりも君を信じたことは、多分最後の駄目押しに過ぎなかったんじゃないかな」


 最後の一言は慰めだろうと解釈しながら、マルガリータは目の前の男を見上げる。

 口調はいつも通り穏やかだが、その瞳にはどこか落ち込んだ色が浮かぶ。無理もない、聖女のニーナに続いて、仲間がもう一人、自分の元を去って行ったのだから。


「⋯⋯そうだとしても、残念ね」

「うん、残念だよ。なるべく対等に扱ってきたと思っていたんだけど、不満があったなんて⋯⋯俺のどこが悪かったのかな」


 ──恐らく、その「対等に扱ってきたこと」が、あの少年の琴線に触れたのではないだろうか。


 プライドが高く、自分に絶対の自信を持った天才魔術師。踊り子出身のマルガリータのことはもちろん、治療術しか使えないニーナのことも彼は見下していた。常に鉄兜を被った寡黙な騎士ドワイトのことをどう思っていたのかまでは分からないが、レインナートのことも言葉上では自分よりも上の存在だと扱いながら、本当はうっすらと、下に見ていたのではないか。

 あるいは、レインナートにも、セネカの方が上であるかのように称賛してもらいたかったのかもしれない。


 けれど、こんな推測が何の役に立つというのだろう。仲間が立て続けに離脱し、意気消沈しているレインナートにわざわざ言うことでもない。

 浮かんだ考えは胸の内に留め、マルガリータは、寂しげに笑う英雄の傍らにただ寄り添った。



◇◆◇



 生臭い悪臭と湯気の立ち込めた部屋で、静かにこだましていたエリザベスの鼻歌がふいに止まる。

 ピクリと触手を動かしたタコ型の生物に道を開け、エリザベスはにっこりと笑う。


「さあ、出来上がりましたわよ。骨まで残さず、たんとお食べなさい」


 手を叩き、さっと身を引いたエリザベスの言葉に、触手は我先にと一斉に大釜の中へと這っていく。

 久々の大好物に荒れ狂う触手の中から、消化しきれなかった肉片が飛び出した。肉片はふやけた人間の指の形をしている。


「それにしても、老いた肉ですわねえ。次はきちんと、若い英雄の死体を投げ入れてくれると良いのですけれど」


 床に落ちたふやけた指をつまみ上げたエリザベスは、眉一つ動かすことなく、それを大釜の中へと戻した。



最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

今回は幕間なので短いですが、次回から本格的に新章始動となりますので、ぜひ引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。


次回更新日:8/29予定

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