017 スケルツォを踊れ
美しい街並みに、人々の悲鳴と、建物の壊れる音が響いている。
崩れた住居に押し潰される者、竜巻に巻き込まれる者、逃げ惑う者。まるで悪夢のような光景を、もう一度見ることになるなんて思ってもみなかった。
人間を取り込み肥大化を続ける巨大な竜巻から、新たにツタが飛び出てくる。ツタは無造作に辺りの建物を蹴散らし、薙ぎ倒す。中にいる人のことなど、考えることもせずに。
「ったく、もう少し後先考えて攻撃しなさいよッ! 自分の街を壊してどうするのよ!」
竜巻から距離を取りながら、近くの家の屋根目掛けて飛んできたツタを切り離しながらラズが悪態をつく。すると、それに答えるように竜巻からおどろおどろしい声が聞こえてくる。
『そんなもの、どうとでもなりますよ。街の住民など、適当に集めて放っておけば勝手に増えるんですから』
「そんな言い方⋯⋯! あなたのことを心から慕っている人たちもこの街はきっといて、そんな人たちはあなたに裏切られて苦しい思いをしてるのに、なんとも思わないんですか!?」
『気にする必要がありますか? 後からいくらでも、私を今まで通りに、いえ、今まで以上に慕うよう洗脳できるのに?』
大司教のひどい言い草に思わず声を荒げるも、返ってきたのは冷徹な答えだ。合理的だ、理に適っている、だけどそれはあまりにも。
辺りを逃げ惑っていた人々のうち何人かが、立ち止まって竜巻を振り返る。
「今の声、大司教様じゃなかった?」
「洗脳ってどういうことだ!?」
「そんな⋯⋯あれが大司教様な訳がない! 俺は信じないぞ!」
立ち止まった人々を容赦なく薙ぎ倒していくツタに、更なる悲鳴が上がった。聖都の至る所で建物が崩れ、人々が逃げ惑っている。
これ以上被害が出る前に、大司教を倒さなければ。周囲の状況を確認したアリソンは、「ルーク君!」と声を張り上げた。
「ルーク君は、スラムの子供たちと、他のみんなの避難を手伝って! 大司教のことは、私とラズさんが食い止めるから!」
「っ⋯⋯けど!」
「ヒナコも行って、怪我人がたくさんいると思うから。大丈夫、洗脳されてない衛兵さんも何人かいるみたいだし、なんとかなる」
しきりにスラムの方角を気にしているルークを促し、ついでに縮こまっているヒナコも彼に押し付け、アリソンは二人に背を向けラズと合流する。彼女はアリソンがルークを促している間に、聖都の住人たちをツタから守っていた。迫り来るツタを切り裂き、さっさと逃げなさいと反対の方角を示すラズの隣に並ぶと、彼女がふっと微笑む。
「お人好しね、あなた。わざわざルークと聖女を行かせてあげるなんて」
「ラズさんが言うことですか?」
「⋯⋯うるさいわね。そんなことして、聖女に逃げられても知らないわよ」
一般人をツタから守っているラズだって、充分お人好しじゃないかと思い言い返すと、照れ隠しなのかなんなのか、ぶっきらぼうにそんなことを言われてしまう。
確かにそれもそうだ、とアリソンは少し考える。この混乱に乗じて、ルークとヒナコが手に手を取ってどこへともなく逃避行。可能ではあるだろう。でも。
「逃げないと思いますよ。彼女にとっても、きちんと償って、前を向いて生きていくための最後のチャンスですから」
首を振ってアリソンはそう答える。
きっと彼女は今度こそ逃げない。それぐらいは信じてもいいと、そう思えたのだ。
「やっぱりお人好しね」
「だから、それはラズさんが言うことじゃないですって。さっきからずっと、街のみんなをツタから守ってたじゃないですか」
「⋯⋯別に、目の前で死なれたら寝覚めが悪いだけよ」
彼女はそっけなく返すけれど、それこそお人好しだと思う。目の前で誰が死のうが寝覚が悪くなることのない、どうしようもない極悪人だってこの世にはいる。例えば勇者レインナート、あるいは大司教もそう。誰かが死ぬことも、誰かが大事な人を失うことも、家を失うことも気に留めない、理解できないし理解したくもない怪物のような人たち。そんな人間がこの世に存在することなんて、知りたくもなかった。
「チッ、また来るわよ。構えて!」
上空の竜巻の中、迫り来る影にラズがあげた声に、近くに疎らにいた衛兵たちも各々の武器を構える。
こちらを取り込むのではなく、攻撃する目的で放たれたツタを切り裂く。やはり植物は炎に弱いのか、ラズや衛兵が普通の剣で切り裂くよりもフランベルジュで斬る方が簡単に裂ける。
だが、切られたところから繊維のようなものが伸び、一瞬で再生してしまった。ならばもう一度と剣を振りかぶれば、先程と同様、あっさりと切れる割にすぐに元通りに再生されてしまう。
「なんだ、このツタ!? 切っても切っても再生する!」
「これじゃキリがないぞ!」
共に戦線を張っていた衛兵たちも、戸惑いの声をあげている。
どうしよう、と思わず助けを求めるようにラズを見たアリソンに、彼女は「落ち着きなさい」と諭すように冷静に言う。
「問題ないわ、再生するぐらい」
「で、でも」
「思い出して。大司教は魔人じゃない、人間なのよ。今でこそ化け物みたいに膨れ上がっているけれど、素体が人間である以上、この再生は魔人のような生まれつきのものではなくて、大量に吸収した魔力を消費して行っているはずよ。なら、魔力が切れれば再生も終わる。つまり──」
ザク、と音を立ててアリソンの頬に迫っていたツタを眉一つ動かさずに切り裂いて、ラズは笑う。
「あいつの再生力を上回るぐらい、何度でも切ればいいのよ。再生するからなんなのよ、限界が来て、それ以上再生しなくなるまでひたすら切り裂いて殺す。それだけの話じゃない」
「な、なるほど。さすがラズさんですね!」
手を叩いて目を輝かせたアリソンに、傍にいる衛兵たちが「いやいやいや」と首を振っているが、残念ながら立ち位置の関係で彼らの声はアリソンに届かない。
他にも誰かが──例えばルークなど──がこの場にいたならば、ラズの言っていることが凄まじく脳筋であることを指摘できたかもしれないが、そのような余裕のある人間はいなかった。
「ただこのツタはあいつの本体じゃないから、決定打を与えるにはあの中に飛び込むしかないでしょうね」
「あの中⋯⋯って、あの竜巻の中のことですか!?」
骸と、骨と、生身の人間と。瓦礫も砂埃も交え、どんどん引き摺り込んで肥大化していく竜巻を指差したアリソンに、傍の衛兵たちもぎょっとした顔をする。
あの中に行くなんて、冗談じゃない──ツタの相手をするので精一杯なため声は出せなくとも、彼らの考えは手にとるようにわかる。アリソンだってあの中には入りたくない。
凄まじい速度で渦を巻く竜巻。一度囚われたら、おそらく生きて出ることは叶わないし、死んだら死んだで大司教の人形になる。
「大司教は確かに、大量の魔力で自分をどんどん大きくしてるわ。でも、どれだけ大きくなっても、この短時間で人間の基本的な身体の作りを『弄る』ことはできないはず。つまり、どれだけ大きくなったところで、心臓を突けば死ぬし、首を落としても死ぬ。まあ何度かはこのツタみたいに再生するでしょうけど、さっきも言ったように、再生しなくなるまで殺せばいいわ」
「だから、あの中に行くんですか? でも、どうやって? 竜巻に巻き込まれて、中に入れないんじゃ⋯⋯」
「⋯⋯まあ、やってみるしかないわね」
空を見上げたラズにも、具体的な策があるわけではないらしい。
心配といえば心配だが、ここでツタをちくちく切り裂いているだけでは大司教を殺せないことはアリソンにも分かる。小さく息を吸って、吐いて。ついでに隣の疲弊した衛兵を狙ってやってきたツタを焼き払って、覚悟を決める。
「分かりました。突撃しましょう、あの竜巻の中へ!」
「ほ、本当にあの中へ行かれるんですか!?」
先程助けた衛兵が、慌てた声で言う。
はい、とアリソンは頷く。
「あの中に、私の希望があるので」
「希望?」
衛兵が困惑した顔で聞き返してくるが、それ以上答える必要はない。
「皆さんはツタを切って、住人が避難する時間を稼ぐのをお願いします!」
「危なくなったら逃げなさいよ」
衛兵に別れを告げて、アリソンとラズは顔を見合わせ、動き出す。やってきたツタに飛び乗り、一直線に走り出すのだ。
竜巻の中から出ているのなら、これを辿れば必ず大司教の元へ──ラズのいうところの「本体」まで辿り着けるはずだ。アリソンたちの狙いに気づいたのか、ツタが唐突にねじれ、視界が反転する。
──落ちる、その寸前に近くの屋根に降り立つ。
「アリソン!」
「大丈夫ですっ! 先に行って!」
屋根伝いに駆け、手頃なツタにまた飛び乗り、振り落とされそうになったら別のツタへと飛び乗って──それを幾度となく繰り返しながらひたすらに走る。
気づけば聖都の街並みが眼下に広がり、地上から見るのとはまた違う絶景をアリソンの目にもたらす。崩壊していく建物の無惨さと、それに対比するような海の青さがなんとも言えない光景を描いている。なんて哀しく、そして美しい光景だろう。思わず綺麗だと呟きそうになる──ツタが刺さった住人の死体を見るまでは。
竜巻に近づけば近づくほど、ツタの揺れや振り落としが大きくなっていく。大司教も焦っているのだろうか、と思ったその時、ぐんと足元のツタが空へと舞い上がった。
「きゃっ!?」
ぐるり、ぐるりと視界が回る。きっと、このまま上空から地面に叩き付けようというのだろう。
他のツタに飛び乗るには反応するのが遅かった。ラズと二人で上空を舞う中、さらにトドメとばかりにこちらを穿とうとするツタが目に入る。
右手には炎の猛るフランベルジュ。そして左手を伸ばせば、その先にラズがいた。こんな時でも、その蒼はギラギラとした炎が燃えている。お揃いだ。
「っラズさん! 掴んで!」
一か八か。手短に叫ぶと、言葉が届いたのかそれともただの反射か、手を掴み返してくれる。その白い、細い指先をアリソンは左手で引き寄せ、ぐっと自分の体に押し付けた。もしこのまま地面に落ちたら、アリソンが下敷きになる格好で落下する。だが、それよりも前にツタがアリソンをラズごと貫くだろう。ならば。
迫り来るツタを前に、右手の剣をかざす。アリソンが持つ唯一の武器。呼吸と同じリズムで揺れる炎が、ぶわりと広がる。
ツタが目前に迫った瞬間に、足を曲げる。一拍遅れてアリソンとラズを囲むように広がった炎がツタの切先を焼き払う。しかし勢いのついたツタは止まらず、そのままちょうど曲げた足の裏に当たる。その勢いのまま、アリソンとラズは飛ぶ。飛んだ先は竜巻のちょうど真上。遮るもののない、ぽっかり空いた中心点。
「やるわね、アリソン⋯⋯!」
肩口に顔を押し付けたラズが、くぐもった声で笑う。彼女の心底楽しそうな笑い声に、余裕があれば親指の一つでも立てて見せたいところだったが、あいにくとアリソンの両手は塞がっていた。
引き続き狙ってくるツタをフランベルジュの炎で焼きこがしながら、体は重力に従って落下を続ける。そしてついに二人の体は竜巻の中へすっぽりと飲み込まれ、世界は暗闇に包み込まれた。
◇◆◇
「アリソン、起きれる? どこか折れてる?」
外界から隔絶されたような暗闇も無音も、長く続くものではない。肩をやんわりと揺らされ、アリソンは体を起こす。背中を強かに打ちつけたものの、幸い打撲や骨折の類は無さそうである。
「ラズさんは?」
「見ての通りよ」
「そうですか⋯⋯なら、良かった」
あんな、屋根なんかよりも遥かに高いところから飛び込んだのだ、怪我がないのなら何よりだ。ラズの答えにホッとしたアリソンとは真逆に、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「⋯⋯なんで庇ったのよ」
「え?」
「アンタ、わざとあたしが下にならないようにしてたでしょ」
いつも澄ました顔で、本人がその気があろうとなかろうと憮然としているように見えるラズだが、今は違う。これは本当に不機嫌な顔と声だ。無意識に背筋が伸びる。
「⋯⋯えっと、そうでしたっけ? 落下の衝撃がすごくて、ちょっと覚えてないです」
──嘘だ。本当は、ぐっと引き寄せたラズの腰の細さに、そんな場合じゃないのにドキッとしてしまったことまでしっかり記憶にある。あんなに食べるのに、どうしてそんなに細いんだろう。だけど、既に不満そうな顔でこちらを睨んでいる彼女の火に油を注ぎたくはない。何でもないようにすっとぼけると、彼女は「今はそういうことにしといてあげるわ」と言う。
ああ、これは後で追求されるな。ぼんやりそう思いながら、空いている手で埃を叩いて立ち上がる。
「ところでここは? 私たち、無事にあの竜巻の中に入れた⋯⋯んですよね?」
「ええ、あなたの機転のおかげでね」
口調が少し柔らかさを取り戻している。機嫌が良くなった、いや、一旦割り切ったのか。周囲を見やるラズに続いてアリソンもぐるりと辺りを見渡す。
踏み鳴らす度にジャラジャラと音を立てる、白い破片で出来た地面。所々出っ張っている丸くて平べったいあれは、きっと頭蓋骨だ。周りを固める壁は、よく見れば流動している風と、骨でできていることがわかる。意志のないはずのしゃれこうべがカタカタと顎を鳴らしているのも、竜巻の勢いで揺れているせいだろう。多分。
ヒューヒューと掠れた咳のような風の中は、妙な静けさに包まれている。そこら中に大司教の魔力があるせいで、気配を探りにくい。
「⋯⋯大司教はどこでしょうか」
「さあ⋯⋯ッ、けど、向こうから来てくれるでしょ。こんな風に──ねッ!」
頭痛でもするのか、片手で頭を押さえたラズが、反対の手に持った剣を後ろに向けて突き立てる。見ると、ぱくりと口のように先端を大きく開いたツタがそこにあった。彼女が剣を抜くと、ツタは刺されたところから煙を吐き出しながら消える。竜巻の外にいるツタのように、切ったところから再生するわけではないようだ。
『やあ、わざわざ私の中までようこそ』
低い声と共に、誰もいなかった前方の空間に大司教が現れる。肥大化していたはずの彼は、アリソンやラズと同じような人間としてあるべき大きさに戻っていた。
だが、竜巻は依然として拡大を続けている。積み上げられた骨の破片に伝わる振動で、そのことがはっきりと分かる。
「どうしてわざわざその大きさに戻ったんですか?」
『ああ⋯⋯巨大化はね、もういいんですよ。この竜巻の中、この全てが私と同化しており、私の一部だと言うのに、わざわざ核を大きくしても弱体化するだけでしょう』
「同化⋯⋯?」
『ええ、そうですとも! ハハハッ、わざわざ腹の中まで来てくれるとはありがたい。魔力をこんなに使うと、消費も激しくてね。そろそろお腹が空いていたんですよ?』
両手を仰々しく広げた大司教を一瞥し、ラズは「ふうん」とつまらなそうにため息をつくと言った。
「なら、アンタは自分の腹の中で死ぬことになるのね」
蒼い瞳には、確固たる自信が煌めいている。だから隣にいるアリソンも、大司教を取り巻く禍々しい波動の影響を受けることなく、しっかりと剣を握ることができた。
絶対に、この男を殺す。これ以上聖都を破壊はさせないし、その心臓は必ずこの手で奪い取る。
毅然と立ち向かう意志を示した二人に、大司教が苛立たしげにこめかみを振るわせる。
『いいでしょう、身の程知らずの小娘どもが。いくらか魔術が使えるようですが、その程度で私に勝てると思い上がった愚かさを知るがいい!』
怒りを滲ませた大司教の一声と同時に、四方八方から骨の破片が集まり、それぞれが蛇のような形になって、襲いかかってくる。
ツタとは違い、硬い骨は容易く切れはしない。受け流し、大司教に距離を詰めた瞬間、また骨の怪物が現れ、阻まれてしまう。
『ほらほら、勢いは口先だけですかぁ!?』
自分の優勢を感じ取ったのか、大司教は頬が裂けるほど口を吊り上げて嘲笑う。その手が高く掲げられ、そこから禍々しい火球がいくつも放たれる。
アリソン自身は炎に焼かれてもなんともないが、ラズは違う。彼女は生身の人間だ。アリソンは迷うことなく、ラズの方へ向かう火球を真っ二つに切り裂いた。
骨を寄せ集めて作られた化け物、そして大司教の放つ火球や雷の魔術。それら自体を避けたりするのはさしたる問題ではないが、大司教に近づこうとした瞬間に阻まれるのが厄介だ。ならば遠距離から炎で、と思っても、防壁魔術を展開されて防がれてしまう。
近づくしかない。でも、近づけない。それがもどかしい現状だった。
『おやおや? そんなに死霊を侍らせてどうしたんです?』
大司教の言葉にハッとしてラズを見やる。そうだ、彼女は残留思念を、死者が残した思いを読み取れてしまう人だった。そして大司教が作り出したこの空間は死者の多数の骸で出来ている。そんな空間にいて、ラズがなんともない訳が無い。
先ほど頭を押さえていたのもそのためだったのだ。そして今も、彼女は体に巻きつく黒い影に抵抗しながら、戦っている。
「ラズさ⋯⋯っ!」
今すぐラズの元へ加勢に行きたい。だが、戦いの最中に誘導されていたようで、彼女との間にはそこそこの距離があった。途中には骨の化け物や大司教の魔術という妨害もある。
どうして気づかなかったのだろう。どうしてもっと早くに思い出せなかった! 迂闊な自分に毒づきながら、アリソンは化け物をいなし、火球を切り裂き、奮闘する。
「ッ、ほんっとにアンタって、どうしようもないクズね⋯⋯!」
ぺっ、とラズは唾を吐くように血を吐き出して言う。まとわりつく黒い影は、己が死ぬ前の苦しみや悲しみ、その怨嗟の全てを彼女に見せていた。
大司教による被害者の記憶を追体験させられ、戦い以上に消耗させられながらも、ラズの口から笑みは消えない。それが癪に障るのか、大司教はギリリと歯を噛み締める。
『そのように余裕を言っていられるのも、今のうちだけですよ! この小娘がァ!!』
「ッ避けて、ラズさん──!」
その手から白い雷が放たれる。骨の化け物の体当たりを受け流し切った直後のラズの手に、スパークが直撃する。一瞬耐えたものの、その手から剣が振り落とされる。同時にアリソンの行手を阻んでいた骨の化け物や、ラズと戦っていたはずのそれらが一斉に剣へと群がり、そして。
程なくして、パキンと、あっけない音が風の中に響き渡った。
『ああっ、何と言うことでしょう! せっかくの剣が粉々に! 剣のない剣士だなんて、なんと哀れなことでしょう。大丈夫ですよ、あなたが負けを理解できるよう、じっくり、ゆっくり、甚振って差し上げますのでねええ!!』
ひゃはは、と大きく裂けた口で笑う大司教。スパークの直撃した手を抑えたラズに迫り寄る、化け物の集中攻撃。
「やめてえええええええッ!」
アリソンは叫びながらがむしゃらに走った。だけど、間に合わない。化け物の方が早い。
ラズが、死んでしまう。
──けれど、直後に響いたのは金属音。まるで硬いものを、金属で打ち返したような。
戸惑ったように揺らめく化け物に囲まれながら、毅然と立つラズの姿を見て、アリソンの胸が安堵に包まれる。
「あたし、剣士だなんて言ったかしら?」
スパークで撃たれたのとは反対の手で、複数の短剣を握った彼女が、不敵に、勝気に笑う。
恐らく服の中に隠し持っていたのだろうけれど、一体どこに隠せる場所があったのか。
『ほう、まだ武器を隠し持っていましたか。しかし、そんなナイフで何ができるというのです? 骨が砕けるとでも?』
「砕ける、って言ったら?」
『⋯⋯とうとう気が狂いましたかな?』
「残念、至って正気よ」
ラズは無造作に、身近な骨の化け物の、その破片の一部に短剣を刺した。まるで柔らかな羽布団に刺したが如く、短剣はあっさりと沈み、そして化け物はただの骨の破片に戻り、その場に沈んだ。
『馬鹿な⋯⋯! い、いや、だがもう一度! もう一度合体させてしまえば⋯⋯!』
大司教が鼻息荒く、骨たちに魔力を集中させる。だが、骨はびくともしない。
『なぜだ! お前たちは私の所有物だろう、言うことを聞くはず。なぜだ、なぜ動かない。なぜ私の死霊魔術が上手く作動しない!?』
「魔術って、要は世界へ干渉するための式よね。つまり式を解除してしまえば無力に帰すということ。流石にアンタの魔術全部を今すぐどうこうはできないけど、この短剣が届く範囲なら、今すぐどうこうできるのよね」
『貴様、私の式を解除したのか!? 馬鹿な、あのようなことをしながら戦えるはずが⋯⋯いや、む、無駄だ。私が再び魔術をかけ直せばいいだけのこと!』
「それは無理よ。いくらアンタが魔力を多く抱えていたとしても、これだけの死者にお得意の死霊魔術をかけ直しながら、あたし達の相手はできないでしょ?」
ああ、とアリソンは思い出す。
そういえばルークの頼みで、スラムの子供キッドを救うため大司教の執務室に潜り込んだとき、ラズは大司教が掛けた魔術を解除していた。
「ラズさん! ごめんなさい、すぐに駆けつけられなくて」
「いいわよ、分断されることぐらい織り込み済みだもの」
「でも、ラズさんの剣が⋯⋯」
「それこそいいのよ。あたし、本業は暗器使いなの。だからあんな大きな剣より、こっちの方が落ち着くぐらいよ」
ラズが化け物たちを術から解放してくれたおかげで、アリソンは彼女と合流することができた。遅れたことを詫びると、彼女はなんともないというように笑ってみせる。
大司教は相変わらず死者の破片に念を送っているらしいが、何も起きない。
呆然としたかのように見えた次の瞬間、大司教はピクピクと震え出す。恐れではない、憤怒による震えだ。
『おのれ⋯⋯おのれおのれおのれおのれおのれェエ!!!』
「っくるわよ、構えなさい!」
「分かってます! 右は任せてください!」
大司教の放つ火球をフランベルジュで切り裂き、自身の炎に取り込むアリソンと、短剣で魔術に触れて、無効化していくラズ。
大司教の怒りが最高潮に達し、なりふり構わなくなった彼の心境を表してか、竜巻が一気に肥大化する。急激な成長に足場が斜めになり、バランスを崩したアリソンは風で煽られた拍子に転んでしまう。
「っアリソン!」
立ち上がろうとしたアリソンに迫り来るのは雷。咄嗟に構えた剣で直撃は免れたものの、衝撃を完全に受け流すことはできず、そのまま押し流されてしまう。
「あ──」
「アリソン! 手を⋯⋯ッ」
ラズが手を伸ばすのが見える。だけどそれは、さっき大司教に攻撃された手だ。赤く、痛々しい手。触れたら、どころか強く握ったりしたら、間違いなく痛みが彼女を襲う。
──だから、掴むのを躊躇してしまった。
彼女の手を掴めなかったアリソンのは、骨の足場を滑るように流され、そのまま竜巻の渦を突き破り、聖都の空中へとなす術なく押し出された。
竜巻から押し出される寸前、最後に見たラズの目に浮かんでいたのは──
◇◆◇
「なあ、ヒナコ。もしかしてお前が言ってた『アレ』って、コレじゃねーか?」
大多数の民間人は無事に聖都から脱出し、残っているのは避難誘導を手伝ってくれていた有志の他は、衛兵などの、戦う力を持つ者たちだけとなっていた。
そんな中、瓦礫の山を前に、ルークとヒナコは「ある物」を探して、ガラクタをひっくり返していた。
正直、「コレじゃねーか」などと言いつつ、今回も違うのだろう、とルークは諦め半分だ。それらしきものを見せては、ヒナコが申し訳なさそうに首を振るというのが、彼らの間で先ほどから何度も繰り返されていたのだから仕方のないことである。
だが、今回はそうではなかった。ルークが見せた「それ」に、ヒナコはパッと目を見開かせたのだ。
「⋯⋯っ! そうです、これです。間違いないです!」
「ホントか! いやーやっと見つかったな、一個目のくせに長かったわ。けどこれ、どうやって壊せば⋯⋯」
「お、おい! あそこ、女の子が落ちてくるぞ!」
新たな難問に頭を抱えた彼に、近くの衛兵が叫ぶ。つられて後ろを振り向けば──確かに一人の少女が、竜巻から弾かれたように飛び、そして落ちていくところだった。
灰を被ったような鼠色の髪と、炎を纏った剣。何かを掴もうとしたのか、空に伸ばした手が落ちて。
「アリソン⋯⋯?」
「アリソンさん⋯⋯!」
異口同音に彼女の名前を呼んだ二人は、目を合わせる。
「あの子と知り合いなのか?」
「まあな。ちょっと行ってくるから、コレ、頼んだぜ」
「おう、気をつけてな。まだツタがそこらから飛んでくるから、油断するんじゃないぞ!」
「わーってるって!」
さっき探し当てた「それ」を持ったまま、ルークとヒナコは迷いなくアリソンの落下地点を目指して駆け出す。
手に手を取ることなく、聖都に残ることを選んだ少年と聖女の後ろ姿を見送り、衛兵はため息をつく。
「さて、どうしたもんかなぁ⋯⋯」
自身のポケットを弄った彼は、ルークたちが探していたのと瓜二つの「それ」を取り出す。
美しい宝玉、あるいは占い師の仕事道具にしか見えない丸い水晶体。「それ」を掲げると、己の顔が映り込む。額の傷跡までしっかりと映し出した「それ」に、衛兵は苦笑した。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
もし面白かったら、ぜひ評価を頂けると励みになります。
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