第一話 無名の英雄
任期五年、信事は、沙羅と共にリーダーの座を自ら降り、次の世代に託した。彼、信事は今、改進軍の目の届かない場所、そして、改進軍を見守れる場所、その二つの条件を満たしているどこかで隠居生活を営んでいるという。そして、改進軍では、信事の活躍に希望を抱いた者同士が集まり、その影響もあってか、信事の偉業は伝説並みの知名度、次々と人々の間でひろまり、彼の残像はまるで宗教を催していた。そして、彼についていった多くの者が助かったことから、ただの救世主や英雄ではなく、キリストの再来、神の子と言う者まで出てきている。そんな彼の影響か、改進軍のリーダーはいつの間にか先導者という呼び名、称号になっていた。しかし、先導者がいなくなった今、問題なのは後継ぎである。小さな国家の異名を持つこの改進軍では、後継者争いの内乱が起こりかねない。しかし、先の戦で知れわたった矢先、ここで死傷者を出すのは信事に顔を合わせられなくなってしまう。信事の最後の伝言を掠矢に渡した俺、紅葉は、頭を抱えてしまうほど頭痛に苦しんでいた。何故ここまでして権力争いを恐れているかというのも、一般的には、リーダーがいなくなったら副リーダーがやるものだ。しかしその副先導者、掠矢はあくまでも副先導者を続ける意向を示している。信事の引退から一晩たったこの日、八月二十五日、俺は皆の前である提案をすることにした。そこで、側近の一人と話し合っていた。改進軍の中枢には、内閣と呼ばれる指令組織があり、先導者、副先導者と、改進軍の進撃を総支援する四大師団の師団長が集まる政治の中枢のようなものだ。実力と経験、そして信頼がないと入れない仕組みとなっている。ちなみに、俺もその一人だ。
「今はまだ争いが表面化していない。だが俺たちがこうして日本に反撃しているのと同じように、何時彼らが内乱を仕掛けてくるかわからないのだ。だから、俺は新しい案を思いついたぞ。君も、もしかしたら先導者になれるかもしれない案だ。良いと思わないかな?さぁ、皆を集めろ‼」
そして始まる、権力争い、表面化した、人間の一番ドロドロとした部分。味わうがいい、俺も、そして君も。…集会は駅前の大きな広場で行われた。
「皆、急な集合に答えてくれてありがとう、今日は、我が改進軍を指導する先導者の選別について、俺からの提案を皆に審議してもらいたい。皆も理解の通り、改進軍は先日、今まで我々を率いてきた信事が引退、改進軍を辞任した。しかし、今まで俺たちのことを統率してきた人物の一人、いや、改進軍の初期創設メンバーの三人の一人、皆が一番信頼しているのであろう人物が、掠矢が副先導者を貫く姿勢を示した。では我々は一体、誰を信頼し、何を目指して戦うべきなのか、相応しい人物を探している次第だ。そこで、俺が編み出した考えを提案させて頂こう。今、この改進軍で一番信頼されている人物は、掠矢で間違いないだろう。ならば、その彼に先導者を選んでもらえばいい、違うか?諸君らの中から、最も上に相応しい人物を選んでもらう。どうだろうか。」
ざわざわとした話し声がしだいに大きくなる。皆も真剣に考えているようだ。それならば決定にさほど時間は要らないだろう。そう信じたいものだ。異論は認めん…と言いたい所だが、それはそれで、なぁ。
「異論があるものは手を挙げてくれ、そして前へ。…いないようだな。よし。では、掠矢さん、前に。」
「了解。」
掠矢は一礼をしてから登壇した。
「では、掠矢さん、今の決定に異論はありませんか?」
「嗚呼、問題ない。」
「それでは、人選の話ですが…」
「しーっ。」
俺がそういいかけた途端、掠矢は俺の口元に人差し指を添え、言葉を遮った。
「もう決めている。」
「さ、左様でしたか。」
取り乱した俺は一呼吸置いてから口を開けた。
「それでは、発表していただきましょう、掠矢さん、お願いします。」
「信事は右手を負傷した後、ある一人の少年を部屋に招き、自身の考えをその少年に引き渡したという。私が選ぶのはその、信事の後継者だ。」
正直、言っていることがサッパリわからん。
「紹介しよう、信事の元で三年間過ごした、信事曰く後継者だと。」
コツコツと登壇するそいつは、どこか信事に似ているのだが、どうしても似通らない雰囲気を感じた。信事の雰囲気に似たものはあまり感じれない。
「彼は、伏見和夜だ。」
無名の後継者だった。右手を無くして三年間、弟子を育てたとは考えにくい。
「…ということだそうだ。これからは、掠矢さんと、伏見和夜の指示に従い、戦っていくことにしよう。以上、解散‼」
色々波紋はあったが無理やり集会を終了させた。
数時間後、掠矢の部屋を訪ねた。
「掠矢さん、さっきの、和夜の部屋へ案内してもらってもいいですか?」
「…付いて来い。」
ホント、掠矢さん変わったなぁ。
鹿児島本部の兵舎最上階、エレベーターから数分廊下を歩いたところにある部屋へ案内された。
「ここだ。和夜、いるか?客だ、入るぞ‼」
「どうぞ。」
「ごゆっくり。」
そのまま掠矢はどこかへ行ってしまった。
「いかがなさいました?」
「お前、信事の後継者とか言っていたよな、あれ、本当なのだろうな?」
「も、勿論です。」
「少し、テストをしていいか?」
「どうぞ。」
「君は、全ての敵を殺せると思うか?」
信事ならこう答えるだろう。
「殺せないでしょう。味方が敵でない確証は無いですから。」
信事も確かにこう答えていた。
「平和とは何だ?」
「それは金持ちになることでも、喧嘩がない世界でもない。全ての人が後悔せず、悔いのない人生を送ることができる世界だ。」
急に和夜は言動を強めた。そう、三年前、信事本人も同じことを言っていた。こいつは、本当に…。俺は自分の宿舎に戻っても考えていた。本当に奴を信じるべきかどうか。ベランダに出て、炭酸飲料を一口がぶりと飲む。外から騒がしい声が聞こえた。和夜が他の奴に罵倒されているのだ。いい機会だ。ここを切り抜けられない奴が先導者になどなれるはずがない。しばらく高みの見物といこう。
「お前は何だ?金で売ったのか?」
「ちげぇねぇ、こんな奴、金以外つながる物がないよ。」
男どもの笑い声だ。
「金じゃない。」
「あ?」
「俺が選ばれたのは、弟子だからではない。
信事さんが本当に望んだ物を知ったからだ。」
彼が本当に望んだ物…か。何だろうな。
彼らはまだ何も知らないだが彼らに、いや、和夜に、彼の初仕事が迫っていた。




