第四話 孤独な逃げ道
何もない森林の中をただひたすらに走り、たどり着いたのは荒野。ロシアと中国の国境近くに例の基地がある為、国境まで遠くない事は解っていたが、中国はこんなにも森林破壊を繰り返していたとは。確かここら辺は昔、モンゴルっていう国があったんだよな。中国と国を統合してモンゴル政府は形だけになったから改進軍時代から敵視していなかったが…。先日の件で結局ソ連は音沙汰がないほど衰弱し、モンゴルもソ連の道連れに会い。とまぁ、大分可哀そうな国だったよ。…ここから改進軍支部までは車で三十分はかかるな。衛星電波で救助要請は出したのに、応答がなかった。つまり、改進軍は俺たちを見放したという事にはならないか?
「…直接支部まで走ったほうが早いか‼」
自棄になった俺は荒野の真ん中で死なないよう細心の注意をはらいながら、少々急ぎ足で支部まで歩いた。道中、ひたすらに孤独だった。
日没から一時間、ようやくたどり着いたのは、改進軍のモンゴル支部だった。律儀にも信事は正門から入る。警備員に所在を問われた。
「お尋ねします。あなたはどこから来ましたか?」
「お前らの敵の根城だ。」
「つまり、あなたは敵と…。」
「違う。俺は改進軍創設者兼初代先導者霧島信事だ。門を通せ。」
「身分を証明できる書物等はお持ちでは?」
「網膜検査でもやろうか?」
「…いいでしょう。目を大きく開いてこちらを覗き込んでください。」
「はいよ。」
案の定、信事のコードが出た。謎のセキュリティシステムだ。信事が改進軍に復帰したときからあったが、さほど意味はなかろう。
「では、お通りください。」
「次から顔で判別しろ。」
「残念ながら、近年世界的な産業技術が発展しまして、視覚だけでは判別しきれないのです。」
「そんなやかましい事するスパイがいたらぶち殺していい権利を与えてやる。」
「恐れ入ります。」
信事は三階に入る。そこでしばらく待てと言われた。その通りに待って早二時間。あと一時間で紅葉が戻ると焦り気味の信事を尻目に、枯葉が入ってきた。
「すまん信事。最近先導者を入れ替えてだな。今は静寂が先導者なんだ。」
「それが言い訳か。」
「紅葉が向こうにいるんだろ?」
「今から引き返しても間に合うかどうかだ。」
「だがあいつなら心配はいらないだろ?」
「まぁな。多分大丈夫だ。奴との会話はこの無線機でもかなう。」
そう言って信事は左耳に刺したイヤホンを人差し指でトントンと叩いた。
「なるほど…。解った。一旦、二人で日本に戻って静寂を説得しよう。」
「そうだな…。だが少なくとも心配だ。こっちに何人か人材を置いておこう。お前はどう?」
「俺がいないと頑固な静寂の説得にならないぞ。」
「そっか。」
「そもそも何で三週間前に発見したあいつがスピード昇進してんのさ。」
「あいつが行方不明になっていた理由、お前は知らないだろ。」
「知らない。」
「日本軍があいつを逃したことに気付き、日本全体で指名手配にあった。俺は和夜に出会った後、和夜と共に小静を日本軍がやむまで逃がすための準備をしていた。その間、和夜はよくあいつと会話していたし、和夜は俺の価値観全てを取り込もうとした。実際全て取り込んだがな。だから一応、静寂には俺の息がかかっている。だからあいつは人殺しを許そうとはしない。ましてや、裏切り者の俺なんかも。俺の価値観が正しいとしたうえで選挙にでたなら、あいつはスピード昇進するさ。だが許していない奴はとことんつぶしにかかる。紅葉も例外じゃない。和夜の事をあいつに言ってないのはそのせいさ。」
「小静、あの恩知らずめ。」
「だが改進軍先導者は歴代全員に同じ変化があった。」
「その変化とは…?」
「お前にもあったろ。今はまだ解らなくてもいい。時期に解る。」
「そう…。」
「そら、移動するぞ。」
そう言って信事と枯葉は改進軍本部のある日本こと東京に向けて飛行機を出すのであった。
どこだ、どこにいる、華林。今すぐその汚ぇゴミ溜めからお前らを出してやるから。
残念なことに先ほどの一見で鮮血を浴びることは無かった。服は血の無い綺麗なままだ。土の汚れがひどいのは立地のせい。軍人らしく迷彩服で来いよと言われそうだが、残念ながら俺は戦士だ。兵士や軍人にはなれねぇよ。ただ走る。どうやらここは牢獄が一か所にあるわけではないらしい。いくつもの牢獄が離れた場所に点在し、そこを行き来して華林たちを探し回る他探す手がないことを知った暁には、絶望した俺もいた。
「あいつ、あとで殺してやろうかな。」
二階の足場に身を潜め下にいる統領たちを見下していた俺はそう小さく呟いた。
異変だ。この基地内で何者かが潜入し、殺戮している。誰だ。統領は思案するが、答えはでない。ただ、一つの仮説にたどりついた。
――まさか、東洋にいるとされる、“魔の殺戮者”なんじゃ――
…ここも違うか。ここにいた警備員も全員殺ったが、結局どいつもこいつも殴られ損だったな。…たいして殴ってないけど。となると…チッ。あとまだ三か所あんのかよ。しかも今まで見てきた牢獄には誰一人いないもぬけの殻だったからな。それでも警備員を用意してるってことは、相当な用心棒だな。ともなればいよいよマズイ。時間も時間だ。あと一時間半でここを出なければ。まぁ、有言実行に乗っ取らなくてもいい。最悪ここにいる奴ら全員を皆殺しにして出て行ってもいいんだからな。そのくらいの覚悟は、兵隊さんにはあるだろ。外は相変わらず騒がしい。侵入者を探せだの魔の殺戮者がどうの…って、魔の殺戮者って俺の事⁈だっさ。何そのネーミング。名付けた奴出てこい。顔面の形変えてそいつの名前を付け直してやる。曲がり顔ってな。ったく、通り名って一度浸透したら中々変えられないじゃん。まぁ俺が変えたら通り名じゃなくて偽名だけど。俺はふと足元を見た。
「コイン…。」
今時パチンコ屋でしか見なくなった細い円盤型のコインがあった。コインは皆細い円盤型だが細かいことはどうでもいい。俺はそれで“いいこと”を企む。牢獄の出口に向かった。目の前には敵。どうやら俺は牢獄に現れるらしいってのを学んだらしい。俺はその隙間からコインを思いっきり投げる。空を切ったコインはその先で物音を響かせた。
「ん⁈侵入者か⁈」
警備員が警戒する。俺はそいつの頭に拳銃を突き立ててこう言った。
「ああ、侵入者だ。」
パァンという音と共にそいつの頭は赤く染まる。俺は鮮血が降りかかる前にその場を後にした。血がふりかかるほど今までやわな殺戮をしてきたわけじゃない。鍛え方が他とはちがう。独学だからだけど。そしてその物音に反応した他の警備員たちが物音のした方向に集中したため、反対側からもう一層下の牢獄を目指した。今いるのは地下十四階。考えてもみろ。ここは地下二十階まである。一度最下層まで落ちたら、そう簡単に抜け出せない。ここは文字通り要塞で、しかも中身は迷宮なんだ。簡単に抜け出せるような警備じゃない。
走った。ただひたすらに走った。十五階、十六階、十七階と全ての層に用意されている牢獄に入っては警備員を惨殺し、中に沙羅と華林がいないかを確かめては出る。その繰り返し。頭が狂いそうだ。また暴走殺人鬼になったらどうしよう。いつもの俺に再び戻れる保証なんてない。十八階。ここにも誰もいなかった。次は十九階。走るしかないだろ。ここに潜入してから既に二時間立つ。あと一時間。頼む間に合ってくれ。
願いはかなわなかった。十九階にもいないのだ。次は最下層。ここにいなかったら、とうとうここには用済みだ。皆殺しにして直接統領に吐かせてやる。
そしてまた走る。走って走って、どこに華林と沙羅がいるのかをいち早く突き止めるため、さらに早く走る。第十二階。最下層。今まで一階につき一つしかなかった牢獄も、最下層には三十か所近く建造されており、それら全てを見て回るにはなかなか骨が折れる。ここはこいつらに占領される前は何に使われていたのかは解らないが、地下一階より最下層の方が広いという、地上の建造物のような設計をしている。最低でも三百メートル以上離れて牢獄が設けられているため、最下層はそれら全てを収容できるようかなり広く、そして頑丈に作られている。拷問部屋や尋問室、さらには空気循環室もこの層にあり、空気循環室を停止させれば俺たちはすぐにでも酸欠で死亡するだろう。…させないが。入って早二時間半。もはや三時間以内に脱出するなど不可能である。心中信事に申し訳ないと思いつつ、ここは電波が届かないので、仕方なく通信は断念。捜索に専念した。
潜入開始から三時間。最下層のどこにも、華林と沙羅はいなかった。全て見た。見間違いもない。ならば“彼ら”から聞き出す他なかろう。
盗み聞きをした。ここの兵士同士が二人で話し合っているようだ。
「だから、俺たちはここで奴の動きを止めるのさ。」
「本当に俺たちで止められるのか…?」
「馬鹿野郎、弱気になる前にやってみろ。」
「それで死んだらどうすんの。」
「俺に聞くな。ほら、お前はあっちが持ち場だろ。さっさと行けよ。」
「はいはい。」
英語の会話とはいえ、平和的すぎる。米兵は緊張感を持ちなさい。…そもそも米兵なのかこいつらは。ほとんど銃の素人揃い。動きに隙が多きすぎる。何なら俺が育てた平和団の連中のほうがいい動きをする。俺はしばらく偵察し、一人の男が立ち去るのを十二分に待った。そこで俺は堂々と走り、目の前にいるそいつの口をつぐみ、右手に握るHK-USPで射殺した。音では気付かれない。そして先ほど持ち場に戻ろうとしていた男に堂々と後ろから歩いて近づき、再びHK-USPで今度は脅しにかかる。
「お前、黙ってこっちにこい。反抗したらバンだ。俺は味方以外なら誰でも人質にとれる。」
ワンテンポ置いてこう続けた。
「俺の不利益は考えない方がいい。俺はいつでも人質を創れる。お前が反抗しても意味がない。これから言う質問に答えろ。いいな。」
男はゆっくりと頷いた。
「その前に、立ち話は何だ。移動しよう。」
俺は男を銃で脅しながら敵のいないルートを探して拷問室の前に来た。
「鍵はあるか?」
男は首を振る。
「ったく、しゃーねぇ。」
俺はピッキングでいとも容易く扉を開けて中に入った。そこで男を柱に縛り付けて、質問をした。
「お前らは何の集団だ?」
「俺たちはアメリカの日本指示派に反対する反日組織だ。総反日族戦線って言われてる。」
「何故この集団は作られた?」
「アメリカが反日行動を否定し、政府直々に反日立場を危うくした。」
「具体的には?」
「反日の考えを持つ者は悉く職を失い、社会的地位も暴落していった。」
「…ほう。」
「そんな同志たちが集った集団…それが総反日族戦線。」
「お前、根性ねぇな。もうちょっと口が堅いんじゃねぇかと期待してたわ。」
「悪魔め…。第一俺たちは兵士じゃないし、人間自分の命が一番なんだよ。」
「それだけ俺にビビってると。」
「そうさ。」
「俺を恐れる理由は?」
「お前、今巷で人気の殺人鬼だろ?アジアの売り場に行ってみろ。サインを願われるぜ。」
「俺サインないから。」
「冗談だよ。そのくらい有名ってことさ。」
「拷問されてるやつの冗談なんて、初めて聞いた。」
「俺は自分が助かりたいだけなのさ。」
「ここの仲間全員が泣いてお前を狩るぞ。」
「構わないさ。」
「…お前、俺の仲間にならないか?」
「そっちの方が生き残りやすいかな。」
「なら、今すぐここから出てくれ。この要塞から。」
「…解った。指示に従う。その無線機の周波数と合わせておいた。何かあったら連絡してくれ。」
「わかった。拷問部屋で作る友達はお前が初めてだが、あと幾つか質問させてくれ。」
「これで最後か?」
「そうだ。これに答えてくれたら、俺の許可なくこの要塞から出てくれ。」
「解った。…で、質問は?」
「俺がここに来るとき、二人の女が捕まったろ。そいつらの居場所はどこだ。」
「ここより下の層。…最も、そこは機密情報だ。俺たちがここを根城にしてから作った。」
「行く方法は…?」
「俺たちが最初に会った場所…。あそこに昇降機がある。あそこからだ。」
「ありがとよ。お前の体に発信機をつけておいた。」
「GPSか?地下のここじゃ役に立たないぜ?」
「違う違う。コイツを通して画面に表示される。掲げれば壁越しにお前の位置を透過できる。標高も文字で表示される。高さで地下かどうか判別できる。裏切ったらすぐわかるからな。そしたら俺がすぐにバンだ。」
「うわ逃げ場ない。」
「裏切らなければいい。じゃぁな、生きて帰ったら今度は俺たちの話を聞かせてやる。」
そう言って俺は走ってこの部屋を出た。会話の時点でアイツは解放してあったから。




