第五話 罪人は走る
日本へはあっという間にたどり着く。しかし、ある問題が浮かぶ。
「俺たちは改進軍の元先導者として顔が通っている分、平和団としてすぐわかる。平和団は改進軍から嫌われているのも事実。あまり良い待遇は期待しないほうがいい。」
「…と、言いますと?」
「しばらく隠れよう。」
「なるほど、こちらも敵だらけだと。」
「敵だらけというわけじゃない。ただ、嫌われているだけだ。」
ここはまだ羽田空港。俺は歩きだす。残弾もそこそこ使い、残り僅かなのも確かだった。それ故、あそこの店に行きたいものだが。東北新幹線に乗れるか否か。迷い所である。俺は街中を散策することにした。久しぶりの故郷…というか母国だ。観光がしたかったというのもある。しかし、この町は、何かおかしかった。そこら中に、同じ貼り紙があるのだ。電柱に張り付けられたその紙を見てみる。そこで、俺は驚愕した。
「な…んでだ。どうして…こんなものがここに‼」
俺は思わず後退り、ガードレールに激突した。
「どうしたの…?」
俺は一瞬思考が停止した。いや、一瞬なんてものじゃない。足から力が抜けるほどの絶望がそこにあった。今すぐこの貼り紙に鉛弾を打ち込んでやりたいくらいに。
「ねぇ、紅葉…?」
「く…そが…止めてくれよ。」
俺は訳も解らず、その貼り紙に見入ってしまった。そこに、自転車で誰かが通った。そいつの顔は見えなかったが、黄色の制服のような物を着ていた。俺ははっと我に返った。それと同時に、思い出した。あの黄色の制服は、何の所属を表しているのかを。
「逃げるぞ、華林‼」
「ふぇ⁈」
俺は華林の手を握り、引っ張って走る。探せ、何とかなる場所を。
「何なの⁈」
「今自転車で”見回り”をしていたあの男だ。あの制服…見覚えがある。」
「それって?」
「ここはもう、敵だらけだよ。あの貼り紙と言い!」
「何が書かれてあったの⁈」
「俺の、国際指名手配勧告書だ。」
「そんな‼」
声を失う華林。さらに追い打ちをかけるように明らかになったもう一つの危険を華林に伝える。
「あの制服…思い出したんだ。あの組織…。」
「それって?」
息を呑む華林。
「国連だ。日本に警戒態勢を布いていやがる。」
「ひゃ‼」
走っているので、速度に容赦はしていない。それでも華林は会話ができる。だいぶ速度に慣れてきたようだった。華林一人ではこの速度は出せないだろうが。俺は辺りを見渡す。
「地下鉄…行くしかない‼」
京浜急行線の快速が丁度止まっていた。駆け込み気味で乗り込むと、すぐにドアが閉まった。俺はポンチョを切る暇が無かったので、黒のベストだけで武器を隠している。民間人にバレるのも時間の問題だった。
「品川からJRに乗り換える。とりあえず、本部がある上野までそれで行こう。」
「了解。」
俺は華林に小声で指示をした。
「間もなく、品川、品川、お出口は、左側です。本日も、京浜急行をご利用いただきありがとうございました。お忘れ物がなさいませんよう、ご注意ください。」
急げ。今はその一心だった。ドアが開く。再び華林の腕を引っ張って、JRへと急ぐ。
「クソ、乗り換えは逆ホームだったか‼」
その過ちに気付いて一階改札に出ると、例の黄色の集団が集まっていた。
「もう通報されたのか!」
何やらこちらに向かってくるようだった。
「だめだ急げ!」
俺はICを用意する暇もなく、再び階段を上がり、改札を抜けるとすぐに、JR線に乗り込む。彼らがくる一歩手前でドアが閉まった。
「危ねぇ。」
「ふぇー。」
俺と華林は同時に汗を腕で拭う。俺は思案した。このままだと、いずれ追いつかれる。上野まで持つだろうか。賭けるしかないだろうに。品川から上野までの間、つかの間の休憩をしていた。
「華林、降りるぞ。」
華林はやはり寝ていた。意外と客が多いこの電車内で、俺に寄り掛かるように寝ていた。他人に寄り掛かられるよりはマシだが、重いのは嫌いである。…銃も重いが。
「いない。まだここまで来ていないか。」
安息的に本部までたどり着けた。五階の廊下で枯葉と面会する。
「枯葉!どういうことだ‼」
「俺も、国連に止めてもらうように要求したんだが、ついぞ負けてしまった。」
掠矢が走ってきた。
「もう来やがった。奴ら、権力を武器に無理矢理お前らを拘束するつもりだ。」
「そうか…もうそこまで。仕方ありません、掠矢。」
ここはT字にひらいた廊下の隅だった。
「どうするつもりだ?」
「時間を稼ぐしかしてやれることはありません。紅葉、そこのマガジンを使ってください。」
「良いのか?」
「先日の例です。祭りの件は、ありがとうございました。」
「ああ、二週間前の…。」
「はい。本当に感謝しています。」
俺はマガジンをマガジンクリップにはめながら言った。
「こちらこそ、助かるよ。この礼は、いつか、精神的に。掠矢もな。」
「頑張れよ。さぁ行け‼」
俺は掠矢の言葉に押されるように再び駆け出した。曲がり角で見えなくなる二人の顔。
「来ました!ここにもです。左に逃げて行きました!」
俺が走っていったのと逆の方向だ。あいつら、ありがとうよ。俺は突き当りの階段を下りて行った。ここなら俺の車もある。何とかなりそうだ。俺の車は、最近改造したんで、中が武器だらけだからな。しかも若干細くなっている。小型ではあるが、全面には機関銃を二門装備していたりする。俺は車に乗って枯葉に電話する。
「枯葉、JRって確か、東京駅から貨物出していたよな。あれを錦糸町に止めておいてくれ。」
『解った。』
「東北までの緊急ダイヤを至急で組み、十五時ジャストで出発させろ‼」
『了解任せろ‼お前ら、仕事だぁ‼』
頼もしい枯葉の声がその通信機の中で残っていた。枯葉は一時期俺たちのやり方に不満を持っていた者の一人だ。だが、恩を仇で返すようなことはしない男だと解っていた。別にそういうつもりではなかったが、恩を売っておいて正解だった。
「華林、シートベルトを付けろ‼」
「了解。」
俺はアクセルを踏む。
「一気に飛ばすぞ!」
「了解!」
「頭ぶつけんなよ‼」
「了解‼」
華林のテンションもハイになっていた。楽しむな!そう叫びたかったが、今はそっちのほうが都合がいい。さぁ、暴れるぞ!
車の急発進に耐えた華林は高速道路並みのスピードを一般道で出す俺を楽しんでいた。俺は華林に言う。
「そこの上の段の収納の中にポンチョがあるだろ?取ってくれ。」
華林は揺れに気を付けながらポンチョを取った。
「どうも。」
俺はシートベルトを外し、ポンチョをマントのように被り、再びシートベルトを付けた。勿論、走りながら。両国駅の下は盛土になっていて、そこから線路内に侵入する。
「これじゃ、殺してなくてもとんだ犯罪者だな。」
「そうね。どんな鉄道マニアだよ、鉄道と車で並走したいとか。」
「だな。舌かむなよ‼」
「いやぁぁぁぁ!」
そう言って俺は線路をまたいでゆく。勿論、走りながら。車で走っているとは言え、スリル満点を楽しめる余裕があった。勿論、走りながら。状況が状況のため、冗談を言いたくなるのは人としての性だと思う。俺は錦糸町までたどり着き、止まっていた貨物の最後尾に車を乗せて、車止めをした。ちなみに、前は寝台特急用の客車である。そこの貫通扉に、この車から降りれる足場を繋げて移動可能にした。
「この為の改造だったりする。」
「なんでわざわざ。」
呆れて華林が聞き返す。
「東北まで車出さなくて済むからだ。このほうが楽でいい。」
「あそ。」
辛辣だなぁ、華林さん。俺たちは本気で一休みできた。この列車には個室があり、俺はそこで休んでいた。
「何これ。」
「大分前に殆どが消えたんだが、寝台特急っていう昔の鉄道の客車を中古で安く入手した。」
「なる…ほど?」
「解ってないのか。」
コクリと頷く華林。
「寝台特急ってなに?」
「夜中に走る特急で、ちょうど寝る時間に走っている。寝て起きれば目的地についてる。」
「あら便利。」
「だけど高い。一般の特急と違って、全部個室にしないといけないからね。」
「ふーん。」
「今の新幹線が全部個室なのを想像するといい。」
「個室のある電車に乗った事ない。」
「まぁ、それは、あれだ。これが実物だから。」
「あ、そっか。」
え、素?マジか。
「今日はもう寝るかい?」
「寝る。この部屋で。」
「君は何時も俺の部屋の寝床を一か所占領するよね。」
「ダメだった?」
「いや、構わんよ。」
「じゃ、お休み。」
そう言って華林は眠った。今、東北へ向かっているということは、架線がない路線を走っているはずだ。ドン!突如どこからか物音が響く。俺はその音の正体を掴んでいた。そこで、屋根に向かう。
「意外とすぐに来たな。」
夕日に照らされ、二人の姿がはっきりと映った。彼は、多くの傷を作っていた。
「もう気付いたのか、紅葉。」
「お前の殺気は本物だ、信事。」
「沙羅、足元に気を付けてそこの梯子から降りろ。下に個室がある。適当に選んでおけ。」
「待て、真ん中の部屋に華林がいる。そこで問題なければそこにいてくれ。」
「解った。」
ゆっくり、安全に、確実に梯子を下り、ドアから中に入る沙羅が見えた。
「ありがとうよ、助けてくれて。」
「…信事、ごめん。」
俺は素直に謝った。頭を下げ、俺はその場で跪く。信事は何も言わない。
「俺は自分自身の強さを掌握しきれていない。たまに、自分でも恐ろしいほどに怖いんだ。」
「何が…怖いんだ?」
「俺がいつか、平和団や改進軍、平和そのものを殺してしまうんじゃないかって。」
信事は俺の顔を上に向けた。修羅場を潜り抜けたにしては負傷が少ない。信事と目が合う。
「怖くない。お前はもう、怖くならなくていい。お前は紅葉だ。ただそれだけ。いいじゃねぇか、お前らしく生きろよ。お前だけだよ、あんな事できるのはな。」
「…どういうことだ?」
「ありがとう。お前があの場所で戦ってくれたおかげで、中ソ連合軍はほぼ壊滅した。」
「…は?」
「つまり、これで平和団は中国に勝つことができるんだ。」
「良かった。」
俺は安堵した。
「そういや、お前、負傷は⁈」
「今は右手の切り傷はまだ貫通しているが、いずれ埋まるだろう。これは戒め。切断はしない。それが俺への、代償だから。」
代償…それは、悪事を都合よく終了させるための口実。彼はいつか、そう言っていたっけ。




