第四話 意志を貫く
…俺は捨て子だった。
母さんたちの故意ではない。あまり良く覚えていないが、小一ぐらいのころだったか。新ソ連が設立される前の事だった。日露が戦争に明け暮れ、大戦にまで発展していった矢先、俺たちは学童疎開という形で、日本の僻地に疎開避難をした。日本軍は、敵軍が上陸する前に殆どを全滅させていたため、東京にいてもほとんど危険はなかった。それでも、いくつかの敵戦闘機はその防衛線を潜り抜け、空爆に成功するものもいる。少なき敵軍の天才は、爆撃の後はかなりの確率で帰還できなかった。それだけ、日本と他の国の間には、圧倒的な力の差が存在していた。
俺が疎開しているときにも、一機だけ爆撃に成功した敵兵がいる。その爆弾は、俺の家に直撃した。その中に、母さんもいた。二ヶ月後、家に帰った俺は、家の瓦礫の上で、うつむいたままの父さんを見た。もうここに家は無い。そう断言され俺はその事実を復唱するしかなかった。父さんは言った。
「死ぬかもしれない。」
俺と父さんは、瓦礫の上で座っていた。もう何もする気が起きなかった。そして、また出兵令がでて、父さんは駅から電車に乗り込む。そこで、父さんは俺にこう言葉を紡いだ。俺は驚いた。
「死んでくる。」
その日、ロシア側の日本基地に、ロシア軍が世界一の核、ツァーリ・ボンバを落とそうとした。格納庫に収納されたツァーリ・ボンバの解体を急ぐが、設備の故障で作戦遂行が困難になったところを、俺の父さんが自爆したらしい。俺の父さんが犠牲となり、他の日本兵は無事だった。そして、俺は最後の一人となってしまった。今はもう、親二人の顔を思い出すことさえできない。だから、俺は戦争が何よりも嫌いになった。
青森を拠点としてから、早一ヶ月、とうとう九州地方の南部、鹿児島県を落とすことに乗り出した。しかしかなりまずい状況である。ただでさえ狭い県庁の中に、九州軍が攻め入り、改進軍は籠城状態となっていた。長期戦となるリスクは目に見えている。俺は、敵が銃を乱射している音に反応して目を瞑った。隣で、机に何かが当たる音がする。ゆっくりと目を開けてみる。俺の手が赤く染まっていて、見上げると、側近の一人が血を流していた。息は無い。その瞬間、誰かがやらなければいけないことを悟った。誰かが、自分の命を犠牲にしてでも、自分の手を血で染めないと、この状況は打開できない。それは、とんでもない重荷だ。なんせ、今まで否定してきた、「殺戮」に似たようなことをするからだ。この間作った主戦力部隊は青森でお留守番をしている。俺は考えた。人は銃を握ることができるのは、手だけだ。手を打つべきか、それとも、機動力を奪うため、足を狙うべきか。答えは決まっている。
足は第二の心臓と呼ばれるほど大切な器官の一つだ。銃が握れなければいい。手を打つ。そう心に決めたはずだった。だが、銃を握ることを拒んだ。怖いのだ。これをしなければ皆死ぬだろう。それだけはさせたくなかった。一殺多生。それは、皆が生き残る一つの手段。だが、たとえ悪であろうと死んでもいい命などない。命を奪わなければいい。そういうわけでもないのだ。だが、いい加減覚悟を決めなければ。俺は自分の腕をつねってこう言った。
「全員、生きて帰還しよう。」
ここにいる改進軍は、一斉にうなずいた。
「まず、俺が敵の司令官を負傷させてスキを作る。その間に逃げてくれ。例え俺が遅れを取りそうでも気にせず進んでくれ。」
俺はSIGP320を引き抜いた。バンッ!!バンッ!!一発一発に力を込めてトリガーを引く。敵軍の多くは、SCARやM4を使っていた。敵兵の利き手を奪い、その場にいた六名を戦闘不能にした。俺も結構かすり傷がある。残弾はもはやゼロ。手元の拳銃はホールドオープンしている。しかし、ここで敵兵の司令官がきた。味方に指示を出しているあたり司令官だろう。そいつは、銃を取り出して、俺の事を脅している。その手は震えていたが、この場で俺が近距離戦を仕掛けても、撃たれることは目に見えていた。俺は観念して、マガジンを落とし、スライドを引いて、オレンジ色の弾頭を込め装填した。俺は心の中で何度も謝った。これから起こることは決して起こしてはいけないことだ。俺は、敵司令官の頭部を狙った。この一発が必要だった。この一発を打つことで、俺の利き手は失われるかもしれない。でもそれ以上にまずい状況であった。投げて使うには、非力すぎる。殺さないように、最小限の威力で作られているのだ。これ以上味方がやられるのはまずいし、これ以上長期に渡る戦いは困難を極めるからだ。俺はこれが最後の犠牲となることを願っているしかなかった。
(頼むぞ。どうかこれが、最後の殺戮となってくれ。)
俺は祈るしかなかった。これが俺の最後の殺しとなることを願って。俺は…。
引き金を引いた。




