第二話 反抗
夜、華林が腹を空かせて部屋に入ってきた。
「どこに行ってたんだ。」
「一人で静寂になれる場所。」
「あまり遠くに行くなよ。」
華林は荷物を俺に預けた後、日が暮れた今まで外に出かけていたのだ。
「夜飯にしようか。」
「…うん。」
俺はいつも通り夕飯の支度をする。ローストビーフと白米、サラダをテーブルに並べた。
「「いただきます。」」
勿論、食事の間は静寂が続いた。
「入るぞー。」
「ブフッ‼」
その声に俺は思わずお茶を噴き出した。寸前で手を抑えたから大惨事には至らなかったが。
「おうらぁ、晩飯時にまで侵略かぁ⁈」
「ちげぇちげぇ。そんな怒らねぇでくだせぇよぉ、紅葉さーん。」
「チッ。」
そう、信事が入ってきたのだ。よくもまぁ片腕で器用に入れる。
「怒ってもしかたがない。食事中は紅葉、しゃべらない。」
「ざっつらいと。食事時ぐらい集中させろや。」
「そんで本題だが、明日朝十一時、上層幹部と改進軍減先導者と作戦会議あるんで宜しく。」
そう言ってUターンする信事。
「そんじゃま、ごゆっくり~。」
そう言って閃光の如く帰っていった。
「あんにゃろ、一体何がしたいんだ。ちゃっかり鍵も閉めてるし。」
信事、昔はあんなんじゃなかったのにな。いや、むしろこれが奴の本性なんじゃ。何にせよ、手が止まってしまったよ。俺はすぐに飯を食べ終えた。見ると、華林はとっくに食べ終わっていた。
「ん?どうしたの?こっち見て笑っても何も起きないよ?」
「いや、お前と会った時はゼリーも喉を通らないくらい空腹だったのに、大食いになったなと思ってさ。」
「もともと大食いだよ?私。」
「そう。ご馳走様。」
「…ご馳走様でした。」
「皿はシンクに入れて水につけといて。後で片付ける。」
「うん、解った。」
俺は携帯の着信履歴を見る。
「げ。掠矢さんからだ。」
掠矢に電話をかけた。
「もしもし、先ほど電話に出れなくてすいません。こちら紅葉です。何かありましたか?」
『ああ、久しぶり。信事はそっちで元気やってるか?』
「元気すぎて、むしろ迷惑ですよ。」
『そうか。相変わらずやってんだな。良かった。明日の作戦会議で俺も参加するよ。』
「そうですか。よろしくお願いしますね。」
『ああ。そこでなんだが、会議の前、七時に飛行機を用意する。その便を使って、改進軍本部の会議室で別途会議がしたい。時間は十時半からだ。そちらに伝言、頼めるか?』
「明日七時の飛行機で、十時半から会議ですね。解りました。伝えておきます。」
『ありがとう。それじゃ、また明日。』
「はい。失礼します。」
ふぅ、また早起きか。寝起きは俺の弱点なんが。
数時間後、信事と沙羅に連絡事項の知らせを済ませて、風呂から上がった。
「ふぅ、やっぱここの風呂は狭いな。」
「うん、かなり狭い。」
「だろ?何とかしてほしい物だねぇ。」
俺は布団を用意する。そして、華林の方へ向き直った。
「どっちで寝る?」
「布団でいいや。」
「あそ。ならいい。」
俺はエナジードリンクを取り出す。正直、一日一本飲まないと気が済まない。これが日課だ。誰にも文句は言わせん。しょうがないだろ、美味しんだから。それに、いつも疲れるし。
「そろそろ寝るか。」
「まだいい。」
「そうか?」
俺は風呂で火照った体を冷やすため、ベッドの横のベランダの窓を開けて、風に当たっていた。ベッドに腰を下ろすと、丁度ベランダに足が出て気持ちいい。が、華林はそれが寒かったのか、フード付きのパーカーを着ている。
「…ここも、朝鮮とは言えないな。」
「うん、そうね。」
「今の日本が日本と言えないように。こうやって俺たちが前進してゆくごとに…。」
俺は言葉がつまった。自分らの行いの問題点にぶち当たったからだ。そしたら、華林が開口した。
「国が国ではなくなる。」
「言ってしまえば、在ったものが無くなる。」
この景色を見て思った。
「夜景。綺麗だよな。あれは中国の夜景か。俺たちは今からあれを壊そうとしているんだ。」
「紅葉?」
「はぁ、人間なんて、何人たりとも残さず絶滅しちまえば良いのに。」
心の奥が出てしまった。
「紅葉?大丈夫?」
「ごめん、大丈夫。気にしないでくれ。俺は昔から人間が嫌いだったから。」
「そうなの?」
「さぁ、もうお開きだよ。さっさと寝て明日を迎えよう。」
俺は窓を閉めた。
「ねぇ、紅葉。」
「ライト、消すぞ。」
「紅葉ってば‼」
「何だ?」
「…本当に大丈夫なの?今の紅葉、何だか怖いよ?」
「悪い。感情的になっちまっただけだ。」
「嘘よ。紅葉、一体何を隠しているの?答えてよ。」
「…生きる意味が解らない。というより、俺が生きる意味が消えた。それだけだ。」
カチッ。ライトが消え、暗闇に染まった部屋で、俺は華林の背中を押し、足をかけ、布団に倒れたところで掛布団をかけてやった。枕をそばに投げつける。それとほぼ同時に俺はベッドに飛び入った。
「うっあっ。ひゃ。あ、あれ…。」
華林を寝かしつける早業に、華林の言動がまず追いついていない。
「…何で私、寝てるんだ?寝落ちしちゃった?」
考えてる考えてる。ちょっと鬼すぎたか?
「いや、俺が君を柔道で寝かしつけただけだ。明日は早いからよく寝ておけ。」
「え、あ、うん。ありがとう。」
「お休み、華林。」
「お休み。」
俺はベッドで思い出す。思わず、小さく呟いた。
「何だよ、これ。走馬灯じゃないんだから。」
うずくまって唸っていた。二度と思い出したくない過去、現実感むき出しの虐め。その全貌を思い出してしまった。
「クソが。」
様々な感情と記憶が俺の中に押し寄せてきた。顔すら思い出せない、儚い想い出の夢だ。
中学の時だ。クラス全員から疎まれていた。リーダーは言った。
「お前なんかクラスにいらないんだよ、クズ。出てけよ。」
周りは笑っている。俺はこう返した。
「なら、出ていくときに文句言うなよ。」
「誰が文句付けるかよ。」
ドアを開ける。クラス一のデブが出口をふさぐ。
「どけ。」
「は、何言ってんの?お前が邪魔なんだよ紅葉。」
「文句言うなって言ったじゃん。」
そう言って俺はそのデブをひっくり返した。そして、ドアを閉める。勢いが出過ぎて、ドアがガイドレールから外れて、割れてしまった。
「直してけよ‼」
「あれ、文句言わないっていったよね。出ていくときには言わないって。」
「ぐ。」
そのまま俺は屋上の出口の手前に来ていた。ここが自分の一番好きな場所だった。
「いたいた。さっさと出てってくれません?」
「クラスからは出た。ここは生徒立ち入り禁止だから、俺がここにいても君らにはなんら問題はない。“クラス”にいらないんだろ?」
「調子に乗りやがって。お前ら、やっちまえ‼」
リーダーの合図で、暴力自慢そうな奴らが殴りかかってきた。
「自分じゃ何もできないクセに。人にばかり頼りやがって。」
俺は向かってきた奴全員を買えりうちにしてやった。柔道や空手、合気道を駆使した結果だ。
「てんめぇ、舐めてやがるな⁈」
「それはお前だろ?いい加減学べよ。お前じゃ俺に勝てないからさ。」
吹聴してやる。さぁ、怒れ。そいつは突進してきた。
「そうやって馬鹿正直に突っ込んでくる辺り、お前は本当に馬鹿だな。」
右によけるとき、片足だけ残して四つん這いになって姿勢を低くする。
「うおぉ⁈」
勝手に転んだ。俺は傍観している女子に目を向けた。見たことない奴だった。
「次は誰がくる?俺は何もしちゃいない。ただ、殴りかかってきた奴らがバナナの皮を踏んで転んだだけだと報告するよ。もうじき教師もくるだろうしね。このリーダーがいい見本になってくれるよ。言っておくが、君らが俺を襲っても意味がない。俺は女子だからと言って手を抜くことはない。そういう主義なんでね。」
「何をやっているの⁈」
「…お出ましか。」
教師が俺の腕を掴もうとする。
「やめて下さい。セクハラは罪ですよ?」
そう言って俺は教師の手首をひねり上げ、足を回転させて、体を後ろに向ける。背中を押して場外ホームランしてやった。そこでリーダーが俺に殴りかかってくる。教師は再びこちらを傍観した。ナイスタイミング。俺はまた左によけ、今度は腕を俺の右わきに挟み、肘を抑えて肩を反対方向に押した。グキッ。嫌な音だ。
「殴ってきたのに無様だね。何で俺が無傷で君が脱臼してるのさ。」
リーダーが悶絶する。その場で倒れこんだ。
「正当防衛…ですよね?」
教師はその場の光景に目を見張り、ゆっくりと頷いた。俺は俺を襲ってきた奴を階段の最上段から見下す。
「俺さ、こういう、隠しナイフ持ってるんだ。次はどうなるか、勝手に妄想してみるといいよ。いつものように。得意だろ?そういうの。被害妄想するのとかさ。」
その日はそれで済んだのだ。女子は何も物申せない状況だった。そんな時だ。俺の数少ない友人が自殺したのは。そいつは女で、女のグループから虐めを受けていた。俺はそいつらを心の底から恨んだ。そんなある時、ある少女が俺に助けを求めてきた。
「貴方のお友達さんが死んだ理由を作った奴ら、まだ諦めてないんです。このままでは私も虐められてしまいます。」
俺はしばらくそいつの後を付いた。
「私らさ、金がないんだよ、解る?あいつが死んじゃったせいでこちとらストレスもたまってるし、パーっと使っちまいたい気分だからさ、一万。よこせよ。」
俺はそこの会話に入っていった。
「人の命を安く見過ぎだよ。お前ら、人が死んでストレスがたまっただと?人の死を自己満足の理由にこじつけるんじゃねぇ。命ってのは、そんなに軽々しい物じゃないだ‼」
「いきなりなんだよ、関係ない奴は引っ込んでろよ。」
「関係ないだと?人の友人の命を奪っておいてよく言うな。彼女は虐めが嫌で自殺した。ってのに、またお前らも虐めようってのか⁈」
「は?なにマジになってるの?馬鹿みたい。」
「馬鹿みたいだと?人ってのはな、皆安全に依存し過ぎて、痛い思いしないとその大切さに気付かないのさ。お前に何が解る⁈苦しさ故に命を自ら断った彼女らの思いが。」
「勝手に死んだだけでしょ?私には何の関係もない。」
「そうか?俺はお前らが何時もパチ屋で金を使ってるのを知ってる。レジで君らの入店記録を漁って、それを学校に漏らすこともできる。パチ屋は十八歳未満は立ち入り禁止だからな。それに、消費額も半端じゃないだろ。出所はどこだと思うって校長に聞いたら、予想はつくんじゃないか?カツアゲしてるって事実を。そんだけの覚悟があって人を殺してんだろ?」
俺はこの日を最後に、学校から姿を消したんだ。




