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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第二章『銀座のキリエ編』

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第25話 姫様とラーメンの珍道中

 王牙が独立術師として初めての依頼をこなしてから、数日後。彼らは休日で心休まるひと時を過ごしていた。

 夜美は分厚い辞書のような本を片手に居間のソファでくつろいでおり、キッチンでは王牙がフライパンで何かを炒めている。

 そして数分後、王牙は両手に皿を持ってテーブルまでやってくる。


「ほれ。王牙さん特製チャーハンだ。召し上がれ」

「……」


 そう言ってチャーハンを差し出す。しかしテーブルについた夜美は不満げな顔でそれを見つめていた。

 王牙はそれがなぜなのかわからず、首を傾げる。


「どうしたんだ? 味についてだったら一応妥協点はもらえただろ?」

「ええ。あなたの作るチャーハンは普通よ。私も作ってもらう手前、もうあれこれ指図するつもりはないわ。なかったんだけど……」

「……だけど?」

「……さすがに料理のレパートリーがチャーハンとギョウザとカレーしかないのは問題でしょうが!」


 夜美はバンッと机を叩いた。そしてクワッと目を見開いて王牙を睨みつけてくる。そこからは彼女の溜め込まれた不満がありありと伝わってくる。


「朝にコーンフレークを食べて、昼と夜はこの三品からどれか! 二日で料理が一巡しちゃってるじゃない! いくらなんでもここまで同じのを食べていると飽きるわ!」

「しゃーねーじゃねえかよ。俺料理苦手なんだから。ドブ川のカエルとかザリガニとかよりはマシだろ」

「比較対象がおかしいわよ!? あなた今までどうやって生きてきたのよ!?」


 過去の悪食が原因で、王牙の料理に対する舌の許容度は低い。それこそ食べられればそれでいいと本気で思っているのだ。

 しかし夜美は名家のお嬢様。いくらこの家が実家のように金持ちじゃないと理解していても、さすがにほぼ毎日同じものを食べさせられるのは辛いのだろう。


「前までは桜が飯を作ってくれてたんだよな。あいつが作るカレー、めっちゃうめえんだよ」

「結局カレーじゃない!」

「いや、それだけじゃねえぜ。和風洋風なんでもござれだ。そういやメニュー被りも数ヶ月に一回ぐらいしかなかったから、どれも新鮮に感じたな」

「……今から家政婦として雇わない?」

「いやお前がいるのに雇えるわけないだろうが」


 陰陽師院から表立っての刺客を送られることはなくなったが、未だ夜美を取り巻く現状は物騒なのだ。ともすれば、彼女の居城であるこの家は襲撃を受ける可能性が高い。表社会で平和に暮らしている桜を巻き込むことはできないのだ。


「……まあ、たしかに俺も少し飽きがきていたことだ。幸い金はあるし、今日は外食にするか」

「どこに行くの?」

「俺お気に入りのラーメン屋だ。そういえばあの日の約束もまだ果たしてもらってなかったからな」

「あっ……」

 

 あの日の約束とは、最初に王牙が彼女を助けた時に、そのお礼として交わした『美味しいラーメンをおごる』というものである。

 夜美はそれを思い出し、穏やかな笑みを浮かべる。


「そうね。じゃあ今夜にでもそのラーメンを食べに行きましょう。約束だもの、この私の名にかけて、どんなものでも払ってあげるわ」

「オッケー。思いっきり食うから覚悟しておけよ」

「それは奢りがいがあることね」


 夜美は王牙に受けた恩を少しでも返せる機会ができて、嬉しそうに笑う。

 一方の王牙は、彼女がなぜそこまで上機嫌になっているのかはわからなかったが、ラーメンを楽しみにしているのだと解釈して、悪い気はしないのであった。


 ♦︎


 夜。王牙は夜美を連れて闇に沈んだ町を進んでいく。

 移動手段はもちろんバイクだ。先端が槍を思わせるほど尖った流線的で近未来的なフォルムは王牙のお気に入りポイントだ。元はとあるヤクザのものだったのだが、事務所ごと潰した際に王牙の元に流れてくることとなったものだ。

 王牙は夜美を後ろに乗せて、夜風を切っていく。もちろん二人はヘルメットなどつけていなかった。王牙は単純にヘルメットよりも頭蓋骨の方がはるかに頑丈なので意味がなく、夜美はバイクのルールを知らないためだ。ただ、この町では大人も不良もカッコつけてヘルメットをつけない人間が山ほどいるため、警察も面倒臭くなり、暗黙の了解で黙認してしまっている。


「……ん? あの変態的なシルエットは……」


 住宅街を進んでいる最中、王牙は見覚えのある後ろ姿を見て思わずブレーキをかけた。

 夜美が訝しげな顔で王牙を見る。しかし彼は構うことなくその目線にあるものを観察し続け……呆れてため息をついた。


「また何やってんだあいつは……」


 王牙の目線にあったもの。それは塀の上を上半身だけ乗り出してよじ登っている下竹の姿だった。しかもカメラを構えている。明らかに学生が持つようなものじゃない高級感を漂わせているそれを持った彼は、鼻息荒くして膨らんだ下半身の息子を壁に押し付け、前後運動をしている。


「なに? なにかしら? あの……得体の知れない汚物は?」

「目に入れるな。あと気配も消しておけ。絶対に顔を覚えられるんじゃねえぞ?」

「う、うん」


 あまりに鬼気迫った念押しに夜美は素直に頷き、すぐに隠形術を自らにかけた。これで彼女の顔は最初から知り合いでもない限りは、他人からは記憶に残らないようになった。

 そうして王牙はバイクから降りると、ゴミでも蹴るように下竹の横っ腹を蹴り飛ばす。


「ごがはっ!? な、なにしやがるんだ王牙!?」

「なにしてるはこっちのセリフだろ。家でならまだしも、公共の場である外で盛ってんじゃねえよ」

「盛ってなんかねえよ! 俺はただこの家にいる美人お姉さんの薄着写真を撮影して、人類の記録に残そうとしてただけだ!」

「思いっきし盗撮じゃねえか」


 もはや呆れてものも言えない。こいつもうそろそろ警察に捕まらないだろうか。

 ともかく、見かけた以上は見て見ぬ振りはできない。王牙は人間性は欠けてはいるものの、赤の他人を助ける優しさくらいは残っているのだ。


「とりあえずどっか行けよ。俺は今忙しぼげはぁっ!?」

「そうか。だったら俺が休ませてやるよ。この世からな」


 そしてその人間性の欠けた一面が今発揮された。王牙は青筋を浮かべると、躊躇なくその顔面に回し蹴りを叩き込んだのだ。

 もちろんただの人間であるはずの下竹にそれを受けきれるはずがない。彼は鼻血を大量に噴出しながら、眠るように歩道に倒れるのだった。


「浮世にもこういう人間未満の猿がいるのね」

「まあこりゃけっこうレアなケースだと思うぞ。どんな平和な国でも頭のおかしいやつはいるってことだ」

「それ、ブーメランって言うのよ。まあいいわ」


 夜美はお前が言うなというような目線を王牙に送ると、バイクから降りてきた。そしてツカツカとこちらに歩み寄ってくる。

 なにをするつもりなのかと王牙は静観していると、彼女はI字バランスでもするかのように足を振り上げ――男の最も大事な部分に向かって、その尖った踵を思いっきり振り下ろした。


「おぴぴぴくぺぺぺぴひゃぁぁぁぁぁ!!」

「いい? 汚物の処理っていうのはこれくらいはやっておくのが大切なのよ。ポイントは次がないように徹底的に潰しておくことね」

「うわぁ……俺でも今のはゾッとしたぞ……」


 気絶しているはずの下竹が出した悲鳴は、この世のものとは思えないほどおぞましいものだった。

 蹴りが強い兎の幻魔にあそこを蹴られるなんて、果たしてどれだけの痛みだったのだろうか。想像するだけで立てなくなりそうになって、王牙はそれ以上考えることをやめた。

 夜美は何事もなかったかのように涼しげな顔で、バイクに戻っていく。


「さ、そろそろ出発しましょう。この程度の些事にいつまでも関わってはいられないわ」

「……イエス・マム」

「……? おかしな返事ね」


 らしくもなく敬礼している王牙に彼女は可愛らしく小首を傾げる。

 王牙は本気で彼女を怒らせないようにしようと、固く心に誓ったのだった。


 そうして二人は粗大ゴミが不法投棄されている場所を離れ、住宅街を抜ける。

 目当てのラーメン屋は商業地の端っこにある。そこに向かうため、王牙たちはバイクで大通りを進んでいく。そして近くの駐輪場でバイクを止め、徒歩で人が混み合うエリアに足を踏み入れた。


「……ん? あれ、王牙じゃん。君が誰かと一緒にいるなんて珍しいね」

「ちっ、倉伏か。嫌なやつに出会ったぜ」

「おいおい、君の数少ない友人に対して酷いこと言うなぁ」


 声をかけられて振り向くと、王牙は露骨に嫌な顔をした。なぜならそこにはあの下竹と並ぶクズである倉伏がいたからだ。

 彼の隣には見慣れない大学生くらいの女性がいた。そのせいだろうか。彼の身なりはいつも以上に整っている気がした。表情も明るい笑みを貼り付けており、外面だけ見ればまさしく理想の爽やか王子様といった雰囲気を醸し出している。しかし王牙は知っている。その顔の裏には酷く欲にまみれたゲスさがあることを。


「それにしても君を隅におけないねぇ。富士宮さんというものがいながら、他の女性とデートなんて」

「でっ……!?」

「……そういうお前はいつもの夜遊びか?」

「うん。やっぱり僕はこうやって夜の町を歩いたり、バーでお酒飲んだりするのが好きだから」

「いやーん、倉伏君ったら大人っぽくてス・テ・キ〜!」


 堂々と未成年飲酒を宣言した途端に、隣の女が倉伏の腕に抱きついた。

 顔はそこそこだが、ずいぶん頭の弱そうな女だ。だからこそ、こんなクズにまんまと引っかかったのだろうが。


「ねーねー、倉伏く〜ん。お話もいいけど、そろそろ私も次の場所に遊びに行きたいな〜」

「ちっ、黙ってろよアバズレが……。うん、いいよ。じゃ、彼女を待たせるわけにはいかないからね。僕はそろそろ行くよ」

「ああ。できればもう二度と顔を見たくないんだがな」

「それは無理だよ。だって類は友を呼ぶって言うでしょ?」


 それだけ言って、倉伏は手を振りながら女を連れて去っていった。

 王牙は夜美の顔を伺う。彼女にはその本性がある程度察せられたのだろう。下竹の時ほど露骨ではなかったが、不愉快そうに眉をひそめていた。王牙は彼女があれから気配遮断の隠形術をかけ続けていてよかったとホッとする。もししていなかったら、倉伏は執拗に夜美を狙っていただろう。そして死体が後日出来上がっていたはずだ。


「……なんなの、あれ?」

「見ての通りだ。あれがあいつの趣味であり、仕事だよ。ああやって何十人も女をたらし込んで、破滅するまで金を貢がせてる。対象は高校生から人妻までなんでもありだ。たぶんこのあとはホテルにでも行ってやることヤってるんじゃねえかな」


 あれは基本的に女を性欲処理の道具か、金を運んでくる家畜としてしか見ていない。そしてあれはそのためだったらなんでもやる。口八丁で騙すのはもちろん、酷い時には金で雇った不良を襲わせて、そこから助ける茶番をやって惚れさせるなんて手も使っていた。下竹と同様、まごうことなく人間のクズである。


「さっきのもそうだったけど、よくあんなのと友達で言われるわね」

「俺だって好きでつるんでるんじゃねえよ。あっちが勝手についてくるんだ」

「へぇ。ちなみに出会いはどんな感じだったの?」

「どっちも桜を狙ってたクズだった。下竹はストーカーで家にまで侵入してきたし、倉伏なんて自慢の顔と話術が通じないとみるや脅迫までしてきた。まあだから四肢の骨を全部折ってから工事現場とかの二階から突き落としたんだけどな」

「……まああなたならそうするわよね」

「そしたら数ヶ月後に復帰してて、なんか普通につるむようになった」

「どうしてそうなったのよ!? 過程省きすぎじゃない!?」


 いや本当に、なぜそうなったのか王牙にもわからなかったのだ。屋上でいつも通り昼飯を食べてたら「これからよろしく!」とか言って普通に混ざってきた。

 半殺しにした相手と仲良くなろうとするあれらもあれらだが、一番頭おかしいと思ったのは無邪気に「王牙君に私以外のお友達ができた!」と言って喜んでいた桜だろう。

 まあ、あれらが王牙に絡んできた理由は少しだけ察せられる。


「私が言うのもあれだけれど……もう少し、友達になる人間を選んだほうがいいんじゃないかしら?」

「そりゃ無理だ。俺と関わってくる人間なんて基本同じ穴のムジナしかいねえからな。同じ社会不適合者の人でなしだ」


 彼らが王牙と関わろうとするのも、おそらく無意識的に惹かれ合うものがあるからだろう。

 そう、王牙だって彼らと同じなのだ。いや、おそらくこの三人の中では最も人でなしなのは王牙だ。なぜなら本当に人間の心を持っていないから。

 王牙も薄々気づいていた。彼の精神性や価値観は、どちらかと言うと妖怪に近い。それはおそらく彼が能力者で、妖怪の先祖返りであるからだろう。

 両親を食い殺し、そこに喜びを感じてしまった者をどうして人間と呼べるのだろうか。さらに王牙はそこに一切の罪悪感を抱いていない。抱けない。凶暴性もピカイチで、気に入らなければ暴力を振るうことも辞さない。そして他者を物理的に傷つけることにもまた喜びを感じる。

 それが我道王牙という人でなしの正体だ。


「……それだと私もあれらと同類と言っているように消えるのだけれど?」

「さて、どうだろうな。どう考えるのも自由だ。少なくとも俺は桜と形見は例外だと思っているが」

「……ふん」


 夜美はその言葉をどう受け取ったのか、鼻を鳴らしてツカツカと先に進んでいってしまった。

 王牙はやれやれと頭を掻いて、彼女についていった。


 ♦︎


「……ここがそのラーメン屋、ね。なんだかずいぶんボロボロに見えるのだけれど……」

「そりゃ田舎の商業区の端っこにある店だからな。おまけに個人営業。だけど安いわりには味はうめえし量は多いし、客も少ねえから気に入ってんだ」


 そんなにいい店にも関わらず目立っていないのは、店主が時代遅れの老人で、いまだにスマホどころかパソコンすら持っていない人間であるからだ。だからこの店は広告すら打たれていないし、グルメアプリにも載っていないだろう。おまけにこの店は老後の趣味で開かれているため、週の半分もやっていないし、一日に夕方から夜の四時間くらいしか開かれていない。客が少ないのはそれが原因だ。

 王牙はガタついた戸を音をたてながらスライドさせ、店の中に入る。中は外と同様にオンボロで、油っこい匂いが染み付いている。夜美はこういう店に来たことが初めてなのか、口をぽかんと開けて呆然としていた。


「おうクソガキか! 注文は?」

「いつもので」

「かーっ! お前さんよくあんな油だらけでゲロ吐きそうなもん食えるな! ワシが食ったらぽっかりあの世にいっちまいそうだ!」

「あんたが作ってるもんだろうが!」

「それもそうだ! ガッハッハ!」


 店主が豪快に笑う。客は本当に少なく、この時間帯には誰もいなかった。だがこの老人はそんなことは気にも留めていないのだろう。


「お前の方はどうする?」

「……正直メニューを見てもよくわからないし、あなたと同じものにするわ」

「いや、それはやめといたほうがいいぞ」

「なによ。あなたが美味しいラーメンとやらを食べさせてくれるって言ったんじゃない。だったらあなたが食べてるそれが一番美味しいのでしょう?」

「いや、たしかにうまいはうまいんだが、一つこのメニューには問題があって……」

「もう決めたわ。店主さん、私もこの人と同じのを」


 って、話を聞いていない……。

 王牙は彼女の我の強さに呆れてため息をついた。


「おう! オニモリバリカタヤサイチョモランマアブラマカラメニンニクマシマシだな!」

「……はい?」


 突然の呪文に夜美は目を白黒させて聞き返していた。

 しかしもう時すでに遅し。夜美がその意味を理解する前に、店主は料理を始めてしまう。

 ここで王牙に質問して注文を取りやめればよかったものの、彼女のプライドが邪魔して王牙に尋ねることを許さなかった。それが彼女の過ちだった。

 そして十数分後、彼女の目の前に富士山の如くそびえ立つラーメンがドンと置かれた。


「……えっと、これは……?」

「オニモリバリカタヤサイチョモランマアブラマカラメニンニクマシマシ、通称王牙スペシャルだ! うちの店ではこのクソガキ以外完食したもののいない伝説の隠しメニューだな!」

「これ……これ……何gあるの……?」

「さあ? だいたい5キロぐらいだった気が……」

「ぴっ」


 そのあまりの質量に夜美の口から耳を疑うような悲鳴が漏れ出ていた。

 ちなみに参考までに言うと、普通のラーメンの麺はだいたいが200から300g、二郎系でも大盛りで600gいくかどうかといった感じだ。スープ込みとはいえ、この5キロという重量に、ヤサイやらアブラやらニンニクをありったけ詰め込んだこれは間違いなく人間が食べるものではない。


「あーあ。だから言ったのに……」

「だ、だってこんなものが出てくるとは思わないじゃない!?」


 知るか。忠告を聞き流した罰だ。王牙は割り箸を割りながら無視を決め込む。

 この後、彼女は1キロほど食べ切ったところで机に突っ伏してギブアップした。まあ少食なのに家系ラーメンレベルなら完食できるぐらいには食べたので、根性を見せたと言っていいだろう。なので残りは王牙が少し頑張って完食した。

 こういう時、普段の彼女なら間接キスがどうとかで喚いただろうが、今はその余裕もないようだった。夜美は珍しくグロッキーな状態で、ふらふらとよろめいていた。まるで酔っ払いみたいで見ていられなかったので、王牙は彼女に肩を貸しながら、夜の帰路につくのだった。

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