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ファンタズム・ファンタジア  作者: 日差丸
第一章『夢幻祭編』

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第1話 正直者の鬼

白にあらじ 黒にあらじ


ゆえに我ら 陰陽師

 町が燃えていた。

 漆黒の帷が降り、闇夜に包まれた住宅街。そこを照らすのは天にまたたく星々でも、月でもない。

 赤い。ただただ赤い業火がアスファルトを溶かし、コンクリートを焼きながら、燃え盛っている。

 そんな住宅路で青年――王牙は敵に向かって立ちはだかっていた。

 その体はズタボロで、あちこちに焼け爛れた跡がある。一部は炭化して黒ずんでおり、どうして立っていられるのかがわからない。

 しかし、逃げるわけにはいかない。後ろには彼女がいるのだから。

 ふと視線を背後に向けると、そこには黒い巫女服を着た絶世の美少女がいた。彼女もまた傷ついており、膝をついて荒い息をしている。

 次に目の前を見やる。そこに立っているのは燃え盛る銀色の薙刀を持った狩衣を着た男。彼は明確な殺意を持ってじわじわと王牙に歩み寄ってくる。王牙は気力を振り絞って両手の拳を握りしめ、凶暴な笑みを浮かべた。


「いいだろう……そこまで地獄に行きたいのなら、送ってやる!」

「地獄を見るのは、テメェだ!」


 次の瞬間、薙刀と拳が正面からぶつかり合った。

 激しい炎の奔流に身を焼かれながら、王牙の頭の中に走馬灯のようなものが浮かんでは流れていく。

 ――どうしてこうなったんだったっけか。

 それは、今朝にまで遡る。


♦︎


「おい王牙! 見ろよ王牙ぁ!」


 ホームルーム前にて。男が寝ぼけて机でうとうとしていると、前の席から唐突にエロ本が突きつけられてきた。健康的な女性の肌は男の眠気も一気に吹き飛んでしまう。


「今日例のアダルトショップに行ったんだけどさ! そこの新作グラドル写真がやばかったのよ! 見てよこの表紙のおっっぱい!」

「いやまっすぐガッコ向かえよ。どこほっつき歩いてるんだこの万年発情猿」


 鼻にくっつきそうなほど近くグラドル写真集を突きつけられ、呆れたように男はそう返す。

 まるで睨んでいるかのような愛想の悪い目つき。

 ワックスでもつけているかのようにボサボサとはねた髪は、まるでヴィジュアル系のバンドマンのよう。その髪色は特徴的で、前髪だけが光沢のある青色に輝いており、あとは燃えるような赤色に染まっている。

 そしてその着ている衣服も異様だ。身長は平均より高く、体は細身の筋肉質で素材はかなりいい。しかし上半身裸の上にボタンも留めずに白ワイシャツを羽織り、さらにその上に学ランを羽織るという一昔前の不良スタイルをしているため、ガラの悪さが滲み出てしまっている。そのため教室中のほとんどの人間が彼から意図的に視線を逸らそうとしていた。

 男の名は王牙。我道王牙(がどうおうが)と言う。

 少し不思議な力を扱えるだけの、平凡な……とは言いがたい高校二年生だ。

 そして目の前にいるこのマヌケ面の猿が下竹伸(したたけのびる)。御守り代わりにアダルト雑誌を持ち歩くのは当たり前。盗撮、セクハラなんでもありの汚物だ。

 なんでこんなのと縁を作ってしまったのか。入学初日に話しかけられて浮かれてしまった一年前の自分を王牙は殴りたくなった。


「よしなよ下竹。はしたないぞ」

「あーん? 気持ち悪い笑み浮かべてんなよ倉伏ぃ!」


 そんなバカみたいに朝っぱらからはしゃぎ回る下竹を静止する声がその隣の席から聞こえてきた。その声の持ち主はキラキラしたイケメンスマイルを浮かべている。

 倉伏冴(くらふしさえる)。これも一応の友人だ。明らかに王牙や下竹と絡み合うには場違いに見える男だが、彼らは知っている。こっちも負けず劣らずで酷いことを。


「ところで王牙君。これ見てくれないかい? 今日行きつけの店に行ってきた時に売ってた『まじかるえんじぇる! アイカ』ちゃんの新作フィギュア! 美しい……スカートの細部のディティールまでこだわられている! まさしく芸術だよ!」

「いやだからまっすぐガッコ行けよ」


 そう、こっちも別ベクトルで変態なのである。好きなものは二次元美少女。そんでもって拝金主義者のクズだ。隙あらばその甘いマスクと巧みな話術で人の心につけ入り、詐欺ろうとしてくる。そんな残念イケメンな彼は鼻息を荒くしてスカートを覗き込んでいた。


「けっ。そんな二次元のどこがいいのやら。やっぱ女は三次元よ! このお姉さんのビッグなメロンときたら……!」

「理解し難いな。ブサイクじゃないか。どれほど現実で美人だと言われていても、それが二次元の美少女に及ぶことはない。だいたいなんだその下品な胸は。それに比べてアイカちゃんのちっぱいには夢が凝縮されている!」

「あ?」

「は?」


 と、そこで黒板消しが三つ飛んできて、王牙たちの顔面に直撃する。

 目がぁ……! 目がぁ……! 

 三人でのたうち回っていると、廊下側の席から注意する声が聞こえてきた。


「そこバカ三人組! うるさいですよ!」

「いや俺関係ないだろ形見!」

「友達の蛮行を止められなかった君も同罪です」

「江戸時代の五人組かよ……」


 投げたのは長い黒髪をまっすぐ伸ばした少女だった。

 この時代錯誤のお堅い少女は東堂形見(とうどうかたみ)。通称委員長である。由来はまんまで、クラス委員長だから。本人の性格もとても真面目なので自然とそう呼ばれることが多くなった。今では本名を忘れている者もそれなりにいるのだとか。顔はかなり整っているだけに、哀れである。


「ホームルーム始めるぞー。そこのバカ三人組はさっさと起き上がって席付け席に」

「だから俺をバカ三人組に入れないでくれ。代わりに形見を差し出すからさ」

「なんで私がそんな不名誉なグループに入らなきゃならないんですか!」

「いや、こいつらに対抗できそうな変人ってお前ぐらいだし……」


 ぶっちゃけここまでイメージ通りの委員長など今どき絶滅危惧種だろう。ゲテモノ揃いのバカ三人組に混じってもキャラ負けすることはないはずだ。しかし彼女はバカカテゴリーに分類されるのがたまらなく嫌だったらしく、机を叩いて抗議してきた。


「だ、れ、が! 変人ですか!」

「もう四人組でいいから黙れ。今日は抜き打ちで荷物検査するぞー」

「ちょ、ちょっと待ってください! 名誉毀損です! 訴えたら勝訴できるレベルですよ!」


 バンバンうるさく形見が喚くが、見事にそれは無視された。酷い言い草だ。間違ってないから反論できないが。


「……というか、抜き打ちで荷物検査?」


その瞬間、前方のバカ二人の顔が石化したように固まる。


「もちろん学業と関係ない物は没収だ。特にお前らバカ三人組! 毎回毎回職員室に呼ばれやがって……! こっちも暇じゃないんだぞ!」

「だったら呼ばないでくださいよ先生」

「同意見だね。そっちが勝手に呼んでいるのに来るなと言うのはおかしいと思います」

「お前らな……!」


 二人は本当に何が悪いのかわかっていないかのような真顔で平然とそう言い捨てた。やっぱりバカである。

 担任の牛丸はそれを聞いて鬼のような形相を浮かべたが、しかし入学初日から怒られ慣れた精鋭たちはどこ吹く風と言わんばかりの態度だ。


「つべこべ言っとらんで始めるぞ! 窓側の席から順番……と言いたいところだが、まずはお前たち三人からだ! さあ、さっさと荷物を差し出せ!」

「はぁ!? 差別だ! 国連で訴えてやる!」

「これは平等権というものを侵害しているのでは? いくら素行不良の僕たちでも他のみんなと同程度の人権はあるはずだと思います」

「いやお前らマジで口を塞げよ。つーか死ね」


 バカたちは我が子を守るようにバッグを抱いてイヤイヤと首を振っているが、さすがは生活指導兼体育顧問の牛丸。あっさりと腕を剥がしバッグを取り上げた。

 終わったなと、王牙は他人事のように合掌した。


「このバカモンがーーッ!!」

『ぎゃぁぁぁぁ!?』


 そして案の定バッグからはエロ雑誌と美少女フィギュアが出てきて、彼らはゲンコツをくらい地に伏せた。まあ同情はしない。百パーこいつらが悪いし。

 形見は蔑むような冷たい視線で彼らを見下ろしていた。


「さあ我道。次はお前だ!」

「まったく。そこのバカどもじゃないんだからよ。俺のバッグにそんな変なもの入ってるわけないだろ」

「そうか。じゃあこれらはどう説明するつもりだ?」


 牛丸は王牙のバッグに手を突っ込む。そしてエロ本と美少女フィギュアを取り出してみせた。


「……リアリー?」


 なにが起こったのか王牙には一瞬わからなかった。

 しかし次の瞬間に全てを悟り、バッと顔を前へ向けた。

 担任の後ろ、つまり王牙の前方では下竹と倉伏がニタニタと気色悪い笑みを浮かべながら親指を立てていた。


(兄弟よ。死ぬ時は……)

(一緒だよ!)

「死ねぇぇぇっ!」

「貴様っ! 教員になんという口を! もう許しておけん!」

「あ、いや違うんだ牛丸! これはあんたに言ったわけじゃなくて……!」

「問答無用!」

「ごがはっ!?」


 もう弁明の余地はない! そう悟り、とっさに頭を腕で覆った。――そしてその防御をすり抜け、牛丸の拳が王牙の腹部に突き刺さる。


「な……なんで俺だけ……ボディブローなんだ……っ」

「王牙君、こんなもの持ってたんですか? ドン引きです」

「ま、待ってくれ……これは……!」


 形見が先ほど以上に冷たい目で王牙を見下ろしてくる。弁明したくても声が出ない。そうして王牙たちバカ三人組は泣く泣く放課後に職員室に行くハメになったのだった。


♦︎


「はぁ……まーたエロ雑誌とフィギュアの持ち込みか。入学してから今日で何回目だ?」

「さあ? 倉伏は覚えているか?」

「君は今まで食べたパンの数を覚えているのかい?」

「マジか……俺たち気付かないうちにそんなに検挙されていたのか。道理でうちのおっぱいコレクションが薄くなっている気がするわけだ」

「48回だバカモン! 一週間に一回検挙されている計算になる。普段一ヶ月に一回しかない荷物検査を毎週やるハメになったのはお前らのせいなんだぞ!」

「せんせー。僕たち高校生には夏休みと冬休みがあるんで、その計算間違ってますよー」

「うるさい!」


 バカ言った倉伏は速攻で牛丸にノックアウトされていた。ざまあみろ。墓は死んでも建ててやらんからな。王牙は牛丸の陰に隠れて中指を突き立てた。

 その後、とうとう牛丸の怒りのボルテージがマックスになってしまい、唾が飛んできそうなほどの怒号が職員室に響き渡る。王牙は毎週不定期に荷物検査を行っていた理由に驚愕し、同時に本当に死ねよこいつらと思いながら説教を聞き流していた。

 ちなみに彼らの罪がエロ雑誌とかの持ち込みだけだと思ったら大間違いである。実際は盗撮疑惑で六回捕まってる。本当にどうしようもない。


「つーか牛丸。俺は明らかな冤罪だろ?」

「お前は別件だ。最近また外で喧嘩しただろ。ガラの悪い連中に絡まれとるのはわかっとるが、もうちょっと逃げるなりの努力をしろ」

「いやー、なんつーか……つい頭に血が上っちまって……」

「そういうところがバカだと言っとるのだこのバカちんが!」


 ごちーん、と鉄拳が頭部に突き刺さった。いてぇ。

 まあ、これは自覚はしていたから怒られても仕方がない。甘んじて受け入れよう。

 しかしどうにも王牙は勝負ごと、とくに喧嘩から逃げることだけは苦手だった。喧嘩など不毛とわかってはいるが、生来の短気な性格のせいかキレやすく、いつも喧嘩になってしまう。そして結果後日に怒られるというサイクルが出来上がってしまっていた。


「うわ、いったそー……」

「毎回思うけど、バカだねぇ。直接見られたんなら仕方ないけど、そうじゃない件までバカ正直に肯定してるんだもん。知らぬ存ぜぬで誤魔化しとけば、証拠不十分で殴られないかもしれないのに」

「それはダメだ」


 倉伏に提示された楽な道に、しかし王牙は首を横に振る。


「俺は誰かのため以外に、嘘は絶対につかない」


 それは彼が立てた誓いだった。

 王牙は嘘が嫌いだ。それは過去のとある事件に起因するもので、とにかく彼は嘘を憎んですらいる。

 しかし人を救える嘘というのも存在するにはする。

 現実は白と黒で単純に分かれているわけじゃない。だからこそ時には優しい嘘も時には必要なのだ。

 この誓いはそれを悟った彼が苦肉の策で立てたものであり、人間社会で生きていくために必要なものだった。


「だろうね。やれやれ、難儀な性格だ」


 そう答えるのがわかっていたのか、倉伏はどうしようもないものを見る目で王牙に呆れていた。

 その後、三人は時間は時間が来るまで牛丸に説教され続けたのだった。


♦︎


「まったく! 毎回毎回ガミガミ怒りやがって! くたばれ牛丸!」

「結局僕らの聖遺物も没収されちゃったしね。はぁ……アイカちゃんが帰ってくるのはいつになることやら……」

「学習しろよお前ら。ほんとなんで毎回没収されて対策すら取ってないんだ?」

「対策……そうか対策だ! 荷物検査の日じゃないことを祈るんじゃなく、荷物検査があっても大丈夫なように隠せばいいんだ! 天才か君は!」

「なるほど! 任せとけ! 親父の工具を使えば机を二重底とかにできるかも!」

「友よ!」

「同士よ!」


 二人はガッチリと王牙の手を掴む。その体は感動で打ち震えていた。


「やべぇ、余計なこと言ったかも……」


 そう思っても後悔先立たず。これではまた呼び出しをくらうのも早そうだ。本当に作る友達を間違えたと王牙は泣きたくなった。

 そんなことを考えていると、向こうの通路から少女が声をかけてきた。


「もう! 何度も何度も言ってるけど、不必要なものは学校に持ち込んじゃいけないんだよ! それに王牙君も王牙君だよ! 王牙君なら逃げるのなんて余裕なんだから、売られた喧嘩を買う必要ないじゃん!」

「……桜か」


 その少女は王牙の中学時代からの友人である富士宮桜(ふじのみやさくら)だった。

 小学生と見間違われても仕方がないほどの低身長。それに見合わないほど膨らんだ胸。そして何より目を引くのが、ソメイヨシノを思わせる桜色と白色のグラデーションを帯びた長い髪。それをたなびかせながら歩く姿は、まるで絵から出てきたような美しさがある。


「あーはいはい。悪いが説教は俺たち牛丸からたらふくくらっててな。これ以上は満腹でいらねんだわ」

「じゃあ改善するよう頑張ろうよ。王牙君が強いのはわかってるけど、その……すごく心配だし……」

「……大丈夫だ。たとえミサイルぶっ込まれても、俺は死にはしねえよ」


 不安そうに瞳を揺らしながら上目遣いをしてくる桜を見ていると、少し罪悪感が湧いてきて、それを誤魔化すように彼女の頭を撫でた。すると彼女は一転して気持ちよさそうに目を瞑りながら微笑みを浮かべた。

 心配させすぎるのも悪いな。ただでさえ友人なんて少ないのだし、大切にしなくては。

 そう、王牙は友達が少ない。それは中学時代から喧嘩ばかりをしていたせいで悪評が広まり、周りに人が寄り付かなくなったからだ。

 下竹や倉伏のような変態連中とつるんでいるのもそれが理由だ。彼らも同じように周りから嫌われており、社会のあぶれ者同士が接点を持ちようになるのは自然の流れだった。

 彼と親しくしてくれるのはこの二人を除けば中学時代から根気よく王牙と向き合ってくれた桜と、真面目で説教をしにくる形見だけだ。


「まったく。あなたたちは本当に反省していないんですね」

「うぉっ、形見もいたのか……」

「いたら何か問題でも?」


 と、噂をすればなんとやら。遅れてやってきた形見にギロリと鋭い目線を向けられる。


「ふむ……美人からの鋭い目線。これはこれで僕は興奮するな……!」

「もう黙れよお前。というか二人揃って出待ちか? 俺たちになんか用?」


 そう聞くと、急に桜がもじもじと体をゆすり始めた。

 それが気になって見つめてしまうが、目があった途端に彼女は顔を逸らしてしまう。

 はて? 桜にそんな反応をされるとは意外だ。この四人の中では一番親しいと思っていたのだが。もしそれが勘違いだとしたら地味にショックである。

 まあ本当にそうだったとしても仕方がない。桜は贔屓なしに見ても非常に可愛いし、人気だ。王牙以外にも友達は大勢いることだろう。

 彼女は顔だけの形見と違って態度もほがらかだし、誰とでも仲良くなれる。そのあまりの包容力から密かにロリママと呼ばれるくらいだ。ちなみに倉伏命名である。


「え、えーとね、その……ちょっとね……」

「はぁ。今さら躊躇する仲じゃないでしょうに。はっきりしてください!」

「ひゃんっ!? い、痛いよ形見ちゃん!」


 彼女がもごもごと何やら呟いていると、急に形見が彼女の背中を叩いた。


「委員長! 貴様! よくも僕たちの母を傷つけてくれたな!」

「許せねえ! 囲え囲え! 俺たちの巨乳を守るんだ!」

「やかましい!」

『ごべっ!?』


 わらわらと桜の前に立った変態ども。しかし次の瞬間には彼女の強烈な打撃によって即ノックアウトしていた。


「ほら、今のうちです」

「う、うん。あのね、今度夢幻祭っていうお祭りが開かれるんだけど……」

「ああ。なんか百年に一回この土地で行われるってやつだろ? ニュースでも見たな」

「そ、その……よかったら一緒に行きませんか!?」


 大袈裟なほど頭を下げて彼女はそう叫ぶ。

 夢幻祭。

 たしかに、百年に一度となれば次の時には自分はもう生きてはいないだろう。一回行ってみるのもいいかもしれない。そんなことを彼は考える。


「ああ、いいぜ」

「ほんと!?」

「ああ。……お前らもいいよな?」

「へっ?」


 彼女がきょとんとした顔を浮かべていると、後ろの二人がガバッと立ち上がる。


「もちろん! ゲヘヘ……富士宮の着物姿……!」

「二・五次元美少女の着物……想像するだけでも鼻血が……!」

「えっ? え、えぇ!?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 王牙君、本気ですか!?」

「なにが?」


 なぜか形見は慌てて王牙の肩を掴み、ゆすってくる。その顔は信じられない何かを見ているようであった。

 なにをそんなに焦っているのだろうか? いろいろ考えてみるも、王牙には皆目見当もつかなかった。


「ああ、そういうことか。形見も行きたいんだな?」

「いや、そういうことじゃ……!」

「桜もいいよな? 人数多い方が楽しいだろうし」

「あ、あはは……うん。……はぁ」


 桜はあいまいに頷く。そしてどうしてかはわからないが、そのまま燃え尽きたような虚無の表情を浮かべた。


「さ、桜ぁーー!?」

「い、いいんだよ形見ちゃん……王牙君の言う通り、一緒の方が楽しいし。はぁ……」

「ど、どうした桜? そんなため息ばっかりついて」

「うるさいです! 王牙君のバカ! アホ! 唐変木! しっかりしてください! また誘えばいいんです!」

「だ、大丈夫だよ……どうせ私なんて……がくっ」

「桜ぁーー!!」


 形見は桜を抱えて猛ダッシュでこの場を立ち去った。いったい何だったのだろうか。気にはなったが、喧嘩になったわけではないので大丈夫だろう。


「帰るか」

「よし、さっそく新しいフィギュアを補充しに――」

「行かねえよ」

「なら新しいエロ本を手にしに――」

「だから行かねえって」


 こいつらほんとに懲りてないな。

 その後、結局彼らの勢いに押され、王牙はそれぞれの買い物に付き合ったあと、帰路についたのだった。


♦︎


「はぁ……やっと帰れる……くそ、あいつらめ。寄り道しすぎなんだよ……」


 そう途中で別れた友人二人への愚痴をこぼす。

 幸い王牙は一人暮らしだ。両親は幼少のころ他界しており、今では祖父が後見人となって援助をしてくれている。だから門限はない。

 とはいえ今は七時過ぎ。空にはすでに夜の帳が下りており、針が通ったような隙間から星々の光が溢れている。王牙は家までの近道をしようと表通りを避けて裏路地を進む。


「……ぁ……っ」

「……なんだ?」


 そしてしばらく歩いたところ、足元からなにか音がしたような気がした。それはそよ風のような非常に小さく、か細い音。王牙はそれを気のせいだと思ってしまう。


「ぁ……」

「気のせいじゃない! なんだ、何かいるのか!?」


 足元は夜、それも路地裏ということもあってまるで見えない。王牙は素早くスマホを取り出し、それを照明代わりにした。弱々しい光が足元をぼんやりと照らしだす。

 そして闇の中から現れたのは――光り輝く桃色髪を持った少女だった。

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