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副将軍記  作者: 淳A
就任前
PR
39/39

濡れ衣

「何を急ぐ。 派手な立ち回りをしたいなら就任式が終わってからでも良さそうなもの」

 予定通り北軍本隊が皇都に到着し、ジンヤ副将軍とお会いしたら開口一番、このお叱り。 そりゃ叱責は覚悟していた。 上官の俺がサダの側にいながらネイゲフランへの握手を止めなかったんだから。 おまけにその後誰彼構わず握手して回ったし、さぞかし世間の噂になっているだろう。 しかし派手な立ち回り? まるで俺が剣を振り回したかのような言い回しだ。

「ヴィジャヤンの握手を止めなかった事が派手な立ち回りですか?」

「ヴィジャヤンの握手? 誰と? いや、それは後で聞く。 剣舞は陛下が御所望になったのだな?」

「剣舞? 何の事やら私には」

「此の期に及んでしらを切る気か? 陛下の御前で剣舞をしたのだろう?」

「剣舞を人前でした事など今まで一度もありません。 勿論陛下の御前でも。 一体誰がそんなでっち上げを」

「其方が御目通りしている最中に中央祭祀長の首が挿げ変わった事は事実であろうが。 剣舞ではないならなぜネイゲフランの喉が潰れた?」


 俺は一部始終をありのまま報告した。 スティバル聖下の御命令でサダが玉竜の喉を癒やし、それによって陛下からのお召しがあった事。 その席にはネイゲフランも出席しており、そこでスティバル聖下との口論が始まった事。 それを丸く収めようとしたサダがネイゲフランと握手したら声が失われ、陛下はネイゲフランを御解任。 スティバル聖下を中央祭祀長に御指名なさった。 但し、サダが握手した事は尚書庁の記録に残されていない。 御目通りの後、他にもサダの握手によって体に障害が現れた者がいた事。 原因を追及するため神域内を探索し、石が見つかり、その清浄をしたら宝玉となり、陛下へ献上した事。

 全てを報告すればジンヤ副将軍の機嫌も上向くと思っていたが、お顔に浮かぶ懸念の色は消えないどころか深まったような? ジンヤ副将軍は無言でパンとお手を叩き、顔を出した補佐にお命じになる。

「ヴィジャヤン、マッギニス、アーリーを呼べ」


 三人が入室するとジンヤ副将軍が仰る。

「タケオ施主。 今した報告を繰り返せ」

 それが終わるとジンヤ副将軍がサダにお訊ねになる。

「北軍の対応を統一しておかねばならん。 その前に、ヴィジャヤン。 なぜネイゲフランと握手した? 他に誰と握手した?」

 サダはいつも要領を得ない報告をして聞く者を混乱させる。 だが今回に関してはつっかえながらも大筋が理解出来るように話した。


「あの、あの、私は、青竜に乗って以来、青い霞に包まれている人が見えるようになりまして。 その人と握手すると霞が消え、消えたら皆さん、とても晴れやかな顔になります。

 で、でも、ネイゲフランは、その、青いと言うより、どす黒い霞に絡み憑かれていて。 陛下をお助けすべき御方がそんな気持ち悪いものに取り憑かれていたら助けるどころか足を引っ張るんじゃないかと。 又会う機会はあるとは思いましたが、その時は周りにもっと大勢いるだろうし。 実際握手すれば気持ちが晴れやかになるという私の言葉を信じてもらえるでしょう?」

「で、握手したら霞は消えたが声も消えた。 それに味をしめ、神官と握手して回ったという訳か」

「そ、そんな、あ、味をしめた訳では。 握手したのもネイゲフラン以外は全てスティバル猊下の御命令で。 ほとんどは無事です。 上級神官で障害が現れた人が七人いましたけど。 テーリオ猊下宅の下働きの中にも黒い霞の者がいましたが、中級神官と下級神官の中にはいませんでしたし」

「それで神域内を探索した? あの広大な場所を一人で?」

「タケオ施主と二人で行きました。 神域内には生きている動物がいない不気味な場所があり、その事を両猊下に申し上げたら、テーリオ猊下がそこを検分するのが原因糾明への近道とおっしゃいまして。 そこへ行くと黒い霞を出している石が見つかり、それを掴んだら黒い霞が消え、宝玉になったので、陛下に献上しました。 今では神域内の空気は清み渡り、他に黒い霞に包まれている者は見つかっておりません」


 サダの報告が終わると室内に沈黙が漂う。 暫くして深いため息と共にジンヤ副将軍がお命じになる。

「マッギニス。 以上の報告を考慮したうえで流言飛語にどう対処すべきかを提言せよ」

「いずれ乾く濡れ衣。 乾くのを待つ、が最適かと存じます」

「そもそもこの噂、誰がなぜ流した?」

「誰が流した噂かを突き止めるのは容易ではありませんが、流した者の意図を推測するのは難しくありません。 猛虎が剣舞でネイゲフランの喉を狙い、そのショックで声が出なくなったと思わせたいのでしょう。 それを聞いた者はそれが事実か事実でないかを確認するより事実であった場合どう自分の身を守るかをまず考えます。 中央祭祀長でさえ無事では済まなかったのですからタケオ施主と友好な関係を未だ築いていない人にとっては緊急事態。 自衛の増強。 共同戦線を構築。 タケオ施主への中傷や攻撃。 周囲への揺さぶりなど、様々な策謀が目論まれるでしょう。 それらはタケオ施主にとって障害となりましょうが、同時に敵味方を明確にするもの。 明確になれば如何様にも対処のしようがあります」

 そう聞いて黙っていられず、マッギニスに質問した。

「つまりこの噂を放置する? なら俺の昇進は御破算という事でいいんだな?」

「北軍副将軍就任式は予定通り行われます」

「祭祀長に害を為す極悪人が副将軍になったらまずいだろ」

「北軍副将軍は北軍将軍が任命するしきたり。 モンドー将軍はタケオ施主を任命なさり、テーリオ猊下が御承認なさった。 北までこの噂が届き、まずいと思われたとしても今回上京していらっしゃらない。 任命取り消しの早馬を出されたとしても就任式には間に合いません。 ネイゲフラン解任の真相は北へ帰任すれば分かる事。 ですからタケオ副将軍が解任される事もない。

 いずれにせよ現時点で噂を消そうとしても無駄です。 既に野火の如く広まっており、噂は消そうとすればするほど広がるもの。 それより注目すべきはその噂を信じた誰が何をしてくるか、です。 最もあり得るのがヴィジャヤン大隊長への接近」

「え? そんなの嘘と知っている俺に接近してくる人がいるの?」

「噂の発信元と噂を信じて行動する者は同一人物ではありません。 接近してきた者の名と何を言ったかを教えて下されば、彼らの目的と次の行動の予測が出来、対処のしようがあります」

 それに対してアーリーが発言する。

「しかし天をも恐れぬ極悪人という噂を放置すれば、世間の中傷や嫌がらせが始まるだけではない。 直属の部下でさえタケオ副将軍の真意を曲解する。 ヴィジャヤン大隊長と其方は頼りになるとしても、他の大隊長が面従腹背では副将軍としての任務の遂行が困難となろう」

「はい。 それに加えタケオ施主の御家族や百剣への攻撃も覚悟せねばなりません。 タケオ施主の歓心を買おうとする動きもあると予想しますが、諸刃の剣である事は認めます。 被害を最小に抑える策は必要ですが、私の予想が正しければこの噂は長くても二ヶ月程度で消えるでしょう」

 それを聞いてサダが呑気な顔で言う。

「人の噂も七十五日だから?」

「違います。 家紋だけでも世間の耳目を集める異例の厚遇ですが、これで終わりではない。 それどころかこれは始まり。 遠からず世間は、厚遇に次ぐ厚遇はタケオ施主がそれだけの事をしたからだと解釈します。 中央祭祀長の首の挿げ替えも、おそらく陛下がそれをお望みで、タケオ施主はそのお気持ちを汲んだだけ、と」


 本当にそうなるか? まあ、ならなかったとしても噂を消すなんて俺に出来る事でもない。 それよりこの機会に俺の疑問についてマッギニスがどう思うかを聞いてみたくなった。

「なぜ陛下が俺を厚遇する? この家紋、カイザー侍従長から陛下のお礼のお気持ちの現れと言われたが。 一体何に対するお礼なのか俺には見当がつかなかった。 お前には分かるか?」

「理由は一つではありません。 ですが、家紋付き軍服が作られたのは青い人との邂逅が契機でしょう。 軍服の縫製に関与したお針子によれば夏には完成していたとの事。 陛下からの御指示は年初にあったと考えられるので」

「青い人に会ったのはサダで俺じゃないぞ」

「けれど、それがどのような奇跡を陛下に齎したかを目撃なさった数少ない証人の中のお一人でいらっしゃる」

「サダが陛下へ報告した時に同席していた事か?」

「その場にいらしたのは陛下、スティバル猊下、ヴィジャヤン大隊長、筆頭御典医、タケオ施主のみ。 陛下が臣下に御目通りなさる時、書記と護衛さえお人払いなさるのは異例中の異例にも拘らず。 そしてその直後から陛下の御健康が傍目にも分かるほど改善した」

「だからって家紋とは。 俺の退官まで何十年もあるのに気が早過ぎないか?」

「準爵位は退官時に頂戴するしきたりですが、家紋は当主の好みで選べるもの。 爵位を頂戴する前に作る人もいます。 但し、陛下直々のお指図で作られた家紋となると建国の頃まで遡らないと前例はありません。

 ともかく陛下は元々御用意なさっていらした。 ただ刺繍は大隊長軍服にされていたため、着る機会は新年の就任式までの僅かな期間となり、それで今すぐ渡した方が無駄にならずに済むとお考えになられたのでは? だからタケオ施主にも朝食へのお相伴をお命じになられたのでしょう」

「では黒い霞が消滅しなくても家紋は貰えた?」

「はい。 それが厚遇はこれからも続くと予想する理由です。 黒い霞の消滅は家紋入り軍服だけでは報いきれない貢献」

「それをしたのだってサダで俺じゃない」

「タケオ施主はその奇跡の現場を目撃したただ一人の生き証人。 そしてそこに至る経緯も全て目撃していらっしゃる。 何かはわからない瘴気のようなものが神域内に巣くい、中央祭祀長でさえその瘴気に冒されていた事も。

 そのようなものが発生していた事自体、由々しき事態。 陛下の治世を揺るがすもの。 しかもそれを駆逐したのは陛下ではない。 駆逐能力があるのは青竜の騎士のみ。 となると、たとえ駆逐された事は慶事であろうと祭祀庁と皇王庁としては隠さねばなりません。 これが知り渡れば皇王陛下として相応しいのは青竜の騎士となるので」

 そこでサダが飛び上がる。

「はあ?! なんで俺が皇王陛下?」

「中央祭祀長でさえ瘴気に冒されていたと民が知れば、天のお怒りが下った、と思うでしょう。 今すぐ天のお怒りを鎮める必要がある。 それが出来るのは誰か。 皇王陛下ではない。 ならば出来る御方が皇王陛下として相応しい、となるからです」

「皇王陛下は霞を祓う以外のお仕事をいっぱいしているでしょ。 それに黒い霞はもう祓い終わっている。 霞を祓えるだけの皇王陛下が何の役に立つの?」

「黒い霞が祓い終わっていると御存知なのはヴィジャヤン大隊長のみ。 私はそれを疑っておりませんが、なぜ発生したのかを知らない以上、二度と発生しないと断言は出来ません。 失礼ですが、ヴィジャヤン大隊長も発生原因を御存知ないのでは?」

「そ、それは、知らないけど」

「おそらく陛下も御存知ではない。 だから黒い霞の存在自体を隠したいのです。 しかしそうするとネイゲフランの喉の不調と解任理由を説明するのが難しくなる。 体調不調が理由なら副祭祀が代役を務めるしきたり。 中央祭祀長を解任する理由にはなりません。 中央祭祀長に咎がない限り。 今回の場合咎はあるとは言え、それも世間に知られたくない。 そこで他の誰かが祭祀長の喉を潰したとする必要があった」

 この突拍子もない説明に呆れ、思わず口を挟んだ。

「つまり濡れ衣を被せる人が必要で、それが俺? ごめん、厚遇するから我慢して、てか? 濡れ衣はあそこにいた他の誰かに被せる事だって出来るだろ。 家紋なんか最初から持って生まれた奴ばかりだから新しく家紋を用意する手間だってない」

「家紋を用意する手間はなくともそれ以外の問題があります。 陛下の御前で剣舞を披露し、その切先が中央祭祀長の喉先を擦ったため声が出なくなったとするなら、その剣士の首が飛び、彼の実家は断絶、一族連座での処刑となるのは免れない。 しかしヴィジャヤン大隊長が冤罪による処刑を看過なさるとは思えません。 青竜の騎士の証言があるとなれば濡れ衣を被せられた剣士とその一族も黙ってはいるはずはなく、皇王陛下は退位を迫られる事となりましょう。 けれど剣舞を披露したのが北の猛虎なら、青竜の騎士が涙目で陛下に命乞いなさったのだろうな、で済む話」


 そうなのか? そうなんだろうな。 マッギニスが言うんだから。

 要するに口止め代と濡れ衣代か。 そう考えるなら家紋や軍服一着で誤魔化されたくないような気もするが。

 まあ、長年嫌われ者として生きてきた俺だ。 極悪人扱いされたって大した違いでもない。

「サダ。 陛下に俺の命乞いしてくれたんだって? すまんな。 いつもお前の涙目の世話になってばかりで。 次もよろしく頼むぜ。 そうそう、お前を庇って痛めた腰と背骨の件、これでチャラにしてやる」

 サダが肩を落として呟く。

「何も今ここでそんな嫌みを言わなくたっていいのに」

 俺が嫌み程度で矛を収めたからか、噂の放置を容認したと解釈されたようだ。 ジンヤ副将軍が話題を変える。

「アーリー、副将軍就任祝賀会の準備はどこまで進んでいる? 変更すべき箇所があるならそれも報告せよ」


 有能なアーリー補佐は第一駐屯地で行われる祝賀会の準備を終わらせていただけでなく、前例のない皇都での祝賀会についても熟知していた。 家紋入り副将軍旗のお披露目まで予定されていると言う。 まるで主催者のグゲン侯爵と毎日打ち合わせしていたかのように。

「アーリー補佐。 一体どうやって縫製を間に合わせたんだ?」

「将軍旗と副将軍旗は常に予備があります。 家紋入りの予備の他に、家紋が入る前の旗も用意してあるのです。 将軍、副将軍の交代は予定通りとは限らないので」

「しかしあの大きさなら家紋を刺繍するだけでも相当な時間がかかるだろ。 家紋についていつ知ったんだ?」

「初穂の儀の翌日です」

「て事は、俺がクポトラデルから生きて帰って来るかさえ分からないのに副将軍旗に刺繍し始めたのか?」

「刺繍をお命じになったのはモンドー将軍です。 将軍がテーリオ猊下に御目通りなさった後での御命令なので、猊下からお言葉があったのでは? それは私の推察に過ぎませんが。 ともかく家紋入り副将軍旗が披露されれば噂の勢いを挫く効果があるでしょう」


 家紋といい、刺繍といい、俺が頼んだ訳でもないのに至れり尽くせり。 ここまでお膳立てされていたとは。 ありがたくはあるが、だからって嫌みを言って悪かったとサダに謝る気になれるか? 濡れ衣は濡れ衣。 サダが着るはずだったものを俺が着せられている事に変わりはない。

 それに一時が万事。 これからもこういう目にあうんだろ。 偉そうな階級名をもらおうと内実は部下という建前のお偉いさんの尻拭い役である事に変わりはないんだから。


「就任前」の章、終わります。

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「青竜の騎士が涙目で陛下に命乞いなさったのだろう」 サダを見知っている人 「あのウルウル涙目かー、陛下もあれにはかなわなかったか」 サダと面識のない一般の人 「それほどまでに青竜の騎士と北の猛虎の絆…
更新ありがとうございます。 師範の苦労性も最初からこうではなかったはず。若と出会って いつのまにか こうなってしまって 諦観を覚えるまでいってしまったんですね。いくら自分の評判なんて と思っていても…
すでに針子から情報とってるマッギニスはすごいなあ 謀略系はマッギニスが説明したら実際そうな気がしてくるから困る、いや困らないか、たぶん実際にそうだしそうなるんだろう サダが説明したらそうはならんやろ、…
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